第17話 首都ヨートゥルム
首都ヨートゥルム。
広大な地を囲む高く堅牢な外壁を見上げながら、ハルスフォートは内心で血の涙を流していた。
護衛として雇われた道中でリスティを捕食し、膨大な魔力を物にする事が、ハルスフォートの目的である。
しかし、彼女の髪を食べただけで、魔力酔いで
ここに来るまでの間、「ヨートゥルムの道はこっちだったか?」「あれ、道を間違えてないか?」と迷わせようとしたが、リスティは地図を開いて「いえ、大丈夫です!」と正しく導く。
姑息な手段など全く功を奏さず、護衛の任務を
「あ! あそこが検問所みたいです。並びましょう」
「……ああ、そうだな」
巨大な外壁にぽっかりと開いた門の口。
そこから伸びる検問の列には、商人や旅人、魔術師に配達員など、多種多様な人々がひしめき合っていた。
その長い列の最後尾に、リスティとハルスフォートも並ぶ。
じりじりとしか進まない待ち時間の中、ふと、リスティが
「……ハルスフォートさん。ここまで護衛していただいて、本当にありがとうございました。
道中、色々なトラブルがありました。ハルスフォートさんのお陰で、こうしてヨートゥルムに辿り着く事ができました。
ご迷惑をおかけいたしましたが、この検問所を通ったらお別れしましょう。
ハルスフォートさんも、ここでやりたい事があるでしょうし……」
うつむき気味のリスティは、どうやら自分の存在をハルスフォートの重荷だと感じているらしい。
彼女の性分につけ入る隙を見つけ、ハルスフォートは強引に切りこんだ。
「師匠の遺言でヨートゥルムに来たんだよな?」
「え? ええ、はい」
「それじゃあ、ヨートゥルムのどこに行けば良いのかって分かってるのか?」
「はい。……師匠から預かった封書を、この街の魔術師ギルドに渡すんです」
リスティが
横から
そして裏書きには、彼女の師匠の名前である「アリス・メガセリオン」という
「よし、ならその魔術師ギルドに封書を渡す。
それで、おまえの処遇が決まるまで、付き合ってやるよ」
正直なところ、ギルドに送り届けてから処遇が決まるまでの数日間、自身の魔力許容量の問題が解決する見込みなどない。
しかし、魔王に至るための
恩着せがましいハルスフォートの言葉に、リスティは身を縮めた。
「でも……ハルスフォートさんに悪いですし……」
「悪いと思ってたら、こんな提案はしないさ。
おまえさんはガキなんだ、もっと人に頼るコトを覚えた方がいい」
有無を言わせないハルスフォートの説得に、リスティは観念したように小さく頷いた。
「何度も、ありがとうございます。……正直、一人は心細かったんです」
リスティはほっとしたように頬を緩めた。
そうこうしている内に、じりじりと進んでいた列の先頭に辿り着いた。
検問所のカウンター越しに、屈強な衛兵が警戒の目を向けてくる。
「次! 女神の名において、偽りなき真名を述べよ!」
「おれはハルスフォート。ハルスフォート・ジェスベイン」
「リスティ・クノケウスと申します」
「……クノケウス!?」
リスティの苗字に、後ろの列の人々と衛兵が、ざわりっ、と騒ぐ。
「は、はい……クノケウス、です……」
周囲の空気に気圧されるリスティが、それでも自身の苗字を復唱した。
「あの子が、『
「『まだ魔王になってないだけ』のクノケウス……?」
「『
「え、えーと……」
リスティは肩身を狭くして、ただ衛兵の判断を仰ぐ。
「クノケウス……リスティ・クノケウス……」
衛兵は、壁に貼り出されたブラックリストを見比べ、何倍もの時間をかけて審査をする。
そして──。
「……まあ、あの『
良し、通れ!」
衛兵からの許可が下り、二人は無事に分厚い城壁の門をくぐる。
「良かったです……帰されるかと思いましたよ」
「そりゃあ、おまえさんが『
二人がぼやきながら、薄暗い門を抜けた先。
「ようこそ、首都ヨートゥルムへ!」
観光客の案内役とおぼしき番兵が、兜の羽飾りを揺らし、満面の笑顔で出迎えてくれた。
彼は待ってましたと言わんばかりに、手にしていた紙束から2枚を抜き取り、ハルスフォートとリスティへ差し出す。
「初めての方ですね? こちら、イオーズ祭の案内パンフレットになります!」
「あ、ありがとうございます」
勢いに押されるまま、リスティが両手でパンフレットを受け取る。
紙面には、ヨートゥルムの簡略な地図が描かれていた。
大通り、広場、魔術師ギルド、王城へ続く坂道。そして現在地に程近い場所には、弓を構えた人物の絵と共に「勇者イオーズ像」と記されている。
「ええと、勇者イオーズ像は──」
リスティが位置を確認する為に紙面から顔を上げ、実物の銅像を探す。
すると、番兵はぴくりと反応した。
「はい! あちらです!」
番兵が大きく腕を振り、通りの先を示す。
人の波の向こう。
色とりどりの旗がはためく広場の中央に、ひときわ高い台座が見えた。
その上に立つのは、一人の青年を
風を受けるローブ。天へ掲げられた弓。引き絞られた弦の先には、今にも空へ放たれそうな矢がある。
陽光を受けた銅像は、祭りの
「お子様には少し難しいかもしれませんが──」
番兵はリスティに向き直り、胸に手を当てて語り始める。
「まず、勇者というのはですね、魔王をやっつけた人に贈られる、とても名誉ある呼び名なのです。
普通、魔王を倒す時は、国がたくさんの兵隊さんや魔法使いさんを集めて戦います。
ですが、ごく
ビシィッ!
番兵は銅像に向けて、指を突きつけた。
どうやら、毎日何度も繰り返している口上なのだろう。声の張りも、身振りも、やたら洗練されている。
「あの……」
リスティは申し訳なさそうに片手を上げた。
「ご、ご説明ありがとうございます。でも、勇者の定義も、イオーズ様についても知ってはいるので」
「おや」
番兵の熱弁が、ぴたりと止まる。
「
魔王を倒した
横からハルスフォートが補足する。
リスティはこくりと頷いた。
「はい。以前、レプリカも見ましたし……」
言いながら、リスティはもう一度、広場の銅像を見上げる。
「でも、こうして銅像になるほどの方だったんですね。
話として知っているのと、実際にこの街で大切にされているのを見るのとでは、少し違います」
その感想に、番兵は一瞬だけ目を丸くした。
それから、先ほどまでの観光用の笑顔ではなく、どこか誇らしげな笑みを浮かべる。
「……ええ。イオーズ様は、この国の恩人ですから」
番兵は兜の羽飾りを揺らし、深々と頭を下げた。
「それは失礼いたしました。では改めて──」
胸に手を当て、彼は晴れやかな声で告げる。
「女神の祝福と、勇者の栄光が、あなた方の
ようこそ、首都ヨートゥルムへ!」
「ご丁寧にありがとうございます」
リスティはぺこりと頭を下げ、二人は番兵に見送られて歩き出す。
入口広場は、熱狂の渦にあった。
色とりどりの旗がはためき、通りには屋台がひしめき合っている。
ヨートゥルムは、その勇者イオーズを称える『イオーズ祭』の真っ最中なのだ。
「それにしても……!」
お祭り騒ぎに、リスティの瞳がパァッと輝く。
「見てくださいハルスフォートさん! こんな都会、見たことないです!」
珍しく、子供らしくはしゃぐリスティに、ハルスフォートはため息交じりに
「はぐれるなよ。一応、まだ護衛中なんだからな」
「はい。……首都だと、こんなに整備されてるんですね。街灯も、石畳も綺麗です」
リスティが足元を指さす。ハルスフォートも釣られて視線を落とした。
石畳には
空中から
どこまでも規則正しい線が、
「魔術師ギルドに向かう前に、観光でもするのか?」
「お上りさん」状態で浮かれるリスティに、ハルスフォートが問う。
我に返った彼女は、慌ててパンフレットに視線を落とした。
「ええと……この大通りを西の方面に進めば、右手に魔術師ギルドが見えてくるみたいです」
リスティは地図を指でなぞり、目的地までの道筋を確かめる。
「なら、さっさと行くぞ」
「はい」
二人は立ち並ぶ屋台を見回しながら、歩を進める。
串刺しにされた巨大な肉塊をぐるぐると回す炭火焼き。
リンゴに透明なアメを絡めたフルーツキャンディ。
的当てゲームを
どれも客寄せのために、色とりどりの看板が掲げられている。
きょろきょろと目移りするリスティを見て、ハルスフォートが透明なため息を吐いた。
普段は生真面目で大人びてはいるが、やはり年相応に祭りの熱気に関心があるようだ。
しかし、誘惑を我慢し、どの屋台にも寄らずに通りを歩いていく。
やがて、二人は通りに構える
周囲の浮かれた空気とは一線を画す、重厚な石造りの建物。
分厚い観音開きの扉を押し開けると、中は冷たい静寂に包まれていた。
「あの、すみません」
木製のカウンターに歩み寄ったリスティは、緊張した面持ちで声をかける。
カウンターにいた受付嬢は、凛とした声で応対した。
「はい、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「アリス・メガセリオンからの手紙をお届けに上がりました」
リスティはマントの内側から、封書を取り出した。
角が潰れた封書を、彼女は両手でそっとカウンターに乗せる。指先が、かすかに震えていた。
これまでの旅の最終目的だ。それを果たす万感の思いが、その指に結ばれているのだろう。
「はい、お預かりいたします」
そんなリスティの様子をよそに、受付嬢は手慣れた様子で受け取った。
ペーパーナイフで封筒を開け、中身を
そこで、受付嬢の手が止まった。
中から出てきたのは、
その表には、はっきりと注意書きが記されている。
──閲覧資格:階位ユニコーン以上に限る。
「……こちらの書面ですが」
受付嬢は表情一つ変えることなく、事務的なトーンで告げた。
「指定された閲覧権限が非常に高いため、私どもの窓口では、受理および内容の確認ができません。
規定に従い、ギルドの上層部へ直接提出し、指示を仰ぐ形となります」
受付嬢の言葉に、リスティは了承した。
「はい。よろしくお願いします。
……あの、お返事はいつ頃いただけますか?」
受付嬢は、手元の卓上カレンダーをめくりながら答えた。
「現在、イオーズ祭の期間中につき、上層部の予定も立て込んでおります。
会議を経る必要がございますので、早くとも一週間はかかるとお考えください。
誠に恐縮ではございますが、一週間後に改めて、当ギルドへ足をお運びいただけますでしょうか」
「一週間、ですか……」
リスティは、落胆した声で繰り返す。
師匠の遺言という重責。それを果たせば自分の行く末が決まるのだと、道中ずっと気を張ってきたのだろう。
ようやくゴールテープを切れると思った矢先。「一週間待て」とお預けを食らわされたのだから、肩透かしを食らったような気分になるのも無理はない。
しかし、その横で。
ハルスフォートは内心で、ガッツポーズを取っていた。
──一週間! かなりの
ここは首都の魔術師ギルド本部ともあって、建物が広い。奥へ続く
もし書庫の閲覧許可が下りれば、いくらでも魔術書を探せる。
この一週間の間に、もしかしたら自身の
そうなれば、リスティを食える……!
やる気を取り戻したハルスフォートは、
「おまえはちゃんと届けたんだ。
ギルドの上の連中が忙しいのは誰のせいでもないし、当然おまえのせいじゃない。
師匠の遺言は、半分果たしたようなもんだ。
師匠ってヤツがどんなもんかは知らないが、おまえさんのコトを天国で褒めてるだろうさ」
そう言って、ハルスフォートは外の
「それに、ちょうど外はイオーズ祭の真っ最中だ。
ギルドから返事が来るまで、祭りを楽しんで羽を伸ばせばいい」
「あ……!」
リスティの表情が、ぱぁっと明るくなる。
屋台の前を通る間、どこか「自分は遊んではいけない」と自制していた彼女にとって、ハルスフォートの言葉はこれ以上ない免罪符だった。
「封書も届けましたし、少しだけ楽しんでも……バチは当たらないですよね……!」
二人は受付カウンターに背を向け、ギルドを後にする。
重厚な扉を開けると、イオーズ祭の熱気と