桜「中東のライダー?」   作:ヤシの木の里

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分断

 

通学路の屋根の上で、ランサーは舌を打った。

 

三つの気配。アーチャー、ライダーの二騎が霊体化し、セイバーはカジュアルな服装で歩く。三人のマスターを囲むように配置されている。士郎の傍にセイバー、凛の傍にアーチャー、桜の傍にライダー。隙がない。一騎に仕掛ければ残り二騎が即座に反応する。三対一。

 

「こりゃ無理だな」

 

ランサーは槍を肩に乗せ直した。

 

勝てない、ではない。三対一では戦いにならない、だ。ランサーの矜持として、正面からの一対一なら誰が相手でも退く気はない。だが三騎同時は別の話だ。

 

屋根の上から通学路を見下ろす。三人は校門をくぐった。セイバー以外のサーヴァントの気配も学校の敷地に入る。

 

ランサーはあくびをした。

 

「待ちだな。三人一緒のうちは手を出せねえ。帰りに分かれるタイミングを狙う」

 

放課後。三人はおそらく一緒に下校する。だが衛宮邸と桜の拠点は別の場所だ。どこかで道が分かれる。士郎と凛が衛宮邸に、桜とライダーが拠点に。分かれた瞬間が——唯一の隙。

 

ランサーは屋根の上に寝転がった。槍を抱えて、冬の空を見上げる。雲が薄い。日差しがある。

 

「放課後まで暇か。まあいい。昼寝でもするか」

 

---

 

坂の下で、イリヤも同じ結論に至っていた。

 

三人が一緒にいる間は動けない。ライダー一騎だけならともかく、セイバーとアーチャーが加われば厄介だ。バーサーカーの命は八つ。だがあの同盟を正面から相手にすれば、八つでは足りない可能性がある。

 

放課後。桜とライダーが二人きりになるとき。

 

そのタイミングなら——バーサーカーとライダーの一対一に持ち込める。

 

イリヤは公園のベンチに座った。バーサーカーは霊体のまま傍にいる。巨人の気配が、薄い膜のようにイリヤを包んでいる。

 

六時間。放課後まで六時間。

 

イリヤはコートのポケットに手を突っ込み、足をぶらぶらさせた。

 

待つのは嫌いだ。でも——待てるようになった。屋敷の中で毛布にくるまっていた頃は、待つことすらできなかった。時間が過ぎるのが怖かった。夜が来るのが怖かった。

 

今は——怖くない、とは言えない。でも、動ける。

 

それだけで十分だった。

 

---

 

午後四時。

 

穂群原学園の校門から、三人が出てきた。

 

士郎、凛、桜。並んで歩いている。冬の日差しが傾き始め、三人の影が長く伸びている。霊体化した三騎の気配が、影に重なるように従っている。

 

商店街を抜け、住宅街に入り——分岐点に来た。

 

「じゃあ桜、また明日ね」

 

「はい、姉さん。先輩も」

 

「ああ。気をつけてな、桜」

 

「ライダーがいますから大丈夫です」

 

桜が笑った。小さく手を振って、右の道へ。士郎と凛は左の道——衛宮邸の方角へ。

 

三つの気配が、二つと一つに分かれた。

 

セイバーとアーチャーが士郎と凛に。ライダーが桜に。

 

ランサーは屋根の上で目を開けた。

 

「——来た」

 

---

 

桜とライダーは住宅街の裏道を歩いていた。

 

ライダーは霊体化したまま、桜の二歩後ろ。いつもの配置だ。探知圏を最大に広げ、周囲の魔力反応を監視している。

 

桜は鼻歌を歌っていた。音程は少しずれていたが、機嫌が良いのだろう。学校で何かあったのかもしれない。ライダーは聞かなかった。聞かなくても、桜が笑っているならそれでいい。

 

路地を一つ曲がったとき——桜の鼻歌が止まった。

 

前方。路地の出口。夕日を背にして、影が立っていた。

 

小さな影ではない。

 

路地の幅いっぱいに広がる巨躯。灰色の肌。盲いた目。手には斧剣。夕日の逆光の中に、バーサーカーが実体化して立っていた。

 

桜の足が止まった。

 

ライダーが実体化した。桜の前に立ち、曲刀の柄に手をかけた。

 

「——そうきたか」

 

低い呟き。

 

バーサーカーの背後、路地の出口の向こうに——紫のコートの少女が立っている。白い髪。赤い瞳。イリヤスフィール。

 

イリヤは何も言わなかった。ライダーを見ていた。赤い瞳に、恐怖と決意と怒りが混ざっていた。

 

ライダーはイリヤの目を見た。あの目の奥にあるものを、読んだ。この少女は——翁に怯え、屋敷に籠もり、それでも出てきた。出てきて、自分に矛先を向けている。翁がいなくなった今、最も危険な存在は同盟の中核——自分だと判断して。

 

正しい判断だった。

 

「桜。下がれ。路地を戻って、大通りに出ろ」

 

「でも——」

 

「走れ」

 

桜は走った。

 

ライダーは曲刀を抜いた。

 

---

 

同時刻。衛宮邸。

 

士郎と凛が門をくぐった瞬間——セイバーが剣を構えた。

 

「シロウ——!」

 

不可視の剣が振るわれた。庭の松の木の陰から赤い閃光が走り、セイバーの剣と激突した。鉄と鉄の悲鳴。火花が散る。

 

朱い槍。

 

ランサーが松の幹を蹴って跳び退り、塀の上に着地した。槍を構え、にやりと笑う。

 

「よう、セイバー。久しぶりだな」

 

「ランサー——!」

 

凛が令呪を構えた。アーチャーが実体化し、弓を引く。

 

「待て、凛」

 

アーチャーの声が鋭かった。弓は引いているが、矢を放っていない。ランサーを狙いながら——視線は別の方角を向いている。南。桜とライダーが向かった方角。

 

「アーチャー、何を——」

 

「分断だ」

 

アーチャーの声が硬かった。

 

「考えろ、凛。ランサーが単独でこの屋敷を襲う意味がない。セイバーとアーチャーの二騎がいる拠点に、一騎で突っ込む馬鹿がどこにいる。本命は別だ。分かれた直後を狙っている——」

 

「桜——! バーサーカー…?」

 

「十中八九な。三騎まとめて相手にできないから、分断して各個撃破。ランサーがこちらを釘付けにしている間に、バーサーカーがライダーを潰す。教科書通りだ」

 

「でも、なんでバーサーカーが」

 

「あの神父の計略だろう。理由は見えんが、アインツベルンは敵になった」

 

凛は南を見た。桜が去った方角。ライダーがついている。だが一対一で、相手がバーサーカーなら——。

 

「凛。どちらがライダーに合流する」

 

アーチャーの問いが飛んだ。即座に。戦術判断を求める声。

 

「セイバーか、俺か。どちらを送る」

 

凛の思考が加速した。

 

セイバーは近接の白兵戦士。ライダーも近接の白兵戦士。二人ともが前衛では、火力が重なる。バーサーカーの生命の蓄積を削り切るには手数がいるが、同じ間合いで戦う二騎では互いの動きを阻害しかねない。

 

アーチャーは射撃と中距離の戦士。ライダーが前衛で削り、アーチャーが後方から射撃で追撃する。近接と射撃の分担。バーサーカーの再生を許さず、効率的に命を削れる。

 

答えは明白だった。

 

「アーチャー、あんたがーー」

 

凛が口を開いた瞬間——。

 

「桜が危ない!!」

 

士郎が走り出した。

 

門を飛び出し、塀を回り、南の路地へ。考えるより先に。判断するより先に。体が動いていた。凛の声も、アーチャーの分析も、何も聞いていなかった。桜が危ない。それだけが頭にあった。

 

セイバーが即座に追った。マスターの傍を離れるわけにはいかない。士郎が走れば、セイバーも走る。不可視の剣を手に、士郎の半歩後ろを影のように駆ける。

 

「衛宮くん!! 待ちなさい!!」

 

凛が叫んだ。手を伸ばした。追いかけようとした。

 

朱い閃光が、凛の前方を横切った。

 

石畳が裂けた。ランサーの槍が凛の足元を薙いでいた。あと一歩踏み出していたら——脚を斬られていた。

 

「おっと。そっちは通行止めだ、嬢ちゃん」

 

ランサーが塀から降り立った。槍を低く構え、凛と衛宮邸の門の間に立ちはだかる。にやりと笑っている。だが目は笑っていない。目は——仕事をしている目だった。

 

「ランサー……!」

 

「悪いな。あっちの坊主とセイバーは見逃してやる。だが——おまえとそこの弓兵は、ここで相手してもらうぜ」

 

凛は歯を食いしばった。

 

追えない。ランサーが道を塞いでいる。令呪でアーチャーをライダーのもとへ飛ばすこともできる——だがそうすれば、凛はランサーと一対一になる。サーヴァントなしで、ランサーの前に立つ。それは死だ。

 

アーチャーが凛の前に出た。弓を降ろし、干将莫耶を投影した。白と黒の双剣が手の中に顕現する。

 

「凛。判断は正しかった」

 

アーチャーの声は静かだった。

 

「俺がライダーに合流すべきだった。近接と射撃の分担。バーサーカー相手には最適の布陣だ。だが——あの坊主が先に走った以上、もう遅い」

 

「わかってるわよ……!」

 

凛の声が震えていた。怒り。焦り。そして——士郎への、苛立ちと、心配が入り混じった声。

 

あの馬鹿。考える前に走る。判断する前に飛び出す。桜が危ないと聞いた瞬間に、全てを放り出して駆け出す。正しくない。正しくないが——あれが衛宮士郎だ。

 

アーチャーが干将莫耶を構えた。ランサーと向かい合う。

 

「やれやれ。セイバーが向こうに行った以上、こちらで槍兵を抑えるしかない」

 

「ああ——付き合ってもらうぜ、弓兵。暇つぶしにはなるだろ」

 

ランサーが踏み込んだ。朱い槍が唸る。アーチャーの双剣が受け止める。鋼と鋼の悲鳴が衛宮邸の庭に響いた。

 

凛は宝石を握りしめ、バックアップに回った。南の空を、一瞬だけ見た。

 

夕日が沈みかけている。桜がどこかで走っている。ライダーがバーサーカーと対峙している。士郎とセイバーがそこに向かっている。

 

近接戦が二組——セイバーとライダー。バーサーカーの生命を削り切れるかもしれない。だが同じ間合いの二騎では、本来の最適解ではない。アーチャーの射撃があれば——。

 

だが、もう遅い。

 

凛は唇を噛み、ランサーとアーチャーの剣戟に集中した。ここでランサーを倒せなくても、最低限拘束する。時間を稼ぐ。あちらが終わるまで。

 

「衛宮くん——馬鹿なんだから、せめて生きて帰ってきなさいよ」

 

誰にも聞こえない声で呟いた。

 

---

 

路地。

 

ライダーの曲刀が、バーサーカーの斧剣を受け流した。

 

一合目から、ライダーは悟っていた。この巨人は——翁とは違う。翁は概念の化身だった。剣が触れても肉を断てない。死を刻むだけの存在。だがバーサーカーは真逆だ。全てが物理。全てが質量。斧剣の一撃は地面を割り、風圧だけで壁を砕く。純粋な暴力の塊。

 

そして——死なない。

 

ライダーの曲刀がバーサーカーの脇腹を切り裂いた。深い傷。だが巨人は止まらなかった。傷口が見る間に塞がり、肌が再生する。どうやら、この斬撃では殺しきれない。同じ手段は二度と通用しない。

 

つまり——手を変え、技を変え、何度も殺さなければ終わらない。

 

一人では無理だ。

 

ライダーはそれを冷静に認識した。認識した上で、退かなかった。背後に桜がいたからではない。桜は逃がした。すでに大通りに出ているはずだ。退かないのは——退いたらバーサーカーが桜を追う可能性があるからだ。

 

ここで止める。一人で。できる限り。

 

斧剣が上段から振り下ろされた。ライダーは横に跳んだ。路地の壁が斧剣で抉り取られ、煉瓦の破片が宙に舞った。着地と同時に踏み込み、曲刀をバーサーカーの膝裏に叩き込んだ。巨人の膝が崩れた。だが倒れない。倒れかけた体勢から、斧剣を横薙ぎに振る。

 

ライダーは伏せた。頭上を斧剣が通過し、路地の両壁を同時に切断した。壁の上半分がゆっくりと崩れ落ちる。

 

瓦礫の中からライダーが飛び出した。鎖帷子の肩口が裂けている。翁に斬られた傷と同じ場所。まだ完治していない箇所に、斧剣の風圧が当たったのだ。血が滲んだ。

 

「——っ」

 

ライダーは曲刀を両手に持ち替えた。片手では受けきれない。翁の七撃を受けた腕には限界がある。

 

バーサーカーが立ち上がった。膝裏の傷はすでに塞がっている。

 

ライダーは息を整え、構え直した。

 

次の一撃を——受ける。

 

受けて、返す。殺す。そしてまた殺す。何度でも。体が持つ限り。

 

曲刀が弧を描いた。バーサーカーの首筋に吸い込まれるように。巨人のは瞬時に避け、立ち上がった。

 

斧剣が来た。ライダーは受けた。衝撃が両腕を貫き、膝が地面にめり込んだ。歯を食いしばった。

 

返す刀で胸を裂いた。心臓に届く深さ。巨人が膝をつき——立ち上がった。残り七。

 

「やはり死なんか――」

 

だがライダーの体も限界に近かった。翁の傷が開いている。鎖帷子の下から血が流れている。腕が震えている。

 

三撃目を受ける余力が——ない。

 

バーサーカーが斧剣を振りかぶった。

 

その瞬間。

 

「——バーサーカー、やめて」

 

声が降ってきた。路地の出口。屋根の上。イリヤが立っていた。

 

バーサーカーの斧剣が止まった。振りかぶった姿勢のまま、凍りついたように。主の声に応じて。

 

イリヤは屋根の上からライダーを見下ろしていた。赤い瞳が揺れている。

 

勝てる。あと一撃か二撃で、このサーヴァントは倒れる。バーサーカーの命を1つ失った。だが相手も限界だ。続ければ——勝てる。

 

だがイリヤの体が震えていた。

 

バーサーカーの命が減った。また減った。七になった。八から七。翁に三つ、ライダーに一つ。戻らない。取り戻せない。永遠に。

 

あと七回。

 

あと七回しか、バーサーカーは死ねない。

 

ここで続けて、ライダーを倒しても——バーサーカーの命はさらに減る。セイバーが来るかもしれない。アーチャーが来るかもしれない。消耗した状態で、二騎を相手にしたら——。

 

恐怖が、戻ってきた。

 

屋敷の毛布の中で震えていたときと同じ恐怖。命が減っていく恐怖。取り返しのつかないものが失われていく恐怖。翁はいない。だが翁が刻んだ傷は、イリヤの心に残っている。命が減る。戻らない。あの夜と同じだ。

 

「撤退。バーサーカー、帰る」

 

声が震えていた。だが命令は明確だった。

 

バーサーカーは斧剣を下ろした。イリヤを片腕で抱え上げ——跳んだ。一跳びで路地を越え、屋根を越え、住宅街の向こうに消えた。

 

路地に、ライダーだけが残された。

 

膝をついている。曲刀を杖代わりにして、辛うじて体を支えている。鎖帷子の下から血が流れ、路地の石畳を染めていく。

 

ライダーは空を見上げた。夕日が沈みかけている。

 

「——もう少し遅ければ、終わっていたな」

 

誰にともなく呟いた。

 

足音が聞こえた。二つ。

 

「ライダー——!」

 

士郎の声だった。路地の入り口から士郎とセイバーが駆け込んできた。二人ともが息を切らしている。全速力で走ってきたのだ。

 

ライダーを見て、士郎の顔が蒼白になった。

 

「血が——ライダー、血が——」

 

「見た目ほどではない。大丈夫だ」

 

大丈夫ではなかった。だが死にはしない。サーヴァントの体は人間より頑丈だ。出血は多いが、致命傷は避けている。

 

セイバーが路地の奥を見た。バーサーカーの気配はすでにない。

 

「間に合わなかった……」

 

セイバーの声に悔いが滲んでいた。

 

「いや。間に合った」

 

ライダーが立ち上がった。曲刀を支えにして。膝が震えているが、立った。

 

「あの少女は撤退を選んだ。おまえたちが来ると気配で察知したからだろう。二対一になる前に引いた。それは——おまえたちが来たから、だ」

 

士郎はライダーの腕を取り、肩を貸した。ライダーの体重が士郎の肩にのしかかった。鎖帷子と血の匂い。

 

「桜は——」

 

「逃がした。大通りに出ている」

 

「よかった……」

 

「ああ。よかった」

 

三人は路地を出た。

 

---

 

衛宮邸。

 

ランサーの槍とアーチャーの双剣が、三度交差した。

 

互いに本気ではなかった。ランサーは陽動。アーチャーはそれを知っている。だが手を抜けば隙を突かれる。だから三度だけ打ち合い、間合いを測り、また距離を取る。

 

ランサーが槍を肩に戻した。

 

「そろそろ引き時だな」

 

南の方角から、バーサーカーの気配が消えていた。撤退した。陽動の役目は終わった。

 

「じゃあな、弓兵。次は本気でやろうぜ」

 

ランサーが塀を蹴って消えた。夜の街に赤い残像だけが一瞬残り、それも消えた。

 

アーチャーは弓を下ろした。

 

歯を噛みしめていた。

 

凛が門から出てきた。

 

「アーチャー。ランサーは」

 

「逃げた。バーサーカーも撤退しただろう」

 

「じゃあ——」

 

「ライダーは無事だ。おそらく。士郎とセイバーが間に合っているはずだ。この短時間で決着はつくまい」

 

「なら、アーチャー。衛宮くんたちが戻ってくるわ。手当ての準備をして。ライダーが怪我してるはず」

 

「……衛宮士郎」

 

アーチャーは霊体化し、凛の傍に戻った。善意だけでは、それでは全ては救えない。そう言いかけ、口をつぐんだ。

 

夜が来た。

 

全員が生きている。だが何かが——確実に、動き始めていた。

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