カン、カン、カンとステンレスのタイルが小気味良く鳴く。今じゃ履き慣れた窮屈なプラスチック製のブーツがいい仕事をしてるんだろう。
タイルがステンレスかどうかは知らない。何故なら血痕や人様の身体の一部が転がってる様を見ないように前よりちょっと上を見ているから。
「はぁ……はぁ……」
いい運動の定義ってなんだろう?
酸素を取り込む仕事を放棄した忙しいだけの呼吸と、今にも破裂しそうな心臓、天性の運動オンチが太ももの腱をプッツンするギリギリまで酷使し続ける行いをいい運動と言うならば、私は運動なんて二度としないだろう。
後悔なんて格好悪いことはしたくない。悪いのは隊長の制止を突っぱねて無計画に駆け出した私……。
「!!us eeed maa aS 」
いいや……! 違う……!
「!!!re ak……tu oooo!!!」
無尽蔵に湧いては人を襲う、貴方達が悪い……っ!
「!!!!!aaaaaaaG!!!!!」
「……お勤め……」
待ってましたと言うタイミングで曲がり角から飛び出してきた警備員さんの格好をしたシガイ。私はすばやく踵でブレーキを駆け身を引いて……
「ご苦労様ですっ……!」
太もものベルトに収納されていたコンバットナイフを引き抜き躊躇なく額へと突き立てた。バケモノとは言えつい最近まで人間だった人に攻撃を加える事に抵抗が無くなった自分が悔しい。
「先、急いでるのでっ!」
シガイの弱点は頭か心臓。けれど流石の生命力で数秒は動く。警備員さんの腰のホルスターからピストルを素早く抜き取り逆手で胸に突きつけた。
ピストルがドンと大きな音を立て、短い悲鳴をあげた後、シガイは塵となり崩れ落ちる。
「……ちょっと一息」
身体だけが朽ち身につけていた物は床に残る。首からかけていた警備員証を拾い上げて、ぼーっと見つめる。
「福山……雅之……さん」
お母さんの好きだった俳優と一文字違い……じゃなくて。50代後半くらいの笑顔の優しそうなおじさんの写真だ。
「バーコード? なにかに使えるかも」
鍵代わりとか? ハイテクな世の中だなぁ……。
「貴方も。一緒にあの子を助けよう?」
防犯カメラとか無いよね?今の私、ピストルに話しかける不思議ちゃんだ……。ともあれ、先を急ごう。
薄暗い玄関へ土足で上がりこみ割れたガラス戸をくぐると左側には大型トラック3台は通れちゃいそうな大きな大きなシャッター。右に行くと工場だ。
――キャーーー!!
大きな悲鳴! シャッターの向こう側から!?
「あの機械!」
シャッターの一番手前。私のすぐ近くに如何にもカードをスキャン差し込んでね、と言わんばかりの機械があった。さっきの警備員証、早速出番だ……!
【ピポパッ! 権限、ガ、アリマセン、倉庫、カラ、エントランス、ノ、開閉、ハ、役員ID、モシク、ハ、パスコード、ヲ、オ試シ……】
なにそれ! バイオハザードじゃないんだから! 不便過ぎるでしょ! キレそう!
【連絡通路、ヲ、ゴ利用、下サイ】
「連絡通路……? そうだ! 連絡通路!」
外で見たあの子が走っていてあの通路、きっとそう遠くは無いはず……急がないと、間に合わない!
シャッターの向かい側へ進んだ場所にある工場へ繋がる扉。上には白い背景に緑の矢印の非常口表示が私の入って来た玄関を差している。
他に行く宛も無さそうだし進むしかない。
「……ビンゴ!」
思わず声が出た。融通の効かない古びたドアノブをガチャガチャし続け開けたすぐそこに、錆びた鉄格子の階段。
登るとそこからは一本道。中間地点だけが広く玄関を頼りない手摺り越しに一望できる様になっている。
窓から見える外の景色。撤退していく先輩方と戦闘を終え警戒しつつの撤収ムードに入ってる隊長たち。
えっ……? 勝手に飛び出しておいてなんだけど、1人も応援来てない感じ……? あっはは……まっさかー。
開けた場所からまた狭い通路へ。茶色を基調とした倉庫のなかが見える小窓を見つけた。
……不規則な動きで女の子に迫るシガイ、口からは床に着くほどの長さの肥大化したベロ、身体の中を蛇が走っているかのように膨張した血管……!
「Lv2……! いや。2.7くらいは行ってる!」
スイングドアをタックルで突き破りようやく倉庫へと辿り着いた。けど、下に降りる階段までは遠い。銃剣で狙うにはちょっと遠い。この時、私が取るべきアクションは……。
腰のベルトについているフックを引き、ワイヤーを伸ばし、手摺りへと引っ掛ける。大丈夫。テレビで見るようなバンジージャンプよりかは遙かに常識的な高さだ。
「……降下!」
シュルルル〜! 慎重に降下していく。ふと過ぎった小人になってブラインドにしがみついたらこんな感覚なんだろうなと呑気な妄想。
――キャーーー!!
「大変!」
それは、さっきと1オクターブの違いも無い悲鳴で叩き起こされた。まだとても安心できる高さとは言えなかったけれど、私はワイヤーを銃剣の刃で裁ち切り、加速度的に床へダイブする。
どさぁーっと落っこちた先はなんかしらの袋を大量に詰めたダンボールの上。アメリカのセクシーなセレブが小さいバスタブに使ってるような格好で両手両足だけがはみ出している。
『蘭丸!? 大丈夫か!? なんか凄い音したぞ!』
頭を打ち付ける衝撃で隊長に無線が繋がってしまったらしい。脇と腰と背中の痛みを乗り越えて、なんとか積み重ねられたダンボールの中から転げ落ちる。
『へ、平気です……おしりの贅肉が減った事でクッション性がダウンしてた見たいですけど……』
『言ってる場合か! 女の子は?!』
『視認しました。けど……』
『けど?』
『すみません……追って連絡します』
勝利の女神が微笑んだ? それとも運命のイタズラ?
少女に迫るシガイを足止めするのにおあつらえ向きなマシーンがエンジンも付けっぱなしでブロロロと鳴いていた。
「って……フォークリフトの運転なんて知らないよ!」
でも……ペダルを踏めばきっと進む! 乗り込んだからにはムダには出来ない。なんとかなれ……!
「いや……! 来ないで! ぱぱ! ままぁ……!」
転んでしまった女の子、飛びかかろうとするシガイ、放置されていたフォークの位置、全てが奇跡的に噛み合っていてアクセル全開のリフトはシガイを……
「パパでもママでも無くてごめんね! 逃げるよ!」
倉庫の壁へと串刺しにした。わー……痛そー……。
Lv3近くになると体内のシガイウィルスが身体の中身を全て喰らい乗っ取ってしまう事から臓器デローンなんてものが無いのが救いだ。いや。救われてません全然。
フォークリフトを慌てて飛び降り女の子へ駆け寄る。
「走れる? 大急ぎで逃げないと追いつかれちゃう!」
「う……うん!」
立たせようと両脇を腕で抱えると女の子のふくらはぎに痛々しい傷が出来ているのが見えた。応急処置キットで治療してあげたいけど、完全に無力化した訳じゃないシガイの目の前でそんな舐めプは出来ない。
「うんじゃ……なさそうだね。しっかり捕まってて!」
「おねーさん……力持ちに見えないよ?」
「でしょ? でも大丈夫! 特訓してるから!」
推定7歳児にも侮られる程の情けなさを嘆いているヒマは無い。実際、行軍訓練で背負わされた30kgのバックパックよりは遙かに軽い。
……精神的にはぜんぜん重いけれど。
こうして私と女の子のラストエスケープが始まる。
「べー!」
緊張の糸が切れたのか、少女は身動きの取れないシガイにとんでもないことをしでかす。Lv3なら感情は『まだ』無いだろうけれど……心臓に悪い。
「はいはい。煽らないの」
やめて。本当に……!