いつかは魔王!   作:元近ちか

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第11話 報酬

 雪片(せっぺん)が、音もなく舞っていた。

 森の中心部は静まり返っている。枝葉に積もった白が、風に揺れるたび、さらさらと氷の粉をこぼす。

 

 ハルスフォートは、ゴブリンたちを封じた氷塊(ひょうかい)の上へ降り立った。

 背からリスティを下ろすと、彼女は足元を確かめるように何度か爪先を動かしている。

 

「よし……」

 

 ハルスフォートは(ふところ)に手を入れた。

 取り出したのは、乾いて丸まった一枚の葉っぱだった。

 

 彼はそれを指先でつまみ、氷の下で牙を()いたまま固まっているゴブリンの顔へ、ひらりと落とす。

 

 ハルスフォートは腕を組み、しばしそれを(なが)めてから、いかにも満足げに鼻を鳴らした。

 

「何してるんですか?」

「復讐だ」

 

 みみっちい復讐を終え、ハルスフォートは白く息を吐いた。

 

 リスティは両手でマントの前をかき寄せ、首をすぼめる。

 ハルスフォートもまた、冷気を払うようにマントを肩へ巻きつけた。

 

「……これで、解決したんでしょうか……?」

「いや、元凶の魔式装具(マギスレイヴ)はまだ破壊できてないだろう」

 

 ハルスフォートは、金髪の男から受け取った地図を広げた。

 紙が凍った風にパタパタと鳴る。彼は親指で押さえながら、現在地と記された点を照らし合わせた。

 

「ゴブリンがより密集している所が、その地点だろう。そう遠くはない」

 

 二人は氷の上を歩き出す。歩幅は自然と小さくなった。

 白い息の向こうに、やがて不自然な空白が見える。

 

 ゴブリンの群れの中心。

 そこだけ、まるで円を描いて避けられたように、何もいない。

 

 氷の層の下に透けて見えるのは、みすぼらしい旅装(りょそう)の男の亡骸(なきがら)

 先行していたハルスフォートが、腐敗とウジでぐずぐずになった肉体を目撃する。

 彼は、リスティの前に片腕を出して制した。

 

「リスティ、止まって目を閉じてろ」

 

 ハルスフォートは亡骸(なきがら)の傍にしゃがみこんだ。

 

 氷越しでは、どこがどの部位かも判然としない。

 それでも彼は眉一つ動かさず、肉の崩れ方と骨の角度を見て、頭の位置を探った。

 

 ハルスフォートは剣を逆手に持つ。

 白い息が刃にかかり、薄い(しも)となって消えた。

 

 そして、分厚い氷へ向けて振り下ろす。

 

 ィンッ──。

 

 鋼同士が触れ合うような、涼やかな音が森に抜けた。

 氷の下で頭蓋(ずがい)が砕け、霊的構造が破綻(はたん)する。

 

 増殖の源は、これで絶たれた。

 

「終わったぞ」

 

 剣を引き抜き、ハルスフォートは刃についた氷片(ひょうへん)を振り払った。

 

「……ありがとうございます、ハルスフォートさん」

 

 リスティは(まぶた)を開く。

 

 氷の上へ(ひざ)をつき、懐から女神の指輪を取り出す。

 胸の前で両手を組むと、親指が何度も指輪の(ふち)をなぞった。

 

「……何をしている。早く行くぞ」

 

 ハルスフォートの声が、凍った地面の上を滑る。

 それでもリスティは祈りの形を崩さず、組んだ手を胸元へ引き寄せた。

 

「きっとその人は、無念の内に死んでしまいましたから。せめて……死後の安らぎを。

 それから、理由もなく生み出されて、こうして凍らされたゴブリンたちも」

 

 リスティの声は、祈りの姿勢のまま落ちた。

 膝の下から冷たさが染みこんでいるはずなのに、祈る手はほどけない。

 

 ハルスフォートの頬に、薄い皮肉が浮いた。

 

「人間の女神の元へ送る祈りで、亜人の魂は救われるのか?」

「それでも……死した命、殺してしまった命を、無碍(むげ)にはできません」

「人間の命も亜人の命も、等価として扱うつもりか?

 その命をお前は殺したんだぞ」

 

 リスティは祈りを止めなかった。

 閉じた(まぶた)の下で、かすかに瞳が揺れ動く。指輪を包む小さな手に、力がこもった。

 

「ええ、命は等価です。けれど、わたしたちは『人間』です。

 人間として生きる以上、ゴブリンと人間が対立したら、わたしたちは人間の側に立ちます。

 他の命を奪い、犠牲にして生きるなら、せめて犠牲にした命には敬意を払わなければならないと思うんです」

「……そうか」

 

 それ以上、ハルスフォートは何も言わなかった。

 

 その考えに全面的な肯定はしない。

 しかし、否定できるほど高潔(こうけつ)ではない。

 

 ──単なる「良い子ちゃん」かと思ったが、それほどお花畑ではないようだな。

 

 ハルスフォートは、無理に彼女の腕を引いて立ち上がらせることはしなかった。

 ただ、空を睨むように顔を上げ、少女に背を向ける。

 

 雪片(せっぺん)が、彼の銀髪に落ちた。

 払いもしないまま、ハルスフォートはリスティの祈りが終わるまで、凍った森の中に立ち続けた。

 


 

 陽光が西に傾き始めた頃。

 ハルスフォートとリスティの二人は、村へと帰還した。

 

 門の前では、村長と村人たちが待っていた。

 誰も腰を下ろしていない。農具を杖代わりに握った男も、幼い子を抱いた女も、2人の姿を認めるなり顔を上げた。

 

 踏み固められた土の上で、いくつもの足音が乱れる。

 

「ハルスフォートさん! ど、どうなりましたか!?」

 

 村長が駆け寄ってきた。

 ハルスフォートは、涼しい顔で村長を見返す。

 

「解決だ。

 リスティの魔術でゴブリンの群れを一掃し、増殖の元凶となっていた魔式装具(マギスレイヴ)はおれが絶った」

 

 村人たちの間に、ざわめきが走る。

 

「この小さい子が、ゴブリンの群れを!?」

「そうだ。リスティが倒さなければ、解決には至らなかっただろう」

「…………」

 

 照れて縮こまるリスティに、村人の一人が前に出た。

 

「その……嬢ちゃん。あんたの実力を疑って悪かったな。

 嬢ちゃんと初めて会ったとき、まさか本当にゴブリンどもを倒せるとは思わなくて……」

「……いえ、そう思ってもムリはないですから……」

 

 リスティは小さく頭を下げた。

 村人とリスティのやり取りを横目に、ハルスフォートが話を続ける。

 

「まだ空は明るいが、討伐の確認に行って帰れば夜になる。

 詳細は明日にでも、あんたらが確認してくれ」

「ああ……ありがとうございます!」

「報酬の500G(グレイン)は、確認が取れ次第、おれとリスティの銀行口座に振り込んでおけ。

 残党は数えるほどしかいない。狩人だけでも倒し切れるはずだ」

 

 淡々と告げるハルスフォートの横で、リスティが慌てて手を振った。

 

「あ、あの、村長さん!

 わたし、銀行の口座なんて持っていませんから……わたしの分は要りません。

 ハルスフォートさんに全部渡してください」

「バカを言うな」

 

 ハルスフォートが即座に口を挟むが、リスティは深々と頭を下げた。

 

「いいんです、本当にお世話になったので。

 ……村長さん、皆さん、今までありがとうございました。お騒がせしました」

 

 リスティは背嚢(はいのう)の紐を締め直す。

 小さな肩に荷物が乗り、足が門の外へ向いた。

 

 その背中を、ハルスフォートが呼び止める。

 

「おい。

 おまえ、これからどこへ行くつもりだ」

 

 リスティは立ち止まった。

 振り返るまでに、ほんの少しだけ間があった。

 

「……師匠の遺言なんです。

『ヨートゥルムの魔術師ギルドに行け』って。封書を届ける役目を負ったんです」

「ヨートゥルムか」

 

 ヨートゥルム。このレイワズ王国の首都である。

 このティミー村から、数日も歩けば着く。

 

 人口の多い場所を苦手とするハルスフォートは、首都の名を出され、渋い顔をした。

 そんな彼に、リスティが問いを返す。

 

「ハルスフォートさんも、なにか目的があって旅をしているんですよね?」

 

 不意を突かれ、ハルスフォートの口が脊髄反射(せきずいはんしゃ)で動いた。

 

「それはおまえを──」

 

 ──おまえを食って、膨大な魔力をものにする為だ。

 

 危うい本音が、歯の裏までせり上がる。

 ハルスフォートは軽く咳払いし、その牙を無理矢理収めた。

 

「おまえを?」

「おまえ……と、目的地は同じだ。おれもヨートゥルムに用がある」

「えっ、そうなんですか?」

 

 リスティの目が丸くなる。

 彼女が硬直するわずかな間、ハルスフォートは、都合のいい筋書きを即席で組み上げた。

 

 リスティを食う機会をうかがう、とっておきの言い訳。

 

「──それに、おれは貸しを作るのが嫌いだ。

 今回の報酬をおまえさんの分まで受け取る以上、その分は働かせてもらう。

 おれがおまえの『護衛』として、ヨートゥルムまで同行してやる」

 

 リスティの肩が跳ねた。

 

「えっ……!?

 でも、申し訳ないですよ。わたし、自分の身くらいならなんとかできます」

「ああ、『なんとかできる』だろうな」

 

 ハルスフォートは、リスティに鋭い指を突きつけた。

 

「おまえの魔術なら、野盗や野生動物くらいは追い払えるだろう。

 だが、魔術がそもそも唱えられるか、唱えられたとして周囲の森や道が灰になるか。胸に手を当てて考えてみろ」

「…………」

 

 リスティは己の所業を振り返り、ハルスフォートにぺこっと頭を下げた。

 

「……わかりました。

 これからヨートゥルムまで、よろしくお願いします。ハルスフォートさん」

 

 観念したように、リスティが手を差し出す。

 小さな手だった。冷えた指先は、まだ少し赤い。

 

 その小さな手に、ハルスフォートの大きな手が包むように握手した。

 

「ああ。短い旅になるだろうが、よろしくな」

 

 契約の成立を明らかにする、小さな接触。

 リスティの手は細く、力をこめれば容易(たやす)く壊れそうで──それでいて、彼女は握手が終わるまで、手を引かなかった。

 

 内心に抱えた歪みを互いに知らず、2人は門の外へ一歩を踏み出す。

 

 村のざわめきが、背後で遠ざかっていく。

 馬車の(わだち)の残る道が、夕陽の中で伸びていた。

 

 二人は並び、ヨートゥルムへ続く道を歩き出したのだった。

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