いつかは魔王!   作:元近ちか

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第18話 大義は半ば

 魔術師ギルドの重厚な扉を出ると、再びイオーズ祭の熱気と喧騒(けんそう)が2人を包みこんだ。

 ハルスフォートにとって1週間の猶予(ゆうよ)、リスティにとって1週間の空白を得て、2人は通りを歩き始めた。

 

 リスティの足取りは、先ほどまでとは打って変わって軽やかだった。

 肩の荷が下りた彼女は、抑えこんでいた年相応の好奇心を発露(はつろ)する。

 

「あ! 見てください、大きい肉!」

 

 リスティが指さすのは、ぐるぐると回転する、巨大肉の炭火焼きだった。

 

「あんなに大きい肉、どれだけ大きい動物の肉なんでしょうか?」

 

 リスティの目は、炭火に照らされた肉から離れない。

 ハルスフォートは苦笑まじりに種明かしをした。

 

「あれは、元の動物から切り出した1個の肉じゃない。

 薄切りの肉を何層にも重ねて作られてるんだ」

「へー! そうなんですか……!」

 

 感心するリスティは、その巨大肉の屋台に近寄って注文する。

 店主が巨大肉を()ぎ落とし、パンに挟み、その上からソースをかける。

 

 肉のサンドイッチを手にし、リスティがハルスフォートに見せた。

 

「美味しそうな匂いがします!」

「実際旨いぞ」

「美味しいです!」

 

 即座に食べるリスティに、ハルスフォートが苦笑する。

 指のソースを包み紙で(ぬぐ)い、リスティがハルスフォートを見上げた。

 

「ハルスフォートさんも、何か気になる屋台とかありますか?」

「そうだな……マントが無くなったから、仕立て屋があれば寄りたい」

「確かにそうですね……丁度あそこにお店もありますし、行きましょう!」

 

 屋台ではなく、通りの一画にある店の看板を指差す。

 ハサミと糸巻きの意匠(いしょう)が彫られた木製の看板。

 

 そのドアを開いて中に入ると、カランカランと小気味良い鈴が鳴る。

 

「らっしゃい。祭りの時期に珍しいね」

 

 メガネをかけた中年男性の店主が、カウンターの奥にいた。

 大きな針で、分厚いフェルトを縫っている。

 

「故あって、マントが無くなったからな。買いに来た」

「マントだったら、あそこの棚だよ」

 

 皮の厚い指で、棚を示す店主。

 ハルスフォートが品物を検分する間、リスティは小物の棚をじっくりと見ていた。

 

 そんなリスティを横目に見ながら、ハルスフォートは目当ての羊毛のマントを引っ張り出し、カウンターへと運ぶ。

 

「300G(グレイン)だ」

「これで頼む」

 

 100G(グレイン)紙幣を3枚出し、ハルスフォートは買ったばかりのマントを羽織る。

 用事を終えたハルスフォートは、まだ小物棚の前で立ち止まっているリスティの肩を叩く。

 

「あ……」

 

 振り向くリスティ。

 その手には、色鮮やかな刺繍の入った腰布(サッシュ)が握られていた。

 華やかな、いかにも少女が好きそうな装飾である。

 

「買うのか?」

 

 言われたリスティは、少し名残(なごり)惜しそうに腰布(サッシュ)を棚に戻す。

 

「その……迷ってます」

「何について迷ってるんだ?」

「……護身用に、短剣でも差そうと思いまして」

「なるほどな」

 

 ハルスフォートは、それを聞き、小物の山に手を突っこむ。

 取り上げたのは、非常に地味な、無地の腰布(サッシュ)

 

「おまえさんが選んだのは、薄手のシルクで出来た装飾用の腰布(サッシュ)だ。

 何かを巻きつける目的なら、こういう厚手の麻で編まれた、頑丈な生地の腰布(サッシュ)が良い」

 

 リスティは、パッと顔を輝かせてハルスフォートからの提案を受け入れた。

 

「ありがとうございます!

 ……やっぱり剣を扱ってる人の方が、選び方もスマートですね」

 

 リスティは、ハルスフォートが(すす)めた腰布(サッシュ)をカウンターへ持っていき、代金を払って買い上げる。

 そのままリスティは、買ったばかりの腰布(サッシュ)をキュッと自分の腰に巻いた。

 

「短剣はまだありませんが、また今度の機会にします」

「機会があれば、また見繕ってやるさ」

 

「まいど」という店主の陽気なお礼を背に受けながら、二人は仕立て屋を後にする。

 

 仕立て屋を出て通りに出た、丁度のタイミングだった。

 カンッ、カンッ、とよく通る鐘の音が鳴り響く。

 

 鐘の鳴った方角は、通りを抜けた先にある広場だ。そこに設けられた青空舞台の上で、派手な衣装の役者が大きく手を振って客を呼んでいた。

 

「さあさあ皆様、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!

 これより始まるはイオーズ祭の目玉、かの魔王討伐の英雄譚(えいゆうたん)だよ!」

「面白そうですね、見てみませんか?」

「興味はあるな」

 

 舞台の前にはすでに黒山の人だかりができていた。

 ハルスフォートとリスティは、その後ろに並んで舞台を見ようとする。

 しかし、背の高いハルスフォートなら前の頭越しに舞台が見えるが、小柄なリスティの視界は完全に(ふさ)がれていた。

 

「んーっ……!」

 

 背伸びをしても見えず、断念してせめて音でも聞こうとウサギのように耳を立てるリスティ。

 その姿に見かねたハルスフォートが、ため息をついてリスティの腕を取る。

 

「仕方ない。しっかり掴まってろ」

「え? ハルスフォートさん──」

跳空(エアステア)!」

 

 ふわりと体が浮く。

 ハルスフォートはリスティを脇に抱え、魔術で宙を蹴る。

 

 先ほどまでいた仕立て屋の屋根へと、身軽に登りきった。

 

「ありがとうございます……!」

「おれとしても、ゴミゴミした中で鑑賞したくはなかったしな」

 

 屋根の上に陣取ると、眼下の舞台では丁度演劇が始まる所だった。

 

「それでは開演いたします! 『勇者イオーズの死闘』、とくとご覧あれ!」

 


 

「見よ! この地を(むしば)疫病(えきびょう)の魔王、ガーノスヴァイエの恐るべき瘴気(しょうき)を!」

「諦めるな! 我らには希望の光がある!」

 

 おどろおどろしい魔王の仮面を被った大柄な役者に、勇者イオーズ役の青年が、光り輝く弓の小道具を構える。

 

「世界を(むしば)む病魔よ! ──我ら2人が引く『牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)』の前に散れぃ!」

 

 青年と女性。

 二人の役者が弓を放つ動作に合わせて、舞台袖(ぶたいそで)から派手な光の魔術が打ち上げられた。

 

「バカなああぁぁぁっ!」

 

 (まばゆ)い閃光と共に魔王が崩れ落ちる。

 

「ぐっ……!」

 

 しかし同時に、勇者イオーズもまた、牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)に己の命を吸い尽くされ、静かに息を引き取る。

 

 結末の余韻。沈黙ののち、倒れていた役者たちが立ち上がり、横一列に手をつないで深く一礼をする。

 瞬間、見物客から割れんばかりの拍手喝采(はくしゅかっさい)が巻き起こる。

 

 リスティも離れた屋根の上から拍手を送り、感嘆の吐息を漏らした。

 

「すごいですね……お芝居とはいえ、迫力がありました」

「そうだな。役者の演技にかなり熱が入っていた。今度はちゃんとした劇場で見たいもんだ」

「銅像のイオーズ様は、1人で弓を掲げてましたけど……牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)って、2人で使っていたんですね」

「銅像なんて、一番目立つヤツを1人立たせた方が都合がいいんだろ」

 

 2人はそんな感想を交わし、ふと、リスティは自分の手のひらをじっと見つめた。

 

「今のヨートゥルムの平和は、ああやって命を懸けて戦った先人のおかげなんですよね」

 

 つぶやくリスティ。

 その手には、魔人も人間も滅ぼし得る、圧倒的な魔力が眠っている。

 

「わたしも、もしこの力をちゃんと制御できるようになったら……あの勇者様みたいに、平和のために使いたいです」

英雄症候群(ヒロイックシンドローム)は大概にしとけよ。それで身を滅ぼすヤツも少なからずいる」

 

 ハルスフォートは、冷や水を浴びせるように呆れて肩をすくめた。

 


 

 日が落ちても、祭りの熱狂は冷めるどころか、むしろ熱を帯びていくようだった。

 通りには街灯がともり、昼間とは違う幻想的な色彩が街を飾る。

 

 夜の街は、まだ眠る気配を見せない。

 けれど二人の足だけは、石畳に吸いつくように重くなっていた。

 ハルスフォートは明るすぎる通りに背を向け、裏通りの宿屋へ入る。

 

 通りに面した木扉を押し開け、入口すぐの受付カウンターに歩み寄る。

 ハルスフォートは卓上に置かれた真鍮(しんちゅう)の呼び鈴を、チリンチリンと鳴らした。

 

「へいへい」

 

 奥から出てきたエプロン姿の宿屋の主人に、ハルスフォートが指を2つ立てる。

 

「2人で2部屋。空いているか?」

 

 言われた主人は、手元の宿帳を開きもせずに、困ったように首を横に振った。

 

「ここ数日は、イオーズ祭の繁忙期(はんぼうき)でしてね。

 空きベッドを遊ばせるわけにはいかないんで、相部屋の4人部屋のみのご案内になりやす、ええですかい?」

 

 宿屋の主人が、(かたく)なな態度で告げた。

 

 祭りの期間中、首都の宿はどこも満室に近い。

 別の宿を探して歩き回る気力もなかった2人は、顔を見合わせて渋々(うなず)くしかなかった。

 

「……まあ、野宿よりはマシか」

「ベッドで眠れるだけ、ありがたいですよね」

 

 ハルスフォートとリスティが、それぞれの革袋から規定の宿泊代を取り出し、カウンターに置いた。

 主人は「毎度あり」と手際よく紙幣を回収すると、カウンターの下から鍵を1つ取り出した。

 

「へい。225号室ですわ」

「分かった」

 

 ハルスフォートは鍵を受け取り、階段を上がって2階へ進む。

 薄暗い廊下を抜け、2人は「225」と記された号室の扉を開けた。

 

 既に、この部屋を確保していた先客がいるようだ。

 窓際にある2つのベッドの上に、見知らぬリュックサックや旅の道具が無造作に置かれていた。

 

「不用心だな。おれたちが盗っ人なら、このまま質屋に駆けこむぞ」

「逆に、わたしたちで良かったですね」

 

 冗談を交じえて笑み合い、2人は通路側の空きベッドに、それぞれ腰を下ろした。

 肩やマントから提げていた荷物を床に降ろし、疲労が溜まった体をベッドに投げ出す。

 

 ふかふかのシーツの感触にこのまま泥のように眠ってしまいたいところだが、夕食もまだなら、入浴も済ませていない。

 

「……1週間かぁ」

 

 リスティが、1週間という時間を待ち遠しく思うように、ぽつりと囁いた。

 

「短剣を探したり、魔術の練習をしたり……色々できますね」

呑気(のんき)な予定だな」

「だって、1週間もあるんですよ?」

「……1週間だな」

 

 ハルスフォートは、1週間という時間を悔やむように、重くつぶやいた。

 

 ──情報を集める。実験する。接触する。必要なら盗む。

 リスティの魔力を己のものにするために、試したい手は幾つもある。

 

 1週間。

 リスティにとっては余るほど長く、ハルスフォートにとっては余りにも短い。

 

 しばらく無言のまま、お互いにベッドの上で体を休める。心地よい疲労感と共に眠気が訪れかけた時、(はか)らずの目覚ましが鳴る。

 

「つかれたー!」

「あ、どーも! 相部屋の人ですね、よろしく!」

 

 にぎやかな足音と共に入室してきたのは、恋人らしい男女ペアの旅人だった。

 2人はハルスフォートとリスティの姿を認めると、悪びれる様子もなく、人懐っこい笑顔を浮かべてひらひらと手を振ってきた。

 

「ああ……よろしく」

「ほ、本日はよろしくお願いします」

 

 突如現れた騒がしい乱入者に、ハルスフォートとリスティはすっかり眠気を吹き飛ばされて身を起こす。

 

 笑いながら、恋人たちは窓側のベッドにどっかりと腰を下ろした。

 その内の女性の方が、気さくな態様(たいよう)でハルスフォートたちを手招きした。

 

「ねぇねぇ、これから花火が上がるのよ!

 良い部屋取れて良かったわ。この窓、見れる位置!」

「へえ……!」

 

 目を輝かせ、リスティは窓際へと近寄っていく。

 好意を断るのは角が立つ。ハルスフォートも付き合いで、彼女の後ろへと近づいた。

 

 4人は、窮屈(きゅうくつ)な窓枠に身を乗り出すようにして夜空を見上げる。

 ヒュルルル、という甲高(かんだか)い風切り音と共に、暗闇に向かって一条の光が昇っていった。

 

 ──ドォォーン!

 

 腹の底に響くような重低音と共に、ヨートゥルムの夜空に花火が咲く。

 赤、青、緑。炎色反応が複雑に絡み合い、火の粉が星屑のように降り注いでは消えていく。

 

 窓枠から身を乗り出している恋人たちは、花火が上がるたびに「わあ!」「綺麗だね!」と歓声を上げ、身を寄せ合っていた。

 

「綺麗ですね……」

 

 花火の閃光に照らされながら、リスティがぽつりとこぼす。

 その横顔は、昼間の演劇を見た時のように、純粋な感嘆と、ほんの少しの寂寥感(せきりょうかん)が入り混じったような、複雑な色を帯びていた。

 

「──あの、ハルスフォートさん」

「ん?」

 

 大輪の花火が弾ける音に紛れるように、リスティがハルスフォートを呼ぶ。

 

「師匠がいなくなってから、ずっと考えていました。……わたしは、これからどこへ行けばいいんだろうって。

 ヨートゥルムに来れば、何か分かるかもしれないと思っていましたけど……着いてしまったら、今度はその先が分からなくなって」

 

 リスティは窓の外を見つめたまま、自分の手を胸元で握る。

 

「でも、ハルスフォートさんと一緒に旅をして、自分の力を活用できて……初めて、自分からやりたい事を見つけたんです。あなたと見たい夢を。

 ……報酬はお支払いします。これからも、わたしの護衛をしてくれませんか?」

 

 そこまで言って、リスティは息を止めた。

 胸元の手が、ぎゅっと服地(ふくじ)(つか)む。

 

 そう聞いて、ハルスフォートは自身の苦労が実を結んだ事に、内心で手放しの喜びを溢れさせる。

 

 ──カモがネギを背負ってきたな。

 

 自分でも呆れるほど下卑(げび)た感想だった。

 だが、撤回する気は毛頭(もうとう)ない。

 

 自ら食卓の上に転がりこんできた、桁外れの魔力を秘めた極上の獲物。

 この1週間で調理方法を学ばなければいけなかったが、こうなれば旅の最中に少しずつ許容量(キャパシティ)を上げる、確実な方法が取れる。

 

 まさか、獲物の方から「傍にいてほしい」と頼みこんでくるとは。

 ハルスフォートは、片手で口元を(おお)った。指の隙間で、犬歯だけが薄く覗く。

 

「……ああ。格安で引き受けてやる」

「本当ですか! ありがとうございます、ハルスフォートさん!」

 

 ドォン……。

 

 喜色(きしょく)(たた)えるリスティの背後で、再び巨大な花火が夜空を染め上げる。

 光と影が交錯する部屋の中で、ハルスフォートはくつくつと笑うのだった。

 


 

 翌朝。

 

 1階の食堂は、朝食をとる旅人たちでごった返していた。

 ステーキの焼ける匂いと、安酒と汗の入り混じったむせ返るような熱気。

 

 食器が触れ合う音と怒号のような笑い声が飛び交う中、ハルスフォートとリスティも木製のテーブルに向かい合って座っていた。

 

 バンッ!

 

 突如、食堂の入り口の扉が、蝶番(ちょうつがい)がひしゃげんばかりの勢いで蹴り開けられた。

 ざわめきがピタリと止み、客たちの視線が一斉に入り口へと向かう。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 そこに立っていたのは、息を乱し、血相を変えたローブ姿の魔術師だった。

 彼は血走った目で食堂内を見回すと、大声で叫んだ。

 

「リスティ・クノケウスさんはいませんか!

 この宿に、リスティ・クノケウスさんがいるか、知っている方でも良いです!」

「えっ……? わたしが、リスティ・クノケウスですが……」

 

 驚いて立ち上がったリスティを見つけるなり、魔術師はテーブルや椅子を押しのけて一直線に駆け寄ってきた。

 

「おお、良かった……!

 本日昼までに、魔術師ギルドへ来てください!」

「え……? で、でも、1週間はかかるって……」

 

 戸惑うリスティに、魔術師は早口で説明する。

 

「昨夜、上層部で封書の内容が確認されたのですが、副議長直々の特別対応により、急遽審査期間が短縮されたのです!」

「……分かりました。支度が済み次第、向かいます」

「はい。よろしくお願いします!」

 

 深くお辞儀をし、魔術師は(きびす)を返して嵐のように去っていく。

 

「……話、違いますね」

 

 キツネにつままれたようにつぶやくリスティに、ハルスフォートが深くうなずく。

 

「ああ。

 1週間かかるはずの確認。

 こっちが魔術師ギルドに伺うはずが、ギルドの方からこちらに飛びこんできた」

 

 リスティとハルスフォートの間で、視線が交差する。

 その二言三言で、共通認識が瞬時に共有された。

 

 あの封書の中には、間違いなく「何か」がある。

 魔術師ギルドの上層部──それどころか、国家そのものも。

 夜を徹して動かし、大至急対応させるほどの「何か」。

 

 1週間の安息は、ここに消え去った。

 2人は不安と期待を胸に混ぜ合わせながら、魔術師ギルドへ向かうのだった。

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