いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第24話 騒乱のパーティ

「──逃がさないわよ、ハルスフォート!」

 

 夜空に浮かぶ結晶の竜、タラスク。

 竜の背から棺桶を突きつけるジェーン・ドウの姿に、ハルスフォートは両手を上げた。

 

「お祭り騒ぎはもうお終いだぞ。魔王様が屋台を全部食っちまうからな」

 

 ハルスフォートは痛む右手を隠し、剣の柄に手をかける。

 しかし、ジェーンの視線はハルスフォートを素通りし、眼下へ落ちた。

 

 王城跡から黒い霧が沸き、石造りの城壁を舐めるように広がっていた。

 

「……冗談でしょ。魔王が……出現してる……!」

「ああ、そうだ。

 おれにかまってる暇があるなら、ドラゴンの尻尾を巻かせて逃げることだ」

 

 ハルスフォートの挑発に、ジェーンは棺桶を下ろした。

 

「ええ。あんたの首は後回しよ。

 今は、あっちが先」

 

 彼女はタラスクを外壁ギリギリまで寄せる。

 そして、石床に転がる牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)を発見すると──立つ二人に鋭い声を飛ばした。

 

「……さっきの光の矢を撃ったのって……あんたたち!?

 アレでも倒せなかったていうの……? せめて、もう一発くらいは撃てないわけ?」

「ムリだな」

 

 即答するハルスフォートの服の裾を、リスティがギュッと掴んだ。

 

「……ハルスフォートさん。

 あなたが逃げると言う以上、それに理由はあるんですよね」

「当たり前だ。逃げる理由なら、今この場に3つも転がってる」

 

 溶け爛れた右手の指を、3本立てる。

 

「1つ、王城の残骸が邪魔で、地下の魔王に直撃させられない。

 2つ、聖弓(せいきゅう)の弦を張るための魔力が、おれにはもう残ってない。

 3つ、出力不足。ただ撃っただけじゃ威力が足りない。

 魔王を岩盤ごとブチ抜くには、並外れた魔術──それこそ『黒魔術』を上乗せする必要があるが、おまえさんはそんなもん知らないだろ」

 

 瓦礫(がれき)の障害、枯れた魔力、未知の禁忌。

 全て取り除かねば、矢は届かない。だというのに、3つの障壁が射線を遮っていた。

 

 リスティの唇が、音もなく閉じる。

 

「なら、一つ目の障害物は、あたしがどかしてあげるわ」

 

 ジェーンが、タラスクの背から身を乗り出して言い放った。

 

「王城の残骸を壊すくらいなら、あたしのタラスクでやれるわ。

 あたし自身の魔力は召喚に注ぎこんでスッカラカンだけど、タラスク自体は動けるからね」

「おいおい、勝手に話を進めるな」

「あんたの魔力不足も、それで解決よ。

 あんた、タラスクのウロコをかじりながら弓を持ちなさい」

「……はぁ!?」

 

 ハルスフォートが目をひん剥く。

 

「……(われ)、非常食ではないのだが」

 

 当のタラスクからも、抗議が上がった。

 

「おまえ……エリスの時のアレ、まだ覚えてやがったな」

「忘れるわけないでしょ。あんたが教えてくれたんだから」

「だが……リスティが黒魔術を使えない以上、どうすることも──」

「──わたしも、やります」

 

 リスティは、自分の胸元を掴んだ。

 

 生け贄として差し出されるはずだった身体。その同じ身体で、誰かを救えるのなら。

 小さな身体で、彼女はハルスフォートの前に立ちはだかった。

 

「黒魔術……わたしに、教えてください」

 

 リスティが、ハルスフォートに頭を下げる。

 彼は彼女を見下ろし、厳しく言葉をぶつけた。

 

「……黒魔術は、公式詠唱しか唱えられないような、未熟な魔術師が使えるシロモノじゃない。

 そもそも、黒魔術は魔王の力を借りる魔術──魔術師ギルドから認められた魔術師が、魔王討伐の際にしか許されない魔術だ。

 おまえには、実力も資格もない。失敗すれば、この魔王アレルギーの宵払(よいばらい)様に殺されても文句は言えんぞ」

 

 ハルスフォートの声が、一段低くなった。

 しかし、リスティは遠慮せずに切りこんだ。

 

「『殺される』なんて脅し文句、『殺されたがった』わたしには効きませんよ」

 

 瞳に灯るのは、揺るがない炎。

 

「……ほう」

 

 ハルスフォートの口元が、わずかに吊り上がる。

 初めて、目の前の少女を、一人の魔術師として見た。

 

 彼は足元の牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)を拾い上げると、ジェーンの乗るタラスクの背へと、力強く跳躍した。

 

「仕方ない、乗りかかった船だ」

「……(われ)、船ではないのだが」

「タラスクごと、王城上空に接近するわよ!

 距離を詰めれば、それだけ矢の威力も減衰しないはず!」

「はいっ!」

 

 リスティも、竜の背に飛び乗る。

 国の命運を懸けた、即席の勇者パーティ。

 

 伝説に語られる勇者一行とは、似ても似つかない。

 それでも今、復活した魔王に立ち向かおうとしているのは、この3人だけだった。

 

 3人を乗せた結晶の竜は、吹き荒れる瘴気(しょうき)の渦へ向けて、夜の空を渋々進んでいく。

 

 首都中央の上空は、すでに息をする場所ではなかった。

 地下から噴き上げる赤黒い霧が渦を巻き、視界を完全に奪っていく。

 

 致死量の毒素・細菌・ウイルスを含む濃密な霧に飛び込む直前、タラスクが水晶の翼を大きく羽ばたかせた。

 

「防壁展開!」

 

 ジェーンの号令とともに、タラスクの身体から全てを(はば)む結界が球状に広がり、毒の風から隔離する。

 防壁が大気をバチバチと(はじ)く中、ハルスフォートは竜の背に血文字を書き終える。──黒魔術の発音を記した7節である。

 

「よし、できたぞ。おれの知る限り、最も強力な黒魔術だ」

「……(われ)、黒板ではないのだが」

 

 ジェーンの声が、防壁の内側を鋭く打つ。

 

「いい、よく聞きなさい! チャンスは一度きりよ!」

 

 吹き荒れる病魔を前に、ジェーンが条件を突きつける。

 

「あたしが合図したら、防壁を切る」

 

 ジェーンは、石造りの残骸を指した。

 立ち昇る瘴気(しょうき)は爪を立て、防壁を削っている。

 

「タラスクがブレスで瓦礫(がれき)を吹き飛ばす。その穴が見えた瞬間、撃ちなさい」

 

 彼女はそこで、2人へ首だけを巡らせた。

 

「外したら終わり。防壁を張り直す余裕はないわ」

 

 練習なしの、ぶっつけ本番。

 

「…………」

 

 緊張に、口を堅く結ぶリスティ。

 足元に書かれた血文字の詠唱を、何度も読み返す。

 

 ハルスフォートの大きな手が、リスティの震える手の上から重なった。

 先ほどの代償で、溶け(ただ)れた右手。

 

 しかし、その手の平は確かに温かく、彼女の震えを押さえこんだ。

 

「ガキにしちゃ、よくやった方だろ。

 失敗したところで、おまえ自身が死ぬわけじゃない。根を詰めるなよ」

 

 ひどい言い草だったが、重ねられた手は逃げなかった。

 リスティは一度だけ、細く息を吐く。

 

 彼女は唇を結び直し、顔を上げた。

 

「……また、一緒に唱えてくれますか?」

「いいぜ。おれの魔力じゃ撃てないシロモノだ。ぶっ放してやれ」

 

 タラスクが王都の傷口の真上で、大きく旋回を始める。

 ハルスフォートは剣で削ったウロコをボリボリと食い、腹に収めて魔力を補給する。

 

 弓を構え、白銀の線が伸びる。

 

「……ッ」

 

 ジュウッ、と腕の肉が焼ける音を立てながら、ハルスフォートは悲鳴を噛み殺す。

 リスティは弦に手を添え、二人の口が同時に開く。

 

 ──()つる事なき(うつ)ろの胃腑(いふ)

 万象(ばんしょう)(すす)る常なる飢餓。

 

 (うた)うのは、貪食(どんしょく)(つかさど)る魔王──ズア=ディハを賛美する、禁忌の出だし。

 

 ──(なんじ)紫紺(しこん)。求むは天地裂く大いなる牙。

 

 詠唱が、牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)に乗る。

 白い一条に、紫紺(しこん)の色が混じる。禍々しく奔流(ほんりゅう)する紫が白光と食い合い、荒れ狂う。

 

 ──我が魂は糧とならん!

 此の世に堕ちし(あまね)(しし)よ、

 我が主の名の元に、その身を内より()らわれよ──!

 

 万物に響く声(ゼノグラシア)は、世界を裂いた。

 先程撃った一矢よりも大きい──神をも墜とす紫の雷霆(らいてい)

 

 周囲で、空気が歪んだ。

 心臓を握られたような重圧が、弓の中で形成される。

 

 ジェーンは、それを合図に命じた。

 

「守護防壁、解除ッ!」

「聞き届けた」

 

 タラスクは防壁を解除すると同時に、散乱光のブレスを真下へ向けて吐き出した。

 

 ゴオッ!

 

 轟音と共に崩れた王城が吹き飛び、地下の最深部へと通じる真っ直ぐな「道」が切り開かれる。

 

 その轟音の上から──リスティとハルスフォートが斉唱する。

 

貪王虚呷鑿(ズ・グラヴ・ナクア)!』

 

 バジィジュシュウゥッ──!

 

 開かれた道を辿るように、紫紺(しこん)雷霆(らいてい)が撃ち出された。

 

 バキンッ!

 

 放たれた直後、規格外の出力に耐えきれず、牙剥く聖弓(エイルドゥロゥプ)は木っ端微塵に自壊して宙に散る。

 

「急上昇!」

 

 ジェーンの悲鳴じみた指示で、タラスクが垂直に天高く舞い上がる。

 足元まで迫っていた黒霧の海が、間一髪で置き去りにされた。

 

 3人は結晶のウロコにしがみつきながら、地上の様子を肩越しに見た。

 

 貪食(どんしょく)の力を帯びた一撃は、かつての王城の地下最深部──魔王の封印のど真ん中へと突き刺さる。

 

 音が消えた。

 

 風も、竜の羽音も、誰かの息遣いも。

 世界の全てが、漆黒の球体へ沈みこむ。

 

 黒球は、瓦礫(がれき)を食らった。

 大地を喰らった。

 首都を覆い尽くさんとしていた莫大な瘴気を()らった。

 

 その奥で、一瞬だけ、白い影が揺れる。

 

 古びた花嫁衣装。

 100年前、祝福の鐘の下で魔王になった女の、最後の残影。

 

 次の瞬間、白い影は黒球の奥へほどけて消えた。

 世界に音が戻る。

 

 ──YyyyyyyyYiIiGgAaaaaaaaaaAa!

 

 それは怒号ではなく、悲鳴。

 疫病(えきびょう)の王、ガーノスヴァイエの100年が、今夜に途切れた断末魔だった。

 


 

 上空で静寂を取り戻した夜の風の中。

 ジェーンは、王城跡を確認する。

 

 疫病(えきびょう)(つかさどる)る魔王は、死に至らしめる瘴気(しょうき)を常に放出している。

 街の中央にぽっかりと空いた空洞は、ただその口を開けているばかりだ。

 

「……ウソでしょ」

 

 風の音が戻っていた。

 虫の(こす)れる音も、病んだ石壁の(きし)みも、もう聞こえない。

 

 ジェーンは耳を澄ませたまま、打ち震える。

 

「ほ、本当に……本当に倒した……!

 あんたたち、本当に勇者だわ!」

 

 ジェーンは勢いよく振り返った。

 

 名誉と畏怖(いふ)をもって呼ばれる──「勇者」という異名。

 リスティとハルスフォート、そしてジェーン自身も、それに相応(ふさわ)しい成果を挙げた。

 

「え……?」

 

 しかし、振り返った先の2人は、そろって間抜けな顔をしていた。

 ハルスフォートの口が半開きになっている。リスティも同じ顔だった。

 

「あ……! その、凄いですね……!」

「ああ。まさかやるとは思わなかった」

 

 2人は、揃って他人事みたいな声を出した。

 

 ジェーンの肩から、すとんと力が抜けた。

 

「……あんたら、張本人でしょうが」

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