昨日と同じはずの魔術師ギルドは、全く異なる空気を
到着した2人を待っていたのは、迷路のような
重厚なマホガニーの扉が開かれると、外の光を遮断した薄暗い空間になっていた。
部屋の中央にある長机の奥に座っていたのは、ヒゲを蓄えた初老の魔術師。
その胸元には、「副議長」の地位を示す
「…………」
ハルスフォートの警戒心を煽ったのは、副議長の両脇に控える2人の大男だった。
純白の甲冑に身を包んだ、国属の聖騎士。警備兵とは格が違う、国家権力の象徴である。
「よく来てくれた。私が当ギルドの副議長を務める、メイガム・オスプだ」
副議長は重々しい声で名乗ると、机の上に置かれた封書に視線を落とした。
「アリス・メガセリオン殿からの封書、上層部で確認させてもらった。
その上で、君の素質を試させてもらう」
副議長は立ち上がると、ガラス張りの箱から一つの
無色透明な、両手サイズの美しい水晶玉。
「これは対象者の
リスティ君、これに触れてみてくれ」
「……はい」
リスティの指が、水晶玉の手前で迷う。
壊れ物を包むように、両手をそっと添えた。
次の瞬間。
カッ!
水晶玉が、目も
光は部屋中に広がり、リスティの足元から宙に向かって、
1つ、2つ、10、20、50──。
ヘビとイトスギの
「なっ……!?」
「これは……!」
微動だにしなかった聖騎士たちがどよめき、副議長は目を見開く。
視界を埋め尽くす模様を瞬時に数え上げ、常軌を逸した数に息を呑んだ。
「128……!
流石……アリス殿は、よくぞこの逸材を見出した!」
副議長が呪算紋の数を確認し終えた、まさにその瞬間だった。
パキィィンッ!
リスティの手の中で、水晶玉が独りでに砕け散った。
「あっ、すみません!」
「……良い。
それほどの魔力を持っておれば、並の
副議長は、震える手で羽ペンを握り、羊皮紙に何かをしたため始めた。
赤い蝋で厳重に封をすると、それを傍らの聖騎士に手渡す。
「これとリスティ殿を王城へ送られよ!
国王陛下並びに大臣閣下へ
「ハッ!」
聖騎士が封書を受け取り、リスティたちに顔を向ける。
「君たち、我々に同行してもらう。
これより、王城へ向かう」
「お、王城……!?」
リスティが裏返った声を上げる。
王城。その一語に、ハルスフォートは舌で小さく悪態を潰した。
断る余地を探して視線を巡らせる。
扉の前に1人。背後に1人。副議長の横に2人。
逃げ道は、最初から用意されていなかった。
「……仕方ないな」
2人は大人しく聖騎士の指示に従い、先導する彼らの後を追う。
ギルドの裏口には、王室の紋章が刻まれた、窓のない堅牢な馬車が用意されていた。
2人が馬車に押しこまれると、車輪が石畳を蹴る激しい音が響き始めた。
「ハルスフォートさん……」
リスティは膝を寄せ、両手を重ねたまま、ハルスフォートの方へ身を傾けた。
向かいの席には聖騎士が1人、彫像のように無言で座っている。
大声を出すことは
「なんだか……
「ああ。のっぴきならない状況だ。
リスティは膝の上で、両手をギュッと握りしめた。
ガタガタと揺れる馬車の中は、イオーズ祭の
祭りの楽し気な笑い声を遠くに聞きながら、二人は国家の
窓のない馬車から外へ出ると、空がやけに遠かった。
見上げた城壁の上で、王家の旗が乾いた音を立ててはためいている。
金と石と兵隊で積み上げた、巨大な脅し文句のような城だった。
王城の
昨日は
やがて、ひときわ巨大な両開きの扉の前に辿り着く。
重々しい音を立てて扉が開かれると、そこは真紅の
一段高くなった玉座には、王冠を
玉座に座る男の背後には、王家の紋章と剣。
それを見た瞬間、ハルスフォートは膝の角度を半分だけ変えた。
ここで無礼を働けば、剣を抜くより先に首が飛ぶ。そういう相手だった。
「…………」
国王の
部屋の左右には屈強な近衛兵がズラリと並び、二人に鋭い視線を突き刺してくる。
「前へ」
聖騎士に促され、
リスティは慌てて、その場にバタッと
対するハルスフォートは場慣れした様子で、
「あ、あのっ! リ、リスティ・クノケウスと、申されます! じゃなくて、申します……!」
「護衛を務めました、ハルスフォート・ジェスベインと申します。
平民の二人に対し、国王が
「そう
「は、はいっ……!」
ビクッと肩を揺らし、リスティが恐る恐る顔を上げる。
国王は満足げに
それを受け、大臣が一歩前へ踏み出し、よく通る声で口を開く。
「改めて、ヨートゥルムへようこそ。
大臣は、値踏みするようにリスティを眺める。
「リスティとやら。
今、レイワズ王国はお前を必要としている。
こうして無事にヨートゥルムへ辿り着いてくれたこと、真に喜ばしい。
突然のことで戸惑うであろうが、我が国のために、これからある頼みを聞いてはくれまいか」
「わ、わたしが、国家の……」
リスティの視線が、国王、大臣、近衛兵、そしてハルスフォートへと迷子のように泳いだ。
助けを求めるというより、今聞いた言葉が本当に自分へ向けられたのか、確かめている目だった。
「しかし──」
そこで大臣は言葉を区切り、視線が隣のハルスフォートへと移る。
「この件は、我々とリスティ殿で内々に処理したく、当事者以外に聞かせるわけにはいかない。
──申し訳ないが、そこの青年よ。席を外してはくれまいか」
「……やっぱりか」
ハルスフォートは
せっかくリスティの方から「これからも一緒に旅をしたい」と話を持ちかけてきたばかりなのだ。
ここで国家の連中に横取りされては、たまったものではない。
「お待ちを、大臣閣下」
ハルスフォートは
「恐れながら申し上げます。
ヨートゥルムまでの道中、彼女を無事に送り届けたのはこの私であり、現在、アリス殿の跡を継いで彼女に魔術の手ほどきをしているのも私にございます。
リスティは
彼女の力を
ハルスフォートの弁明を受けても、大臣の表情はピクリとも動かなかった。
「駄目だ。どうあっても、リスティ殿以外には聞かせられない」
「ですが──」
「下がらぬか。
これ以上この話に踏み込もうというのであれば、近衛兵に命じて強制的に城外へ放り出す。選ぶが良い」
チャキッ、と槍先が揃った。
右に8本。左に8本。正面に2本。切っ先が、喉、胸、脇腹、膝をそれぞれ正確に選んでいる。
1人斬る間に、3本は身体へ届くだろう。
流石に、王城のど真ん中で軍隊を相手に立ち回るような無謀な真似はできない。
「
最後の一言だけ、礼儀の皮を剥いで吐き捨てる。
「貴様!」
「待て。……荒立てるな、つまみ出すだけで良い」
大臣の命令に従い、近衛兵がハルスフォートを後ろ手にさせ、退室させる。
「……ハルスフォートさん」
扉の外へ連行されそうになるハルスフォートの背中へ、リスティが心細そうな声をかけた。
振り返ると、彼女は相手を安心させる為の笑顔を浮かべている。
「大丈夫です。ちゃんとお話を聞いてきますから。
……これが終わった後、改めて、宿屋で会いましょうね」
その寂しげに手を振る姿が、扉の隙間から見えた最後の光景だった。
ズンッ……。
重厚な扉が完全に閉じられ、ハルスフォートは廊下へと締め出される。
扉の前に立つ聖騎士も、遠ざかっていく近衛兵の足音も、誰一人としてハルスフォートに視線を向けなかった。
リスティの隣にあったはずの自分の居場所だけが、扉の向こうへ消えていた。
ハルスフォートは奥歯を噛み、しかし立てる牙もなく