いつかは魔王!   作:元近ちか

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第3章 スリル・ショック・サスペンス
第12話 興奮探し


 ティミー村を出てから、数十分が経っていた。

 

 村の屋根はもう、振り返っても見えない。

 代わりに、夕陽を吸った街道が、赤銅色(しゃくどういろ)の帯となって森の間を縫っていた。

 

 先頭を行くのは、マントを(ひるがえ)して歩くハルスフォート。

 長い脚が、迷いなく土を踏む。靴音は一定で、急いでいる様子はない。

 

 目的地は首都ヨートゥルム。

 今日を入れて2,3日。日中に歩いていけば着くであろう。

 

 旅人としては、ごく普通の速度。

 少なくとも、彼にとってはそうだった。

 

 日も暮れ始めている。野営地を見繕(みつくろ)う時間帯か。

 ハルスフォートは足を止めることなく、首だけで背後を振り返った。

 

「おい──」

 

 リスティの名を呼びかけて、そこで口が止まった。

 

「はっ……はっ……」

 

 リスティは小走りになっていた。

 背嚢(はいのう)の紐を両手で握り、肩で息をしている。黒髪が頬に張りつき、額には細かな汗が浮かんでいた。

 彼女は、ハルスフォートの視線に気づくなり、(はじ)かれたように顔を上げる。

 

「あ……っ」

 

 遅れていると思ったのだろう。

 赤くなった頬で、さらに足を速めようとした。

 

 ハルスフォートは前へ向き直る。

 

 自分の一歩と、少女の一歩。

 地面に落ちる影の長さが、まるで違っていた。

 

 ──そういえば、ガキのお守りをしながら旅をするのは初めてか。

 

 ハルスフォートの次の一歩から、靴音がほんの少しだけ遅くなる。

 

 大股だった歩幅を、半歩分だけ削った。

 足首の力を抜き、マントの揺れに紛らわせる。いかにも、もとからその速度で歩いていたという顔で、街道の先を見据えた。

 

 背後の足音が、少しずつ近づいてくる。

 

 せわしなく土を蹴る音が、やがて落ち着いた。

 リスティはまだ横には並ばない。けれど、小走りをしなくてもついてこられる距離まで戻っていた。

 

「あの……ありがとうございます」

 

 息の残る声が、背中に届いた。

 

「…………」

 

 ハルスフォートは返事をしない。

 ただ、わずかに進路を街道の内側へ寄せた。

 

 やがて、背後の呼吸が細く整う。ばらついていた足音も、ハルスフォートの歩調に近づいてきた。

 

 そこでようやく、ハルスフォートは前を向いたまま口を開いた。

 

「……一晩泊まってから出るべきだったかもしれない。

 昼過ぎに出発しても、それほど距離は稼げない。万全の体勢で朝に出るべきだったか」

 

 仮定の話を持ち出され、リスティは少しだけ目元を緩める。

 

「いえ……どのみち、ヨートゥルムまでは歩いて2日はかかりますから。

 村を出るのが遅れたところで、途中で野宿が挟まるのは確定ですし、そんなに変わらないですよ」

「確かにな。1日程度、間に野宿が挟まったところで変わらないか」

「どれが最善かなんて、後にならないと分かりませんからね」

 

 リスティは背嚢(はいのう)の紐を持ち直し、ハルスフォートの半歩後ろまで距離を詰めた。

 話しやすい距離になり、彼が更に話題を上げる。

 

「野営地も早めに決めておくか。近くに水場のありそうな場所なら良いが」

「それなら、ここから1時間くらい先が良いと思います。

 街道を外れて西に少し行ったところに、小さな沢があるはずです。

 地図だと、そのあたりが野営に適しているかと」

 

 予想外だったのか、ハルスフォートは一拍遅れてリスティへ目を向けた。

 

「準備が良いな」

「ヨートゥルム周辺の地図は持っています。

 もしかして、ハルスフォートさんは持ってませんか?」

「あー……」

 

 ハルスフォートの視線が、頭上の空間を彷徨(さまよ)う。

 

 本来、ヨートゥルムに行く予定などなかった。

 獲物(リスティ)と同行するために、「目的地が同じだ」と口から出任せを吐いただけである。

 

「……おれくらいのベテランになれば、地図などなくとも問題ない」

「へえー……!」

 

 リスティの瞳が、丸く輝く。

 疑う気配のない、まっすぐな尊敬だった。

 

 ハルスフォートは、その視線を正面から受け止めきれず、わずかに(あご)を逸らした。

 妙な居心地の悪さが、胃のあたりに沈む。

 

「と、当然だ。

 風と地形を読めば進むべき道は分かる。こうやって耳を澄まして──」

 

 いかにも周囲を警戒している、という顔で街道脇へ視線を流す。

 

 ──風か?

 そう思いかけて、ハルスフォートは足を緩める。

 

 環境音を精査すると、いくつもの音が重なっていた。

 (こずえ)を撫でる風。遠くで鳴く鳥。土を踏む音。旅装(りょそう)金具(かなぐ)が揺れる、小さな音。

 

 その中に、調子の違うものが混じっている。

 枝葉の向こうから、子供の声が途切れ途切れに漏れていた。

 

「待て」

「えっ?」

 

 低く制され、リスティも足を止めた。

 

「何か聞こえる。あっちの方向だ」

 

 ハルスフォートは音の方角を指差し、そちらへと足を向ける。

 草を掻き分けた先に、小さな開けた場所があった。

 

 中央に、一本の大きな広葉樹。

 その根元には、弧を描いた白木が転がっていた。

 

 そして、広葉樹の枝の先から──何かがぶら下がっている。

 

「……みのむし?」

 

 リスティが目を細めた。

 

 正体は、10歳ほどの少女だった。

 

 小柄な体が宙で揺れている。

 背中のマントが鋭い枝に引っかかり、少女は両足をばたつかせていた。

 

 少女はこちらに気づくと、顔をぱっと上げた。

 困っているはずなのに、顔色だけはやけに明るい。

 

「あー! 旅の人、助けてー!」

 

 ハルスフォートは木を見上げ、眉間にシワを寄せる。

 

「……なんでそんなコトになってる?」

「木に登って、下りようとしたら、服が引っかかっちゃって……」

「そんな危険なマネを、人気(ひとけ)のないところでやるんじゃない」

 

 ハルスフォートは、自分の尾を追う犬でも見るような目で、少女を見上げた。

 それに対し、少女は宙吊りのままグッと拳を握る。

 

「だからこそよ!」

「は?」

「滅多に人がこないところで高所に登り、ジャンプで下りるハラハラ感……!

 もしかしたら着地に失敗してケガをするかもしれない、そのスリルがたまらないんじゃない!」

 

 目を輝かせる少女に、ハルスフォートは(きびす)を返した。

 

「じゃあ永遠に木のオーナメントになるスリルでも味わってろ」

「ああっ! それは違うわ!

 確実に死んじゃうのはフツーに怖いのよ!」

「難儀な性格だな。来世で反省を生かせ」

 

 ハルスフォートが本当に立ち去りかけると、リスティは木と彼の背中を何度も見比べた。

 

「あの……じゃあ、わたしがなんとかします!」

 

 言って、リスティは地面に転がっていた弧状の白木を手に取った。

 この白木で、広葉樹の枝を直接揺らすと考えたのだろう。しかし──。

 

 ヴンッ!

 

 弧の両端を結ぶように、青白い光の弦が張られる。

 火花がパチパチと散り、木陰(こかげ)を淡く照らした。

 

「わっ!?」

 

 リスティは反射的に白木を取り落とした。

 地面に落ちると同時に、光の弦はフッと消える。

 

「な、なに……?」

「あー、それはあたしの落とし物。牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)のレプリカだよ」

牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)……?」

 

 リスティの疑問に、ハルスフォートが横から答える。

 

「この辺りで有名な勇者イオーズの魔式装具(マギスレイヴ)だ。

 魔王を倒した聖なる弓。その弓から、光の矢が撃ち出せる。

 レプリカだったら、機能も似たようなものだろう」

「なるほど、じゃあ……!」

 

 リスティは目を輝かせ、再び白木──弓を拾い上げた。

 

 今度は、先ほどよりも太い光の弦が張った。

 リスティは気にする素振りもなく、そのまま少女がぶら下がっている枝へと向け──。

 

「待て。」

 

 ハルスフォートは血相を変えてリスティの腕を掴んだ。

 

「おまえさんの魔力で撃ち出したら、枝どころかここら一帯、丸ごと消し飛ぶぞ」

「あ! そ、そうですね……」

 

 リスティの肩が小さく縮む。

 ハルスフォートは彼女の手から弓をひったくった。

 

「貸せ」

 

 彼が握った途端、光の弦は痩せた。

 頼りない光の糸が、ぷるぷると弓の間に張っている。

 

 弦を引く。

 光が細い矢となり、指先に集まった。

 

 バシュッ!

 

 放たれた光の矢が、鋭い音を残して走る。

 狙い通り、少女のマントを捕らえた枝へ直撃した。

 

 バキィッ!

 

 枝が折れる。

 拘束から解き放たれた少女は、自由を得た。──枝と共に、重力に引きずられての落下である。

 

「きゃああああぁぁぁっ!」

 

 悲鳴は高く、なぜか弾んでいた。

 

 ベダンッ!

 

 鈍い音に、リスティの顔から血の気が引いた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 リスティが駆け寄るより早く、少女はむくりと上半身を起こした。

 髪に葉っぱを絡ませ、口元には満足げな笑みが浮かんでいる。

 

 少女は服についた土をぱっぱっと払い、二人へ向かって深々とお辞儀した。

 

「ううん……とってもスリリングだった。ありがとう」

 

 リスティは伸ばしかけた手を宙で止めた。

 

「打ち所が悪かったでしょうか……」

「打つ前から悪かっただろ」

 

 リスティが言葉を失っている横で、ハルスフォートは拾い上げた弓を少女へ放った。

 

「ほら、荷物だ」

「はーい。返してくれてありがとー」

 

 弓を仕舞おうと、少女のマントが翻る。

 その内側に、いくつもの革袋がぶら下がっていた。膨らんだ袋同士がぶつかり、ちゃり、と金属の混じった音を立てる。

 

 リスティは少女の顔を(のぞ)きこんだ。

 

「あの……この近くの村の人ですか? それとも、わたしと同じ旅人ですか?」

 

 少女は首を横に振る。

 

「ううん、違うわ。

 あたしケティアって言うんだけど、この辺りを牛耳ってる『深き暗夜(オプスキュリテ)』って盗賊団の下っ端だったの」

「盗賊団……?」

 

 ハルスフォートが、ぴくりと反応する。

 

「あたし、『まだ小さいから』って裏方仕事ばっかりだったの。

 洗濯とか、食事づくりとか、見張り番の眠気覚まし係とか。ぜーんぶ飽きちゃったわ。

 だから家出しようと思ったんだ」

「……そのマントにくくりつけた革袋は?」

 

 ハルスフォートが指摘すると、ケティアは背中をひねって袋を見る。

 

「とりあえず目についたお宝は、全部持ち出してきたわ」

「……ンなことすりゃ、元の盗賊団が黙ってねぇぞ」

「そこが狙いよ」

 

 ケティアの瞳が、金貨よりもぎらりと光る。

 

「『深き暗夜(オプスキュリテ)』が必死にあたしを追いかけにくるスリルが味わえるのよ!」

「リスティ。おれは護衛として、おまえをこのガキから引き剥がし、全力で逃げる義務がある」

 

 ハルスフォートは、リスティの手を引いて早足で歩き出す。

 

「待って! 一人じゃ心細いわよ!」

「厄介ごとを自ら背負いこんだガキなんざ、どうなろうと自業自得だろうが!」

 

 相手が幼い少女だとしても、かける慈悲には限度がある。

 ハルスフォートは全力で拒絶し、流石のリスティからもケティアを擁護(ようご)する声は上がらない。

 

 脇道から街道へと戻り、ひたすら逃げる2人と、追いかける1人。

 その慌ただしさに引き寄せられたように、前方の木陰から影が一つ、ゆらりと出てきた。

 

「ハルスフォートさん、あれ……!」

「ん……?」

 

 街道の真ん中に、荒くれの男が立っていた。

 日に焼けた顔。手には刃こぼれしたダガー。腰に巻いた革帯(かわおび)からは、使い込まれた小袋や縄がいくつも下がっている。

 

 男はダガーの切っ先を、こちらへビッ! と向けた。

 

「ケティア! それと、そこの2人!

 共謀(きょうぼう)して団の宝を奪おうなんざ、この『深き暗夜(オプスキュリテ)』も舐められたモンだなぁ!?」

「…………」

 

 勝手に共謀者に仕立て上げられ、ハルスフォートは頭を抱えた。

 

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