いつかは魔王!   作:元近ちか

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第14話 盗賊無双

 夜の帳が下りた廃村。

 

 かつて人の暮らしが息づいていたその場所は、今や崩れかけた家屋と、無法者たちの巣窟と化していた。

 

 今夜。

 その静寂は、一方的な蹂躙(じゅうりん)によって破られていた。

 

「ぎゃあああッ!」

「な、なんだコイツ! 剣筋が見えねえ!」

 

 バッ!

 

 松明の灯りが荒く揺れ、赤い飛沫(ひまつ)夜気(やき)に散った。

 

 ハルスフォートは、襲い来る盗賊の刃を最小限の動きで紙一重にかわした。

 すれ違いざま、剣先が喉元を通過する。

 

「ぎィッ──!?」

 

 悲鳴は、泡となって潰れる。

 返す刀で心臓を突き刺し、その身体(からだ)を蹴り飛ばす。

 

 ドッ!

 

「うおっ!?」

 

 蹴り飛ばされた死体を受け止めきれず、後ろの盗賊が泥と血の上に転がった。

 

 ズッ!

 

 転倒した盗賊の首を、地面ごと剣で縫い留める。

 

 ──軽いな。

 

 ハルスフォートは、刃に返る手応えの軽さに鼻を鳴らした。

 盗賊団「深き暗夜(オプスキュリテ)」。大層な名前をつけてはいるが、所詮は野盗崩れだ。

 

 剣筋は雑。連携もない。

 人数だけは多いが、呼吸がまるで合っていなかった。

 

 ──この分だと、「お宝」に期待はできないか。

 

 刃を振るう間にも、ハルスフォートの目は死体ではなく、まだ見ぬ報酬へ向いていた。

 見張りの話によれば、頭領が肌身離さず持っている「金庫」があるという。

 

 この世の盗賊の多くは、金銀財宝のほかに、重さの割に高価な魔式装具(マギスレイヴ)も貯めこんでいる。

 持ち運び可能な金庫に入る金の量はたかが知れている。しかし、それがとびきり高級品の魔式装具(マギスレイヴ)であれば──。

 

「ッ!」

 

 ガズッ!

 

 思考の片手間に、盗賊の脳天を柄頭(つかがしら)で打ち砕く。

 鈍い感触が手首に返り、男の膝ががくりと折れた。

 

 広場に集まっていた十数人の盗賊は、すでに半数が地面に伏していた。

 残った者たちは、互いの背にぶつかりながら一歩、また一歩と下がった。

 

「ひ、ひぃ……! 化け物だ!」

 

 その声に、ハルスフォートはぴたりと足を止めた。

 

「……化け物、か」

 

 血に濡れた剣を肩に担ぎ、彼はふっと鼻で笑う。

 松明の赤い光を受け、口元だけが愉悦に歪んだ。

 

「そう。これまでのおれを、失敗続きのお節介焼き──お茶目な好青年などと誤解していたなら、その認識を改めろ。

 化け物と呼ぶべきこの残虐なる魔剣士こそ、おれ本来の姿だ!」

「知らねえよ、これまでのオマエ!」

「誰に言ってるんだコイツ!?」

 

 盗賊たちは、恐怖とは別種の困惑に顔を引きつらせた。

 

「おい! 『あれ』を出せ! このままじゃ全員──」

 

 盗賊の一人が叫ぶ。

 その叫びは、ハルスフォートが斬るまでもなく途切れた。

 

 ドッ!

 

 盗賊の頭が弾け飛ぶ。

 

「──言い方には気をつけろよ。

『あれ』なんざ、モノみてぇな扱いしやがって」

 

 影から現れたのは、3人の男。

 いずれの手にも、翼の彫刻を先端にあしらった杖が握られていた。

 

 高圧の空気弾を撃ち出す、ポピュラーな攻撃用の魔式装具(マギスレイヴ)である。

 しかし、人の頭を砕くこの威力。並の魔力で撃ち出せるものではない。

 

 杖持ちの3人の男たちに、ハルスフォートが目を(すぼ)める。

 

「おれほどじゃないが、ずいぶんな悪人のようだな」

「心にもないコトを言うんじゃねぇな色男、オレたちゃ大罪人──魔人サマだぜぇ!」

 

 3人の男は一斉に、杖をこちらに向けた。

 松明の火が、杖の翼飾りに細い赤線を走らせる。

 

 目線と手つき。

 そこから架空の補助線を引き、ハルスフォートは回避のステップを踏む。

 

 グムッ!

 

 くぐもった音と共に、背後にいた盗賊が血飛沫を上げた。

 

「ひぃっ!?」

 

 肉の裂ける音に、周囲の盗賊たちが息を止める。

 

 味方をものともしない素振り。

 魔式装具(マギスレイヴ)に頼った魔術。

 

 ハルスフォートは不敵に(うそぶ)く。

 

「確かに、この威力は魔人だろうな。

 だが、万声(ばんせい)も唱えられない素人に、すんなりと負ける訳にはいかないな」

 

 しかし剣先は、言葉とは裏腹に細かく揺れる。

 

 以前戦った「魔女」、エリス・タークトッドほど強くはない。

 しかし、単細胞の魔人が3人となれば、厄介さは単純に3倍だ。

 

「ほう、そうかい」

「なら──何分耐えられるか確かめてみようか!」

 

 ダッ!

 

 3人は、ハルスフォートの視線を奪い合うように動いた。

 正面、左、右後ろ。半歩ごとに、角度が入れ替わる。

 

「ちっ」

 

 聴覚を研ぎ済まし、群衆の中から杖の振る音を聞き分ける。

 先程までの優位を失い、ハルスフォートは脂汗をにじませた。

 

「──がーっはっはっは! 手間取らせやがって!」

 

 戦場を見下ろす丘の上から、野太い大男の声が降ってきた。

 

 禿頭に傷だらけの顔。

 巨漢の男は、金属製の金庫を背負って現れた。

 

 あの不自然な金庫。恐らくあれが、盗賊団の頭領だろう。

 頭領は背中の金庫を揺らしながら、勝ち誇ったように笑った。

 

「見ろよ、この魔人たちを!

 オレたちのバックにはな、強大な魔人である『あの御方』がついてんだよ!

 そいつに頼んで、見こみのあるヤツらを、魔人にしてやったんだぜ!」

 

 頭領は夜空を指さす。

 

「さらに!

 オレは、『あの御方』に援護を要請した!

 要請はすぐに聞き届けられる……もうすぐ到着するはずだ!」

「……なんだと?」

 

 ハルスフォートの顔から余裕が消える。

 

 これ以上の増援。

 しかも上位の魔人が来るとなれば、今の自分では勝ち目がない。

 

 ──逃げるか? いや、囲まれている。紙子(かみこ)を着て川へ()まったのはおれか……!

 

 奥歯が、ぎり、と音を立てる。その時だった。

 

 カッ!

 

 廃村の上空が、昼のように白く染まった。

 閃光が夜を焼き、家屋の影が一瞬消し飛ぶ。

 

 ズゴゥンッ!

 

 遅れてきた轟音が、鳩尾(みぞおち)を揺さぶった。

 火の粉が横殴りに飛び、崩れた壁から砂埃が舞う。

 

「な……ッ!?」

 

 ハルスフォートは言葉を失った。

 上級魔術、いや、それ以上の出力だ。戦略級の破壊魔法と言ってもいい。

 

 あんなものを撃てる奴がいるとすれば、魔王くらいのものだ。

 ハルスフォートの背筋を、冷たいものが走り抜ける。

 

 終わった。

 とんでもないものと敵対してしまった。

 

 青ざめるハルスフォートとは対照的に、頭領は夜空を見上げて目を輝かせる。

 

「おお! 来たか!

 見ろ、あの美しい花火を! あれこそがオレたちの勝利の狼煙(のろし)だ!」

 

 夜空の炎は赫々(かくかく)と燃え盛る。

 頭領が拳を掲げ、ハルスフォートは死を覚悟した。

 

「──降伏してください! 今のは威嚇射撃です!」

 

 夜空から降り注いだのは、悲痛なほどの絶叫だった。

 

『……は?』

 

 ハルスフォートと頭領、そして魔人たちが一斉に空を見上げる。

 

 燃え盛る、巨大な火球の向こう側。

 闇夜に浮かぶガケの上に立つ、あの小さな影は──。

 

「抵抗するなら、あなたたちはバーベキューになります!」

 

 涙目で叫ぶ、黒髪の少女──リスティだった。

 

「なんで……おまえがここにいる?」

 

 ハルスフォートの唇だけが動き、視線は崖上の少女に縫い止められていた。

 リスティは、野営地に留まらせていたはずだ。

 

「私が教えたのよー!」

 

 リスティの背後から、ひょっこりと別の影が顔を出した。

 盗賊団から抜け出してきた少女、スリル狂いのケティアだ。

 

「野営地で、リスティちゃんと会ったのよ。

 そうしたら、あなたが深き暗夜(オプスキュリテ)にカチコミに行ったって聞いたの。

『うちの盗賊団には魔人がいるからムリよ』って教えてあげたら、あわてん坊のこの子に連れられてここまで来たわ」

「……冷静で的確な判断力だな」

「余計なお世話だった?」

「いや、忌々(いまいま)しいくらい気が()いている」

 

 ハルスフォートは額の汗をぬぐった。

 

 周囲の盗賊たちは、口を半開きにしたままガケの上を見上げている。

 高威力の魔術と、それに似合わない小さな少女の姿を、頭の中で結びつけられずにいるようだった。

 

 盗賊への降伏勧告が効いていない事を察し、ハルスフォートは盗賊に向かって声を張り上げる。

 

()()はリスティ──フルネームはリスティ・()()()()()

 見た目こそ子供だが、初級魔術で森を焼き、千の獣を殺す人型災厄(ウォーキング・ディザスター)だぞ!」

 

 その名を聞き、盗賊たちはざわりっ、と騒然となる。

 

「ク、クノケウス!? アレが!?」

威嚇(いかく)であの火力……『善悪全滅(ジェノサイド・タイフーン)』が実在したというのか!?」

「外見を偽り、実年齢は百年を超えると言われている……!」

「……うっ……!」

 

 好き勝手な言葉が下から飛び、リスティの涙目が更に潤む。

 しかし、ハルスフォートが脅迫を代行したことで、盗賊たちもようやく状況を飲みこんだようだ。

 

「ひっ、ひぃぃぃっ!」

 

 1人が背を向けた。

 

「オ、オレぁ逃げるぜ!」

 

 それを合図に、集団は蜘蛛の子を散らすように崩れた。

 悲鳴と足音が、ばらばらの方角へ遠ざかっていく。

 

 残る敵は、3人の魔人と頭領のみ。

 

「なんだ、ただのガキじゃねえか! 脅かしやがって!」

 

 しかし、かの「人型災厄(ウォーキング・ディザスター)」と聞いても、魔人たちは止まらない。

 魔人である彼らは、恐怖よりも殺意が勝る生き物だ。

 

「詠唱する前に殺せ! あんなデカい魔法、連発できるわけがねえ!」

「相手が誰だろうと知るかよ! 死ねぇッ!」

 

 3人の怒号を受けても、リスティは崖上(がいじょう)から身を引かなかった。

 涙の残る目で、まっすぐハルスフォートを見る。

 

「ハルスフォートさん!」

「なんだ!?」

跳空(エアステア)、使えますよね!?」

 

 ハルスフォートが返事をするよりも前に、3人の魔人が動く。

 

「跳べェ!」

 

 杖を地面に向け、同時に発動する。

 

 ビュゴウッ!

 

 高圧の空気が地面を叩き、泥と砂利を巻き上げる。

 反発力を推進力とし、魔人たちはリスティへと肉薄した。

 

 戦況が一息ごとに形を変える。

 ハルスフォートは、リスティに言われるがまま術を完成させた。

 

跳空(エアステア)ッ!」

 

 足元に生じた見えない段差を蹴り、ハルスフォートは上空へと身を躍らせる。

 その直後。

 

「光よ!」

 

 リスティは、いつの間にか手にしていた弓──牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)のレプリカを、眼下に迫る魔人たちへと向けた。

 

 バジジバシュゴォッ!

 

 弦から放たれるのは、本来の「光の矢」ではない。

 雷霆(らいてい)。神の怒りの瀑布(ばくふ)

 

 次の瞬間、光の柱が空気を裂いて落ちる。

 

「ゃ──」

 

 ゴジュゴオオオオォォンッ!

 

 1人の魔人が、悲鳴も上げきれず光に呑みこまれた。

 地上に落ちた怒槌(いかづち)は大地を揺らし、廃屋の屋根が崩れ落ちる。

 

 バギィッ!

 

 この一撃を放った瞬間、牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)のレプリカが負荷に耐え切れずに砕け散る。

 

 攻撃手段が喪失した。

 色を失っていた魔人たちの目に、ぎらりと光が戻る。

 

「ビビらせやがって!」

「手品は終わりかよ!」

 

 煽る2人の魔人。

 

「マズいな……」

 

 ハルスフォートは空中で歯を食いしばった。

 

 リスティは略式詠唱よりも時間のかかる、公式詠唱しか唱えられない。

 このままでは、次の魔術を唱える前に魔人の手が届く。

 

「逃げろ!」

 

 ハルスフォートの警告に、リスティが微笑む。

 泣き腫らした目元のまま、口元だけをそっと緩めた。

 

「大丈夫です。……わたしたちで、どうにかしますから」

「何をどうするってんだぁ!?」

 

 (あざけ)る魔人の目に──絶望が映る。

 リスティの(そば)にいたケティアが、盗賊団から盗んだ革袋の口を開いた。

 

「はい」

 

 彼女はそこから、次なる魔式装具(マギスレイヴ)をリスティに手渡す。

 

 短杖。宝球。レンズに筒。

 どれも、売ればそれなりの額になるような──攻撃用の魔式装具(マギスレイヴ)

 

「すみませんが、まだ手品の演目は続いているんです」

 

 言って、リスティが魔式装具(マギスレイヴ)に魔力を注いだ。

 

「ちょっ、助けっ──」

 

 魔人たちの命乞いは、続く火力に掻き消された。

 

 撃ち響く炎の竜。

 一息で肺が破裂する高圧の風。

 触れるもの全てを凍てつかせる光の一条。

 

 どれもが一撃必殺の威力。

 そして、使うたびに高価な魔式装具(マギスレイヴ)が、「バキン!」「パリン!」と景気のいい音を立てて自壊していく。

 

「…………」

 

 遥か上空。

 風に煽られながら、眼下の惨状を見下ろしていたハルスフォートは、頬を引きつらせた。

 

 頬に当たる風が熱くなったと思いきや、次の瞬間には氷気(ひょうき)を含んで肌を刺す。

 砕けた魔式装具(マギスレイヴ)の破片が火花をまとい、夜の底へ吸い込まれていく。

 

 ハルスフォートの視線は、魔人よりも、その破片を追っていた。

 ハルスフォートは、笑うでもなく呻くでもなく、ただ小さく声を落とす。

 

「……おれが商人だったら卒倒していたな」

 

 廃村は瞬く間に、歪んだ土が天を()く地獄へと変貌していくのだった。

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