夜の帳が下りた廃村。
かつて人の暮らしが息づいていたその場所は、今や崩れかけた家屋と、無法者たちの巣窟と化していた。
今夜。
その静寂は、一方的な
「ぎゃあああッ!」
「な、なんだコイツ! 剣筋が見えねえ!」
バッ!
松明の灯りが荒く揺れ、赤い
ハルスフォートは、襲い来る盗賊の刃を最小限の動きで紙一重にかわした。
すれ違いざま、剣先が喉元を通過する。
「ぎィッ──!?」
悲鳴は、泡となって潰れる。
返す刀で心臓を突き刺し、その
ドッ!
「うおっ!?」
蹴り飛ばされた死体を受け止めきれず、後ろの盗賊が泥と血の上に転がった。
ズッ!
転倒した盗賊の首を、地面ごと剣で縫い留める。
──軽いな。
ハルスフォートは、刃に返る手応えの軽さに鼻を鳴らした。
盗賊団「
剣筋は雑。連携もない。
人数だけは多いが、呼吸がまるで合っていなかった。
──この分だと、「お宝」に期待はできないか。
刃を振るう間にも、ハルスフォートの目は死体ではなく、まだ見ぬ報酬へ向いていた。
見張りの話によれば、頭領が肌身離さず持っている「金庫」があるという。
この世の盗賊の多くは、金銀財宝のほかに、重さの割に高価な
持ち運び可能な金庫に入る金の量はたかが知れている。しかし、それがとびきり高級品の
「ッ!」
ガズッ!
思考の片手間に、盗賊の脳天を
鈍い感触が手首に返り、男の膝ががくりと折れた。
広場に集まっていた十数人の盗賊は、すでに半数が地面に伏していた。
残った者たちは、互いの背にぶつかりながら一歩、また一歩と下がった。
「ひ、ひぃ……! 化け物だ!」
その声に、ハルスフォートはぴたりと足を止めた。
「……化け物、か」
血に濡れた剣を肩に担ぎ、彼はふっと鼻で笑う。
松明の赤い光を受け、口元だけが愉悦に歪んだ。
「そう。これまでのおれを、失敗続きのお節介焼き──お茶目な好青年などと誤解していたなら、その認識を改めろ。
化け物と呼ぶべきこの残虐なる魔剣士こそ、おれ本来の姿だ!」
「知らねえよ、これまでのオマエ!」
「誰に言ってるんだコイツ!?」
盗賊たちは、恐怖とは別種の困惑に顔を引きつらせた。
「おい! 『あれ』を出せ! このままじゃ全員──」
盗賊の一人が叫ぶ。
その叫びは、ハルスフォートが斬るまでもなく途切れた。
ドッ!
盗賊の頭が弾け飛ぶ。
「──言い方には気をつけろよ。
『あれ』なんざ、モノみてぇな扱いしやがって」
影から現れたのは、3人の男。
いずれの手にも、翼の彫刻を先端にあしらった杖が握られていた。
高圧の空気弾を撃ち出す、ポピュラーな攻撃用の
しかし、人の頭を砕くこの威力。並の魔力で撃ち出せるものではない。
杖持ちの3人の男たちに、ハルスフォートが目を
「おれほどじゃないが、ずいぶんな悪人のようだな」
「心にもないコトを言うんじゃねぇな色男、オレたちゃ大罪人──魔人サマだぜぇ!」
3人の男は一斉に、杖をこちらに向けた。
松明の火が、杖の翼飾りに細い赤線を走らせる。
目線と手つき。
そこから架空の補助線を引き、ハルスフォートは回避のステップを踏む。
グムッ!
くぐもった音と共に、背後にいた盗賊が血飛沫を上げた。
「ひぃっ!?」
肉の裂ける音に、周囲の盗賊たちが息を止める。
味方をものともしない素振り。
ハルスフォートは不敵に
「確かに、この威力は魔人だろうな。
だが、
しかし剣先は、言葉とは裏腹に細かく揺れる。
以前戦った「魔女」、エリス・タークトッドほど強くはない。
しかし、単細胞の魔人が3人となれば、厄介さは単純に3倍だ。
「ほう、そうかい」
「なら──何分耐えられるか確かめてみようか!」
ダッ!
3人は、ハルスフォートの視線を奪い合うように動いた。
正面、左、右後ろ。半歩ごとに、角度が入れ替わる。
「ちっ」
聴覚を研ぎ済まし、群衆の中から杖の振る音を聞き分ける。
先程までの優位を失い、ハルスフォートは脂汗をにじませた。
「──がーっはっはっは! 手間取らせやがって!」
戦場を見下ろす丘の上から、野太い大男の声が降ってきた。
禿頭に傷だらけの顔。
巨漢の男は、金属製の金庫を背負って現れた。
あの不自然な金庫。恐らくあれが、盗賊団の頭領だろう。
頭領は背中の金庫を揺らしながら、勝ち誇ったように笑った。
「見ろよ、この魔人たちを!
オレたちのバックにはな、強大な魔人である『あの御方』がついてんだよ!
そいつに頼んで、見こみのあるヤツらを、魔人にしてやったんだぜ!」
頭領は夜空を指さす。
「さらに!
オレは、『あの御方』に援護を要請した!
要請はすぐに聞き届けられる……もうすぐ到着するはずだ!」
「……なんだと?」
ハルスフォートの顔から余裕が消える。
これ以上の増援。
しかも上位の魔人が来るとなれば、今の自分では勝ち目がない。
──逃げるか? いや、囲まれている。
奥歯が、ぎり、と音を立てる。その時だった。
カッ!
廃村の上空が、昼のように白く染まった。
閃光が夜を焼き、家屋の影が一瞬消し飛ぶ。
ズゴゥンッ!
遅れてきた轟音が、
火の粉が横殴りに飛び、崩れた壁から砂埃が舞う。
「な……ッ!?」
ハルスフォートは言葉を失った。
上級魔術、いや、それ以上の出力だ。戦略級の破壊魔法と言ってもいい。
あんなものを撃てる奴がいるとすれば、魔王くらいのものだ。
ハルスフォートの背筋を、冷たいものが走り抜ける。
終わった。
とんでもないものと敵対してしまった。
青ざめるハルスフォートとは対照的に、頭領は夜空を見上げて目を輝かせる。
「おお! 来たか!
見ろ、あの美しい花火を! あれこそがオレたちの勝利の
夜空の炎は
頭領が拳を掲げ、ハルスフォートは死を覚悟した。
「──降伏してください! 今のは威嚇射撃です!」
夜空から降り注いだのは、悲痛なほどの絶叫だった。
『……は?』
ハルスフォートと頭領、そして魔人たちが一斉に空を見上げる。
燃え盛る、巨大な火球の向こう側。
闇夜に浮かぶガケの上に立つ、あの小さな影は──。
「抵抗するなら、あなたたちはバーベキューになります!」
涙目で叫ぶ、黒髪の少女──リスティだった。
「なんで……おまえがここにいる?」
ハルスフォートの唇だけが動き、視線は崖上の少女に縫い止められていた。
リスティは、野営地に留まらせていたはずだ。
「私が教えたのよー!」
リスティの背後から、ひょっこりと別の影が顔を出した。
盗賊団から抜け出してきた少女、スリル狂いのケティアだ。
「野営地で、リスティちゃんと会ったのよ。
そうしたら、あなたが
『うちの盗賊団には魔人がいるからムリよ』って教えてあげたら、あわてん坊のこの子に連れられてここまで来たわ」
「……冷静で的確な判断力だな」
「余計なお世話だった?」
「いや、
ハルスフォートは額の汗をぬぐった。
周囲の盗賊たちは、口を半開きにしたままガケの上を見上げている。
高威力の魔術と、それに似合わない小さな少女の姿を、頭の中で結びつけられずにいるようだった。
盗賊への降伏勧告が効いていない事を察し、ハルスフォートは盗賊に向かって声を張り上げる。
「
見た目こそ子供だが、初級魔術で森を焼き、千の獣を殺す
その名を聞き、盗賊たちはざわりっ、と騒然となる。
「ク、クノケウス!? アレが!?」
「
「外見を偽り、実年齢は百年を超えると言われている……!」
「……うっ……!」
好き勝手な言葉が下から飛び、リスティの涙目が更に潤む。
しかし、ハルスフォートが脅迫を代行したことで、盗賊たちもようやく状況を飲みこんだようだ。
「ひっ、ひぃぃぃっ!」
1人が背を向けた。
「オ、オレぁ逃げるぜ!」
それを合図に、集団は蜘蛛の子を散らすように崩れた。
悲鳴と足音が、ばらばらの方角へ遠ざかっていく。
残る敵は、3人の魔人と頭領のみ。
「なんだ、ただのガキじゃねえか! 脅かしやがって!」
しかし、かの「
魔人である彼らは、恐怖よりも殺意が勝る生き物だ。
「詠唱する前に殺せ! あんなデカい魔法、連発できるわけがねえ!」
「相手が誰だろうと知るかよ! 死ねぇッ!」
3人の怒号を受けても、リスティは
涙の残る目で、まっすぐハルスフォートを見る。
「ハルスフォートさん!」
「なんだ!?」
「
ハルスフォートが返事をするよりも前に、3人の魔人が動く。
「跳べェ!」
杖を地面に向け、同時に発動する。
ビュゴウッ!
高圧の空気が地面を叩き、泥と砂利を巻き上げる。
反発力を推進力とし、魔人たちはリスティへと肉薄した。
戦況が一息ごとに形を変える。
ハルスフォートは、リスティに言われるがまま術を完成させた。
「
足元に生じた見えない段差を蹴り、ハルスフォートは上空へと身を躍らせる。
その直後。
「光よ!」
リスティは、いつの間にか手にしていた弓──
バジジバシュゴォッ!
弦から放たれるのは、本来の「光の矢」ではない。
次の瞬間、光の柱が空気を裂いて落ちる。
「ゃ──」
ゴジュゴオオオオォォンッ!
1人の魔人が、悲鳴も上げきれず光に呑みこまれた。
地上に落ちた
バギィッ!
この一撃を放った瞬間、
攻撃手段が喪失した。
色を失っていた魔人たちの目に、ぎらりと光が戻る。
「ビビらせやがって!」
「手品は終わりかよ!」
煽る2人の魔人。
「マズいな……」
ハルスフォートは空中で歯を食いしばった。
リスティは略式詠唱よりも時間のかかる、公式詠唱しか唱えられない。
このままでは、次の魔術を唱える前に魔人の手が届く。
「逃げろ!」
ハルスフォートの警告に、リスティが微笑む。
泣き腫らした目元のまま、口元だけをそっと緩めた。
「大丈夫です。……わたしたちで、どうにかしますから」
「何をどうするってんだぁ!?」
リスティの
「はい」
彼女はそこから、次なる
短杖。宝球。レンズに筒。
どれも、売ればそれなりの額になるような──攻撃用の
「すみませんが、まだ手品の演目は続いているんです」
言って、リスティが
「ちょっ、助けっ──」
魔人たちの命乞いは、続く火力に掻き消された。
撃ち響く炎の竜。
一息で肺が破裂する高圧の風。
触れるもの全てを凍てつかせる光の一条。
どれもが一撃必殺の威力。
そして、使うたびに高価な
「…………」
遥か上空。
風に煽られながら、眼下の惨状を見下ろしていたハルスフォートは、頬を引きつらせた。
頬に当たる風が熱くなったと思いきや、次の瞬間には
砕けた
ハルスフォートの視線は、魔人よりも、その破片を追っていた。
ハルスフォートは、笑うでもなく呻くでもなく、ただ小さく声を落とす。
「……おれが商人だったら卒倒していたな」
廃村は瞬く間に、歪んだ土が天を