いつかは魔王!   作:元近ちか

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第13話 卵

「ケティア! それとそこの二人!

 共謀して団の宝を奪おうなんざ、この『深き暗夜(オプスキュリテ)』も舐められたモンだなぁ!?」

「…………」

 

 ハルスフォートは、肺の底から息を吐いた。

 

 元を正せば、文字通り「危険思想」のクソガキが勝手に盗みを働き、勝手に道端で引っかかっていただけだ。

 自分たちは巻きこまれた被害者である。

 

「おい、待て。勘違いするな」

 

 ハルスフォートは、後ろで顔を青くしているケティアの襟首(えりくび)(つか)み上げた。

 

「ひゃっ」

 

 子猫でも()まむような扱いだった。

 ケティアの足が地面を離れ、革袋が腰のあたりで揺れる。

 

「なんだぁ?」

 

 盗賊が眉を吊り上げる。

 

「このガキなら好きにしろ。

 おれたちとは無関係だ。今すぐ熨斗(のし)つけて返してやる」

 

 パチンッ──。

 

 ハルスフォートは指を鳴らし、ケティアを盗賊の方へと突き出した。

 

「ハルスフォートさん、それは流石(さすが)に……!」

 

 リスティが一歩踏み出す。

 その口を、ハルスフォートの片手が(ふさ)いだ。

 

「悪いが、静かにしていろ」

 

 耳元に落とされたその一言に、リスティの肩が硬直する。

 彼女は何かを言い返そうとして、唇だけを動かした。

 

 吊り下げられたケティアが、不敵に笑う。

 

「ふっふっふ。

 もしかしたら反逆者として殺されるかもしれないスリル。それはそれとして──」

 

 ッバーン!

 

 ケティアは腕を振りほどき、地面に着くなり、ハルスフォートの足元へ(ひたい)(こす)りつけた。

 

「お願い、助けて!

 死んじゃったらもうスリルは味わえないのよ!?」

 

 土下座の姿勢で、彼女は必死に顔だけ上げる。

 目元には涙が浮かんでいるが、口角だけはどうにも楽しげに震えていた。

 

「なんのリスクもない火遊びはないだろうが」

 

 ハルスフォートは、すがりつく腕を()がした。

 その瞬間。

 

「……兵法第三十六計(逃げ)ッ!」

 

 ケティアは、土下座の姿勢から地面すれすれに走り出した。

 

「まっ──待ちやがれ!」

 

 盗賊の手が空を掻く。

 

 ズザッ!

 

 ケティアは地面を転がるように身を沈め、盗賊の股下をすり抜けた。

 土埃が舞い、煙幕となって視界を(さえぎ)る。

 

 次の瞬間にはもう、彼女の小さな背中は街道を外れ、森の茂みへ飛びこんでいた。

 あとは、遠ざかっていく足音だけ。

 

「あ、コラ待て! このクソガキッ!」

 

 盗賊が一歩踏み出し、それからこちらを振り返った。

 

 ハルスフォートは、止める素振りも見せない。

「どうぞ」と言わんばかりの冷淡な顔を見て、舌打ちした。

 

「……チッ。テメェら、本当に無関係だったかよ」

 

 吐き捨てると、盗賊はケティアを追って森へ消えた。

 しばらくして、虫の声が戻ってきた。

 

 ハルスフォートは、ようやくリスティの口から手を離した。

 

 リスティはすぐには何も言わなかった。

 ただ、指先で自分の(そで)をぎゅっと(つか)み、ハルスフォートを見上げる。

 

「その……ケティアさんに大きな過失があるのは、分かっています。

 それでも、あの子……殺されるかもしれませんよね……?」

 

 リスティの声は、最後の一音だけ(かす)れていた。

 ハルスフォートは、リスティの頭に手を置いた。

 

 先程はケティアをぞんざいに扱った手。

 その手が今は、リスティの髪を乱さないように撫でている。

 

「まあ、その可能性は低い」

 

 ハルスフォートは、盗賊が消えた森を見たまま、指先を軽く(こす)り合わせる。

 

「あの盗賊の背中に、『目』をまいておいた」

「……目?」

 

 ハルスフォートの指の腹に、白い種子めいたものが付着していた。

 

「探知用の魔式装具(マギスレイヴ)だ。

 これと同じものを、盗賊に飛ばした」

 

 リスティは盗賊の消えた方を見て、それからハルスフォートの指を見た。

 

 先ほどの、ケティアを渡す際の指鳴らし。

 何でもないような動作の一瞬に、彼は仕込んでいたのだ。

 

「いずれ、あの盗賊は本拠地に帰還する。

 そこを叩けば、あのガキも、ご近所の村人も、全部まるっと解決だ」

「……!」

 

 リスティの目が丸くなる。

 袖を握っていた指が、一本ずつ離れていく。

 

 ハルスフォートは、それを横目で見届ける。

 それ以上何かを問われる前に、彼は背を向けた。

 

「あの盗賊は、ケティアを追って当分帰還はしないだろう。

 ……行くぞ、リスティ。今のうちに野営の準備を済ませる。

 おれの『仕事』は夜からだ」

 


 

 1時間後。2人は、予定していた沢の近くに腰を落ち着けていた。

 

 夜はすっかり森を満たしている。

 石で囲った火は赤く揺らめき、(まき)が思い出したように音を立てた。

 

「……ハルスフォートさん。

 その、例の『目』の反応はどうですか?」

 

 地面に刺した串の焼き面を変えながら、リスティがおずおずと(たず)ねた。

 

 串で貫かれたタマネギとベーコンが、焦げ目を背にしてひっくり返る。

 ベーコンから落ちた脂が火に触れ、ジュッと小さく鳴った。

 

「待ってろ。今……感覚を同調させる」

 

 ハルスフォートは目蓋を閉じた。

 

 炎が、鼻筋に細い陰影を刻んだ。

 彼の指先は、膝の上で(かす)かに動く。

 

「……ケティアを連れている様子はない。あいつの盗んだ革袋も持っていないようだ」

 

 リスティの手が、串を回す途中で止まった。

 

「恐らく、盗賊はケティアを見失い、あきらめて自分の巣に戻ったというトコだな。

 この感覚からして……ここから北へ3キロ。見える景色からして、谷間の廃村といったところか」

「ケティアさんは……逃げ切れたんですね」

 

 リスティは、胸元に手を当てる。

 火明かりの中で、リスティの肩から力が抜けた。

 

「ああ。あの身のこなしだ。簡単には捕まらんだろう。

 おれは腹ごしらえをしたら、すぐに発つ」

「わたしは──」

「盗賊団の討伐はおれ一人で行く」

 

 リスティの申し出を、ハルスフォートが(さえぎ)る。

 

「危険であることが分かり切っている場所に連れていくより、ここにいた方が安全だ」

「……分かりました」

 

 彼女は焼き上がった串に塩とコショウを振り、ハルスフォートへ差し出した。

 

「ここで、ハルスフォートさんの帰りを待つようにします」

「ああ、助かる」

 

 ハルスフォートは受け取り、串刺しのタマネギを一口で頬張った。

 

「あぢっ!」

「ふふ。焼きたてですからね」

 

 リスティは、こらえきれずに目を細めた。

 

 焚き火が、二人の間で揺れていた。

 木々の影は深く、森はどこまでも暗い。

 けれど、その一角だけは、串焼きの匂いと火の熱で、わずかに穏やかだった。

 

 ハルスフォートは2本ほど串焼きを平らげると、膝を払って立ち上がった。

 マントを羽織り、剣の位置を確かめる。

 

「1本残しておいてくれ。

 後で無事に帰ったら食うからな」

「はい。どうぞご無事で」

 

 その声を背中に受け、ハルスフォートは火の輪から外れた。

 焚き火の明かりが、彼の(かかと)から離れていく。

 

 一歩。

 また一歩。

 闇が、マントの(すそ)から彼を飲みこんだ。

 

 リスティの視界から完全に消えたところで、ハルスフォートの口角が吊り上がる。

 

 ──「まるっと解決」か……嘘ではないが、額面通りとも言えない。

 

 言葉というものは便利だ。

 どの面を表に向けるかで、ずいぶん綺麗に見える。

 

 ハルスフォートは、夜目を利かせながら北へ駆けた。

 

 夜気が、襟元(えりもと)から忍びこんでくる。

 (やぶ)(そで)を引き、踏みしめた落ち葉が足元に貼りつく。

 火の音は背後へ遠ざかり、代わりに、風に乗って別の匂いが混じり始めた。

 

 煙。

 酒。

 脂。

 そして、人間の群れが吐き出す、ぬるい臭気。

 

 前方の谷間に、廃村の影が沈んでいる。

 盗賊団、深き暗夜(オプスキュリテ)

 

 かつては人が暮らしていた家々には、あちこちに松明(たいまつ)が据えられていた。

 崩れた壁の隙間から、下卑(げび)た笑い声が漏れてくる。

 

 ハルスフォートは腰の剣を抜いた。

 

 身を低くし、雑草に(おお)われた元街道を進む。

 草の穂がマントを撫で、夜露が布に染みた。

 

 廃村の入り口には、見張りが2人。

 

 1人は槍を肩に担ぎ、退屈そうに首を回している。

 もう1人は、壁にもたれて大きな欠伸(あくび)をした。

 

「ふぁあ──」

 

 開いた口から、酒臭い息が漏れる。

 男の(まぶた)が閉じ──次に開くことはなかった。

 

 ザンッ!

 

 ハルスフォートの剣が、喉を裂いた。

 血が噴き、松明(たいまつ)の火と同化する。

 

「なっ、なんだ──!?」

 

 もう1人が振り向く。

 

 ジャキッ。

 

 恐怖が顔に届くより先に、剣が首の脈に添えられていた。

 

「ひっ……」

 

 男の奥歯がカチカチと鳴った。

 刃の上で鮮血が伝い、脚が細かく震える。

 

「宝はどこだ?」

「ひっ!」

「おまえたちが持っている、一番価値の高い宝だ」

 

 男の目が、左右に泳ぐ。

 鼻先に汗が浮き、喉仏が上下した。

 

「きっ……金庫だ!

 お頭が……いつも背負ってる小さい金庫。

 寝る時も、用を足す時も離さねえ。アレがおそらく一番だ!」

「ほう」

 

 ハルスフォートの目が細くなる。

 

 ズッ……。

 

 首に、刃が沈みこむ。

 男は声もなく崩れ落ちた。痛みすら感じる間もなかっただろう。

 

 ハルスフォートは血を払わず、廃村の内側へ目を向けた。

 

 盗賊団を潰す。

 村人に害を及ぼす連中を消す。

 ケティアの面倒も、ついでに片づく。

 

 どれも嘘ではない。

 

 だが、煙に混じる人間の臭気を嗅ぎ取ると、心臓が身じろぎした。

 

 ケティアが持ち出したのは、目についたお宝だけ。

 ならば、目につかなかったお宝が──頭領が肌身離さず抱えるお宝がある。

 

 それに、自身の荒々しい性分は、まだ充足を得られていない。

 

「悪党ども。おれの飢えを満たす(いしずえ)になるがいい」

 

 ハルスフォートは、崩れた軒先(のきさき)の闇へ音もなく消えた。

 廃村の奥から、笑い声がまた一つ上がる。

 

 その笑い声は、数分も経たずに悲鳴へと変わった。

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