いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第5話 大地の鞘

 木々を薙ぎ伏せる雷ドレイクを背に、ハルスフォートはようやく目的地へと到達した。

 

「ハルスフォートさん!?」

 

 リスティが、悲鳴に近い声を上げる。

 

「ギィィィィィッ!」

 

 ドレイクのノド奥で、錆びた金属を擦るような鳴き声が(きし)んだ。

 

「はあっ!?」

 

 ワローは、眠っているドレイクに突き刺したメスの動きを止めた。

 彼の顔から、先ほどまで浮かんでいた達成感がすっと消えていく。

 

「待て待て待て。どういうことだ!?

 既にここには、ドレイクが眠っているだろう!?」

「見りゃ分かる!」

 

 ハルスフォートは叫びながら、役目を終えた血袋の中身を自分へ浴びせた。

 

 バシャッ!

 

 血臭をまとい、ドレイクのヘイトを自分へ向けさせる。

 ほぼ非戦闘員であるリスティとワローに、攻撃が飛んではならないのだ。

 

「つまりだ! 雷ドレイクは2体いたってことだろ!?」

「そうなるらしいな……! 過剰供給にもほどがある!」

 

 リスティは青ざめ、眠っているドレイクへ目を向けた。

 

「で、でも……ワローさん。

 眠っているドレイクの方は、このままで大丈夫なんですか?」

「大丈夫ではないな……!」

 

 ワローは間を置かずに答えた。

 

「麻酔の魔法陣は強力だが、効果は永続しない。

 この大きさなら……長く見積もっても、目覚めるまであと10分程度だ」

「10分……!」

 

 リスティは小さくノドを鳴らした。

 

 眠っているドレイクが目を覚ませば、状況は最悪に転じる。

 ドレイク一体だけでも、今の3人には手に余る相手だ。

 そこへもう一体が加われば、まず確実に生け捕りは不可能。

 

 だが、ワローの目はまだ諦めていなかった。

 

「……逆に言えば、10分は眠っているということだ。

 その間に追加の麻酔処置を施せば、眠っている時間は延ばせる」

「つまり──」

 

「ギキィィィッ!」

 

 ドレイクは大口を開け、ハルスフォートに食らいつこうと迫った。

 

 ガッ!

 

 ハルスフォートは剣を横に構え、ドレイクの口端を力任せに押し下げた。

 ドレイクの息と、牙にまとわりつくぬめりが彼の顔に迫る。

 

「──つまり、コイツを10分以内にどうにかしろってコトか!」

 

 ワローは顔を上げた。

 

「君が連れてきたドレイクなら、倒してしまって構わない。

 いや──倒すぞ!」

「ああ!」「はい!」

 

 その言葉を受け、リスティの表情が引き締まった。

 リスティは一歩下がると、喉元に手を当てた。

 

「原始の槍。極北の大海を統べる青。

 凍て付け森羅(しんら)。我腕撫(うでぶ)すは霜雪(そうせつ)(ことわり)──」

 

 ハルスフォートは、その詠唱を聞いただけで意図を察した。

 

 公式詠唱には時間がかかる。失敗すれば、さらに手間取ることもある。

 その間、ドレイクを食い止めるのは自分の役目だ。

 

「グゥゥ……!」

 

 ドレイクは低く(うな)り、噛みつきかけた口を引いた。

 直後、ドレイクは地面を蹴った。

 

 おそらく、ハルスフォートを食えないと判断し、ドレイクは標的を変えたのだろう。

 新たな標的は──耳障りな詠唱を続けるリスティだった。

 

「ガアアアァァァッ!」

塵界(じんかい)にひょっ、ひいっ!?」

 

 迫りくるドレイクのプレッシャーに呑まれ、リスティは詠唱をトチった。

 

 ハルスフォートは舌打ちしたい衝動を押し殺し、その舌を早口の詠唱へ切り替える。

 彼は略式詠唱を一息で結び、意識の矛先をドレイクの脚へ向けた。

 

地蔦(ギア・ヴァイン)!」

 

 ズガアッ!

 

「グウッ!?」

 

 土でできたツタが、ドレイクの右脚に絡みついた。

 ハルスフォートの魔力では、稼げても数秒が限界だろう。

 

 だが、それだけあればリスティとドレイクの間へ割って入れる。

 ハルスフォートは走りながら、ワローに叫んだ。

 

「リスティの後ろへ下がれ! 守る場所は一か所でいい!」

「分かった!」

 

 ワローはカバンを抱えると、眠っているドレイクのそばから飛び退()いた。

 そのまま、リスティの背後へ回り込む。

 

「……原始の槍。極北の大海を統べる青。凍て付け森羅(しんら)。我腕撫(うでぶ)すは霜雪(そうせつ)(ことわり)

 

 リスティは、すぐに詠唱を唱え直す。

 その声には、まだ焦りが残っていた。

 

「グ、ギ……!」

 

 ドレイクの脚に絡みついた土のツタが、みしみしと軋んだ。

 土で編まれたツタはドレイクの筋力に耐えきれず、今にも千切れかけている。

 

 その刹那の隙へ、ハルスフォートは迷わず身を滑り込ませた。

 

「目移りしないでもらおうか!」

 

 ハルスフォートは、リスティへ伸びかけたドレイクの鼻先を、横合いから剣で叩いた。

 

 ギッ!

 

 硬いウロコに刃を弾かれ、ハルスフォートの手首に鈍い痺れが走った。

 ドレイクの目が、ぎょろりと彼へ向く。

 

 獣臭い吐息が、ハルスフォートの顔にかかった。

 

「ギィィィッ!」

 

 怒りと血臭に釣られ、ドレイクが牙を剥いた。

 同時に、絡みついていた土のツタが弾け飛んだ。

 

 ズンッ!

 

 自由になった右脚が、地面を踏み砕いた。

 ハルスフォートはリスティたちから引き離すように、ドレイクの体の右側へ回り込んだ。

 

「はっ!」

 

 ドレイクの首がこちらを向くより早く、ハルスフォートはその腹の下へ踏み込んだ。

 ウロコの薄い継ぎ目を狙って、剣を突き上げる。

 

 ザグッ!

 

 刃が肉へ食い込んだ。

 

「ギュガァァァアッ!?」

 

 ドレイクが、耳をつんざく悲鳴を上げた。

 だが、傷は浅い。

 

 厚い筋肉に(はば)まれ、致命傷にはほど遠い。

 防衛反応で、青い尾が跳ね上がった。

 

 バチッ──。

 

 乾いた破裂音が、空気を薄く焦がした。

 

 ハルスフォートの背筋に、冷たい悪寒が走る。

 ドレイクの尾先には、青白い光が集まり始めていた。

 

「雷か……!」

 

 ズッ……!

 

 ハルスフォートが剣を引き抜くと、青い血が飛び散った。

 ドレイクの尾が、ハルスフォートへ向く。

 

 避けるには、近すぎる。

 まともに受ければ、死ぬ。

 

「またこの手を使うことになるとはな!」

 

 ハルスフォートは即座に、剣を逆手へ持ち替えた。

 そのまま、足元の地面へ力任せに剣を突き立てる。

 

 ザクッ!

 

 直後、ハルスフォートは(つか)から手を離し、後方へ跳んだ。

 ドレイクの尾先が、青く爆ぜた。

 

 バヂィッ!

 

 放たれた雷が、一直線にハルスフォートへ走る。

 その軌道は、途中で折れ曲がった。

 

 バチバチバチッ!

 

 雷は、地面に突き立った剣へ吸い寄せられていく。

 青白い電流が剣身を走り、(つば)を震わせて、そこから地中へ逃げていった。

 

 ハルスフォートは息を整える暇もなく、剣へ視線を向けた。

 

 あの剣を、取り戻さなければならない。

 ハルスフォートは地面を蹴り、剣へ向かって走り出した。

 

「グルルル……!」

 

 ドレイクはハルスフォートの意図を理解したのか、それとも単に獲物の動きに反応しただけなのか。

 その巨体が、ゆっくりと一歩を踏み出した。

 

 ズンッ!

 

 太い脚が、地面に突き立った剣めがけて落ちた。

 剣が、そのまま地中へ押し込まれる。

 

「はあ!?」

 

 その一手に、ハルスフォートの思考が一瞬だけ空白になった。

 

 ドレイクが足をどけると、そこには地面から生えた剣の(つか)のみ。

 刃の部分は、完全に地面へ埋まっていた。

 

「ゴオォッ!」

 

 ドレイクはハルスフォートに噛みつこうと、首を落とした。

 

「クソッ!」

 

 ハルスフォートは牙をかわしながら、ドレイクの脚の間へスライディングする。

 

 剣の(つか)だけが見えた。

 ハルスフォートは(つか)に指を絡ませ、力の限り引き上げる。

 

「ぐっ……!」

 

 だが──剣は抜けない。

 刃は地中の奥で噛み込まれたように、びくともしなかった。

 

 力を込め続ければ、いずれ抜けるかもしれない。

 地面を掘れば、取り戻せる可能性もある。

 

 だが、そのためには時間がいる。

 今のハルスフォートに、そんな時間は残されていなかった。

 

「ガァァッ!」

 

 彼の頭上で、雷ドレイクが闇雲に脚を振り回した。

 

 ズンッ、ズンッ!

 

 地面が大きく跳ねる。

 ドレイクの足の爪が、ハルスフォートの肩先をかすめる。

 

「チィッ!」

 

 長居はできない。ハルスフォートは剣を諦め、ドレイクの足元から脱出した。

 

 ズグゥッ!

 

 間一髪で、太い爪が彼のいた場所を抉った。

 ハルスフォートは反対側へ転がり出る。

 

「魔剣士が剣なしで、どうしろってんだ……!」

 

 ぼやく声に応えるように、ドレイクの青い尾が持ち上がる。

 

 バチバチッ……!

 

 尾先に、再び青白い雷光が集まり始める。

 

「伏せろ、ハルスフォート!」

 

 ワローの切迫した声が飛んだ。

 

「なんだ!?」

「いいから、地面に伏せているんだ!」

 

 理由を聞く時間はなかった。

 ハルスフォートは言われた通りに身を沈め、腐葉土へ体を投げ出す。

 

 その背後では、ワローがカバンから取り出した魔術書を広げていた。

 

 すでに唱え終えていたのだろう。

 ハルスフォートの姿勢が低くなると同時に、ワローは2つの行動を起こした。

 

滴水(アクアクリエイション)!」

 

 バチャッ!

 

 ハルスフォートとドレイクのちょうど中間。

 何もなかった空間から、水柱が突如として立ち上がった。

 

 ブンッ!

 

 続けて、ワローが小瓶を投げる。

 それは、野営の料理に使っていた塩の瓶だった。

 

 フタの取れた瓶は、塩を周囲へ振り撒きながら放物線を描く。

 

 白い粒が、水柱の中へ散っていく。

 塩が溶け、透明だった水柱はわずかに白く濁った。

 

「ギィィッ!」

 

 ドレイクの尾から、電流が撃ち放たれた。

 

 バヂィッ!

 

 放たれた雷は、伏せたハルスフォートの頭上をかすめるように走った。

 雷は、塩を含んだ水柱へ吸い寄せられていったのだ。

 

 バチバチバチッ!

 

 青白い光が、水柱の中を暴れ回った。

 水柱は一瞬だけ内側から輝き、細かな飛沫を周囲へ撒き散らした。

 

 ハルスフォートは顔を上げた。

 鼻先のすぐ前では、焼けた腐葉土が黒く縮れていた。

 

「助かった!」

「礼は後にしてくれ!」

 

 ハルスフォートはワローへ向けた視線を、リスティへ移した。

 

「──塵界(じんかい)氷華(ひょうか)を飾り、万象を罅割(ひびわ)る蒼白の息吹よ」

 

 聞こえてくる詠唱からして、完成まではあと少し。

 逆に言えば、剣のない状態で、もう少し時間を稼がなければならない。

 

 ハルスフォートは泥を払うヒマもなく、再びドレイクの前に立った。

 彼の視線は、一瞬だけ地面に埋まった剣へ流れる。

 

 ハルスフォートは何も握っていない右手を握りしめ、低く息を吐いた。

 

「なら──罪なる傷(シェヴムシャード)を取り戻してやる!」

 

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