TSF物書きゆるっと交流所イベント執筆作品集   作:汐風鈴

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Discordサーバー「TSF物書きゆるっと交流所」で開催された「お題deTSF【合意】」で執筆した作品です。合意のほかに「学校」のキーワードを含んでいます。

学院に潜入した老スパイがTSし、脳が侵食される話です。



「EXPOSE」 お題deTSF【合意】

 手の汗を吸って皺が入った同意書兼注文票を学長の真芝さんに渡した。

 

「ありがとうございます。これにて合意は完了です。……しかし道合隆雄様、新名はお決めになっていないようですね。我らは、心機一転を一番に考えています。なので、 “新しいあなたにふさわしい名前” が必要です」

 

「それはわかっているのですが、どうにも良いものが浮かばなくて、感性が古臭いからかもしれないなあ」

 

「ええ、では私の方で決めてしまっても構わないですか?」

 

 私は警戒心を悟られないように隠しながら、一言も口に出さないで頷いた。そのまま摩耗した肉体に鞭を打って部屋を出ようとする女性の後を追う。目的地に辿り着いて初めて目に映ったのは酸素カプセルのような機器だった。

 

「では、この中でしっかりと休息をとってください。安心してください、次に起きた時にはとっくに別人ですから」

 

 私はカプセル内を覆うクッションの上に横たわって瞼を閉じた。

 

 道合隆雄は政府の秘密機関に所属するエージェントである。妥協を許さない性格ゆえに周囲から距離を置かれながらも、多くの任務を成功させてきた。最後の任務は、失踪事件との関係が疑われる団体への潜入である。この教育団体は急速に入学者が増加しており、失踪の多発時期と一致していたため、隆雄が調査に送り込まれた。

 

 しばらくして微睡みから離れると薄い青色のガラス越しに白い天井が目に入る。カプセルが開くとその青色は消え去った。全身の筋肉痛のような感覚を無理やり我慢して起き上がろうとカプセルの搭乗口の縁に触れた途端に、自身の違和感に一瞬で気づいた。

 

 健康的でやや日焼けした小麦色の肌にすっと伸びた指と爪。腰まで届く金髪と長い睫毛は元の老体とは正反対になったことを教えてくれる。さらに驚いたのはその柔らかな肉体である。皺の一切ない張りのある肌と女性特有の曲線美を強調する胸部と臀部はまさに花の女子学生そのものだ。

 

「隆雄様。いえ、もう違いましたね。今日からあなたは道合エミリ。捨てた名を口にすることはないでしょうが、他人に悟られないように気を付けてください。何かあればあなたも同じ境遇の人も道連れになりますから」

 

 あーしは彼女の脅迫と慣れない重心のせいで尻もちをついてしまった。

 

 あの気迫が嘘かのように穏やかな態度で真芝さんは手を伸ばし、あーしを学生寮の一室に案内した。その中は2LDKで風呂トイレ別の部屋で大学生の賃貸よりも確実に充実していた。

 

 しかし、あーしはその部屋を見渡して溜息を吐いてしまった。寝室には桃色で統一されたベッドやカーテン。化粧台にセットの椅子。化粧台の中にはファンデーションやアイシャドウ、そしてリップなどの化粧品が揃っていた。女性の身体に慣れてもらうために今の容姿に合うようなものが用意されているらしい。

 

 不思議なことに数年付き合ってきたスマホの使い方すら曖昧なのに、化粧道具の使い方が手を取った瞬間に長年使ってきたかのように頭に浮かんできた。髪の洗い方も洋服やそれのコーディネートの組み合わせも知っている。ミネルはその事実に戦慄し、その場で固まってしまった。呆然としていた私を呼んだ女性は、その後に施設内の運動場や食堂などを案内してくれた。これから一週間ほどは最近女性になった仲間と共に運動や食事を行う。

 

「明日からはスケジュール通りに生活してもらいます。不慣れでお疲れでしょうからしっかりお休みください。では失礼いたします」

 

 そう言ってあの女性は扉を開けて出て行ってしまった。

 

 エミリは汗のせいで冷えた体を温めようと脱衣所に向かう。洗面台に取り付けられた鏡には見慣れない女性の上半身が映っていた。小さな顔にすっとした輪郭、赤く潤った唇に黒く長い睫毛。張りのある若々しい肌は茶色に染まっていた。湿ったスウェットを脱ぐと予想外にも白に花柄の刺繍が入ったブラとパンツを身に着けていて、焦がされた肌がその存在を強調する。

 

「あーし、もう男じゃねぇのな」

 

 知らない口調はシャワーの音で搔き消えたのに、心のどこかに残っている。

 

 そこから一週間はまさに学生生活そのものだった。指定の制服に身を包んで席に座って指定された部屋に向かい、メイクや女性らしい仕草を刷り込まれた。メンドーだけどカワイイはまじヤバい。

 

 友人もできた。反町牡丹という小柄な子だ。名字はソリマチだがタンマチとも読めるからあーしはたんたんって呼んでる。たんたんはあーしの頭一つ分小さいけど小動物? って感じでまぢかわ~。制服姿がもうサイキョーでずっと膝に乗せていたい。女性としての指導が終わってからは普段の女性生活に順応するためにフツーの生活を送ってる。ほとんどがたんたんといっしょだし、学院生活は慣れたと思う。

 

 でもこの一週間は、単に学生生活を謳歌していたわけじゃない。あーしは数か所の「この先従業員以外立ち入り禁止」と書かれた扉に張り込みをしていた。たんたんと話しながらだったからバレてないっしょ。あーしに案内をした女性が頻繁に入っていったのでその先をいけばいい。そこを捜索したら失踪した人のデータとあーしを女にした技術を抜くことができるカモ。

 

 あーしはなりたくてギャルやってるわけじゃないし。問題ない、よね。たんたんにはメンゴだけど失踪した人間の証拠をぶんどってこの学院を解体するっきゃない。

 

 そして実行の日、たんたんに今日はやりたいことがあると言って離れ、最初に向かったのはトイレだ。

 

 清掃中の看板を通り過ぎると予想通り青緑色のつなぎを着た清掃員が屈んでいた。服装と道具一式を“拝借”するとあーしの服を着せ、縛り上げて個室にぶち込み、使用中になるようにして扉を閉めた。

 

 怪しまれないように手短にトイレ掃除を終わらせてから看板を引き下げて道具を持ってあの扉に向かった。作業員が持っていたパスをカードリーダーにかざすと扉の鍵が軽い音を立てて開いた。通路の数歩先の突き当りに扉があり、真っ先にその取っ手を握る。

 

「うわっ、ほこりっぽ~。でも絶対何かあるっしょ」

 

 金属製の棚で埋め尽くされており、そこにはいくつものファイルが収められている。ふと、一つだけ手に取って中身を確認するとそこには名前や生年月日などの個人情報のほかに女性の理想像を記述する欄が設けられた書類が入っていた。

 

「これもしかして、たんたんの……」

 

 反町雄三の書類には友人の面影がある証明写真が張り付けられていた。しかし、丁寧に書かれた身長や体重は巨漢そのものである。数枚めくると道合隆雄の書類も見受けられた。筆跡には見覚えがあるし、記入事項も記憶に新しい。

 

「でも隆雄ってあーしのジジイ。どうしてここに」

 

 今の発言には何の違和感をない。そのはずだ。

 

「いや、違う。あーし、どうしてそんなことを――」

 

「――それは当然よ。辻褄合わせも必要だもの」

 

 ふと左肩に誰かの手が乗った。小さな手、冷たい声。真芝だ。

 

 反射で肩に乗せた手を引っ張り腕を真芝の背中に回して地面に押さえつけた。

 

「ドーユーこと?」

 

「あなたは怪しいからね。女性になりたいのに、その理想像がないなんておかしいわ。行動だって怪しい。あの白衣女だったらそんなもの気にしないでしょうけどね。ここを管理している身として、見逃せないの。……深く考えずに答えなさい。あなたの名前は?」

 

「あーしは道合、道合エミリ」

 

 自分の言葉に絶句した。脳を書き換えられるのだ。今のあーしは一週間前に作られた存在なのではないだろうか。考えてみれば、ある肉体に意識を植え付ける方が楽なのではないか? そんな疑心暗鬼が止まらない。

 

「驚いたでしょう。そうでしょうね、でも合意したのはあなたなのよ。それにもかかわらず、あなたは受け入れなかった。私はね、あんたみたいなやつが大っ嫌いなの。私はただ穢れのない居場所を作ろうとしただけなのに、それを邪魔した。だからあんたを多くいじったの。直せるけどね、元通りにはできないわ。嗚呼、あなたが自我に悩むところを想像するだけで頭が沸騰しそうよ!」

 

「黙れ! あーしはあーし。見た目も名前も変わっても変わらないっつーの!」

 

 隠せない動揺をそのままに彼女を力ずくで棚の支柱に拘束する。あーしはこれからの人生が狂っても狂わなくてもその邪悪な嘲笑を頭の中から取り除くことはできないかもしれない。

 

 ※ ※ ※

 

 あの事件から少し後、あーしは報告書の提出と退職の挨拶を済ませた。

 

 真芝や装置の研究者は誘拐罪や薬機法違反などによって裁かれるだろう。当然だ。その一方で牡丹らは被害者として罪には問われないらしいが専用の指導を受けるらしい。あーしはただそれに胸を撫で下ろした。しかし、連行された牡丹と目が合った時は罪悪感で押しつぶされそうになった。

 

 結局、あーしは老人に戻すことはできない。上司曰く「固まってしまったゆで卵は生卵には戻らない。若返るならまだしも老化の促進は傷害になる可能性がある」という。

カプセルのおかげで別の人間になっていく不快感から脱却できたのは不幸中の幸いだが、一人称と仕草だけは治らなかった。癖を直すのは難しいらしい。

 

 あーしは退職祝いに行く焼肉店をスマホで調べながら甘いミルクティーに口をつけた。

 

 ストローの先には口紅が付いている。




題材の濃度が濃すぎて書ききれず、乱暴になりすぎたかもしれません。
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