HITMANファンタジー   作:砂時計は廻る

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水の精霊

とある街に一軒の魔法具店がある。

 

その店は経営していた錬金術師が消息不明になり、今は娘が経営していた。

 

朝、少女は街の中心にある噴水へ行き、水の上に花を浮かべて祈りを捧げる。

 

祈り終わった少女が目を開けると、男性が興味深そうに花を手に取っていた。

 

「お兄さん、その花は精霊様への贈り物ですよ。」

「精霊様?」

「彼女のことですよ。」

 

少女は噴水の中心にある石像を指す。

 

「この辺りの地域の水源を守っている精霊様で、願い事を叶えてくれるんです。」

「ふむ。願い事があるのか?」

 

「……両親が帰ってくるように、お祈りしてるんです。」

 

少女の声は風に乗って消えてしまいそうなほど小さかった。

 

水面に落ちた花びらを見つめる瞳には、幼さと諦めが同居している。

 

「いつから?」

 

男の問いかけに、少女はゆっくりと顔を上げた。

夕陽に染まる空のような琥珀色の瞳が、一瞬だけ男を捉える。

 

「ずっとです。毎日。……でも。」

 

言葉を切った少女の唇がかすかに震えた。

水の上で踊る花びらが、彼女の心の中のもどかしさを映し出しているようだった。

 

「もうずっと帰ってこなくて……。精霊様がいるなら、どうして願いを聞いてくださらないんでしょう?」

 

ぽつりと言葉が零れ落ちると同時に、少女の頬を涙が伝った。

 

それは静かな悲しみだった。

泣き叫ぶような激しさではなく、日常に染みこんだ諦めと寂しさの結晶のように。

 

「ふむ。面白い。」

 

男は意外な言葉を口にした。

彼の表情からは感情が読み取れない。

まるで実験対象を観察する学者のように。

 

「あなた……、変わった人ですね。」

 

少女は恥ずかしさを隠すように笑った。

無理に明るく見せようとする姿は痛々しく、しかしそれがまた彼女らしさだった。

 

「ただ興味が湧いただけだ。それなら、俺も願い事をしてみよう。」

「あなたは何を願うのですか?」

「仕事が上手くいくこと。そして、君の願いが叶うこと。」

 

男の意外な返事に少女は驚く。

 

少女の胸に温かな波紋が広がった。

 

「君の願いが叶うこと」

 

見知らぬ旅人が自分を気にかけてくれたことに、少女の心臓が小さく跳ねた。

長い間、「魔法具店の少女」というレッテルだけが世間に貼られていた。

彼女の名前や感情に関心を持つ人はほとんどいなかった。

 

(この方は……、本気で言ってくれてるの?)

 

疑念と期待が入り混じる。

母も父も行方不明になってから三年。

人に助けを求めることも諦めた日々の中で、初めて向けられた素直な善意。

 

少女の頬に残っていた涙の跡が、今度は違った種類の熱を帯びた。

恥ずかしさと共に、なぜか深い安堵感が込み上げてくる。

 

(でも……、こんな見知らぬ方に気遣ってもらうなんて……。)

 

感謝と同時に申し訳なさが胸を締め付ける。

家族を支えるのは自分一人だと誓ったのに。

弱みを見せるべきではない。

 

「ありがとうございます……。でも大丈夫です。」

 

声に出た言葉とは裏腹に、少女の指先が無意識に袖の端を握りしめていた。

男の目を避けて視線を落とすと、水面に映る自分の不安げな表情が見える。

 

(本当に信じてもいいの……?)

 

小さな胸の中に芽生えた小さな光。

希望とも恐れともつかない感情が、水面の花のようにゆらゆらと揺れていた。

 

その時、教会の鐘が鳴る。

午前9時を知らせる鐘の音だった。

 

「…予定よりも時間が経ってしまったな。そろそろ荷物が届く時間だ。」

 

男がそう言う。

 

「ごめんなさい、長く話し込んでしまって…。」

「気にすることはない。有意義な話だった。」

 

男は相変わらず変わったことを言って去っていった。

 

噴水の中心にいる精霊様の石像はいつもと同じ表情で街を見守っていた。

 

男が去った後も、少女はしばらく動けずにいた。

彼が言った「君の願いが叶うこと」という言葉が頭の中で何度も繰り返される。

 

(あの方……、一体何者なの?)

 

突然現れて、なぜ自分の願いに関心を持ったのだろう。

普通なら同情されるか、気まずそうに目を逸らされるだけなのに。

 

少女の胸に広がるのは単純な嬉しさだけではなかった。

三年の月日で培われた警戒心が警告を発する。

「初対面の人にそんな優しい言葉をかける人は要注意」と。

 

(騙されちゃいけないわ。でも……。)

 

男の真剣な眼差しを思い出す。

あの灰色の瞳には、嘘をつく人の冷たさがなかった。

むしろ……何かを求めるような切実さがあった気がする。

 

少女は自分の手のひらを見つめた。

 

小さくて脆い手。

この手で魔法具店を守り、一人で生きてきた三年間。

 

「君の願いが叶うといい」—その言葉が胸の中で温かい重みになる。

 

(もし本当にあの方が私の願いを大切にしてくれたら……。)

 

希望と現実の間で揺れ動く少女の心は、噴水の水面のように複雑に波立っていた。

男の正体も目的もわからないまま、彼女の世界にほんの少し光が差し込んだような気がした。

 

空を見上げれば、雲一つない青空。

それはまるで見知らぬ未来を示唆しているようだった。

 

 

 

その日の昼。

 

店での仕事がひと段落して少女は再び噴水のもとへ行く。

 

しかし、噴水では騒動が起きていた。

 

騒動の主は街の商会ギルドを牛耳っている大商人だった。

 

大商人は街で個人店を経営している住人に上納金について問い詰めていた。

 

噴水広場に到着した少女の目に飛び込んできたのは、屈強な用心棒たちに囲まれた大商人の姿だった。

 

彼の前に立つ小さなパン屋の店主は、背中を丸め、怯えたように肩を震わせている。

 

「来週までに2倍の金額を払えないなら、店を取り上げるぞ。」

 

大商人の声は鷹揚でありながら鋭く響いた。

周囲の人々が遠巻きに見守る中、パン屋の店主が必死に懇願する。

 

「もうこれ以上は無理なんです! 子供たちの食費も……。」

「ほう? 子供のことがそんなに大事か?」

 

大商人が不敵に笑う。

 

「昔の契約通りだよ。払えなければ出ていけ。それが商売というものだ。」

 

少女は胸が締め付けられる思いで立ち尽くした。

 

(あんな言い方って……。)

 

この半年で六軒目の犠牲店舗だ。

大商人が街を席巻して以来、小さな店は次々と追い出されている。

誰も逆らえない。

力あるものが全てを奪っていく。

 

周囲の観衆が息を呑む中、少女の拳が震えた。

怒りと恐怖が交互に押し寄せてくる。

私も同じ目に遭うかもしれないという恐怖。

そして何より、大切なものを守ろうとする人々の尊厳を踏みにじる行為への怒り。

 

(私だったらどうする……?)

 

一歩踏み出したくなる衝動を必死に抑え込む。

勝算もない戦いに挑めば、きっと自分だけでなく店までも失う。

 

大商人は満足そうにパン屋から離れると、視線を広場全体に巡らせた。

 

「次は魔法具店か。」

 

少女の身体が硬直する。

確信を持った宣告に、喉が渇いていく。

 

「あの店も長いこと見逃していたが、近いうちに行くぞ。」

 

噴水の水面は先ほどまでの穏やかな様子とは打って変わって波紋を描いている。

 

(私の番が来る……。)

 

恐怖が少女を襲う。

 

大商人が少女の前に歩み寄ってくる。

 

少女は噴水の中心にいる精霊様の方を見た。

 

精霊様の表情が僅かに違って見えた気がした瞬間、正午を知らせる放水が始まる。

 

水飛沫が反射させた太陽光で少女の目が眩み、少女は目を瞑る。

 

閉ざされた視界の中で何かが弾ける音が聞こえ、直後に周りの人達が悲鳴を上げる。

 

目を開けようとした直前、誰かが少女の目を塞ぐ。

 

「な、何!?」

「見ちゃダメ! こっちに来て!」

 

近所の優しいおばさんの声だった。

 

おばさんに連れられてその場から離れる。

 

後になって、大商人が亡くなったことを知った。

 

 

 

数日後、少女のもとに両親が帰ってきた。

 

あの大商人に誘拐され、ギルドの施設で無理矢理錬金術をさせられる日々を過ごしていたらしい。

 

他にも商会ギルドの悪事が次々と明るみになり、街の治安は改善していった。

 

少女は今日も噴水に来た。

 

結局、男と再会することはなかった。

願いが叶って両親に会えたことを彼に伝えたかったけど…。

 

噴水に花を浮かべながら少女は思う。

父と母が戻ってきた夜のことを。

 

「おかえり。」

 

玄関で両親を迎えた時の涙。

抱きしめ合う三つの背中。

けれど安心感と同時に、胸に引っかかる棘のようなものがある。

 

(あれは何だったんだろう……。)

 

噴水で悲鳴が上がったあの日。

 

目が眩む直前の光景が脳裏に焼き付いている。

目が眩む直前、白い閃光が精霊様の背後から走り……。

 

「偶然じゃない。」

 

少女の呟きが水音に溶ける。

大商人の突然の死と自分の願い事。

あまりにも出来すぎた偶然。

 

(あのスーツの男……。)

 

見知らぬ彼が最後に言い残したこと——「君の願いが叶うといい」

まさか……?

いや、そんなことが。

 

それでも心のどこかで感じてしまう。

あの男は何か特別な存在だったのではないか?

 

少女は手のひらを水面にかざす。

かつて両親のために祈った場所で、今日は違う思いを込めている。

 

(どうか教えてください。)

 

噴水の中心に立つ精霊像。

 

かつては懇願の対象だった存在が、今では静かな思索のきっかけとなっている。

 

(私は何に感謝すればいいのか?)

(あの男は本当は何者なのか?)

 

水面に映る自分の顔は、以前より少しだけ大人びて見えた。

三年分の孤独が刻んだ小さな皺。

そこには新しい謎に対する好奇心も宿っている。

 

「もう一度……、会えるかな?」

 

小さな声で漏らした願いは、水の音に飲み込まれていった。

 

噴水の水は今日も変わらず流れ続けている。

ただ、それを眺める少女の眼差しは、昨日までのそれとは違う意味合いを含んでいるように見えた。

 

 

 

〜〜〜〜〜

 

 

 

(47視点)

 

ギルドの中に潜入して情報収集した結果、ターゲットの大商人は街に行ったらしい。

 

組織のエージェントが届けてくれた狙撃銃が入ったカバンを持って、街全体を見渡せる建物の屋上に行く。

 

ターゲットは護衛の用心棒を何人も連れて目立っていたため、すぐに居場所を特定できた。

偶然にも、朝に少女と会話した噴水の広場にいた。

 

さっそく狙撃銃をカバンから取り出して構えるが、ターゲットが精霊の石像の向こう側で立ち止まってしまう。

 

しばらくチャンスを待っていると、ターゲットが動き始めた。

 

再び立ち止まったターゲットの前に見覚えのある少女が見える。

 

(すまないな。トラウマにならないでくれ。)

 

引き金を引く。

 

消音器で小さくなった銃声は正午を知らせる教会の鐘の音と重なり、かき消される。

 

弾丸は噴水の水飛沫を貫通してターゲットの頭を撃ち抜く。

 

ターゲットの頭が破壊されて確実に死亡したのを確認し、少女の方を見る。

 

少女は街の人に目を塞がれながら遺体から離れていた。

一部始終は見てないかもしれない。

 

狙撃銃をカバンの中にしまった後、この場から離れる前に噴水の石像を見る。

 

(精霊様か。この世界なら本当に存在して力を貸してくれるのかもしれないな。)

 

そう思いながら、俺は騒ぎが広まりつつある街を去った。

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