「ケティア! それとそこの二人!
共謀して団の宝を奪おうなんざ、この『
「…………」
ハルスフォートは、肺の底から息を吐いた。
元を正せば、文字通り「危険思想」のクソガキが勝手に盗みを働き、勝手に道端で引っかかっていただけだ。
自分たちは巻きこまれた被害者である。
「おい、待て。勘違いするな」
ハルスフォートは、後ろで顔を青くしているケティアの
「ひゃっ」
子猫でも
ケティアの足が地面を離れ、革袋が腰のあたりで揺れる。
「なんだぁ?」
盗賊が眉を吊り上げる。
「このガキなら好きにしろ。
おれたちとは無関係だ。今すぐ
パチンッ──。
ハルスフォートは指を鳴らし、ケティアを盗賊の方へと突き出した。
「ハルスフォートさん、それは
リスティが一歩踏み出す。
その口を、ハルスフォートの片手が
「悪いが、静かにしていろ」
耳元に落とされたその一言に、リスティの肩が硬直する。
彼女は何かを言い返そうとして、唇だけを動かした。
吊り下げられたケティアが、不敵に笑う。
「ふっふっふ。
もしかしたら反逆者として殺されるかもしれないスリル。それはそれとして──」
ッバーン!
ケティアは腕を振りほどき、地面に着くなり、ハルスフォートの足元へ
「お願い、助けて!
死んじゃったらもうスリルは味わえないのよ!?」
土下座の姿勢で、彼女は必死に顔だけ上げる。
目元には涙が浮かんでいるが、口角だけはどうにも楽しげに震えていた。
「なんのリスクもない火遊びはないだろうが」
ハルスフォートは、すがりつく腕を
その瞬間。
「……
ケティアは、土下座の姿勢から地面すれすれに走り出した。
「まっ──待ちやがれ!」
盗賊の手が空を掻く。
ズザッ!
ケティアは地面を転がるように身を沈め、盗賊の股下をすり抜けた。
土埃が舞い、煙幕となって視界を
次の瞬間にはもう、彼女の小さな背中は街道を外れ、森の茂みへ飛びこんでいた。
あとは、遠ざかっていく足音だけ。
「あ、コラ待て! このクソガキッ!」
盗賊が一歩踏み出し、それからこちらを振り返った。
ハルスフォートは、止める素振りも見せない。
「どうぞ」と言わんばかりの冷淡な顔を見て、舌打ちした。
「……チッ。テメェら、本当に無関係だったかよ」
吐き捨てると、盗賊はケティアを追って森へ消えた。
しばらくして、虫の声が戻ってきた。
ハルスフォートは、ようやくリスティの口から手を離した。
リスティはすぐには何も言わなかった。
ただ、指先で自分の
「その……ケティアさんに大きな過失があるのは、分かっています。
それでも、あの子……殺されるかもしれませんよね……?」
リスティの声は、最後の一音だけ
ハルスフォートは、リスティの頭に手を置いた。
先程はケティアをぞんざいに扱った手。
その手が今は、リスティの髪を乱さないように撫でている。
「まあ、その可能性は低い」
ハルスフォートは、盗賊が消えた森を見たまま、指先を軽く
「あの盗賊の背中に、『目』をまいておいた」
「……目?」
ハルスフォートの指の腹に、白い種子めいたものが付着していた。
「探知用の
これと同じものを、盗賊に飛ばした」
リスティは盗賊の消えた方を見て、それからハルスフォートの指を見た。
先ほどの、ケティアを渡す際の指鳴らし。
何でもないような動作の一瞬に、彼は仕込んでいたのだ。
「いずれ、あの盗賊は本拠地に帰還する。
そこを叩けば、あのガキも、ご近所の村人も、全部まるっと解決だ」
「……!」
リスティの目が丸くなる。
袖を握っていた指が、一本ずつ離れていく。
ハルスフォートは、それを横目で見届ける。
それ以上何かを問われる前に、彼は背を向けた。
「あの盗賊は、ケティアを追って当分帰還はしないだろう。
……行くぞ、リスティ。今のうちに野営の準備を済ませる。
おれの『仕事』は夜からだ」
1時間後。2人は、予定していた沢の近くに腰を落ち着けていた。
夜はすっかり森を満たしている。
石で囲った火は赤く揺らめき、
「……ハルスフォートさん。
その、例の『目』の反応はどうですか?」
地面に刺した串の焼き面を変えながら、リスティがおずおずと
串で貫かれたタマネギとベーコンが、焦げ目を背にしてひっくり返る。
ベーコンから落ちた脂が火に触れ、ジュッと小さく鳴った。
「待ってろ。今……感覚を同調させる」
ハルスフォートは目蓋を閉じた。
炎が、鼻筋に細い陰影を刻んだ。
彼の指先は、膝の上で
「……ケティアを連れている様子はない。あいつの盗んだ革袋も持っていないようだ」
リスティの手が、串を回す途中で止まった。
「恐らく、盗賊はケティアを見失い、あきらめて自分の巣に戻ったというトコだな。
この感覚からして……ここから北へ3キロ。見える景色からして、谷間の廃村といったところか」
「ケティアさんは……逃げ切れたんですね」
リスティは、胸元に手を当てる。
火明かりの中で、リスティの肩から力が抜けた。
「ああ。あの身のこなしだ。簡単には捕まらんだろう。
おれは腹ごしらえをしたら、すぐに発つ」
「わたしは──」
「盗賊団の討伐はおれ一人で行く」
リスティの申し出を、ハルスフォートが
「危険であることが分かり切っている場所に連れていくより、ここにいた方が安全だ」
「……分かりました」
彼女は焼き上がった串に塩とコショウを振り、ハルスフォートへ差し出した。
「ここで、ハルスフォートさんの帰りを待つようにします」
「ああ、助かる」
ハルスフォートは受け取り、串刺しのタマネギを一口で頬張った。
「あぢっ!」
「ふふ。焼きたてですからね」
リスティは、こらえきれずに目を細めた。
焚き火が、二人の間で揺れていた。
木々の影は深く、森はどこまでも暗い。
けれど、その一角だけは、串焼きの匂いと火の熱で、わずかに穏やかだった。
ハルスフォートは2本ほど串焼きを平らげると、膝を払って立ち上がった。
マントを羽織り、剣の位置を確かめる。
「1本残しておいてくれ。
後で無事に帰ったら食うからな」
「はい。どうぞご無事で」
その声を背中に受け、ハルスフォートは火の輪から外れた。
焚き火の明かりが、彼の
一歩。
また一歩。
闇が、マントの
リスティの視界から完全に消えたところで、ハルスフォートの口角が吊り上がる。
──「まるっと解決」か……嘘ではないが、額面通りとも言えない。
言葉というものは便利だ。
どの面を表に向けるかで、ずいぶん綺麗に見える。
ハルスフォートは、夜目を利かせながら北へ駆けた。
夜気が、
火の音は背後へ遠ざかり、代わりに、風に乗って別の匂いが混じり始めた。
煙。
酒。
脂。
そして、人間の群れが吐き出す、ぬるい臭気。
前方の谷間に、廃村の影が沈んでいる。
盗賊団、
かつては人が暮らしていた家々には、あちこちに
崩れた壁の隙間から、
ハルスフォートは腰の剣を抜いた。
身を低くし、雑草に
草の穂がマントを撫で、夜露が布に染みた。
廃村の入り口には、見張りが2人。
1人は槍を肩に担ぎ、退屈そうに首を回している。
もう1人は、壁にもたれて大きな
「ふぁあ──」
開いた口から、酒臭い息が漏れる。
男の
ザンッ!
ハルスフォートの剣が、喉を裂いた。
血が噴き、
「なっ、なんだ──!?」
もう1人が振り向く。
ジャキッ。
恐怖が顔に届くより先に、剣が首の脈に添えられていた。
「ひっ……」
男の奥歯がカチカチと鳴った。
刃の上で鮮血が伝い、脚が細かく震える。
「宝はどこだ?」
「ひっ!」
「おまえたちが持っている、一番価値の高い宝だ」
男の目が、左右に泳ぐ。
鼻先に汗が浮き、喉仏が上下した。
「きっ……金庫だ!
お頭が……いつも背負ってる小さい金庫。
寝る時も、用を足す時も離さねえ。アレがおそらく一番だ!」
「ほう」
ハルスフォートの目が細くなる。
ズッ……。
首に、刃が沈みこむ。
男は声もなく崩れ落ちた。痛みすら感じる間もなかっただろう。
ハルスフォートは血を払わず、廃村の内側へ目を向けた。
盗賊団を潰す。
村人に害を及ぼす連中を消す。
ケティアの面倒も、ついでに片づく。
どれも嘘ではない。
だが、煙に混じる人間の臭気を嗅ぎ取ると、心臓が身じろぎした。
ケティアが持ち出したのは、目についたお宝だけ。
ならば、目につかなかったお宝が──頭領が肌身離さず抱えるお宝がある。
それに、自身の荒々しい性分は、まだ充足を得られていない。
「悪党ども。おれの飢えを満たす
ハルスフォートは、崩れた
廃村の奥から、笑い声がまた一つ上がる。
その笑い声は、数分も経たずに悲鳴へと変わった。