いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第15話 成長のらせん

 轟音の余韻(よいん)が、谷間の空気にまだ細かなざらつきを残していた。

 

 もうもうと立ちこめていた土煙が、夜風に押されて薄れていく。

 かつては村の(いこ)いの場だったのだろう。ツタの這う家々に囲まれた広場は、今や巨大なクレーターへと姿を変えていた。

 

 そこに、もはや敵影(てきえい)はない。

 

「……ハルスフォートさん?」

 

 リスティはガケから徒歩で回りこみ、クレーター付近に到着していた。

 ハルスフォートが跳空(エアステア)で飛んだ姿は見えたはずだが……。

 

「まさか、殺しちゃったんじゃ……」

 

 リスティは胸元を押さえ、夜闇へ目を()らした。

 

「勝手に殺すな」

 

 抗議の声を上げながら、ハルスフォートが姿を現した。

 

 その右手には、金庫を背負った頭領を引きずっている。

 どうやら、逃げ出した頭領を見つけて捕獲したらしい。

 

「ハルスフォートさん!」

「船長が船と運命を共にするように、盗賊団の長は盗賊団の()()まで付き合ってもらうのが義務だろう?」

 

 ハルスフォートは皮肉げに口角を上げる。

 対する頭領の顔には、まだ諦めの色が浮かんでいない。

 

「ま、待て! オレを殺せばタダじゃ済まねえぞ!」

「まだ何かあるのか?」

「忘れたのか? オレたちのバックには『あの御方』がいる!

 勝ったつもりでいるようだが、そろそろここに来るはずだ……!」

「『あの御方』? 誰なんですか?」

 

 リスティが問いかけると、頭領は腫れた唇を吊り上げた。

 

「ここらを旅してるんなら聞いたコトがあんだろ?

『魔女』エリス・タークトッド! 『あの御方』は18もの呪算紋(グリマ・グリフ)を持つ高名なる魔人だ!」

 

 その名を聞いた瞬間。

 リスティとハルスフォートは、同時に顔を見合わせた。

 

「あー……」

「えーと……」

 

 リスティの視線が、そっと足元へ落ちる。

 ハルスフォートは剣の(つか)から手を離し、ぽりぽりとこめかみを掻いた。

 

 頭領だけが、その間に流れた沈黙の意味を読めず、目をぎらつかせていた。

 ハルスフォートは哀れな頭領を見下ろして告げる。

 

「悪いが、その『魔女』なら……こいつがもう倒したぞ」

「……は?」

 

 頭領の口が、半開きのまま固まった。

 ハルスフォートはリスティを親指で示す。

 

「3日前の話だ。

 お前が頼みの綱にしている『魔女』は、そのリスティに消し炭にされた」

「う……ウソを……」

「さっきの威力を見て、ウソだと思うか?」

「…………」

 

 頭領はクレーターを見た。

 黒く焼けた地面を見た。

 そして、リスティの小さな背を見て、もう一度クレーターを見た。

 

 (ひざ)から力が抜けたらしい。どさり、と男の巨体が地面に沈んだ。

 心の支えを失った男の姿は、あまりにも小さかった。

 

「……さて、ムダ話は終わりだ」

 

 ハルスフォートの目が、頭領の背にある金庫へ移る。

 

「それをよこせ。全部だ」

「ぜ、全部……!?」

「全部だ」

 

 先ほどまで項垂(うなだ)れていた頭領が、我に返ったように金庫へしがみついた。

 太い腕で抱えこみ、背を丸める。まるで外敵から卵を守る親鳥だった。

 

「い、イヤだ! これだけは渡さねえ!」

「命と金、どっちが大事だ」

「これはオレの命より大事なモンだ! 絶対に渡さねえ!」

 

 その(かたく)なさに、ハルスフォートの瞳が細くなる。

 刃に残った血が、月明かりを受けてぬらりと光った。

 

「扉を閉ざしても構わない。おれにはマスターキーがある」

 

 宝剣、罪なる傷(シェヴムシャード)

 魔力を吸うほど鋭さを増す刃が、ひゅ、と夜気を裂く。

 

 斬撃は、頭領の腕と胴の隙間を縫った。

 金庫だけを断ち、皮膚一枚も傷つけない。

 

「や──やめろぉぉぉ!」

 

 頭領の悲鳴と共に、金庫の中身がどさどさと地面に散らばった。

 その中身は、宝石の輝きも、魔力の(ほとばし)りもない。

 

「……紙?」

 

 無数の薄い紙片(しへん)が、夜風にめくれながら土の上を渡っていく。

 ひらりと一枚、リスティの足元へ落ちた。

 

 拾い上げて裏返すと──ケティアの笑顔と目が合った。

 

「ケティアさんの……絵?」

 

 現実と見紛(みまがう)うほど、精緻(せいち)な写し絵。

 笑顔。寝顔。得意げな顔。こちらに向かって手を振る顔。

 どの紙片(しへん)にも、同じ少女が焼きつけられていた。

 

「……は?」

 

 ハルスフォートも同じものを見たのだろう。彼の手から、写し絵がはらりと落ちる。

 写し絵が地面に触れたその瞬間、頭領の悲鳴が闇に突き刺さった。

 

「あああああああ! おれの宝物が──写真が、土に触れやがったぁ!」

「……おまえ、ガキの絵を貯めこむ趣味を持ってるのか」

「おれの一人娘だぞ! どんな宝石よりも価値がある!」

 

 衝撃の事実──というよりは、脱力だ。

 ハルスフォートは半眼(はんめ)になり、声の温度を落とす。

 

「……なら、魔式装具(マギスレイヴ)や金貨、宝石とかの宝はどこにある?」

「広場の地面に埋めてあんだよ! 仕事中にガサ入れが入っても、見つからないようにしてんだ!」

 

 頭領の(あご)が示した先。

 そこは、先ほどリスティの雷撃や爆撃によって、地形が変わるほど(えぐ)られたクレーターの中心だった。

 

「徒労……」

 

 ハルスフォートは、その場で崩れ落ちた。

 焦げた土の上で、ケティアの寝顔がぱたぱたと(むな)しく揺れる。

 

「──おれの……おれの天使はどこだ?」

 

 写し絵をかき集めていた頭領が、ふと顔を上げた。

 その声を聞いた瞬間、リスティの指先が止まる。

 

 そういえば。

 ガケの上からこちらへ歩いて下りる間、ケティアはいつの間にかいなくなっていた。

 

「……ケティアさん?」

 

 名を呼んでも、返事はない。

 (ひざ)についた土を払い、ハルスフォートが立ち上がった。

 

「また何かやらかしているかもしれん。

 リスティ、いつケティアはいなくなった?」

「ガケの上から、こちらに下りる時です」

「なら、その道中か」

 

 答えを聞くや否や、頭領が顔色を変えて駆け出した。

 

「ケティアアァァァァ!」

 

 情けない悲鳴を上げながら、頭領はガケへの道を登っていく。

 

「あっ! この、待て!」

「追いましょう!」

 

 リスティとハルスフォートが頭領を追い──すぐに、その背中へ追いついた。

 

「ぎゃあああああっ!」

 

 道から外れた林の中で、頭領が頭を抱えていた。

 

「何がありましたか!?」

 

 リスティとハルスフォートが駆け寄ると、そこにはケティアがいた。

 

「……はっ、はっ……」

 

 浅い息が、糸のように辛うじて続いている。

 地面から生えた若木の(みき)が、彼女の胴を貫いていた。仰向けの体の下に、濃い血溜まりが広がっている。

 (したた)る血が、葉の先からぽたり、ぽたりと落ちた。

 

「ケ、ケティアァァァァッ!!」

 

 頭領が愛娘(まなむすめ)の肩へ手を伸ばす。

 その腕を、ハルスフォートが強く(つか)んだ。

 

「触るな! 下手に動かせば出血が酷くなる!」

「だ、だけどよぉ! これ、どうなっちまってんだ!?」

 

 頭領の声が裏返る。

 リスティは唇を結び、周囲へ目を走らせた。

 

 争った痕跡はない。

 草が踏み荒らされた跡もない。

 ただ、(こけ)むした岩の表面だけが、月光を受けてぬらぬらと光っている。

 その岩の上から滑り落ちたような足跡が、地面に残っていた。

 

「ケティアさん、どうしたんですか!?」

「えへへ……」

 

 ケティアは口から血を垂らしながら、虚ろな瞳で笑った。

 

「あそこの……岩の上で……目をつぶってジャンプしたら……落ちそうでスリリングだな、って……」

「…………」

 

 リスティは両手で顔を覆った。

 

 戦場とは全く関係のない場所と理由だ。

 これもまたケティアの因果応報である。

 

 しかし、目の前で生死の境を彷徨(さまよ)われては、目覚めが悪い。

 歯を噛むハルスフォートに対し、頭領はしがみつく。

 

「オ、オマエ! 魔術師なんだろ!? 回復魔術は使えないのか!?」

 

 敵味方の立場を捨て、泣きつく頭領。

 しかし、ハルスフォートは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

 

「使えるが、おれの魔力は(とぼ)しい。

 この大ケガを回復できるほどの効果はない」

「そ、そんな……!」

 

 頭領が地面に手をつく。

 爪の間へ土が入りこむのも構わず、ただ嗚咽(おえつ)していた。

 

 胴体貫通の大ケガ。

 魔術医(ウィッチドクター)を呼びに走ったところで、戻るより先に事切れる。

 

 リスティは(つば)を飲む。

 ──やるしかないのだ、と。

 

「……わたし、できます」

 

 その声に、頭領は(すが)るような目でリスティを見た。

 ハルスフォートも、黙ってリスティへ視線を向ける。

 

「回復魔術、わたしも使えます。

 わたしの魔力量なら、初級魔術の癒術(ヒール・ライズ)でも、この大ケガを癒やすことはできますが……」

 

 リスティの表情に影を差すのは、大きな懸念点(けねんてん)

 

「……癒術(ヒール・ライズ)は、対象者の生命力を活性化させて癒やす魔術です。

 でも、活性化させ過ぎた生命力は、その生命を加速させて寿命を減らします。

 何年、減るのかは……やってみないと、分かりません」

「そんなの、飲みこめるわきゃねぇだろうがっ!」

 

 頭領の怒声が、木々の間で木霊(こだま)した。

 対するハルスフォートは、短く息を吐く。

 

「今ここで死ぬか、いずれ死ぬか。どっちが良いかって話だ。

 贅沢(ぜいたく)を言える時間はない」

「で、でもよぉ……!」

「リスティ。これがおれの決断だ。

 どんな結果になろうが、おれが責任を(かぶ)ってやる」

 

 リスティは一瞬だけ、彼の顔を見上げる。

 ハルスフォートの目は、逃げずに視線を受け止めていた。

 

「は、はい!」

 

 リスティは前へ出る。

 ハルスフォートはケティアの体と地面の間に腕を差し入れ、持ち上げる体勢を作る。

 

「いいか。体から木を抜いたら、多量の出血が始まる。

 今から詠唱しろ。完了する直前に、ケティアを持ち上げる」

「分かりました!」

 

 リスティは両手を胸の前で重ねる。

 震えそうになる指を、もう片方の手で包みこんだ。

 

 息を吸う。

 血と土と、青い葉の匂いが肺に入る。

 

 ゆっくりと、正確に、万声(ばんせい)を唱え始めた。

 

 ──天海(てんかい)より(こぼ)せ慈愛の雫。大地より湧け息吹(いぶき)の熱。

 肉は()え、血は巡る。枯れゆく葉には新緑を、()れゆく川には清水を。

 千の祈りと万の願い、我が束ねて生絹(すずし)()る。

 未成(みせい)繭紬(けんちゅう)神明(しんめい)見たくば柘葉(つまば)(さず)けよ──!

 

「今だ!」

 

 ズッ!

 

 ハルスフォートが、ケティアの体を若木から引き上げる。

 リスティは、大きく開いた傷口へ両手をかざした。

 

癒術(ヒール・ライズ)!」

 

 カッ!

 

 白い光が、林を包みこんだ。

 リスティの(てのひら)の下で、裂けた肉が寄り合い、失われた血が巡り、青白かった肌に色が戻っていく。

 

「よし……!」

 

 ハルスフォートが、光に目を細めた。

 損耗した細胞が爆発的な速度で再生し、元通りに巻き戻る。

 

 だが──再生は止まらない。

 

「うおっ……!?」

 

 ハルスフォートがたたらを踏む。

 腕の中の重みが、みるみる変わっていく。

 

 光の中で、ケティアの輪郭が伸びた。

 手足の影が長くなり、肩の線が変わる。髪が頬を滑り、服の縫い目が悲鳴を上げた。

 

 ビリッ……ビリリッ!

 

 袖口(そでぐち)が裂ける。

 (すそ)が千切れる。

 布地が成長に追いつけず、あちこちで音を立てた。

 

 ──過剰な治癒。

 

 リスティの桁外れな魔力は、傷を(ふさ)ぐだけで止まらない。

 生命力の火に(まき)をくべ続け、新陳代謝を極限まで加速させていた。

 

 ィンッ!

 

 最後に一際強い光が散乱し、癒術(ヒール・ライズ)が完了する。

 

「……うーん」

 

 地面に寝転がっていたのは、年端(としは)もゆかぬ少女ではなかった。

 裂けた服をまとい、長く伸びた手足を投げ出しているのは──成人女性だった。

 

「な……」

 

 誰の声だったのか分からない。

 その場の全員が、同じように口を開けていた。

 

 そう。

 リスティの癒術(ヒール・ライズ)は、確かに傷を治した。

 そして、ケティアは活性化した新陳代謝により、爆速で成長し、見目麗(みめうるわ)しい美女へと変貌したのだった。

 

「…………」

 

 ハルスフォートが真っ先に動く。

 彼は自分のマントを脱ぎ、ケティアの上へばさりと投げた。

 

「ん……?」

 

 ケティアは目をこする。

 彼女はマントで体を包み、ゆっくりと上半身を起こす。

 

「あ……あたし、生きてる!」

「ケティア!」

 

 頭領が這うように近づく。

 大人の姿になった娘を前に、感涙を袖口(そでぐち)(ぬぐ)った。

 

 ケティアはきょとんとした顔で父親を見下ろす。

 

「あ、パパー。なんか背、ちっちゃくなった?」

「良かった! 本当に良かった!」

 

 頭領は地面に(ひたい)をこすりつける勢いで泣き崩れ、ハルスフォートとリスティに向き直った。

 

「ケティアはオレの一番の宝だ!

 オレの天使を助けてくれたオマエらは恩人だ! ありがてぇ!」

 

 礼を言う頭領に、ハルスフォートは笑顔で返す。

 

「ああ。なら、おれの頼みも聞いてくれるか?」

「応ともよ!

 商人の拉致(らち)か? それとも金の偽造か?」

 

 感極まった頭領の献身に対し、ハルスフォートは縄を取り出した。

 

「じゃあ、罪を償ってもらおうか」

「え?」

 

 ギュッ。

 

 感傷に(ひた)る間もなく、ハルスフォートは頭領を縛り上げた。

 その縄の端を、成長したケティアへ手渡した。

 

「身内の不始末は身内でつけろ」

「よく分からないけど、了解!」

 

 ケティアは縄を受け取り、楽しそうに父親を見下ろした。

 姿は見違えるほど変わっているのに、瞳の狂気は少しも変わっていない。

 

「パパ、これから自首しに行くわよ。

 死刑になるか、無期懲役になるか……判決が下るまでスリル満点ね!」

「ひ、ひいいいぃぃぃ! イヤだああああぁぁぁぁぁ!」

 

 マントを羽織った美女に、巨漢の男が引きずられていく。

 ずるずると音を立て、頭領の悲鳴は林の奥へ遠ざかっていった。

 

 その異様な光景を見送り、リスティはしばらく黙った後、

 

「……野営地に戻りますか」

「そうだな」

 

 これで騒動は終わった。

 二人は、一睡もしていない体を引きずり、来た道を戻り始めた。

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