いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第3話 旅人風・鹿肉と杏茸の包み焼き

 焚き火の炎がゆらめき、夜の森を橙色(だいだいいろ)に染めていた。

 

 湖畔の探索を終えた3人は、木々の(あわい)に少し開けた場所を見つけ、そこで野営の支度をしていた。

 3人の背後の木には、昼の内に捕らえたシカが吊るされ、ぽたりぽたりと血抜きされている。

 

 ハルスフォートは焚き火の前にしゃがみこみ、枝で(まき)を崩した。

 

「結局、今日は空振りか……」

 

 ハルスフォートは、半ば灰になった(まき)を、枝で払いのけながらボヤく。

 

「ドレイクの生態も分からないまま探索したのですし、仕方ありませんね」

 

 リスティはそう答え、歩き詰めで重くなった足を両手で押しほぐした。

 ハルスフォートは手をマントでぐるぐる巻きにすると、火床(ひどこ)の中央へ手を伸ばし、土に埋めていたものを掘り起こした。

 

 土の中から現れたのは、オオザラヤマブドウの厚く大きな葉で幾重にも包まれた、3つの塊だった。

 葉の表面には土と灰がこびりついていたが、内側までは焦げていない。

 

 彼はヤマブドウの包みを枝先で転がし、まとわりついた灰を落としてから、一つずつ拾い上げた。

 

「……よし、火は通ってるな」

「ありがとうございます」

「助かる」

 

 ハルスフォートはリスティとワローに包みを渡し、自分の分は足元に置いた。

 それから脇へ退(しりぞ)けていた(まき)を組み直し、火種に息を吹きかける。

 

 赤い火が、再び枝の内側へ移っていく。

 ぱちり、と乾いた音を立て、焚き火に勢いが戻った。

 

「……まあ、ドレイクは見つかりませんでしたが、今日の糧は得られましたね」

 

 焚き火に光が戻るのを待って、3人はそれぞれ、ヒザの上で包みを開いた。

 包まれていた葉を開いた途端、白い湯気が夜気の中へ、ふわりとほどける。

 

 葉の内側には、シカ肉と、肉から削った脂、黄金色のアンズタケ、刻んだ野生ニンニクがぎっしりと詰まっていた。

 塩を振ったシカ肉には、オオザラヤマブドウの実を絞っただけのソースが染みこみ、溶けた脂と混ざって照りを帯びている。

 

 野生ニンニクの鋭い香りに、ヤマブドウの酸味と葉の青い芳香が重なり、疲れた体に染みるような匂いが広がった。

 

「まあ、これを食って寝れば、体力も気力も養えるな」

 

 ハルスフォートは枝から削り出した粗い箸でシカ肉をつまみ、湯気ごと口へ運んだ。

 野趣の強いシカ肉に、酸味と塩気、脂の甘みがよく絡んでいる。

 

 ハルスフォートは柔らかく火の通ったシカ肉を噛み分けると、向かいに座るワローへ目を向けた。

 

「それで、魔術師ギルドから返答はあったのか?」

「待っていてくれ。今、双子紙(ジェミニノーツ)を出す」

 

 ワローは包み焼きをヒザに置くと、(かたわ)らのカバンへ手を伸ばした。

 

 荷物の奥を探り、ヒモで括られた紙束を引き出す。

 そのうち一枚を抜き取り、紙面に目を落とした瞬間、ワローの眉がぴくりと動いた。

 

「さっそく返事が来たようだな」

 

 朝に書いたときより、明らかに文字が増えている。

 

 ワローは腰かけている倒木の上に双子紙(ジェミニノーツ)を広げ、即席のテーブル代わりにした。

 ハルスフォートとリスティも、左右から身を寄せて紙面を覗きこんだ。

 

 火の光が揺れ、薄い紙面を透かし照らす。

 

 紙面にはまず、ワロー自身の筆跡で、雷ドレイクについての問い合わせが記されていた。

 その下には、綺麗に整った筆跡で、短い返答が記されていた。

 

 ──雷ドレイクに関する資料は、当ギルドには所蔵されておりません。

 

 しかし、その端正な一文には、無造作な取り消し線が引かれていた。

 

 さらに、その下には。

 紙面の余白を食い尽くすような勢いで、別の筆跡がびっしりと文字を連ねていた。

 

 ──ドレイク類については素人ながら、僕の知る限りで答える。

 

 正式名称はサンダークラップドレイク。通称は雷ドレイク。

 本種は渡りの習性を持ち、一つの土地に長く(とど)まることは少ない。

 

 食性は肉食で、死肉は基本的に食べない。

 血の臭いには非常に敏感で、風下にいても反応する例がある。

 

 活動時間は、主に日中。

 翼を有するものの、常時飛行する種ではなく、地上での歩行を好む。

 これは尾部の発電器官が重く、離着陸に相応の負担がかかるためだと思われる。大変興味深い。

 

 遭遇を目的とするなら、日中に血を纏わせた動物を放ち、その後を追うのが有効だろう。

 ただし、追跡者自身に血臭が付着した場合、捕食対象と誤認される危険がある。風向きと距離には注意すること。

 

 なお、雷ドレイクの特徴的な青い尻尾は、発電器官である。

 興奮時には、そこから雷を放つ。背後に回れば安全、などとは考えない方がいい。むしろ、尻尾こそが危険部位である──。

 

 読み終えてから、しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。

 

 資料はない、と書かれていたはずなのに、その下には資料よりよほど濃い情報が詰めこまれている。

 紙面越しにも、書き手の妙な熱量が伝わってきた。

 

 ワローは双子紙(ジェミニノーツ)を見下ろし、考えこむように腕を組んだ。

 

「……クセの強い有識者だな。だが、信頼はできそうだ」

「……まあ、多分、かなり正確だと思うな」

「ええ……はい……」

 

 そう言いながら、ハルスフォートとリスティの脳裏にビジョンが浮かぶ。

 ティミー村で会った、ゴブリンに詳しいシーツ姿の魔術師だ。

 

「……まさかな」

 

 ハルスフォートが頭を振り、議題を進める。

 

「ともあれ、これで明日の方針は定まりましたね」

 

 リスティは、背後の木に吊るされたシカを見やった。

 血抜きは完全には終わっていない。シカの足元には、暗い赤色の雫がぽたり、ぽたりと静かに落ち続けている。

 

 彼女は腰に提げていた革袋の水筒を手に取り、中に残っていた水を一気に飲み干した。

 そうしてカラになった革袋を、雫の落ちる真下へ置く。

 

「……ちょうど、血の当てもあります。ドレイクを誘き寄せるにはいい芳香剤です」

 

 革袋の口を広げると、したたり落ちた血が内側へ溜まり始めた。

 焚き火の光を受け、黒に近い赤色がぬらりと揺れる。

 

 そこへ、様子を見ていたワローが歩み寄ってきた。

 

「待て。このままだと血が凝固するぞ。

 血臭を漂わせるなら、液体のまま保つ必要がある」

 

 ワローはそう言って、食事に使わず残していたヤマブドウを手に取った。

 

 指先で実を潰すと、革袋の中へ果汁をポタポタと絞り入れる。

 濃い紫色の果汁が、鹿の血に混ざった。

 

「果汁の酸味には、血液の凝固を遅らせる効果がある。

 これで一晩程度なら、液体のまま保てるはずだ」

「ありがとうございます。さすがお医者さんですね」

「……まあ、腐っても魔術医(ウィッチドクター)だからな。この程度で感心されても困る」

 

 平静を(よそお)ってはいたが、果汁を(ぬぐ)う指先は(はず)み、照れを隠しきれていなかった。

 

 リスティは革袋の周囲に石を集め、それらで挟みこむようにして革袋を固定する。

 革袋の口が閉じないよう、フチにも小石を噛ませた。

 

 ハルスフォートは、焚き火の向こうからその一連の作業を眺めていた。

 

「……ヤマブドウの香る血で、果たしてドレイクが来てくれるかは分からないな」

「明日はこれで試してみて、それでもダメだったら、新鮮な血を用意すればいいさ」

 

 ワローは革袋を覗きこみ、満足げに(うなず)いた。

 

 血と果汁が混ざった匂いが、夜の冷気へじわりと広がっていく。

 甘酸っぱい果実の香りの奥に、鉄臭い血の気配が確かにあった。

 

 ハルスフォートは、沈む夜の森を見やる。

 

「明日はこれを持って森を歩き回り、ドレイクを誘き寄せるとするか」

 


 

 翌朝。

 ハルスフォートは、一人で森の中を歩いていた。

 

 片手には、シカの血を詰めた革袋を提げている。

 革袋の口は縛られておらず、匂いが漏れるように開けられていた。

 歩くたびに中身が揺れ、血とブドウの赤い匂いが、じわりと外へ漏れ出していた。

 

 甘酸っぱ鉄生臭(てつなまぐさ)い、独特の匂い。

 人間にとっては、あまり長く嗅いでいたい匂いではない。

 だが、雷ドレイクを誘い出すためには、この臭気こそが頼みの綱だった。

 

 リスティとワローは、ここから少し離れた森の一角で待機している。

 

 そこには、ワローが早朝から準備した、麻酔の魔法陣が張られていた。

 術者が発動すれば、陣の上に立った者を眠らせることができるという。

 

 紋章学に加え、風水を利用した高レベルの儀式魔術だ。ドレイクほどの大きさの生物でも、一撃で昏倒させられるらしい。

 しかし、問題もあった。地形に依存する風水を(もち)いている以上、魔法陣を動かすことはできない。

 

 雷ドレイクが都合よく陣の上に乗ってくれなければ、どれほど強力な眠りの術でも意味がない。

 そこでハルスフォートが血袋を持ち、囮となって森を歩き回っているのだ。

 

 ドレイクを臭いで引きつけ、魔法陣の上まで誘導する。

 

 言葉にすれば単純だ。

 だが、それを実際にやる側の気分は、肉屋の看板を背負って猛獣の縄張りを散歩しているようなものだった。

 

「……我ながら、ひどい役回りを引き受けたもんだ」

 

 とはいえ、幼いリスティにやらせるには酷であるし、依頼主のワローに任せるのは論外だ。

 ハルスフォートは小さくぼやくと、革袋を持ち替えた。

 

 血を詰めた革袋は、見かけ以上に重い。

 最初はどうということもなかったが、同じ姿勢で何時間も持ち歩いていると、腕の筋肉がじわじわと悲鳴を上げ始める。

 

 木の根を避け、下草を踏み分け、時折立ち止まっては風向きを確かめる。

 それを繰り返すうちに肩は重くなり、指先の感覚も鈍ってきた。

 

 血袋を握る手が、ぷるぷると震え始める。

 

「そろそろ、少し休むか……?」

 

 そう(つぶや)いた、その時だった。

 

 ──ギィィィィッ……!

 

 森の奥から、低い(うな)り声が聞こえた。

 

 ハルスフォートは、踏み出しかけた足をぴたりと止めた。

 いつの間にか鳥の声は消え、木々のざわめきだけが耳に残る。

 

 ハルスフォートは息を潜め、血の入った革袋を握り直した。

 

 血とブドウの臭いに誘われて、「なにか」が来ている。

 その「なにか」が巨大であることは、近づいてくる足音だけで分かった。

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