いつかは魔王!   作:元近ちか

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第1章 森の魔女にご用心
第1話 いつか魔王になる男


「兄ちゃん。魔術師なのに、呪算紋(グリマ・グリフ)がたった1つなのか?」

 

 助けられた男は、唐突にそんな問いを投げかけてきた。

 

「……それがどうした。詠唱さえできれば、誰だろうと魔術師だろ」

 

 青年は眉を寄せる。その声音(こわね)は、何をも(こば)む無機質な響き。

 

「ははっ、違いねえ」

 

 夜の森は、獲物を狙う獣の静かさを孕んでいた。

 天頂には、雲に陰る月。朧月(おぼろづき)の淡い光だけが、細い金糸となって道を縫っている。

 その淡い光を辿りながら、杖を突く男と、剣を帯びた青年が歩いている。

 

 ここは「魔女の森」。ウワサでは、通る人間を取って食う魔女が()むという。

 

「だがよ、呪算紋(グリマ・グリフ)の数は魔力の量そのものだろ?

 たった1ポッチの貧弱な魔力で、この『魔女の森』を無事に抜けられるのかって心配してやってんのさ」

「────」

 

 男の侮蔑(ぶべつ)は、粘着質な泥となってまとわりつく。

 青年はそれを払い落すように、沈黙で応じた。

 

 血を流していた男に「助けてくれ」と(すが)られ、青年は癒術(ヒール・ライズ)を施した。

 その際、宙に浮かび上がった呪算紋(グリマ・グリフ)は、たった1つだけだった。

 

 魔術を顕現(けんげん)する為の算式。その数は術者の魔力量を如実(にょじつ)に示す。

 普通の人間は2つ、平均的な魔術師は3つ。

 それに対して1つというのは、青年が魔術師として貧弱である証だった。

 

 助けた恩を(あだ)で返す指摘に、青年の胸の奥で不快感が(くす)ぶる。

 その気配を()ぎ取ったのか、男は閉じていた唇を裂き、(わら)った。

 

「オイオイ、ジョークだよ。冗談だから許してくれ」

「ジョークというのは、失言の免罪符(めんざいふ)じゃない」

 

 冷ややかな言葉は、夜気よりも鋭く肌を刺した。

 

 男の手が、杖を握り直す。

 二者の距離は歩幅3つ分。

 この間合い、獣が喉元に牙を立てるには充分すぎる。

 

「ついでに、とびきりのジョークだ。

 ──この森の『魔女』っていうのはな、オレのコトなんだよ!」

 

 男の杖に、魔力が流れこむ。杖の表面に、不可視の光の紋様(もんよう)が走った。

 

 キィンッ!

 

 凝結音(ぎょうけつおん)

 男の前に、氷の矢が3本現出(げんしゅつ)する。月光を受け、獣の口に並ぶ牙のように輝く。

 

「死んで遺産をよこしやがれ!」

 

 放たれた氷の矢が、獲物に()らいつかんと襲いかかる。

 

 だが青年は、顔色一つ変えなかった。

 流れるような動作で剣を抜き、(せま)る氷を(むか)()つ。

 

 パキンッ! という甲高(かんだか)い音と共に、氷の矢は砕け散る。

 青年の視線は、刃のように男を(えぐ)った。

 

「血を流していた割には傷口もない。獣の血を塗って怪我人のフリをしてたんだろ?

 奇襲のつもりだろうが、おれの目は誤魔化せん」

「なっ……オマエ、魔術師じゃないのか!?」

 

 男の声が、恐怖に(きし)む。

 剣技と反射神経。どちらも常人のそれではない。

 

「普通の魔術師なら、お飾りの剣だったろうな。

 だがおれは魔術師であり、剣士であるだけだ」

 

 青年の言葉は謙遜(けんそん)でも誇張でもない。ただ事実としての響きがあった。

 

「ヤロウ、見下げやがって……!」

 

 男が歯噛(はが)みする。

 相手が呪算紋(グリマ・グリフ)たった1のヘボ魔術師だと判断したからこそ、勝算ありと奇襲をかけたのだ。

 

 ケガ人を装い、獲物を値踏みして襲う。いつも通りの狩り。

 しかし獲物だと思って口を開ければ、青年もまた牙を備えていた。

 

「ならば」と男は後方に飛び退き、距離を取る。

 

「剣さえ当たらなきゃいいんだろ?

 テメェの弱ェ魔術なんざ怖かねぇ!」

 

 キキキィンッ!

 

 氷の矢は次々と生まれ、夜空を切って飛来し、牽制(けんせい)する。

 

 バシュッ!

 

 青年は剣で払い落としながら、地鳴りのような低い声で詠唱を(つむ)ぎ始めた。

 

「──不変の盤石(ばんじゃく)、母なる大地。静寂(せいじゃく)(ほど)(くさび)となれ」

 

 一聴(いっちょう)すれば単なる言葉。しかし、それは魔術師によってのみ(つむ)がれる言霊(パワー・ワード)

 特殊な発声からなる詠唱は、最後に世界へと訴えかける。

 

地蔦(ギア・ヴァイン)!」

 

 ズガァッ!

 

「うおっ!?」

 

 土がうねり、ツタ状に伸びる。

 大地そのものが、獲物を捕らえんとする腕となり、男へと絡みついた。

 

 杖を奪い、足を縛り、自由を(とら)う。

 

「杖の出力からするに、おれよりおまえの方が魔力は上だろう。だが、」

 

 青年は歩み寄る。

 その足取りは、処刑台を上がる執行人。

 

「道具頼りで詠唱もできんチンピラに、魔術師としての力量が劣るはずがない」

 

 剣先が喉に触れ、死の輪郭(りんかく)をなぞる。

 

「なっ──」

 

 図星を突かれ、男の顔が恐怖に引きつる。

 

 フッ──。

 

 青年が剣を振り上げた。

 

「ひぃぃっ!」

 

 男が死を覚悟し、ギュッと目を閉じる。

 訪れたのは──予想に反する、(かす)かな痛み。

 

「いっ!?」

 

 それ以上の痛みが来ない事に、疑問が浮かぶ。

 男は(まぶた)を上げ、視界を開いた。

 

 腕に視線を落とす。そこに切り傷が一筋(ひとすじ)刻まれていた。

 視線を上げる。

 

 チロ……。

 

 青年は、刃を舐めていた。

 刃には、男の血が伝っている。舌が血を(ぬぐ)い、青年は喉を鳴らす。

 

「ひっ……へ、変態!」

 

 男の口から、悲鳴にも似た言葉が漏れた。

 

「……変態?」

 

 その一言に、青年のこめかみに青筋が浮かぶ。

 不快という感情が顔に(にじ)み、青年はトドメの詠唱を始める。

 

「原始の槍、凍て付くは森羅(しんら)──」

「わああぁぁぁっ!?」

 

 恐怖に駆られ、男が必死に身をよじる。

 

 ボロッ……。

 

 貧弱な魔力で形成された土のツタだ。男の火事場の馬鹿力が、その拘束を崩壊させた。

 

 杖も持たず、命だけを抱えて男は逃げる。

 その背中に向け、青年が詠唱を完結させる。

 

 浮かぶ呪算紋(グリマ・グリフ)は、2つ。

 その紋様(もんよう)の形は、剣とリンドウ。

 

「──()挽抉(ひきえぐ)れ、輝疾氷刃(ブリザード・ブレイド)

 

 ギィンッ!

 

「ぎゃっ──!」

 

 氷の刃が男に直撃すると、瞬く間に氷の彫像(ちょうぞう)へと変えた。

 

 森は再び沈黙する。

 雲が晴れ、差しこんだ月明かりが、青年を照らし出す。

 

 銀髪に青の瞳。

 その整った顔に影を差し、青年が宣言した。

 

「おれは変態ではないし、ただの魔術師でも剣士でもない。

 この世を彷徨(さまよ)い、他人の魔力を食う冷酷な魔剣士。

 いつか──魔王になる男だ」

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