仮面ライダーエッガー   作:燃堂極小力

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0.ひび割れた世界に

 

『少しだけ。昔話をさせてください』

 

 その日は薄暗い曇り空だったのを今でも覚えてる。

 

「蘭ちゃーん! 夕ご飯出来たよ〜!」

 

 妹の角菜。角ばってる名前が嫌らしくてなっちゃんって呼んでた。私も男みたいな名前をあまり良く思っていたなかったので丸を消して呼ばせていた。

 

 ……余談だけど。はじめは蘭姉ちゃんなんて呼ばれていた。それだと、国民的探偵アニメに出てくるヒロインだ。フィクションの存在とは言え、あんな無敵の達人と呼び名を揃えられてはもともとない立つ瀬が木っ端微塵だ。

 

 扉越しに弱弱しく私は返事をした。

 

「なっちゃん……勉強、教えてくれない……?」

 

「中1に高2の範囲が分かるわけ無いでしょー?」

 

「あはは、だよね……」

 

 17歳の私はいわゆる不登校。イジメられていたり、怖い先生が居たりした訳じゃないけれど、頭が悪くて、要領が悪くて、運動も苦手で、コミュ症で。

 

 アイデンティティの欠落を恐れて部屋へ閉じ籠ってしまっていた。でも先生やクラスのみんな、両親と妹は私を見捨てず、かと言って過干渉もせずに支えてくれていた。

 

 宿題やお知らせのプリントが毎日のように郵便受けに投函されるのがその例の1つ。

 

 応えなきゃと思って、出てくる記号や単位が1つも分からない数学の方程式に挑んだりしていた。

 

「なーも一緒に考えてあげるから、降りてきてご飯食べよ? 今日は蘭ちゃんの大好きなグラタンだよ?」

 

 私は母さんの作るグラタンがありとあらゆる食べ物の中で一番好きだった。母さんはいつも「市販のミックスでレシピ通りに作ってるだけ、誰が作ってもこうなる」なんて笑って言ってたけど、そんなこと私には関係なかった。

 

 高級ホテルの料理人が作ろうと、登録者100万人のお料理系動画配信者が作ろうと母さんには叶わない。

 

 ……こんな私にあの人の娘でいる資格があるのだろうか? 生来の卑屈さが私と自室の扉との距離をより遠くした気がする。べッドの上、体育座りで毛布へ包まりスマホを眺める。

 

 部屋に籠もり、毛布に包まるマトリョーシカの完成だ。または芋虫のタマゴだろうか?

 

 【〇〇駅ホーム、男性が酔っ払いに噛みつかれる】

 

「……また?」

 

 凝りもせず学校来いよのメッセージを送ってくる級友にそろそろ返事をと思い開いたアプリに備わっているニュース機能の見出しに思わず声を漏らす。

 

シガイ(やつら)が本格的に潜伏を始めたのはここ数年だけど、7年前くらいからその兆候を見せるニュースが多かった』

 

 怖くて気持ち悪い事件。その言葉で異変を片付けた私の目はすぐニュースサイトのポップアップ広告に移った。新作フィギュア「魔装乙女キューティーブレイズ〜赤熱を帯びし閃きの刃(ソード・スタイル)〜」予約受付中。

 

「新作ゲーム予約しちゃったしなぁ……」

 

 3,800円。バイトのシフト感覚で家のお手伝いを増やして貰って……お小遣いを前借り出来れば……買えるなぁ……

 

 ――ピーーーーーーーーーン。

 

「ひっ……!なになに……!お客さん……?」

 

 突如鳴らされたインターホンに驚き机上の空論で取らぬ狸の皮算用をしていた私の口からボンと心臓が飛び出しそうなる。下の階から父さんの声が聞こえた。

 

 本来なるべき音は「ピーンポーン」なのに、インターホンは間延びしたピーンのみで済まされた。

 

 変なの……壊れてるのかな?

 

「私が出るよ。はーい、どちらさ……」

 

 どうしたんだろう? ピンポンダッシュかな? 数学科教員の家にそんなしょうもないイタズラしちゃう?

 

 ――〜〜〜♪

 

「ひゃんっ!」

 

 私のスマホが不気味なメロディを奏でた。なっちゃんと動画サイトで面白半分でしばしば聴いた緊急速報メールの音だ。大雨も降ってないし地震も来てない。

 

 365日24時間、私の手に接着されているスマートフォンはリアルタイム対戦中だったカードゲームのソシャゲを遮り異常事態を知らせていた。

 

「〇県〇市内にて、大規模な暴動が発生中。対象エリアにお住みの方は避難か、暫く外出をお控えください?」

 

 なにこれ? 私が学校行く行かないの瀬戸際で引き篭もってる間に日本はそんな世紀末を迎えてたの?

 

 汚職とか増税とか「ふ〜〜〜ん」程度にしか聞いてなかったけど。こんな田舎町でやって何になるわけ?

 

「パパー? どうしたのー?」

 

 母さんはおっとりしているのに良く通る声をしてる。ほんのちょっとの日常会話でも2階にも聞こえて来る。

 

「あら? お隣の……何かご用……」

 

 お隣にはツンデレお爺ちゃんとほんわかお婆ちゃんの老夫婦が暮らしている。両親が不在の時には姉妹共々お世話になっていたけれど。訪ねてくるなんて本当に珍しいことだ。

 

 『いま思えば「あり得なかったこと」なんです』

 

 ――キャァァァァァア!!

 

「ママ!? どうしたの!?」

 

 『母さん! 大丈夫!? その言葉を姉である私がいち早く叫び、階段を駆け下りる事が出来たなら』

 

「い、嫌ぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

 『母さんの2倍大きななっちゃんの悲鳴に素早く反応できていれば』

 

「蘭ちゃん! パパとママがぁー!」

 

 震える脚で部屋を出た。パパとママがどうしたと言うのだろう? 昔本で読んだ天岩戸のお話の応用であれと願った。引き篭もりを誘き出すドッキリには迫真過ぎやしないか?

 

 ましてや、お隣さんまで巻き込むなんてホントに……。

 

 もこもこのカーペットの敷かれた階段を素足でゆっくりと降りていく。やや狭い踊り場まで来ると「変なの」が見えた。

 

「父……さん?」

 

 信じられる? 悪趣味な洋画ホラーでも見ないような外周だけ残して顔に風穴の開いた父さんが血溜まりを作り、床に倒れ込んでいた。

 

「……は?」

 

 階段を恐る恐る降りていくと手摺りの隙間からは胸を一突きされ仰向けに倒れている母さん。

 

 更にその奥には……

 

「蘭ちゃ……きちゃ、だめ……! 逃げてぇ……!」

 

 『最近、そういうゲームをプレイしたから。そういう映画を観たから。そう。これは夢。そう錯覚する暇さえ無いほどに私は呆然としてました』

 

 水色チェックのYシャツを着たお隣のお爺ちゃんである事は間違いなかった。それ以外は全てが変だ。

 

 どうしてインターホンをきちんと鳴らせなかったの?

 

 どうして靴を脱いでいないの?

 

 どうして肌が紫色なの?

 

 どうして白目を剥いているの?

 

 どうして肩から腕が2本生えているの?

 

 どうして身長と同じ位の長さのベロが出ているの?

 

「がぁ……あぁ……!」

 

 どうして、父さんは顔が無くなっているの?

 

 どうして、母さんは胸を抑えて倒れているの?

 

 どうして、どうして、どうして?

 

「ひぃっっ……!」

 

 どうして、なっちゃんの首を絞めているの?

 

「逃げ……て……おね……ちゃ……!」

 

 どうして私は……。

 

「艱難、汝を玉にす……」

 

 父さんが命と、家族の次に大切にしていたゴルフクラブを強く握り締めて……

 

「!!!Nnnnnn……aaaaAAAA aaaAAAK!!!」

 

 お爺ちゃんの後頭部を叩き潰さなくてはいけないの?

 

 『紫の血なんて始めてみました。もちろん、人は愚か生き物を殺した記憶もそれまでありませんでした』

 

 力無く倒れるなっちゃん。ぐちゅりとした感触はゴルフクラブを伝って私の全身を駆け巡りました。

 

 非力な私にこんな事出来るわけないじゃない。いくら偏屈でも優しいお爺ちゃんがこんなオバケになるわけ無いじゃない。そうだ、二度寝だ。

 

 きっと、なっちゃんがまた呆れて起こしに来てくれる。グラタン、楽しみだなぁ。

 

 『けれど、倒れたっきり目を開かないなっちゃんを抱き起こしたのは、私の方なのでした』

 

「えっ……動みゃ……えっ……?」

 

 なっちゃんの首からは「紅い血」がドロドロと。現実味の有無で言ったら紫の血より遙かに上で、当然私は目が泳ぐ。

 

「待っててね……! い、い、今……!」

 

 お爺ちゃんだったナニカの肩から生えているありえない長さの腕の手の先の爪は返しがついており何かを傷つけるのにもってこいの形をしていた。

 

 慌てて向かう先は台所。流しにかけてある布巾で抑えて上げてはどうか? とない頭がそう判断した。

 

 『自分だけ生き残った以上、面目が無い』

 

 まぁ頭が無いのはお爺ちゃん。面が無いのはお父さんなわけだけれど。はは、笑えない。

 

 程なくしてヘリコプターのプロペラの音が家の外から聞こえて来た。大きな声で誰かが叫ぶ。

 

 ――〇市内にお住まいの皆様! ただちに最寄りの救助隊の元へお急ぎください! 繰り返します!

 

 なにそれ……?

 

 ――また。肌が紫色に変異し白目を剥いている方は親御さん、お子さんであろうと近寄らないでください! その方は既に、貴方を脅かす脅威です!

 

 なにそれなにそれ……??

 

 ――彼らは凶暴ですが動きは速くありません。落ち着いて、かつ迅速にお逃げください! 繰り返します!

 

 なんでそうなるの? ついさっきまであんなに……!

 

「なっちゃん……逃げるよ……」

 

 首にふきんを押し当てて、肩に腕を回す。

 

 『不思議な落ち着きがあり、父さん母さんはもうダメだと断言出来ました。なっちゃんも似たようなものの筈なのに、変ですよね』

 

 あっという間にふきんは紅に染まる。

 

 玄関までやってきた。

 

「お気に入りのパンプスだよ。血、垂れないようにね」

 

 貴重なおこづかいを靴に使うだなんて。と、少し不思議に思っていた。どんなにきれいでも歩けば土を被り、泥に濡れる。今は紅い雨模様が純白を家がしている。

 

「新しいの……買ってあげるからね……」

 

 そうだ。ゲームの予約をキャンセルすればだいたいこの靴と同じお金が返ってくる。このシミはきっと落ちない。いつもならキンキンする声で嘆くずなのに。

 

 耳元で囁かれたのは……

 

「蘭ちゃん……? ぱぱ……まま……?」

 

「2人で生きなさいって。ね?」

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