ハルスフォートは、雷ドレイクの足元を睨んだ。
剣は地面の下にある。
この巨体を、自分の魔術で押しのけるのは不可能。
二つの難題を一挙に解決できる考えが、ハルスフォートにはあった。
ドレイクの足元を意識し、詠唱を結ぶ。
「
唱えたのは、地面に穴を掘るだけの魔術。
より正確に言えば、指定した地点の地下にある、数メートルの土を消滅させるものだ。
ボゴッ!
ドレイクの足元から、土が消失した。
「ギィッ!?」
グラッ!
足場が急になくなり、ドレイクがたたらを踏む。
だが、ドレイクはすぐに翼を広げる。
バサァッ!
激しい羽ばたきが、土煙と腐葉土を吹き散らした。
雷ドレイクの巨体が、落とし穴から浮き上がり始める。
「──だがこれは、ただの牽制だけじゃない」
剣を閉じ込めていた土も同じだった。
バッ!
ハルスフォートは、舞い上がる土煙の中へ飛び込む。
頭上では翼が激しく羽ばたき、腐葉土と小石が頬を打った。
それでも足を止めず、穴の縁へ滑り込む。
地面から半ば突き出した
ズッ!
今度は、あっさりと抜けた。
土を払い落とすように剣を振るい、ハルスフォートは刃を構え直した。
「ギュイッ……!」
頭上で、雷ドレイクが低く鳴いたその時。
ガッ!
「っ!?」
爪がハルスフォートの肩へ食い込み、体が地面から引き剥がされる。
バサァッ!
雷ドレイクは翼を打ち、ハルスフォートを掴んだまま上昇した。
木々が足元へ遠ざかる。
逃れようにも、巨爪が体を締めつけて動けない。
「ハルスフォートさん!?」
リスティが詠唱する口を一時的に止め、悲鳴を上げる。
彼女を安心させるように、ハルスフォートは親指を立てて返してみせた。
「続けろ! 合図したら即座に撃てるようにするんだ!」
「は、はい!」
想定通りという訳ではないが、この場を切り抜ける策は何通りかある。
バチバチッ──!
頭上で雷が弾けた。
ドレイクの青い尾に、光が集まっていく。
この距離で放たれれば、避けようがない。
ハルスフォートは、巨爪に捕らわれたまま詠唱する。
「
空を跳ぶ魔術。
だが、ドレイクに拘束された今この時には、意味のない魔術。
故に──これは後のための術。
「はあっ!」
ハルスフォートは自身の肩を掴む爪の付け根へ、剣を突き立てた。
ザグッ!
「ギャアアアッ!?」
爪が緩む。
ハルスフォートの体が宙へ投げ出された。
タッ!
自由の身となったハルスフォートが、
彼は空中を蹴り、雷を蓄える青い尾へ向き直った。
「雷が尻尾から出るなら、尻尾ごと斬ればいい!」
ハルスフォートの叫びに、ドレイクが呼応する。
「ギャケエェッ!」
恐らく、ドレイクは野生なりに直感しているのだ。
通常の剣なら、ドレイクの尾を一太刀で断つなど不可能。
尻尾を斬り落とそうと何度も斬りかかるよりも前に、雷撃を放てると見通している。
だが──。
「地中の龍脈を使って、麻酔の魔法陣が組み立てられたなら──」
ハルスフォートが、ドレイクの尻尾に向かって振りかぶる。
「──おまえが地中にブッ刺した
魔力を刃に受けるほど、その切れ味を増す宝剣。
ザンッ!
青い尾が、宙を舞った。
「ギャアアアアッ!?」
ドレイクが絶叫する。
ブシュウッ!
切断面から青い血が噴き、蓄えられていた雷の一部が、火花となって弾けた。
切られた尻尾は戦場の端へ落ちる。
最大の脅威であった雷撃は、これで封じた。
だが、喜ぶには早い。
「リスティ! 1秒後だ!」
ハルスフォートの呼びかけに、
「──!」
リスティは、親指を立てて準備完了を示した。
ドレイクは空中にいる。
リスティとの射角と距離からして、眠っている方を巻き込む危険性は少ない。
──仕留められる。自分さえ離れられれば。
ハルスフォートは足裏を下へ向ける。
自由落下だけでは遅い。
一秒でも早く、ドレイクから離れなければならない。
ダッ!
空を蹴る。
反発力がハルスフォートの体を地上へ撃ち出した。
風を切り、ドレイクから急速に遠ざかっていく。
ハルスフォートの姿を目で追っていたリスティは、きっかり1秒後に魔術を放った。
「
ギュズグオンッ!
128の
その膨大な
ギキイイィィィィィンッ!
木々の青葉も、空気中の全ての水分すら固化して奪い去る冷気の侵略。
「 !」
真正面から食らったドレイクは悲鳴すら上げられなかった。
翼が凍りつき、巨体を白い氷が覆っていく。
雷ドレイクは空中で氷塊と化し、そのまま地面へ落下した。
ドズゥンッ!
大地が揺れ、砕けた氷と土煙が舞い上がった。
「やった……!」
リスティが息を吐く。
「…………」
その横で、ワローはリスティを信じられないものを見るような目を見開いていた。
「君……その、
「あ、128です」
「……まあ、実際に魔術を目にしなきゃ、リスティが
一仕事を終えたハルスフォートが、リスティとワローのもとへ合流する。
「お疲れ様です! ハルスフォートさんのお陰で、なんとか勝てました!」
「……麻酔の効果時間もまだ切れない頃合いだ。その、本当に君たちは手練れのようだ」
「なんだ? 報酬に色でもつけてくれるのか?」
和気藹々と勝利の余韻に浸る3人だが、ワローがカバンからメスを取り出した。
「追加報酬の話をするのは、ちゃんと雷ドレイクの生き胆を採取してからだ。
とはいえ、再度麻酔の処置は必要だ。だが今回は眠っているドレイクに直接魔法陣を描けば──」
「ギュケッ……」
ぴくり、と3人が肩を揺らす。
鳴き声が発生したのは背後。
眠っているはずのドレイクの方角からだ。
バチィッ。
先程、戦闘していたドレイクから切断された青い尾。
それが、地面で痙攣している。
バチッ。
残った雷が、尾先で弾けた。
その雷は──眠っているドレイクの腹部に吸い寄せられていた。
ワローのメスが刺さったままの、その腹部。
「まずい!」
バヂィッ!
ロウソクの火が、最後に大きく燃え盛るように──滞留していた電気の中でも、一際大きな電流が、切断された尻尾から流れた。
「ギャアアアァッ!?」
メスを通って、体内から直に電気ショックを受けた。
眠っているはずのドレイクの巨体が、大きく跳ねる。
「か、雷属性だったら、雷に耐性があるとか、ないですかね……?」
「……デンキウナギだって、自分の雷で感電する。
少なくとも、体内まで完全に絶縁されているわけではない……!」
ドレイクの閉じていた瞼が、ばっちりと開いた。
「グオォ……!」
勝手に眠らされ、勝手に起こされ、寝起きながらもドレイクの機嫌はすこぶる悪いようだ。
ガズッ!
四肢が地面を掻く。
巨体は、麻酔を食らっていたとは思えないほど、怒りを湛えて機敏に起き上がった。
目覚めたドレイクが頭を振る。
その視線が、3人を捉えた。
「ギィィィィィッ!」
森を揺らす怒号が、3人を震わせた。