いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第23話 牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)

 カンッ! カンッ! カンッ! カンッ!

 

 深夜のヨートゥルムに、けたたましい警鐘が反響する。

 

 さっきまで笛と笑い声を跳ね返していた石畳に、割れた(さかずき)が転がった。

 甘い果実酒の匂いを、割れたランタンの獣脂(じゅうし)が塗りつぶしていく。

 屋台の幕が火を噛み、誰かの肩が誰かを突き飛ばし、門へ向かう人波が夜の通りを押し潰した。

 

 その狂乱の波に揉まれ、10歳ほどの少年が転倒した。

 

「わぁっ!」

「ノリン!」

 

 パニックに陥った大人たちの足が、容赦なく少年に降り注ごうとする。

 それを未然にせんと、少年の父親が身を(てい)し、我が子の上に(おお)い被さった。

 

 (にぶ)い音が、人波の下で潰れた。

 

「ぅっ……!」

 

 父親の喉から、悲鳴を殺した息が漏れる。

 人々が通り過ぎたあと、彼の片足だけが不自然な角度で石畳に投げ出されていた。

 

「父さん……?」

 

 ノリンが肩を揺すっても、父親は起き上がらなかった。

 笑おうとした口元だけが引きつり、(ひたい)から落ちた汗が、耳の横を伝う。

 

「……俺はもう、足が折れて動けない。

 いいかノリン。俺のことは置いて、お前だけでも門の外へ走るんだ。早く!」

「いやだよ! 父さんが死んじゃうなんていやだ!」

 

 泣きじゃくる我が子。突き放そうとする父親。

 親子の悲痛な嘆きは、自己防衛に精一杯の、大多数の人間には届かない。

 冷血なのではない。ただ皆、自分を守るだけの腕しかないのだ。

 

 やがて周囲から人影がまばらになり始めた頃。

 瓦礫(がれき)(かわ)しながら、夜の通りから一台の馬車がやってきた。

 

「──おーい! 早く逃げた方がええぞー!」

 

 鐘の音に負けないよう張り上げているのに、その声だけは妙に丸い。

 御者台の老人は、揺れる馬車の上で左腕を大きく振っていた。

 

 馬車の荷台には、山のような干し柿に混じって、逃げ遅れた老人やケガ人がすし詰めに乗っている。

 

「で、でも……! パパが……立てないみたいで……!」

「なら、乗ればいいじゃろ。ホレ、手を貸してくれ!」

 

 老人は干し柿をボロボロと道端へ落とし、空いたスペースに父親と息子を引っ張り上げた。

 

「あ、ありがとうございます……! 大切な売り物を……!」

「いいんじゃ、いいんじゃ。

 わしも、それくらいの年頃の子に助けられたからのう。

 命あっての物種、子供は未来の宝じゃ」

 

 言って、老人は御者台に戻って馬を走らせようとする。その時。

 

 ズンッ!

 

 またしても、鐘の音すら呑む地鳴りが首都を揺らす。

 

 ヒヒィン……!

 

 震動と、立ち昇る土煙にパニックを起こした馬が、いななきを上げて暴れ出した。

 

「あああ、どう、どう! 落ち着かんか!」

 

 老人は必死に手綱(たづな)を張って馬を静かにさせようとするが、馬は前足を宙に振って暴れ回る。

 あわや馬車が横転しかけた刹那──馬の(そば)に、旅人装束の金髪の男性が駆けつけてきた。

 

 馬に蹴られる可能性も恐れず、近くに寄った彼は、一定のリズムの低い声を聞かせてやる。

 

「大丈夫だ、恐くない。もう大丈夫だぞ」

 

 金髪の旅人は馬の首元にスッと寄り添い、優しく撫でる。

 すると、魔法のように馬の興奮がスッと治まり、大人しく四つ足を地につけた。

 

「ウマがパニックを起こした時は、力で抑えこもうとせず、こうして首筋の動脈の鼓動に合わせて優しく撫でてやるといい」

「おお、ありがとうなお兄ちゃん! あんたも乗るかの?」

「いや、まだあちこちに進めない馬車がある。

 ウマたちが興奮したままでは、馬車での避難路が(ふさ)がれてしまう。僕はまだやるべき事がある」

「そうか……死なないように頑張るんじゃぞ!」

 

 老人の言葉を背に受け、金髪の旅人は走り去る。

 馬車が外壁に向かって無事に走り去った直後、さらに大きな地揺れが起きた。

 

「くっ……!」

 

 ゴゴゴゴ……!

 

 金髪の旅人の頭上に、石造りの時計塔が倒壊してくる。

 

 避ける間もない。

 巻き込まれる寸前──空中から飛来した影が、金髪の旅人の足元をすくい、強引に宙へと引き揚げた。

 

「あっぶなー! めっちゃスリリングだったね!」

「……ありがとう。助かった」

「いいって、いいって、こっちこそありがと!」

 

 魔式装具(マギスレイヴ)である「空飛ぶ絨毯(じゅうたん)」に身を預け、マントに身を包んだ美女が軽い声で続ける。

 

「さすがに死ぬのはヤだからさ、できるかぎりで、やれることをやっていこ!」

「ああ。それは同意見だ」

 

 絨毯(じゅうたん)の上で、二人はさらに逃げ遅れた人々を探して瓦礫(ガレキ)の海を飛んでいく。

 必死の避難活動と助け合いが続く中。

 

 ヨートゥルムの夜空を、王城から一直線に飛翔する、二つの影が走り抜けていった。

 


 

 高くそびえる首都の外壁の(ふち)に、二つの影が舞い降りる。

 跳空(エアステア)を連続で使い、追う城から外壁まで離脱してきた、ハルスフォートとリスティである。

 

「……はぁ……はぁ……!」

 

 ハルスフォートが、肩で息をする。

 

 跳空(エアステア)は、空を「飛ぶ」魔術ではなく、力場を蹴って空中を「跳ぶ」魔術だ。空中を跳ね続けるには、相応の身体能力とスタミナが要求される。

 一流の剣士たるハルスフォートとはいえ、子供を一人抱えたまま、直線距離3キロメートルもの長距離走はかなり(こた)えたようだ。

 

 外壁の上で大の字に転がるハルスフォート。

 その腕から離れ、自分の足で立つリスティは、城下に目を()らした。

 

「ハルスフォートさん……街の人たちが……」

「ああ……このままじゃ、魔王が全部ぺしゃんこにするだろう」

 

 ハルスフォートは立ち上がると、肩に(かつ)いでいたマントの包みを、石造りの床にドサリと下ろした。

 中から現れたのは、弦のない白い弓、牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)

 

「どうするんですか……それ」

「昼間の演劇を思い出せ」

 

 ハルスフォートは、王城の方角──プレッシャー渦巻く中心を、真っ直ぐに見据えた。

 

「役者のセリフにあったろ。『我ら二人が引く牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)』ってな。

 あれはただの演出じゃない。恐らく、光の弦を張る持ち手と、矢を放つ引き手が必要なんだ。

 ……弦は、おれの魔力でも張れる。矢を生成する引き手に強い魔力があれば、より威力が上がるだろう」

「それじゃあ……」

「ああ。おまえが引け。

 ……ここで逃げれば、おまえは街の連中を見捨てたって、一生それを苦にして死ぬような性分(しょうぶん)だろ。

 だから、ここで勇者になればいい」

 

 軽口を叩くハルスフォートに、リスティが一歩だけ後ずさる。

 

「もし……勇者になれなかったら?」

 

 弱気のリスティに、ハルスフォートがきっぱりと宣言した。

 

「逃げる。

 罪の背負い方なら、おれが教えてやるよ」

「……はい」

 

 ハルスフォートのその言葉に、リスティは(うなず)いた。

 

「よし、やるか──」

 

 ハルスフォートは、聖弓(せいきゅう)の本体を無造作に(つか)んだ。

 

 ジュウッ!

 

「ぐっ……!」

 

 彼の(こぶし)が、光の弦を生成する代償として、再び融解し始める。

 肉が溶け、骨が曲がる激痛に、ハルスフォートの顔が醜く(ゆが)む。

 

「さっさとやれよ! 手がアイスクリームになっちまう!」

「ハルスフォートさん……!」

「おれの手を見るな! 街を見ろ!」

 

 ハルスフォートは、歯を食いしばったまま笑った。

 

 祭りの灯で輝いていた大通りが、今は悲鳴と炎に塗り替えられている。

 逃げ惑う人々。

 転んだ子供を抱き起こす母親。

 崩れた家の前で、名前を呼び続ける声。

 

 外壁に立つリスティには、手を伸ばしても届かない。

 しかし、視線は届く。届かないはずの距離に、手だけが先に伸びていた。

 

「助けてやりたいだろ?」

 

 ハルスフォートの言葉に、リスティが震える。

 

 ──助けたい。

 その気持ちに比べれば、自分の恐怖は小さいものだ。

 

 伸ばした両手を、ハルスフォートが握る弓から生成された輝線(きせん)に添える。

 光条(こうじょう)にかけた指は、揺れながらも真っ直ぐに、

 

「──いきます!」

 

 リスティが弦を引いた直後、外壁の石目に青白い輝きが走った。

 (まばゆ)い閃光が炸裂し、夜の闇を真昼のように照らし出す。

 

 小さな指先に集まった白光は、やがて伝説の弓よりも、彼女の背丈よりも大きな矢へ膨れ上がった。

 

 

「行け!」

 

 ハルスフォートの号令に、リスティの五指から、弦が離れる。

 

 ビシュウッ!

 

 人の手に余る光条(こうじょう)が放たれ、流星のごとき速度で王城へと直進した。

 

 ドゴオォォォォンッ!

 

 凄まじい爆発。

 白色(はくしょく)奔流(ほんりゅう)城郭(じょうかく)を呑みこみ、強烈な衝撃波が首都全域を吹き抜けた。

 

 数瞬の後、光が収まる。

 二人は息を呑んで、眼下の光景を追った。

 

 ──王城の「上半分」が、綺麗に吹き飛んでいた。

 地下に続く岩盤は無事であり、最深部にいるガーノスヴァイエにまで達していない。

 

「逃げるぞ」

「ええっ!?」

 

 ハルスフォートは、牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)をあっさりと手放し、マントを(ひるがえ)す。

 失敗したら、さっさと逃げる。これ以上の未練はない。

 

「こ、このままだと……魔王は、ヨートゥルムを滅ぼしちゃいますよね……?」

「そうだ。魔王討伐なんざ、たった一人のガキに背負える責任でもないし、背負わせるものでもないのさ」

「わたし……勇者には、なれなかったんですね……」

 

 リスティの指が、まだ弦を引く形のまま固まっていた。

 けれどそこには、もう魔力の糸はない。

 開いた手の平が、夜風の中で縮こまる。

 

 しかし。

 

「……ん?」

 

 (きびす)を返した先。

 外壁の向こう側の空。

 

 空中から飛来するのは、結晶に(きら)めく竜の形。

 竜種帝位(りゅうしゅていい)17番「励晶鎧(アーケイン・フォート)」タラスク。その分体──。

 

「──逃がさないわよ、ハルスフォート!」

 

 宵祓(よいばらい)、ジェーン・ドウ。

 タラスクの背に乗る彼女が、土壇場(どたんば)の所で参戦してきたのだった。

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