轟音の
もうもうと立ちこめていた土煙が、夜風に押されて薄れていく。
かつては村の
そこに、もはや
「……ハルスフォートさん?」
リスティはガケから徒歩で回りこみ、クレーター付近に到着していた。
ハルスフォートが
「まさか、殺しちゃったんじゃ……」
リスティは胸元を押さえ、夜闇へ目を
「勝手に殺すな」
抗議の声を上げながら、ハルスフォートが姿を現した。
その右手には、金庫を背負った頭領を引きずっている。
どうやら、逃げ出した頭領を見つけて捕獲したらしい。
「ハルスフォートさん!」
「船長が船と運命を共にするように、盗賊団の長は盗賊団の
ハルスフォートは皮肉げに口角を上げる。
対する頭領の顔には、まだ諦めの色が浮かんでいない。
「ま、待て! オレを殺せばタダじゃ済まねえぞ!」
「まだ何かあるのか?」
「忘れたのか? オレたちのバックには『あの御方』がいる!
勝ったつもりでいるようだが、そろそろここに来るはずだ……!」
「『あの御方』? 誰なんですか?」
リスティが問いかけると、頭領は腫れた唇を吊り上げた。
「ここらを旅してるんなら聞いたコトがあんだろ?
『魔女』エリス・タークトッド! 『あの御方』は18もの
その名を聞いた瞬間。
リスティとハルスフォートは、同時に顔を見合わせた。
「あー……」
「えーと……」
リスティの視線が、そっと足元へ落ちる。
ハルスフォートは剣の
頭領だけが、その間に流れた沈黙の意味を読めず、目をぎらつかせていた。
ハルスフォートは哀れな頭領を見下ろして告げる。
「悪いが、その『魔女』なら……こいつがもう倒したぞ」
「……は?」
頭領の口が、半開きのまま固まった。
ハルスフォートはリスティを親指で示す。
「3日前の話だ。
お前が頼みの綱にしている『魔女』は、そのリスティに消し炭にされた」
「う……ウソを……」
「さっきの威力を見て、ウソだと思うか?」
「…………」
頭領はクレーターを見た。
黒く焼けた地面を見た。
そして、リスティの小さな背を見て、もう一度クレーターを見た。
心の支えを失った男の姿は、あまりにも小さかった。
「……さて、ムダ話は終わりだ」
ハルスフォートの目が、頭領の背にある金庫へ移る。
「それをよこせ。全部だ」
「ぜ、全部……!?」
「全部だ」
先ほどまで
太い腕で抱えこみ、背を丸める。まるで外敵から卵を守る親鳥だった。
「い、イヤだ! これだけは渡さねえ!」
「命と金、どっちが大事だ」
「これはオレの命より大事なモンだ! 絶対に渡さねえ!」
その
刃に残った血が、月明かりを受けてぬらりと光った。
「扉を閉ざしても構わない。おれにはマスターキーがある」
宝剣、
魔力を吸うほど鋭さを増す刃が、ひゅ、と夜気を裂く。
斬撃は、頭領の腕と胴の隙間を縫った。
金庫だけを断ち、皮膚一枚も傷つけない。
「や──やめろぉぉぉ!」
頭領の悲鳴と共に、金庫の中身がどさどさと地面に散らばった。
その中身は、宝石の輝きも、魔力の
「……紙?」
無数の薄い
ひらりと一枚、リスティの足元へ落ちた。
拾い上げて裏返すと──ケティアの笑顔と目が合った。
「ケティアさんの……絵?」
現実と
笑顔。寝顔。得意げな顔。こちらに向かって手を振る顔。
どの
「……は?」
ハルスフォートも同じものを見たのだろう。彼の手から、写し絵がはらりと落ちる。
写し絵が地面に触れたその瞬間、頭領の悲鳴が闇に突き刺さった。
「あああああああ! おれの宝物が──写真が、土に触れやがったぁ!」
「……おまえ、ガキの絵を貯めこむ趣味を持ってるのか」
「おれの一人娘だぞ! どんな宝石よりも価値がある!」
衝撃の事実──というよりは、脱力だ。
ハルスフォートは
「……なら、
「広場の地面に埋めてあんだよ! 仕事中にガサ入れが入っても、見つからないようにしてんだ!」
頭領の
そこは、先ほどリスティの雷撃や爆撃によって、地形が変わるほど
「徒労……」
ハルスフォートは、その場で崩れ落ちた。
焦げた土の上で、ケティアの寝顔がぱたぱたと
「──おれの……おれの天使はどこだ?」
写し絵をかき集めていた頭領が、ふと顔を上げた。
その声を聞いた瞬間、リスティの指先が止まる。
そういえば。
ガケの上からこちらへ歩いて下りる間、ケティアはいつの間にかいなくなっていた。
「……ケティアさん?」
名を呼んでも、返事はない。
「また何かやらかしているかもしれん。
リスティ、いつケティアはいなくなった?」
「ガケの上から、こちらに下りる時です」
「なら、その道中か」
答えを聞くや否や、頭領が顔色を変えて駆け出した。
「ケティアアァァァァ!」
情けない悲鳴を上げながら、頭領はガケへの道を登っていく。
「あっ! この、待て!」
「追いましょう!」
リスティとハルスフォートが頭領を追い──すぐに、その背中へ追いついた。
「ぎゃあああああっ!」
道から外れた林の中で、頭領が頭を抱えていた。
「何がありましたか!?」
リスティとハルスフォートが駆け寄ると、そこにはケティアがいた。
「……はっ、はっ……」
浅い息が、糸のように辛うじて続いている。
地面から生えた若木の
「ケ、ケティアァァァァッ!!」
頭領が
その腕を、ハルスフォートが強く
「触るな! 下手に動かせば出血が酷くなる!」
「だ、だけどよぉ! これ、どうなっちまってんだ!?」
頭領の声が裏返る。
リスティは唇を結び、周囲へ目を走らせた。
争った痕跡はない。
草が踏み荒らされた跡もない。
ただ、
その岩の上から滑り落ちたような足跡が、地面に残っていた。
「ケティアさん、どうしたんですか!?」
「えへへ……」
ケティアは口から血を垂らしながら、虚ろな瞳で笑った。
「あそこの……岩の上で……目をつぶってジャンプしたら……落ちそうでスリリングだな、って……」
「…………」
リスティは両手で顔を覆った。
戦場とは全く関係のない場所と理由だ。
これもまたケティアの因果応報である。
しかし、目の前で生死の境を
歯を噛むハルスフォートに対し、頭領はしがみつく。
「オ、オマエ! 魔術師なんだろ!? 回復魔術は使えないのか!?」
敵味方の立場を捨て、泣きつく頭領。
しかし、ハルスフォートは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「使えるが、おれの魔力は
この大ケガを回復できるほどの効果はない」
「そ、そんな……!」
頭領が地面に手をつく。
爪の間へ土が入りこむのも構わず、ただ
胴体貫通の大ケガ。
リスティは
──やるしかないのだ、と。
「……わたし、できます」
その声に、頭領は
ハルスフォートも、黙ってリスティへ視線を向ける。
「回復魔術、わたしも使えます。
わたしの魔力量なら、初級魔術の
リスティの表情に影を差すのは、大きな
「……
でも、活性化させ過ぎた生命力は、その生命を加速させて寿命を減らします。
何年、減るのかは……やってみないと、分かりません」
「そんなの、飲みこめるわきゃねぇだろうがっ!」
頭領の怒声が、木々の間で
対するハルスフォートは、短く息を吐く。
「今ここで死ぬか、いずれ死ぬか。どっちが良いかって話だ。
「で、でもよぉ……!」
「リスティ。これがおれの決断だ。
どんな結果になろうが、おれが責任を
リスティは一瞬だけ、彼の顔を見上げる。
ハルスフォートの目は、逃げずに視線を受け止めていた。
「は、はい!」
リスティは前へ出る。
ハルスフォートはケティアの体と地面の間に腕を差し入れ、持ち上げる体勢を作る。
「いいか。体から木を抜いたら、多量の出血が始まる。
今から詠唱しろ。完了する直前に、ケティアを持ち上げる」
「分かりました!」
リスティは両手を胸の前で重ねる。
震えそうになる指を、もう片方の手で包みこんだ。
息を吸う。
血と土と、青い葉の匂いが肺に入る。
ゆっくりと、正確に、
──
肉は
千の祈りと万の願い、我が束ねて
「今だ!」
ズッ!
ハルスフォートが、ケティアの体を若木から引き上げる。
リスティは、大きく開いた傷口へ両手をかざした。
「
カッ!
白い光が、林を包みこんだ。
リスティの
「よし……!」
ハルスフォートが、光に目を細めた。
損耗した細胞が爆発的な速度で再生し、元通りに巻き戻る。
だが──再生は止まらない。
「うおっ……!?」
ハルスフォートがたたらを踏む。
腕の中の重みが、みるみる変わっていく。
光の中で、ケティアの輪郭が伸びた。
手足の影が長くなり、肩の線が変わる。髪が頬を滑り、服の縫い目が悲鳴を上げた。
ビリッ……ビリリッ!
布地が成長に追いつけず、あちこちで音を立てた。
──過剰な治癒。
リスティの桁外れな魔力は、傷を
生命力の火に
ィンッ!
最後に一際強い光が散乱し、
「……うーん」
地面に寝転がっていたのは、
裂けた服をまとい、長く伸びた手足を投げ出しているのは──成人女性だった。
「な……」
誰の声だったのか分からない。
その場の全員が、同じように口を開けていた。
そう。
リスティの
そして、ケティアは活性化した新陳代謝により、爆速で成長し、
「…………」
ハルスフォートが真っ先に動く。
彼は自分のマントを脱ぎ、ケティアの上へばさりと投げた。
「ん……?」
ケティアは目をこする。
彼女はマントで体を包み、ゆっくりと上半身を起こす。
「あ……あたし、生きてる!」
「ケティア!」
頭領が這うように近づく。
大人の姿になった娘を前に、感涙を
ケティアはきょとんとした顔で父親を見下ろす。
「あ、パパー。なんか背、ちっちゃくなった?」
「良かった! 本当に良かった!」
頭領は地面に
「ケティアはオレの一番の宝だ!
オレの天使を助けてくれたオマエらは恩人だ! ありがてぇ!」
礼を言う頭領に、ハルスフォートは笑顔で返す。
「ああ。なら、おれの頼みも聞いてくれるか?」
「応ともよ!
商人の
感極まった頭領の献身に対し、ハルスフォートは縄を取り出した。
「じゃあ、罪を償ってもらおうか」
「え?」
ギュッ。
感傷に
その縄の端を、成長したケティアへ手渡した。
「身内の不始末は身内でつけろ」
「よく分からないけど、了解!」
ケティアは縄を受け取り、楽しそうに父親を見下ろした。
姿は見違えるほど変わっているのに、瞳の狂気は少しも変わっていない。
「パパ、これから自首しに行くわよ。
死刑になるか、無期懲役になるか……判決が下るまでスリル満点ね!」
「ひ、ひいいいぃぃぃ! イヤだああああぁぁぁぁぁ!」
マントを羽織った美女に、巨漢の男が引きずられていく。
ずるずると音を立て、頭領の悲鳴は林の奥へ遠ざかっていった。
その異様な光景を見送り、リスティはしばらく黙った後、
「……野営地に戻りますか」
「そうだな」
これで騒動は終わった。
二人は、一睡もしていない体を引きずり、来た道を戻り始めた。