ぬかるみを
「サッフィー! ハンス! リスティ! どこだ! 魔女でもいいから返事をしろ!」
『……最後のは無理でしょ』
ハルスフォートの
ブドウとキジバトの
2人の
魔女の森に隠れた子供たちを見つけ出し、安全を確保する。
今度こそ、本物の魔女を
まずは何より人命の優先。
子供たちの足取りを手広く探るため、この
『あんまり大声出すと、魔女に感づかれるわよ』
「構わん。ひょっこり出てきたら返り討ちにしてやるさ」
ハルスフォートは、森の西側を受け持っていた。
探索を開始してから、既に十数分が過ぎている。
まさか、もう魔女の毒牙にかかったのか。
胸の奥を冷たい想像がよぎった、その時。
ガサリ。
目の前の茂みが揺れる。
「誰だ!」
反射的に、腰の剣へ手がかかる。
鋭く放たれた声に、
「な……なにがあったの?」
茂みから恐る恐る顔をのぞかせたのは、まだ幼い少年だった。
怒鳴られた事に
少年の顔を認めた瞬間、ハルスフォートの殺気が
腰を落とし、揺れる瞳と同じ高さに目を合わせる。
「おまえさんの名前は?」
「は、ハンス……」
探していた名が返ってきて、胸の不安がひとまず
怖がらせまいと、
「サッフィーとリスティはどこにいる?」
「えっと……わかんない。どうしたの、兄ちゃん?」
ハンスにしてみれば、かくれんぼの鬼がいきなり大人に変わった状況だ。
何も知らない彼に対し、ハルスフォートは短く息を飲み、答える。
「すまないが、おれは魔女を倒せなかった。
まだこの森は危険だ。村に戻ってくれ」
「えっ……う、うん。わかった!」
ハンスはこくりと
「それじゃあ、おれについて来てくれ。
村に着くまで、
「ありがと……」
「礼を言われるようなことはしていない」
小さな手を引き、ハルスフォートは
彼はジェーンの
「聞いていたか? こちらはハンスを見つけた。今は村に向かう所だ」
『会話を聞いてたから、分かってるわ。
こっちもサッフィーを発見。いま送り届けるところ。
あと残っているのは、リスティだけど──』
ジェーンの言葉は、最後まで聞こえなかった。
──ギキィィィィッ!
音の主は、次の瞬間にはもう行く手を
「それ」は、動物のパッチワークだった。
カラスの頭にクマの胴体。
魔術により造られた
「ひいっ!?」
ハンスの悲鳴が裏返る。
「離れていろ!」
シャッ──!
剣が
「原始の
展開された
空気は一気に冷え、
ギィンッ!
氷の刃は
「すごっ!」
背後で、ハンスの声が
「まだだ! 目をつぶっていろ!」
ハルスフォートの魔力では、
ハルスフォートは
ザンッ!
「
返り血に身を濡らしたまま、ハルスフォートが剣身に舌を
巨怪の血だまりに死体、そして血を舐めとる青年。
その光景を、ハンスはばっちりと見ていた。
「うわああっ!?」
がたがたと震えながら、ハンスは後ずさる。
「……だから、目をつぶっていろと言ったんだ」
自身の親切心を破ったハンスに、ハルスフォートが
「──何か音がしたけど、大丈夫!?」
茂みを揺らし、ジェーンが飛び出してくる。
その背には、もう一人の探索対象であるサッフィーが、
「ジェーンか。サッフィーは見つけたようだな。
よし、あとはリスティだけだ。おれは引き続き森の奥を──」
「ちょっと待ちなさい」
ジェーンの制止が、先へ進もうとしたハルスフォートの足を止める。
「……返り血まみれで、いたいけな女の子を探し回る男の様子を想像しなさいよ。
その女の子、間違いなく逃げるわよ」
「…………」
ぐうの音も出ない正論を受け、ハルスフォートが止まる。
「……分かった。ハンスとサッフィーを、おれが村まで送り届ける」
「分かればよろしい」
ジェーンは一つ
しかし、サッフィーは首をぶんぶんと横に振り、ジェーンにしがみついた。
「や! この人、こわい!」
震える指を、ハルスフォートに向ける。
上から下まで返り血を浴び、鉄の臭いが鼻を突く。
小さい子供にとって、それは守り手の姿というより、怪物に近いものだろう。
「お姉ちゃんがいい! お姉ちゃん、ずっといて!」
「うーん……
ジェーンは
納得させるには恐怖が強すぎる。かといって、強引に
「サッフィー……」
ジェーンとハルスフォートが顔を見合わせる中、サッフィーに歩み寄ったのはハンスだった。
彼もまた、ハルスフォートを怖がった一人である。
まだ
「こわいけど、でも……兄ちゃんが、こんな血だらけになったのは、ぼくを守ってくれたからなんだ」
「…………」
「ぼくの手だったら、にぎってくれる?」
ハンスが手を伸ばすと、サッフィーは涙目でその手を
「……ん」
「うん」の成りそこないの返事。
ハンスのもう片方の手を、今度はハルスフォートが包む。
「怖がらせて悪いな。お互い、手を離すなよ」
「うん……!」
その光景に、ジェーンが
「それじゃ、あたしはこれで。
また何かあったら連絡するわ」
「分かった。村で身を清めたら、探索に戻る」
ジェーンはひらりと手を振り、茂みの奥へ姿を消していく。
「よし、行くか」
ハルスフォートはハンスの手を引き、ハンスはサッフィーの手を引き、
やがて木々の
「ハルスフォートさん!?」
広場へ姿を現した彼を見て、村人たちは
「大丈夫だ。おれの血じゃない。
ハンスとサッフィーは連れ帰った。残るはリスティ一人だ」
「ま、魔女を……倒したんですか?」
「倒したのは魔女の手下の
まだ
それでも、子供が2人、無事に戻ったのだ。
2人の親が駆け寄り、帰ってきた我が子を抱きしめる。
「ハンス!」
「母ちゃん!」
「サッフィー!」
「パパ!」
温かな光景を前に、ハルスフォートの胸には別の感情が差しこまれた。
──リスティには、こうして泣いてくれる親もいないのか。
一刻も早く救出に向かおうと、ハルスフォートは声を張る。
「この返り血を洗い流したら、すぐにまた探索へ戻る。
水と着替えを用意して欲しい」
「はいっ」
村人たちは、
広場で待つハルスフォートに、一人の男が
「あの……耳に入れておいてほしい情報があるんです」
「何だ?」
ハルスフォートは男に向けて、耳を傾ける。
「あのね……川、川なの」
しかし次に聞こえたのは、男の影に半ば身を隠した、小さい娘の声だった。
「川?」
オウム返しに問うと、娘は懸命に声を
「……思い出したの。
リスティちゃん、かくれる前に、川の近くに『どうくつ』がある、って言ってたの。
でも、そこにかくれたって言ってないから、本当にいるかはわかんないけど……いるかもしれないの」
「なるほど。その情報は大きいな」
あてもなく森を探るより、ずっと確かな手がかりだ。
ハルスフォートは頷き、口元の
「おい、ジェーン。聞いたか?
リスティは川の近く、特に洞窟あたりにいるかもしれない。
おれは準備ができ次第向かう。先に行ってくれ」
しかし。
『……何……聞こえ……ハル……害……』
「ジェーン?」
「
後者ならば厄介だ。
自分たちの動きが、既に魔女に知られている。
警戒が、一段深く沈みこむ。
ハルスフォートは、近くにいた村人へ言い置いた。
「状況が変わった。すぐに出発する。
ジェーンが戻ってきたら、おれは川へ行ったと伝えてくれ」
「分かりました」
ハルスフォートは
村のざわめきはみるみる背後へ遠ざかり、薄暗がりと
後に残されたのは、
「あの……ハルスフォートさんは?」
「あ、行っちゃいました」
彼の返り血を洗い流すはずだった、水入りの
森を突っ切る。
目的地は川。村へ来る道すがらに見かけた、あの清流だ。
枝葉が頬を打ち、霧が鼻の奥に入りこむ。
耳に、せせらぎが届いた。
ザアアア……。
木々を抜けた瞬間、まぶしい光が視界を焦がす。
日光を照り返す川面。白く砕ける水しぶきが、涼やかな空気を流していた。
ハルスフォートは足を止めず、川沿いに向きを変え、そのまま上流へ駆ける。
上流に近づくにつれて、岩場が多くなっていく。
そして、川の起点となる
「あった!」
ハルスフォートは周囲をうかがいながら、洞窟の中を
暗闇が支配する空間。洞窟の奥から、生臭い空気が
正体不明の闇に向け、ハルスフォートが短く
「
ポウッ……。
壁はゴツゴツとした岩肌。天井から垂れ下がるのは鍾乳石。滴る水が、ポツリと地面で散った。
光の端の地面には──黒髪の少女が倒れていた。
「リスティ!」
気を失っている様子だ。今すぐにでも生死を確認したいが──、
ハルスフォートの身体は、心配よりも先に動いていた。
ブンッ!
腰の剣を抜き放ち、リスティの背後に続く深い暗闇へ、全力で
剣は縦に回転し、空気を裂き、光の届かない奥へと吸いこまれる。
ギャンッ!
獣の悲鳴が、洞窟の腹の中で跳ね返る。
「やはりか……」
先ほどの
まだ呼吸音がする。ハルスフォートは手のひらをかざした。
「
見えない糸に引かれるように、剣が闇の奥から一直線に戻ってくる。
空中を横切ろうとする
倒れるリスティを
間合いを詰め、闇の中にある気配へ剣を突き出した。
ドスッ!
グオオォ……!
斜め上から剣を突き下ろし、胴を貫き、心臓を刺す。
洞窟に待ち構えていた
「……よくもまあ、罠に気づいたわね。坊や」
洞窟の奥底から、女のねっとりとした声が響いた。
死体から剣を抜き取り、ハルスフォートが切っ先を向ける。
「逆だな。気づかない方がおかしい。
飼い主なら、ペットを
倒れているリスティを背にし、ハルスフォートは魔女と対峙する。
魔女──エリス・タークトッド。
闇の中に浮かび上がるのは、
体にぴったりと貼りついたローブ。手には、青く輝く大きな
宝玉は、氷河から
グッ──、
ハルスフォートが力強く踏み出す。
エリスがわずかに肩を沈め、警戒の構えを取った。
しかし、ハルスフォートの先制行動は攻撃ではない。
ダッ!
エリスに目を向けたまま、背後に跳ぶ。
視界外のリスティを感覚だけで捉え、彼女の服をつかむ。
ガシッ!
服の繊維を引き上げ、ハルスフォートはリスティを抱えこんだ。
軽い。腕の中の少女はぐったりとしていたが、体温だけがかすかに伝わってくる。
生きている。生存を確認し、背後を
安全地帯へリスティを退避させなければ──。
金属を焼いたような異臭が充満する。
「
バヅィッ!
暗闇から放たれた紫色の電撃が、蛇のようにうねりながらハルスフォートを襲う。
肌が
ザスッ!
ハルスフォートは
バチィィィッ!
火花が
剣が避雷針となり、
ハルスフォートは剣を引き抜くと、すぐさま別の魔術を展開した。
「
叫ぶと同時に、足裏で地を踏みしめた。
ゴッ!
分厚い土壁が、洞窟の通路を
視界と魔法の射線を
本来は、地面から突き上がる
しかし今は、殴る為ではない。守る為の壁だった。
ハルスフォートはその隙にリスティを抱き直し、全速力で洞窟から飛び出した。
外の光が目をくらまし、滝の
川原の
「少しの間、そこで寝ていろ」
ハルスフォートすぐに
洞窟の前まで走ったところで、土壁の向こうから不気味な詠唱が聞こえた。
「
グジュッ……。
土壁の表面が波打ち、腐り、崩れる。
鼻の曲がる悪臭と共に、壁の穴からエリスが姿を現した。
ハルスフォートは剣を構え、不敵に笑う。
「おまえさん、黒魔術を使うとは良い
その厚い
「あら、アタシの
エリスは腐り落ちた土壁を踏みしめ、赤い
ハルスフォートはにじり寄りつつ、隙をうかがう。
「魔王に魔力を捧げる禁術なんざ、
……魔王討伐でもないのに使ったら、ブタ箱も経由せず
「あら、怖い。坊やは処刑人ごっこがお上手ね」
「安心しろ。おれは
ハルスフォートは態度を崩さぬまま、剣先をわずかに下げた。
挑発に乗って斬りこむには、エリスの気配があまりにも重い。
「──原初の
エリスが
ベラドンナとヤモリの
「なっ……!?」
ハルスフォートは、己の目を疑った。
エリスの周囲に展開された
その数、実に18。
18ともなれば、人間の
目の前にいるのは、ただの魔術師ではない。
本物の魔人──魔王の魔力を
「
放たれたのは初級魔術。
だが、膨大な魔力から放たれる「それ」は、初級という枠を
熱が先に立つ。肺に取りこむ空気は、
剣で斬り払える火力ではない。
ハルスフォートは即座に判断し、足元に
「
光の
魔術の撃ち合いでは太刀打ちできない。
ならば、得意の剣術の間合いへ持ちこむしかない。
しかし。
エリスの口角が吊り上がった。
その手の中に、青い
「──止まれ」
彼女の短い言葉と共に、宝玉の輝きが空中に放出される。
「っ!?」
放出範囲は、ハルスフォートを丸ごと包むほどの広さだった。
多大な魔力によって可能となる、
ギンッ!
骨の
「詠唱なしの即時発動……
「ご名答」
詠唱という隙ができる魔術師にとって、魔力を通すだけで発動できる
まんまと罠に
ドスッ……。
凍てついたハルスフォートが、地面に落ちる。
衝撃が
「まあ、
氷の
身動きの取れないハルスフォートを前に、エリスは
「
魔王へと
「クソッ……!」
──どうせ、弱者は強者に
弱者が何にも
ハルスフォートの
絶体絶命。
その時──
「──
ゴオッ!
「何っ!?」
不意打ちの炎に、エリスは舌打ちをして詠唱を中断し、後方へと大きく
エリスを狙ったかに見えた炎の刃は、そのまま彼女のいた地面──すなわち、氷漬けのハルスフォートへと直撃した。
ジュッ!
氷の
「熱ィイッ!?」
余熱を受けたハルスフォートは、蒸気と共に跳び起きた。
「悪いわね。自然解凍は待ってられないわ」
巨大な棺桶を背負って合流した少女──ジェーンは、
作者注:作中で「