いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第2話 依頼

「話を始める前に、まずは名乗らせてもらおう」

 

 薄い布一枚で外界を(へだ)てられた、狭いテントの中。

 初対面の男は居住まいを正し、胸に手を当てた。

 

「私の名は、ワロー・エケ。

 先ほど話した通り、旅をしながら魔術医(ウィッチドクター)をしている」

「おれは、ハルスフォート・ジェスベイン。剣と魔術を扱う魔剣士だ」

「リスティ・クノケウスと申します。魔術を(おさ)める者です。

 わたしたちは、2人で旅をしています」

 

 3人は、それぞれ簡潔に名乗り合った。

 男――ワローは、リスティの姓を聞くと、片眉を跳ね上げた。

 

「……クノケウス?」

「ああ。あんたが思い浮かべた、その名で合ってる。

 あの『人型災厄(ウォーキング・ディザスター)』の正体が、こいつってワケだ」

「そ、そうです……」

 

 ワローはリスティを睨み、ひとまず納得したように視線を逸らした。

 

「まあ、ウワサよりもずいぶん大人しい人物だとは分かった。

 それに、私は衛兵でも役人でもない。

 君たちが何をしたのか、ここで問いただすつもりはない」

 

 そう聞いて、2人は胸を撫で下ろした。

 詳しく追及されていたら、国に処刑されかけたことや、魔王と大立ち回りを演じたことまで、ひどく面倒な説明をする羽目になっていただろう。

 

 ワローはひとつ咳払いをして、話を本題へ移した。

 

「さて、単刀直入に言おう。

 君たちに頼みたいのは、この近辺にいると思われるドレイクの生け捕りだ」

「ドレイクの、生け捕り?」

 

 ハルスフォートがオウム返しに尋ねると、ワローは深くアゴを引いた。

 

「私の研究には、雷ドレイクの生き胆が必要でな。

 だが、ヤツらは渡り鳥のように各地を移動する。しばらくすれば、別の土地へと飛び去ってしまう。

 この機会を逃せば、次にいつ遭遇できるか不明だ」

「時間制限があるから、今は金をせびるより人手が必要ってワケか。……だが、」

 

 ハルスフォートは、探るように目を細めた。

 

「それなら、どうして最初から傭兵を雇わなかった?」

 

 ドレイクは、気性の荒い巨大な爬虫類(はちゅうるい)である。

 それを生きたまま捕らえるなら、熟練の傭兵団を用意するのが定石だ。

 

 ワローは腕を組み、もっともらしい顔つきで答えた。

 

「理由は2つある。1つは、君たちの実力を見こんだからだ」

「なにを見て、そう思った?」

「あの魔術的変質は、平穏に暮らしていて発症するようなものではない。

 おそらく、なんらかの戦いで受けたものだ。

 あれほどの術を受けてなお生き延びたのなら、並の者ではないと考えたんだよ」

 

 本当は術を食らったのではなく、国家の至宝を使った反作用なのだが――というツッコミは胸に秘める。

 

「それは分かった。それで、もう一つの理由は?」

 

 ハルスフォートに続きを(うなが)されると、ワローの視線はテントの(すみ)へ逃げた。

 小声で答える。

 

「……金がない」

「あー……」

 

 おそらく、それこそが最大の理由なのだろう。

 傭兵を雇う金がないから、支払える当てもない治療報酬を提示して、2人を働かせようと考えたらしい。

 ……どうせなら法外な治療報酬を吹っかければ良いものを、妙なところで律儀(りちぎ)なのか、提示したのは割と妥当(だとう)な額だったのだが。

 

 リスティの()いた硬貨を必死に拾う男の姿が脳裏(のうり)に映り、2人は揃って憐憫(れんびん)の目をワローへ向けた。

 

「……ひとまず、事情は分かった。

 依頼を受けるかどうかは、リスティと相談してから答えさせてもらう」

 

 そう断りを入れたあと、ハルスフォートはリスティのそばへ顔を寄せた。

 

「――おい、どうする?」

「私は、受けた恩には(むく)いるべきだと思います」

「それはおれも同じだ。ただ……問題は依頼の中身だ。

 ドレイクを倒すだけならともかく、『生け捕り』となると話が違う」

 

 倒すだけなら、取れる手段はいくつかある。

 ハルスフォートが剣と魔術を駆使(くし)するか、それでダメなら、リスティの魔術で焼き払うこともできる。

 

 しかし、「生かしたまま」という条件が加わると、ただ倒すよりもはるかに難しくなる。

 凶暴なドレイクを、果たしてどう捕らえたものか。

 

 難しい依頼ではあるが、恩知らずになるのも気が引ける。

 ワローの性格にやや難があるのは確かだが、見返りの保証もない2人へ治療を施しているのだ。少なくとも、見捨てて構わないような悪人ではない。

 

「……捕獲に失敗したら、治療費に違約金を上乗せて支払う、という形にしませんか?」

「そうだな。このまま断るのも後味が悪い」

 

 話をまとめたハルスフォートは、ワローへ向き直った。

 

「わかった。その依頼、おれたちが引き受けよう」

 

 ハルスフォートの返答を聞き、ワローの口から長い息がほどけた。

 

「助かる。この機を逃したら、いつドレイクが飛び立つか分かったもんじゃない」

「ただし、必ず生け捕りにできるとは保証できない。状況次第では、こちらが生き残るために殺すこともある。

 捕獲に成功したら、報酬の2万Gと治療費を相殺(そうさい)し、互いの支払いはなし。

 失敗したら、治療費2万Gと同額の違約金を合わせて、こちらから4万Gを支払う。この条件でどうだ?」

 

 言葉の最後に、ハルスフォートは契約の証となる右手を差し出す。

 ワローは差し出された手に目を落とし、かすかに口元を緩めた。

 

「ああ、その条件で交渉成立だ」

 

 2人の右手が重なり、交わされた条件が手の平の間で形を得た。

 

「それで、雷ドレイクがこの辺りにいると言うからには、あんた自身がどこかで見たんだな?」

 

 手を離すや否や、ハルスフォートは獲物の痕跡へ話を進めた。

 

「ああ、私が見た。

 ここからそう遠くない場所に、湖がある。

 その湖の対岸で、水を飲んでいる姿を発見したんだ」

「雷ドレイクだと断定した根拠は?」

「シッポだ。雷ドレイク特有の、青い尾を見た」

「それで……その場では捕まえられなかったんだな」

 

 ハルスフォートは腕を組み、答えを待つようにワローを見据えた。

 

 ドレイクがいたのは、湖の対岸。

 獲物は水を飲むことに気を取られていた。

 そして、こちらには気づいていないだろう。

 

 話を聞く限り、奇襲をしかけるには申し分のない状況のはずだ。

 しかし、ワローは悪びれる様子もなく首を振った。

 

「いや、違う。最初から、私一人で捕らえるつもりはなかった」

「は? あんた、魔術師だろ?

 そりゃあ、攻撃魔術一発で気絶させて捕獲……なんてウマい話はないだろうが。

 一度しかけて、ダメなら跳空(エアステア)で逃げればいいだけだろ」

 

 ワローは、仮にも魔術医(ウィッチドクター)――魔術を生業(なりわい)とする者である。

 戦闘を専門としていなくとも、最低限の自衛手段くらいは備えているものだと、ハルスフォートは考えていた。

 

 ところがワローは、ムダに胸を張った。

 

「私は、魔術書を読みながらでなければ詠唱できないし、公式詠唱しか使えないし、攻撃魔術は初級しか使えないんだ。

 その上、呪算紋(グリマ・グリフ)2の初級魔術で、ドレイクを気絶させられると思うか?」

「……そんなコトで威張って、虚しいとは思わないのか?」

「思わん。そんなことは私の管轄外だ」

「そうか」

 

 ハルスフォートは言葉を失い、静かにうなだれた。

 どうやら、会話を続ける気力を、根こそぎ削り取られたらしい。

 

 その横で、リスティが彼に代わるように一歩前に出る。

 ハルスフォートの口から、次の言葉が出てくることがなさそうだったからだ。

 

「で、では……湖へ行けば、また遭遇できる可能性があるんですよね?」

「私もそう踏んで、湖の周辺を張っているんだがね。

 結局、今のところ姿を見たのは、あの一度きりだ」

「すでに、別の土地へ移ってしまった可能性はないんですか?」

「当然考えた。だが、まだこの近辺に潜んでいる公算の方が大きい」

 

 ワローは一本の指を立て、見えない証拠を宙でなぞるように振った。

 

「森を歩いていた時、ドレイクらしき鳴き声を耳にした。

 加えて、ノドと腹を食い破られたシカの死骸も発見している。

 傷口に残った歯形を見る限り、ドレイクほどの大型肉食動物に襲われたのは間違いない」

「なるほど……ですが、闇雲に探し回っていても、(らち)が明きません。

 近くの魔術師ギルドで、ドレイクの生態について調べた方がいいのではないでしょうか?」

 

 リスティの提案を聞き、ハルスフォートは顔を上げると、すぐに首を横に振った。

 

「この国の魔術師ギルドは、ヨートゥルムにしかないだろ」

「あ……そうでした」

「おれたちは向こうで顔が割れている。行くとすれば、ワロー一人をヨートゥルムへ向かわせることになるが――」

「……国に顔が割れていると、なにか不都合があるのか……?」

 

 (いぶか)しげに顔をしかめるワローを、ハルスフォートは(がん)として無視した。

 

「――こっちへはブッ跳んできたから正確な距離は分からんが、徒歩で往復すれば、少なくとも5日はかかるはずだ。

 その間に雷ドレイクが飛び去って、すべてが徒労に終わるのはゴメンだろう」

 

 雷ドレイクは渡り鳥のように、一定の土地にとどまらず移動を繰り返す。

 今この瞬間にも、なにかの拍子(ひょうし)にこの土地を飛び立つ可能性があった。

 

 ドレイクの生態を調べること自体は、間違っていない。

 しかし、調査に時間を(つい)やした結果、肝心の獲物を逃してしまっては本末転倒である。

 

「うーん……」

 

 このまま、当てもなく森を探索するしかないのか。

 しばし沈黙が続いた後、なにかを思い出したらしく、ワローがふと(つぶや)いた。

 

「そういえば、ヨートゥルムと連絡を取る手段が、私の手元に一つある」

「そんなものがあるのか?」

「ああ、取れるとも」

 

 ワローは荷物を漁ると、中からヒモで(くく)られた紙束を取り出した。

 紙束の端はすり切れ、ところどころに折り目が残っていた。

 

 見慣れない紙束を前に、リスティが小さく首を(かし)げた。

 

「その紙は、なにに使うものなんですか?」

双子紙(ジェミニノーツ)という。遠方との連絡に使われる魔式装具(マギスレイヴ)の一つだよ。

 片方の紙に文字を書けば、(つい)となるもう一方の紙にも、まったく同じ文字が浮かび上がる仕組みだ」

 

 説明を聞いたリスティは、納得したようにぽんと手を打った。

 

「ああ、その仕組みなら、遠距離通信に使えますね」

「そうだ。この紙束を隣国のエルージュ共和国まで運べば、ヨートゥルムとの間で、紙の枚数だけ通信を交わせる。

 目的地まで運べば、ギルドからわずかな報酬が出る。旅のついでの小遣い稼ぎというわけだ」

「では、その紙に書けば、片割れを置いてきたヨートゥルムへ問い合わせられますね」

「そうだ。なに、通信料についてはエルージュに着いてから事情を説明し、支払えば問題ない」

 

 ワローは荷物から、羽根ペンを一本取り出した。

 インク壺のフタを開けると、ワローは双子紙(ジェミニノーツ)を一枚抜き取り、ヒザの上に広げた。

 

 ワローは羽根ペンを走らせ、紙面にさらさらと文字を書きつけていった。

 

   ――雷ドレイクと遭遇。

   魔術研究のため、その生き胆を必要としている。

   生け捕りに有用な生態、習性、弱点についての情報を求む。

 

 書き終えると、ワローは紙面のインクを軽く乾かし、満足げに(うなず)いた。

 

「あとは、ヨートゥルムのギルドでこの文面に気づいた者が、返事を書いてくれるのを待てばいい」

「ギルドから返事が届くまで、どのくらいかかるんでしょうか?」

「早ければ今日中には返事が来る。遅ければ……明日の夜頃になるだろう」

「そうなると、こちらは待つしかありませんね」

 

 それでも、行き止まりに見えた道に、細いながらも新たな枝が伸びた。

 魔術師ギルドから返答があれば、雷ドレイクの行動範囲や習性に加え、捕獲に利用できる弱点も判明するかもしれない。

 

 とはいえ、返事が届くまでなにもせず待ち続けるのは、得策とは言えない。

 ハルスフォートは、その場から立ち上がった。

 

「待っているのも(しょう)に合わん。回答が来るまで、おれたちは森を探そう」

「はい。湖の周りを歩けば、足跡でも、折れた枝でも、なにか一つくらいは残っているかもしれません」

「湖までの案内は、私に任せてくれ」

 

 ワローが双子紙(ジェミニノーツ)を畳み、懐へしまう。

 こうして3人は、返答を待つ間に雷ドレイクの痕跡を探すため、森の中の探索を始めた。

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