いつかは魔王!   作:元近ちか

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第4章 イオーズ祭
第17話 首都ヨートゥルム


 首都ヨートゥルム。

 広大な地を囲む高く堅牢な外壁を見上げながら、ハルスフォートは内心で血の涙を流していた。

 

 護衛として雇われた道中でリスティを捕食し、膨大な魔力を物にする事が、ハルスフォートの目的である。

 しかし、彼女の髪を食べただけで、魔力酔いで嘔吐(おうと)する現状。魔力の許容量(キャパシティ)の問題を解決できずに、ここまで来てしまった。

 

 ここに来るまでの間、「ヨートゥルムの道はこっちだったか?」「あれ、道を間違えてないか?」と迷わせようとしたが、リスティは地図を開いて「いえ、大丈夫です!」と正しく導く。

 姑息な手段など全く功を奏さず、護衛の任務を遂行(すいこう)し、ヨートゥルムに()()到着したのだった。

 

「あ! あそこが検問所みたいです。並びましょう」

「……ああ、そうだな」

 

 巨大な外壁にぽっかりと開いた門の口。

 そこから伸びる検問の列には、商人や旅人、魔術師に配達員など、多種多様な人々がひしめき合っていた。

 

 その長い列の最後尾に、リスティとハルスフォートも並ぶ。

 じりじりとしか進まない待ち時間の中、ふと、リスティが躊躇(ためら)いがちに口を開いた。

 

「……ハルスフォートさん。ここまで護衛していただいて、本当にありがとうございました。

 道中、色々なトラブルがありました。ハルスフォートさんのお陰で、こうしてヨートゥルムに辿り着く事ができました。

 ご迷惑をおかけいたしましたが、この検問所を通ったらお別れしましょう。

 ハルスフォートさんも、ここでやりたい事があるでしょうし……」

 

 うつむき気味のリスティは、どうやら自分の存在をハルスフォートの重荷だと感じているらしい。

 彼女の性分につけ入る隙を見つけ、ハルスフォートは強引に切りこんだ。

 

「師匠の遺言でヨートゥルムに来たんだよな?」

「え? ええ、はい」

「それじゃあ、ヨートゥルムのどこに行けば良いのかって分かってるのか?」

「はい。……師匠から預かった封書を、この街の魔術師ギルドに渡すんです」

 

 リスティが(ふところ)を探り、ボロボロの封書を取り出した。

 横から(のぞ)きこむと、宛先には確かに「魔術師ギルド ヨートゥルム議会」と記されている。

 そして裏書きには、彼女の師匠の名前である「アリス・メガセリオン」という流麗(りゅうれい)な署名が添えられていた。

 

「よし、ならその魔術師ギルドに封書を渡す。

 それで、おまえの処遇が決まるまで、付き合ってやるよ」

 

 正直なところ、ギルドに送り届けてから処遇が決まるまでの数日間、自身の魔力許容量の問題が解決する見込みなどない。

 しかし、魔王に至るための千載一遇(せんざいいちぐう)の獲物。ここでみすみす手放すわけにはいかない。

 

 恩着せがましいハルスフォートの言葉に、リスティは身を縮めた。

 

「でも……ハルスフォートさんに悪いですし……」

「悪いと思ってたら、こんな提案はしないさ。

 おまえさんはガキなんだ、もっと人に頼るコトを覚えた方がいい」

 

 有無を言わせないハルスフォートの説得に、リスティは観念したように小さく頷いた。

 

「何度も、ありがとうございます。……正直、一人は心細かったんです」

 

 リスティはほっとしたように頬を緩めた。

 

 そうこうしている内に、じりじりと進んでいた列の先頭に辿り着いた。

 検問所のカウンター越しに、屈強な衛兵が警戒の目を向けてくる。

 

「次! 女神の名において、偽りなき真名を述べよ!」

「おれはハルスフォート。ハルスフォート・ジェスベイン」

「リスティ・クノケウスと申します」

「……クノケウス!?」

 

 リスティの苗字に、後ろの列の人々と衛兵が、ざわりっ、と騒ぐ。

 

「は、はい……クノケウス、です……」

 

 周囲の空気に気圧されるリスティが、それでも自身の苗字を復唱した。

 

「あの子が、『人型災厄(ウォーキング・ディザスター)』……?」

「『まだ魔王になってないだけ』のクノケウス……?」

「『女神の不在証明(ザ・グレート・アブセンス)』と言われている、あの……」

「え、えーと……」

 

 リスティは肩身を狭くして、ただ衛兵の判断を仰ぐ。

 

「クノケウス……リスティ・クノケウス……」

 

 衛兵は、壁に貼り出されたブラックリストを見比べ、何倍もの時間をかけて審査をする。

 そして──。

 

「……まあ、あの『人型災厄(ウォーキング・ディザスター)』だとしたら、流石に幼過ぎるか。

 良し、通れ!」

 

 衛兵からの許可が下り、二人は無事に分厚い城壁の門をくぐる。

 

「良かったです……帰されるかと思いましたよ」

「そりゃあ、おまえさんが『人型災厄(ウォーキング・ディザスター)』だなんて、普通は信じないだろう」

 

 二人がぼやきながら、薄暗い門を抜けた先。

 

「ようこそ、首都ヨートゥルムへ!」

 

 観光客の案内役とおぼしき番兵が、兜の羽飾りを揺らし、満面の笑顔で出迎えてくれた。

 彼は待ってましたと言わんばかりに、手にしていた紙束から2枚を抜き取り、ハルスフォートとリスティへ差し出す。

 

「初めての方ですね? こちら、イオーズ祭の案内パンフレットになります!」

「あ、ありがとうございます」

 

 勢いに押されるまま、リスティが両手でパンフレットを受け取る。

 

 紙面には、ヨートゥルムの簡略な地図が描かれていた。

 大通り、広場、魔術師ギルド、王城へ続く坂道。そして現在地に程近い場所には、弓を構えた人物の絵と共に「勇者イオーズ像」と記されている。

 

「ええと、勇者イオーズ像は──」

 

 リスティが位置を確認する為に紙面から顔を上げ、実物の銅像を探す。

 すると、番兵はぴくりと反応した。

 

「はい! あちらです!」

 

 番兵が大きく腕を振り、通りの先を示す。

 

 人の波の向こう。

 色とりどりの旗がはためく広場の中央に、ひときわ高い台座が見えた。

 

 その上に立つのは、一人の青年を(かたど)った青銅の像。

 風を受けるローブ。天へ掲げられた弓。引き絞られた弦の先には、今にも空へ放たれそうな矢がある。

 陽光を受けた銅像は、祭りの喧騒(けんそう)の中にあっても、不思議と静かな威厳(いげん)を放っていた。

 

「お子様には少し難しいかもしれませんが──」

 

 番兵はリスティに向き直り、胸に手を当てて語り始める。

 

「まず、勇者というのはですね、魔王をやっつけた人に贈られる、とても名誉ある呼び名なのです。

 普通、魔王を倒す時は、国がたくさんの兵隊さんや魔法使いさんを集めて戦います。

 ですが、ごく(まれ)に、ほんの少しの仲間だけで魔王を倒してしまう人たちがいます。それが──イオーズ様ご一行なのです!」

 

 ビシィッ!

 

 番兵は銅像に向けて、指を突きつけた。

 どうやら、毎日何度も繰り返している口上なのだろう。声の張りも、身振りも、やたら洗練されている。

 

「あの……」

 

 リスティは申し訳なさそうに片手を上げた。

 

「ご、ご説明ありがとうございます。でも、勇者の定義も、イオーズ様についても知ってはいるので」

「おや」

 

 番兵の熱弁が、ぴたりと止まる。

 

疫病(えきびょう)の魔王に荒らされたこの地を平定(へいてい)し、国をも築いた勇者イオーズ。

 魔王を倒した魔式装具(マギスレイヴ)牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)で有名だな」

 

 横からハルスフォートが補足する。

 リスティはこくりと頷いた。

 

「はい。以前、レプリカも見ましたし……」

 

 言いながら、リスティはもう一度、広場の銅像を見上げる。

 

「でも、こうして銅像になるほどの方だったんですね。

 話として知っているのと、実際にこの街で大切にされているのを見るのとでは、少し違います」

 

 その感想に、番兵は一瞬だけ目を丸くした。

 それから、先ほどまでの観光用の笑顔ではなく、どこか誇らしげな笑みを浮かべる。

 

「……ええ。イオーズ様は、この国の恩人ですから」

 

 番兵は兜の羽飾りを揺らし、深々と頭を下げた。

 

「それは失礼いたしました。では改めて──」

 

 胸に手を当て、彼は晴れやかな声で告げる。

 

「女神の祝福と、勇者の栄光が、あなた方の旅路(たびじ)を照らしますように。

 ようこそ、首都ヨートゥルムへ!」

「ご丁寧にありがとうございます」

 

 リスティはぺこりと頭を下げ、二人は番兵に見送られて歩き出す。

 

 入口広場は、熱狂の渦にあった。

 色とりどりの旗がはためき、通りには屋台がひしめき合っている。

 

 ヨートゥルムは、その勇者イオーズを称える『イオーズ祭』の真っ最中なのだ。

 

「それにしても……!」

 

 お祭り騒ぎに、リスティの瞳がパァッと輝く。

 

「見てくださいハルスフォートさん! こんな都会、見たことないです!」

 

 珍しく、子供らしくはしゃぐリスティに、ハルスフォートはため息交じりに(いさ)める。

 

「はぐれるなよ。一応、まだ護衛中なんだからな」

「はい。……首都だと、こんなに整備されてるんですね。街灯も、石畳も綺麗です」

 

 リスティが足元を指さす。ハルスフォートも釣られて視線を落とした。

 

 石畳には敷石(しきいし)の継ぎ目をまたぐように、奇妙な線が彫りこまれていた。

 空中から俯瞰(ふかん)したわけではないが、それらを繋ぎ合わせれば、街全体を(おお)流麗(りゅうれい)幾何学的(きかがくてき)紋様(もんよう)が浮かび上がるのだろう。

 どこまでも規則正しい線が、精緻(せいち)に刻まれている。

 

「魔術師ギルドに向かう前に、観光でもするのか?」

 

「お上りさん」状態で浮かれるリスティに、ハルスフォートが問う。

 我に返った彼女は、慌ててパンフレットに視線を落とした。

 

「ええと……この大通りを西の方面に進めば、右手に魔術師ギルドが見えてくるみたいです」

 

 リスティは地図を指でなぞり、目的地までの道筋を確かめる。

 

「なら、さっさと行くぞ」

「はい」

 

 二人は立ち並ぶ屋台を見回しながら、歩を進める。

 

 串刺しにされた巨大な肉塊をぐるぐると回す炭火焼き。

 リンゴに透明なアメを絡めたフルーツキャンディ。

 的当てゲームを(うた)う木彫りの遊技場。

 牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)()した木製の土産物屋。

 

 どれも客寄せのために、色とりどりの看板が掲げられている。

 きょろきょろと目移りするリスティを見て、ハルスフォートが透明なため息を吐いた。

 

 普段は生真面目で大人びてはいるが、やはり年相応に祭りの熱気に関心があるようだ。

 しかし、誘惑を我慢し、どの屋台にも寄らずに通りを歩いていく。

 

 やがて、二人は通りに構える質実剛健(しつじつごうけん)な建物の前──魔術師ギルドに到着していた。

 

 周囲の浮かれた空気とは一線を画す、重厚な石造りの建物。

 分厚い観音開きの扉を押し開けると、中は冷たい静寂に包まれていた。

 

「あの、すみません」

 

 木製のカウンターに歩み寄ったリスティは、緊張した面持ちで声をかける。

 カウンターにいた受付嬢は、凛とした声で応対した。

 

「はい、本日はどのようなご用件でしょうか?」

「アリス・メガセリオンからの手紙をお届けに上がりました」

 

 リスティはマントの内側から、封書を取り出した。

 角が潰れた封書を、彼女は両手でそっとカウンターに乗せる。指先が、かすかに震えていた。

 これまでの旅の最終目的だ。それを果たす万感の思いが、その指に結ばれているのだろう。

 

「はい、お預かりいたします」

 

 そんなリスティの様子をよそに、受付嬢は手慣れた様子で受け取った。

 ペーパーナイフで封筒を開け、中身を(あらた)める。

 

 そこで、受付嬢の手が止まった。

 

 中から出てきたのは、封蝋(ふうろう)(ほどこ)された、別の内封筒。

 その表には、はっきりと注意書きが記されている。

 

 ──閲覧資格:階位ユニコーン以上に限る。

 

「……こちらの書面ですが」

 

 受付嬢は表情一つ変えることなく、事務的なトーンで告げた。

 

「指定された閲覧権限が非常に高いため、私どもの窓口では、受理および内容の確認ができません。

 規定に従い、ギルドの上層部へ直接提出し、指示を仰ぐ形となります」

 

 受付嬢の言葉に、リスティは了承した。

 

「はい。よろしくお願いします。

 ……あの、お返事はいつ頃いただけますか?」

 

 受付嬢は、手元の卓上カレンダーをめくりながら答えた。

 

「現在、イオーズ祭の期間中につき、上層部の予定も立て込んでおります。

 会議を経る必要がございますので、早くとも一週間はかかるとお考えください。

 誠に恐縮ではございますが、一週間後に改めて、当ギルドへ足をお運びいただけますでしょうか」

「一週間、ですか……」

 

 リスティは、落胆した声で繰り返す。

 

 師匠の遺言という重責。それを果たせば自分の行く末が決まるのだと、道中ずっと気を張ってきたのだろう。

 ようやくゴールテープを切れると思った矢先。「一週間待て」とお預けを食らわされたのだから、肩透かしを食らったような気分になるのも無理はない。

 

 しかし、その横で。

 ハルスフォートは内心で、ガッツポーズを取っていた。

 

 ──一週間! かなりの猶予(ゆうよ)を告げてくれた。

 ここは首都の魔術師ギルド本部ともあって、建物が広い。奥へ続く回廊(かいろう)の様子からして、恐らく蔵書数もかなりのものだろう。

 もし書庫の閲覧許可が下りれば、いくらでも魔術書を探せる。

 この一週間の間に、もしかしたら自身の許容量(キャパシティ)を引き上げる術を記した魔術書が見つけ出せるかもしれない。

 

 そうなれば、リスティを食える……!

 やる気を取り戻したハルスフォートは、殊勝(しゅしょう)声色(こわいろ)を作って、落ちこむリスティの頭をポンと叩いた。

 

「おまえはちゃんと届けたんだ。

 ギルドの上の連中が忙しいのは誰のせいでもないし、当然おまえのせいじゃない。

 師匠の遺言は、半分果たしたようなもんだ。

 師匠ってヤツがどんなもんかは知らないが、おまえさんのコトを天国で褒めてるだろうさ」

 

 そう言って、ハルスフォートは外の喧騒(けんそう)を親指で指し示した。

 

「それに、ちょうど外はイオーズ祭の真っ最中だ。

 ギルドから返事が来るまで、祭りを楽しんで羽を伸ばせばいい」

「あ……!」

 

 リスティの表情が、ぱぁっと明るくなる。

 屋台の前を通る間、どこか「自分は遊んではいけない」と自制していた彼女にとって、ハルスフォートの言葉はこれ以上ない免罪符だった。

 

「封書も届けましたし、少しだけ楽しんでも……バチは当たらないですよね……!」

 

 二人は受付カウンターに背を向け、ギルドを後にする。

 重厚な扉を開けると、イオーズ祭の熱気と喧騒(けんそう)が蘇り、二人を歓迎するように包みこんだ。

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