「いつか魔王になる!」
銀髪の青年は
村のおばあちゃんに、旅の目的を聞かれたからである。
「あらぁ……
おばあちゃんが、穏やかに
しかし、青年は意に介さず、
「ふっ。おばあちゃん、忠告はムダだ。
おれは他人の
その為に、おれは力を求める。この世で絶対の力の
「わしもそんな年頃があったのう」
青年の隣にいるおじいちゃんが、しみじみと目を細めた。
青年の背にはマント。腰には長剣という、旅人らしい服装。
外見は20歳前後。黙っていれば
昼下がりの村の広場。
ベンチに3人が座って並ぶ中、おばあちゃんが手を挙げた。
「はい、ハルちゃん。質問」
「なんだ?」
「この国でもね、100年前に『
スパイク村のお嫁さんが、結婚式を挙げている時に魔王になっちゃったの。
魔王になりたいのなら、ハルちゃんも結婚式を
「おお、めでたいのう」
言葉の一部だけ拾ったらしい。おじいちゃんは、がっくりがっくり
ハルちゃんと呼ばれた青年──ハルスフォートは、腕を組んでどう説明したものか悩んだ。
「……そりゃあ、魔王っていうのは誰でもなれるさ。
ただの村人だろうと、この国の王様だろうと、盗賊だろうと、魔王の種は人間なら誰だって持っちゃいる。
だが、全員がなるワケじゃない。3つの要因のいずれかを満たした人間が、魔王化のクジを引くのさ」
「で、いつ結婚するんじゃ?」
「しない」
おじいちゃんの
「1つ。激しい感情を
おばあちゃんが言っている事例がそうだ。結婚の喜びだろうと、殺される怒りだろうと関係ない。
誰でも
「そうねぇ。イヤだわぁ、喜んでもダメだなんて」
おばあちゃんのため息が、足の間に落ちた。
ハルスフォートは構わず、立てる指を2本に増やす。
「2つ。
残念ながら、おれはこれに該当しない。
どこぞの国じゃ、魔王化した人間の3
……まあ、その
「なんじゃ、そんな物騒な国。このレイワズ王国に産まれて良かったわい」
おじいちゃんが、謎にふんぞり返る。
そして、ハルスフォートは強調するように、3本の指を振った。
「3つ。高い魔力を持っている時」
その言葉だけ、わずかに熱を帯びる。
「生来、人間には魔力の上限が存在する。この上限は基本的に変える事ができない。
しかし、おれには力がある。その力をもってすれば──おれでも
「あたしの
「わしゃあ、5つじゃな。いやあ若いころは魔術師にならんかとスカウトされたもんじゃ。詠唱できんからムリだったのう」
ほっほっほ、と老夫婦が笑い合う。
自然に魔力マウントを取られた青年は、頬を引きつらせながらもグッと
「──とにかく、クジなんて引けば引くほど当たる確率が上がる。
だからおれは、魔王になるべく魔力を求めている。高い魔力に激しい感情を乗せれば、いずれ──」
彼の
「まあまあ。長話なんて、あたしら老人に任せればいいんだから」
差し出された盆には、干し柿と、湯気の立つ
「とにかく、魔女を倒してくれてありがとねぇ。お礼の干し柿だよ」
「ふん。おれは『魔女』とやらの魔力を狙っていただけだ。
私欲を善意と
褒められたハルスフォートは、得意げに鼻を鳴らした。
お盆の上の干し柿とお茶は、ちゃっかりと受け取る。
甘味と渋みを
「あはははっ! 次はリスティが鬼だぞー!」
「ええっ、待ってよぉ……!」
子供たちの笑い声が、風に乗って流れてくる。
鬼ごっこだろうか。小さな影たちが四方へ散り、乾いた土を蹴る音が軽やかに続く。
その中心に、ひとり──黒髪の少女が取り残されていた。
「リスティ」と名を呼ばれた少女は、追う事もなく立ち尽くし、指先だけが落ち着きなく揺れている。
追うべき相手は沢山で、
「…………」
迷いを抱えたままのその姿に、ハルスフォートがふらりと歩み寄る。
そして、彼は手を差し出した。
「髪をよこせ」
「え……!?」
初対面の青年から、謎の要求である。
リスティは肩をびくりと震わせ、ハルスフォートから一歩引く。
「あの……誰、ですか? この村の人じゃないですよね……?」
声は小さいが、大人相手に逃げも黙しもしない程度には気丈なようだ。
ハルスフォートは、言葉を続ける。
「おれはハルスフォート。旅人だ。
おまえが髪をよこせば、おれがガキどもを捕まえてやる」
少女相手に、取引を持ちかけるハルスフォート。
それに対し、彼女は柔らかく首を横に振った。
「……大丈夫です。
他の人の手を借りなきゃいけないような、大それた遊びではないので」
言い終えると、彼女は子供たちを追い始めた。
逃げる子供たちに
あの様子では、リスティは鬼を交代できずに終わるだろう。
ハルスフォートは呆れたようにため息を吐き、ベンチに戻った。
腰を下ろすと、おばあちゃんがぽつりと
「あの子、立派でいい子なんだけどねぇ……。
甘えたい盛りの年なのに、たった一人で生きているんだよ」
風が、言葉をさらう。
「『あたしの家で一緒に住まないか』なんて誘っても、断られちゃってねぇ……。
もう老いぼれは、それ以上言えないよ」
おばあちゃんの言葉に、ハルスフォートは自然とリスティの姿を目で追う。
10歳かそこらの年頃だ。
頼るべき両親もいない環境で生きるなら、大人相手に渡り合わなければならない時も多いだろう。
だから、あんな大人びた態度なのか。
逃げ回る子供たちに
「──お困りのようね」
背後から落ちた声は、
振り返ると、15歳ほどの赤毛の少女が立っていた。
黒の
しかし何より目を引くのは、背に負った棺桶。
少女の細い体には不釣り合いなそれを、彼女は重さを感じさせずに背負っている。
「何……?」
ハルスフォートの口から疑問が漏れるも、シスターが声をかけたのは彼ではないようだ。
シスターはベンチの前を横切り、リスティの前に立つ。
「ねぇ、そこのお嬢さん。あたしがお
クスリ、と笑いながら、シスターがリスティに提案する。
「いえ……別に困ってはいないです」
ハルスフォートの時と同じように、お
だが、
「イヤなこと、イヤって言えない
だから、手を貸すわ」
瞬間。
「わっ!?」
「ええっ!?」
言うが早いか、シスターは子供たちを次々と捕まえていく。
棺桶の重さなど存在しないかのように、軽やかにシスターは笑った。
「今はあたしが鬼よ。捕まったら、あの子の所に行きなさい!」
突然乱入してきたシスターに戸惑いながらも、捕まえられた子供たちは渋々リスティの元へと集まっていく。
あっという間に、残り一人。
「へへーん! ここまで来れないだろ!」
最後まで逃げ延びようとした一人の少年が、広場の木の上へとよじ登った。
「あら、そう?」
木を見上げたシスターの足元に、淡い光がひらく。
浮かび上がる
「10……!」
思わず、ハルスフォートの喉から漏れる。
単純に言えば、ハルスフォートの10倍の魔力を、あのシスターは持っている。
「……良い獲物だ」
ハルスフォートは人知れず舌なめずりし、視線をシスターに集中させる。
シスターは彼の
「
タンッ!
何もない空中を蹴る。
見えない階段を駆け上がるように、
「捕まえたっ!」
「わわっ!?」
木の上の子供を抱え、地上に降り立ったシスターを、子供たちが物珍しそうに取り囲んだ。
「すっげー! 魔術師!?」
「ねえねえ、シスターのお姉ちゃん! 名前はなんていうの?」
目を輝かせる子供たちに対し、シスターは温和な笑みを浮かべて口を開く。
「あたしの名前は──」
シスターは子供たちに
「ジェーン。
偽名として広く知られる名前で、シスターが自身を定義した。
「
小さな少女が、小首を
額にかかった髪が揺れ、その隙間から
ジェーンは、少女の頭にポンと手を置く。
手の平で髪を
「んー、忘れちゃった。だからジェーンって呼んでね」
軽く笑う。
少女は目を丸くして
「うん!」
その声を合図にしたように、周りの子供たちも口々に笑い出す。
疑う事を知らない子供たちを、ハルスフォートは冷ややかに見ていた。
「……世間知らずなガキ相手で良かったな」
離れた場所で、低く漏らした言葉は、誰にも拾われないまま落ち葉と散る。
偽名は、この世界では
ジェーンを囲うように、子供たちが輪を作った。
小さな
「ジェーン姉ちゃん、魔術師なの?」
「ええ、そうよ。
あたしは、魔人を相手にする
「よいばらい?」
オウム返しする少年に、ジェーンは指先で空をなぞり、言葉を選ぶ。
「人間の中にはね、魔王の手先である『
見た目は、人間と同じ。でもね、人を殺したがる悪いヤツなの」
ジェーンの声の、温度が下がる。
「あたしは、人を殺す魔人を、殺すのが仕事よ」
「へー! ジェーン姉ちゃんは正義の味方なんだ!」
ジェーンは、
「……ま、そう思ってくれると、ありがたいわね」
わあ、と子供たちから歓声が上がり、好奇心が次から次へと湧いてくる。
「その棺桶はなに?」
「商売道具が入ってるの。開けちゃダメよ」
「いつから
「12歳の頃からね。その時に旅を始めたわ」
「ウサギと昼寝どっちがすき?」
「昼寝」
その調子の良さに、子供たちはますます笑い声を大きくしていく。
子供たちの
輪の外。
一人だけ、距離を取って
ジェーンは手を横に振り、子供たちのざわめきはわずかに静まる。
「──ところで、あんたたち。
鬼ごっこするのはいいけど、全員が楽しくないと意味ないでしょ?」
「えー? なんのこと?」
ジェーンが、視線でリスティを指し示す。
「あそこの女の子、ずっと鬼になってたじゃない。
それって不公平よね? そんなことをする悪い子は、いつか魔王になるわよ」
おどろおどろしい
子供たちは気まずそうに顔を見合わせた後、その中の少年がリスティに近寄った。
「じゃあ……リスティ。今度はかくれんぼしようよ」
「あ、はい。分かりました」
「今度は、オレが鬼な! ぜってーみんな見つけてやるから!」
流れが変わり、リスティの肩から力が抜ける。
「は、はい。がんばります!」
「遊びでもがんばるのって、マジメだなー!」
「いいじゃん。いっしょに遊べれば!」
子供たちの
「じゃあ、かくれろー!」
掛け声と同時に、子供たちが一斉に散っていく。
土を蹴る音が、軽やかに広がった。
リスティもまた、少しだけホッとしたような表情を見せ、足早にどこかへと去っていく。
子供たちを見送ったジェーンは、棺桶を背負い直した。
そのままベンチへと歩み寄り、数歩手前で立ち止まる。
彼女は
「初めまして。要請をいただいて参じました、
それで、あなたがたが『魔女』と呼んでいる人物は、どこで出没していますか?」
おばあちゃんが、ポン、と手を打つ。
「ああ~。実は、もう大丈夫になっちゃったのよ。
このお兄ちゃんが、魔女を倒したからねぇ」
おばあちゃんが隣のハルスフォートを指すと、彼は堂々と胸を張った。
「そうだ。おれの手にかかれば、魔女などチリメンジャコに等しい」
頭から足先まで、目線は上下に移動する。
「……あなた、名前は?」
「ハルスフォート。
ジェーンは彼の名前を記憶の
「全っ然知らない。
あなた、本当に魔女を倒したの?」
無名の人間が倒したなどと信じられない。そんなニュアンスをこめた
しかし、ハルスフォートは
「無論だ。杖のはしっこから氷出してきたが、剣術と魔術が両方そなわったおれが遅れをとるはずは無い」
「ふーん」
ジェーンが
「それじゃ、その魔女って金髪だった?」
「夜に遭遇したから、分からなかったな」
「
「
「うーん……確かな情報がないわね」
半信半疑のジェーンに、ハルスフォートが追加情報を出す。
「しかし、『魔女の森』とは
実際にいたのは、
ハルスフォートの
「違うじゃない!」
「なんだ?」
ジェーンは一歩踏み出し、ハルスフォートに詰め寄る。
「魔女はとーぜん女よ!
エリス・タークトッド! 魔術師ギルドから追放処分された、魔人疑惑の女!
あんたが倒したそいつは、魔女の名を
「えぇっ!?」
ジェーンが怒鳴りつけ、ハルスフォートが
ジェーンはおばあちゃんに向き直ると、ハルスフォートを指さして言い
「こいつの謝礼は取り消してください。
あたしがこれから、本物の魔女を倒しに行きます!」
「あらぁ……それじゃあ、ハルちゃんに干し柿戻してもらわないと」
「吐くのか!?」
場の空気が一気に崩れ、騒がしくなる。
その時、ベンチの裏の茂みから、一人の少年が顔を出した。
先程、木の上に登っていた少年だ。
「えっ……魔女、まだいるの?」
少年は、かくれんぼの最中に大人たちの会話を聞いてしまったらしい。
血の気が引いた顔で、少年は言葉を絞り出す。
「そ、そんな……どうしよう!
『魔女の森』の奥へ、隠れに行っちゃった子がいるよ!」
「なっ──」
少年の言葉に、その場にいた全員が凍りついた。
「それは誰!? 何人!?」
ジェーンが問い詰めると、少年は固まった口を必死に動かす。
「サッフィーとハンスとリスティ……3人! 3人のはず!」
それを聞いたハルスフォートが
「分かった。おれが魔女を倒さなかったせいだ、すまない」
「おにいちゃん……」
「この件については、おれが必ず解決する」
少年の不安そうな目に、しっかりと向き合う。
ハルスフォートが立ち上がり、右手が剣の
「
チャキッ──。