いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第8話 目的

 パチッ、と()ぜる音がした。

 

 まぶたの裏に揺らめく赤い光。

 頬を撫でる熱気と、湿った土に染みついた煙の匂い。

 

 ハルスフォートは目を閉じたまま、浅く息を吸った。

 

 胸が痛む。腕も脚も重く感じる。

 全身の筋肉が強張り、指先を動かすと、痛みが骨の奥を走った。

 

 それでも、意識を失う直前に全身を貫いた雷の苦痛に比べれば、どうということはない。

 

 背中には、柔らかな布と固い地面の感触がある。

 遠くで鳴く夜鳥の声。鼻先をくすぐる、昨夜と同じ焚き火の匂い。

 

 雷ドレイクと戦う前に使った野営地へ、戻ってきたらしい。

 意識を失った自分が一人で戻れるはずもない。リスティとワローが、ここまで運んだのだろう。

 

 どれほど眠っていたのか。

 ハルスフォートはまだ目を開けず、焚き火の向こうから聞こえてくる2人の声へ耳を傾けた。

 

「……よく、寝ていますね」

 

 リスティの声だった。普段よりも小さく、焚き火の音に掻き消されそうなほど頼りない。

 

「軽い治療は済ませた。命に別条はない。

 落雷をまともに受けたんだ。むしろ、この程度で済んでいることを褒めるべきだろう」

 

 ワローの声音は変わらず、素っ気ない。

 

「脈も呼吸も安定している。あとは本人が回復するのを待つだけだ」

 

「はい。今夜になるか、数日後になるか……。

 それまでわたしにできることは、ハルスフォートさんがこれ以上傷つかないようにするだけですね」

「流石に、私はずっと付き合えないがな。

 ここでの目的も果たしたし、明日の朝には出発するつもりだ」

「はい。わたしはここで待ちつづけます」

 

 そこで会話が途切れた。

 薪が崩れ、火の粉が弾ける。

 

 目を閉じたままでも、リスティがこちらを見つめているのが分かるようだった。

 

「──もう待たなくて大丈夫だ」

 

 視線を注がれている当人がそう告げると、2人のいる方で息を呑む音がした。

 

「ハルスフォートさん!」

 

 落ち葉を踏み散らす足音が近づき、すぐ傍らで止まる。

 

 ハルスフォートがまぶたを開くと、リスティがヒザをつき、身を乗り出すようにしてこちらを覗きこんでいた。

 

 照らされた顔には、驚きと安堵が入り交じっている。

 

「よかった……」

 

 力の抜けた声とともに、リスティの肩が下がる。

 

「あの場は切り抜けられたか。

 おまえのお陰だ」

 

 ハルスフォートは短く礼を言う。

 彼は肘をつき、ゆっくりと上体を起こした。

 

 筋肉の痛みはあるが、動けないほどではない。

 体を包んでいたマントが胸元から落ち、向かいに座るワローの姿が見えた。

 

「ムリに起きる必要はないぞ」

 

 ワローはそう言ったが、止めようとはしなかった。

 

 リスティにも目立った傷はない。

 ワローの衣服には裂けた箇所と血の跡が残っていたものの、火のそばで平然と座っている。

 

 少なくとも、2人とも生きている。

 それを確認してから、ハルスフォートは口を開いた。

 

「それで、雷ドレイクはどうなった?」

「一頭目は君が倒した。戦闘後に死亡も確認した」

 

 ワローは焚き火へ薪を一本放り込み、淡々と続けた。

 

「もう一頭は、リスティの刺雷(ラン・ボルト)で気を失った。

 その間に、生き胆を採ることができたよ」

 

 そう言われ、ハルスフォートがリスティを見る。

 

「……依頼を成功させた、ってことか?」

「ああ。

 私に多少の負傷がある程度で、当初の目的である雷ドレイクの生き胆は入手できた」

「そうか。……良くやったもんだ」

 

 感心するハルスフォートに、リスティは少し困ったように眉を下げた。

 

「わたしだけの力じゃないです。

 ワローさんの魔術書があったから、雷ドレイクを殺し切らない刺雷(ラン・ボルト)が使えたんです」

「それでも、あの状況で成功させたんだ。

 おれが認めてやってるんだ、誇ってもいい」

「え、えっへん」

 

 リスティは、ぎこちなく胸を張る。

 

「さて、目を覚ましたのなら、報酬の話をしておこう」

 

 ワローの言葉に、リスティは張った胸を元に戻した。

 

「当初の報酬である2万Gは、事前に取り決めた通り、君たちの治療費と相殺する。

 雷ドレイクが2頭いた分の危険手当を上乗せすべき案件だったが、護衛対象である私にも負傷が出た。その不手際と相殺し──。

 互いに追加の支払いはなし。それで今回の依頼は清算とするが、異論はあるか?」

「まあ、大丈夫だ」

「はい、問題ありません」

 

 依頼の清算が済むと、リスティがワローを見る。

 

「そういえば、雷ドレイクの生き胆は、何に使うんですか?」

 

 その質問に、

 

「…………」

 

 ワローは沈黙で答えた。

 リスティを見つめ返し、質問の意図を探る、わずかな間を置く。

 

 やがて、ワローは慎重に言葉を選びつつ答えた。

 

「……詳細は言えんが、人を生き長らえさせるための実証実験の材料だ。

 私は、そのための素材を集めながら旅をしている」

「誰かを助けるためなんですか?」

 

 リスティの追及に、ワローが首を振った。

 

「そこから先は、君たちに話すことではない」

 

 きっぱりと線を引かれ、リスティは口を閉ざす。

 

「それ以上は、話せないのか?」

 

 ハルスフォートが尋ねると、ワローは口元を皮肉げに歪めた。

 

「君も、連れのリスティに旅の目的を明かしていないだろう?」

 

 意地の悪い声音で、ハルスフォートを見る。

 

「誰だって、秘密にしたいものはあるものさ。

 日々の安寧を捨てて、旅に出るくらいに重要ならね」

「…………」

 

 ハルスフォートは反論せず、地面へ視線を落とした。

 

 自分にも、リスティへ打ち明けられない秘密がある。

 そんな身で、ワローにだけ事情を話せとは言えなかった。

 

「……あの」

 

 しばらくして、リスティがおずおずと声を上げた。

 

 先ほどワローに拒まれたばかりだからか、いつものようにまっすぐ訊ねることができずにいる。

 

「ハルスフォートさんは……どうして旅をしているんですか?」

 

 ドレイクとの戦闘前にワローに訊かれた質問を、そのまま受け渡す。

 問いかけたあと、リスティは返事を急かさなかった。

 

 ハルスフォートは彼女の目を見返しながら、どこまで話せるかを考える。

 

「軽く言える範囲で言うなら──おれの故郷は、貪食の魔王であるズア=ディハに滅ぼされた」

 

 ハルスフォートは、感情を交えずに告げた。

 

「そいつ自体は、2年前にどこかの勇者の手で倒された。

 けど、魔王は倒せば終わりってわけじゃない。

 しばらくすれば、どこかの人間が新しい貪食の魔王になるだろう」

 

 魔王は滅びても、やがて別の人間を器として蘇る。

 

「だからおれは、仇であるズア=ディハが復活した時に、抗える力を探してる。

 それがおれの旅の目的だ」

「それは……辛かった、でしょうね」

「おれだけが可哀想なわけじゃないだろ」

 

 ハルスフォートは間を置かずに返す。

 

「おまえにも辛い過去はある。

 だが、それに対しておれが特別になにかしてやってるわけじゃない。

 だから、おまえもこれまでと同じでいい」

「……はい」

 

 リスティが目を伏せる。

 

「ハルスフォートさんの目的は分かりました。

 だから、魔王に抗する術を──わたしの力が、必要だと言ってくれたんですね」

 

 リスティは、ようやく腑に落ちたように言った。

 

「ああ」

 

 短く肯定すると、リスティの表情が和らいだ。

 彼女に対し、ハルスフォートが切り出す。

 

「そういえば、おまえとの報酬の話が、まだだったな」

 

 唐突に話を変えると、リスティは首を傾げた。

 

「報酬の……話?」

「ヨートゥルムから逃げる時に持ち越しただろ。おまえの護衛依頼の報酬だ」

「……ああ! そういえば、まだでしたね」

 

 互いの旅の目的を話した今なら、ようやく決められる。

 

「おまえの故郷の魔王を倒し終わったら、今度はおれの故郷の魔王について付き合え。

 それが、護衛依頼の報酬だ」

 

 ハルスフォートがそう提案すると、リスティは少し嬉しそうに笑った。

 

「それなら、報酬として充分です」

 

 その返事に、ハルスフォートは満足げにうなずいた。

 

「商談もまとまったようだな。寝るとするか」

 

 それまで黙って見守っていたワローが、口を挟んだ。

 

「おいおい、おれは今までずっと寝てたんだ。眠気なんて全くないぞ」

「夜番に最適だろう?」

「病み上がりを働かせるつもりか?」

 

 互いに皮肉を言い合いながらも、合意は形成されたようだ。

 

「おれが眠くなってきたら、適当にどっちかを叩き起こすからな」

「はい。お願いします」

 

 ハルスフォートはヒザにかかっていたマントを羽織り直し、ワローは横になる準備を始めた。

 リスティも焚き火を消し、マントを地面に敷いて寝床を整える。

 

 先ほどまでとは少しだけ違う空気の中で、3人は夜を共有した。

 


 

 翌朝。

 

 朝露の残る森の細道を、3人は歩いていた。

 ハルスフォートの体に残っていた痛みは、ほとんど気にならない程度まで引いている。

 

 先頭を歩くワローの後ろで、リスティが地図を広げた。

 

「ここが、ヨートゥルムとシステリム町の中間地点なんですよね?」

 

 野営地を()つ前にも一度聞いたことを、地図と周囲の景色を見比べながら改めて確認する。

 

「正確には、ヨートゥルムとシステリム町、それからクリシャ村のほぼ中間だ」

 

 ワローは歩みを緩め、リスティの地図を覗きこむ。

 

「ここから北西へ戻ればヨートゥルム。南東へ進めばシステリム町だ。

 クリシャ村は、そこから南へ外れたあたりにある」

 

 指先で地図の上をなぞられ、リスティは現在地と思われる場所へ目を凝らした。

 

「つまり、このままヨートゥルムから離れるなら、システリム町が一番近いんですね」

「そういうことだ」

「直近の目的地は、システリム町だな」

 

 ハルスフォートが言うと、リスティは地図を畳みながらうなずいた。

 

「ヨートゥルムからも離れられますし、ちょうどいいと思います」

「なら私は、クリシャ村に行こう」

 

 ワローの言い方に、ハルスフォートは眉を上げる。

 

「『なら』ってことは、おれたちとは違う場所に行きたいんだな」

「君たちの働き自体には満足だがね、どうにも不測の事態に見舞われそうだからな」

「医者のくせにオブラートも知らないのか?」

 

 とはいえ、これまでの旅で何事もなく済んだ試しもない。

 皮肉を言い合う程度で終え、やがて森の道は3つに分かれた。

 

 1本は今まで歩いてきたヨートゥルムへの道。

 残る2本が、それぞれシステリム町とクリシャ村へ続いている。

 

 3人は分かれ道の前で足を止めた。

 

「それじゃあ、お別れですね」

 

 リスティはワローへ向き直る。

 

「素材集めの旅の無事を祈ります。またお会いしたら、よろしくお願いします」

「魔術医としては、患者との再会は願うべきではないな」

 

 ワローがそう返すと、ハルスフォートもすぐに口を開く。

 

「また会うことのない無事を祈る」

「こちらからも祈ろう。祈るだけなら金はかからんからな」

 

 ワローはそう言って、軽く明るく笑った。

 それ以上は何も言わず、2人へ背を向ける。

 

 ワローは片手を上げたまま、クリシャ村へ続く道を歩き始めた。

 彼の背中が木々の向こうへ消えるまで見送ってから、リスティがハルスフォートを見上げる。

 

「では、わたしたちはシステリム町に行きますか」

「ああ。まずは銀行だな。ゴブリン討伐の報酬が振りこまれてるか確認したい」

「それから、宿も取りましょう。食料も減っていますし、旅の道具も補充したいです」

「やることは多そうだな」

 

 2人は顔を見合わせると、システリム町へ続く道へ足を向けた。

 

 朝の光が、木々の隙間から道へ差しこんでいる。

 

 銀行へ寄ったあと、どんな宿を選ぶか。

 食料はなにを買い足し、傷んだ旅装をどこまで新しくするか。

 

 そんな話を交わしながら、ハルスフォートとリスティは並んで歩いていく。

 やがて2人の背中もまた、朝の森の中へ消えていった。

 

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