いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第12話 内にいる獣

 バァンッ!

 

 鼓膜を打つ破裂音が、森を渡った。

 

「ガウッ!」

 

 バキィッ!

 

 ラニアの放った弾丸は、獣の鼻先を掠めて背後の枝を弾け飛ばす。

 

「外したか」

「グルルル……」

 

 ザッ!

 

 黒い獣が身を低くし、一気に地面を蹴った。

 

 チャッ──。

 

 ラニアは拳銃をホルスターへ戻し、背負った巨大な両手剣を引き抜く。

 

「ガアアァッ!」

「ふっ!」

 

 跳びかかる獣へ、身体ごと回転して大剣を振るう。

 

 バギイッ!

 

 周囲の若木をも巻きこむ、破壊的な回転斬り。

 

 ザグッ!

 

「ギャウッ!?」

 

 その刃が、黒い獣の脇腹を捕らえた。

 黒い毛が舞い、裂けた腹から血が散る。

 

「グゥ……!」

 

 獣はすぐに立ち上がったが、先ほどまでの攻撃性は消えていた。

 

 ダッ!

 

「逃げる気か!」

 

 身を翻して駆け出す獣を、ラニアも追う。

 

 ザザザザッ!

 

 大剣を担いでいるにもかかわらず、その距離は徐々に縮まっていった。

 

「言うことを聞かないなら──本気で行くよ」

 

 ドスッ!

 

 ラニアは大剣を手放し、鉄塊が地面へ落ちる。

 両手を自由にした彼女は、一際強く地面を蹴った。

 

 ダンッ!

 

 逃げる獣の背中へ飛びかかる。

 

「捕ま──」

 

 指先が黒い毛をつかみ──体には、触れられなかった。

 

「なにっ!?」

 

 ザザッ!

 

 勢いのまま着地し、地面を滑り、すぐに身体を起こす。

 

「どこっ!?」

 

 視線を素早く前後左右に巡らせるが、獣はいない。

 

「…………」

 

 ラニアは眉を寄せ、自分の手を見る。

 

 汗に濡れた手には、黒い獣毛がべっとりと付着している。

 それなのに、獣の姿はどこにもない。

 

「妙だね……」

 

 腕を組んで悩んでいると、

 

 ガサガサッ。

 

 頭上から葉の擦れる音が聞こえた。

 

「ん?」

 

 ラニアが顔を上げる。

 

 木々の隙間、そのさらに上。

 空から降りる、2つの人影が見えた。

 

「ラニア! なにがあった!?」

 

 ハルスフォートが、脇にリスティを抱えて着地する。

 

「獣とやり合っていた」

 

 ラニアは、地面に落とした大剣へ歩み寄った。

 両手で柄を握り、地面から引き抜く。

 

「銃弾は避けられたけど、大剣で脇腹を斬った。

 かなり深く入ったから、次に会えば同じ個体かどうかは分かるよ」

「……いや、その目印は当てにならんぞ」

 

 ハルスフォートの言葉に、ラニアが大剣を背負いながら振り返る。

 

「どういう意味だ?」

「おれたちも、さっき黒い獣と会った。

 昨日、おれが拳銃で右前脚を撃ったヤツと同じだと思ってたんだが──」

「今日会った獣には、傷がありませんでした」

 

 リスティが続ける。

 

「別の個体って可能性もあるがな。

 同じヤツなら、昨日の傷が消えてる。だから脇腹の傷も残る保証はないぞ」

「そうか。もう知っていたか」

 

 ラニアは、納得したように頷いた。

 

「ああ、そうだ」

 

 ハルスフォートも軽く頷く。

 

「なら、追いついて捕まえる直前に獣が消えることも知っているんだな」

「ああ、そう──」

 

 ハルスフォートは、もう一度頷きかけた。

 

「──それは知らん!」

「そうなのか?」

「初耳だ!」

 

 ラニアは不思議そうに首を傾げる。

 

「てっきり、そこまで分かっているものだと思ったよ」

「……まあいい。情報が増えれば、獣の正体に迫れる。

 獣が目の前で消えた、か……」

「その上で、幻覚じゃないのは確かだよ」

 

 ラニアは、自分の右手を2人へ見せた。

 汗ばんだ手の平には、黒い獣毛が何本も貼りついている。

 

「追いついて、背中に飛びかかった。

 毛には触れたけど、その瞬間に獣が消えたんだ」

「昨日つけた傷は消える。

 追いつけば、今度は本体まで消える、か……」

 

 ハルスフォートは獣毛を見つめながら、眉間へシワを寄せた。

 

「……瞬間移動、ですかね?」

 

 リスティの問いに、ハルスフォートは首を振る。

 

「瞬間移動は、ほぼ不可能だ。

 跳空(エアステア)疾翔翼(チェレスティアーレ)みたいな移動魔術とはワケが違う」

「瞬間移動なら、移動元と移動先の位置を正確に指定する必要があるからね」

 

 ラニアが引き継いだ。

 

「全力で走っていれば、自分の位置も変わり続ける。

 魔術の完成までに位置を計算し直すなんて、ドラゴンでも難しいと思うよ」

 

 同意する彼女に対し、ハルスフォートがさらに訊ねる。

 

「それで、消える直前まで追っていたんだろ? 詠唱は聞いたか?」

「いや、唸り声と足音だけだね。

 魔術の詠唱らしい言葉は、一つも聞いていない」

「やはり、獣自身が瞬間移動の魔術を使った線は薄い」

 

 ハルスフォートは腕を組み、しばし考えこむ。

 

「……おれには、獣の正体について、既に一つ考えがある」

「へえ。是非ともご高説願いたいね」

「それについてなんだが──」

 

 ハルスフォートの肩が、ぴくりと動いた。

 その青い瞳が、ほんのわずかに森の東側へ流れる。

 

「リスティ」

「はい?」

「東の方角。少し上へ向けて、閃迅炎刃(ブレイズ・ブレイド)を撃て」

「……え?」

 

 リスティは思わず聞き返した。

 

「あの……森の中ですよ? 燃えちゃいますけど……」

「だから撃った直後に、同じ場所へ輝疾氷刃(ブリザード・ブレイド)を撃て。

 延焼する前に消すんだ」

 

 リスティは納得しきれない顔をしていたが、ハルスフォートの様子が本気であると察したらしい。

 

「……分かりました」

 

 東側の木々を見上げ、狙いをやや上へ定めた。

 リスティは息を吸い、喉元へ手を添えた。

 

「原初の(かま)。生命の熱に(まき)()(あか)……」

 

 森の中に、詠唱が響き始めた。

 

「…………」

 

 ハルスフォートは、無言で東の森を睨んでいた。

 


 

 リスティが詠唱を始める、少し前。

 

「クソッ、どこに行きやがった……!」

 

 猟師は森を走っていた。

 

 旅人たちが依頼から逃げないよう、村を出てからずっとハルスフォートとリスティを尾行していたのだ。

 だが、獣を逃した旅人2人は、突然跳空(エアステア)で樹冠の上へ飛び出した。

 

 地上からでは、木々に遮られて行き先など見えない。

 慌てて追いかけたものの、着地した場所すら分からなくなっていた。

 

「まさか、そのまま逃げてねえだろうな……?」

 

 このまま2人が姿を消せば、違約金を取り立てることもできない。

 

「ったく、面倒かけさせやが──」

 

 ギュバアアァァァッ!

 

「うぉおおぉっ!?」

 

 木々の向こうから、巨大な炎が噴き上がる。

 猟師は慌てて横へ走り、炎から距離を取った。

 

「はっ……はっ……!」

 

 充分に離れたところで、ようやく足を止めた。

 ヒザに両手をつき、荒い息を繰り返す。

 

「なんなんだよ、あのどデケェ魔術は!? 正気じゃねえぞ!?」

 

 悪態を吐きながら、呼吸を整えていると、

 

「…………」

 

 背筋に、嫌な感覚が走った。

 猟師は、考えるより先に地面を蹴る。

 

 ダッ!

 ギキイイィィィィンッ!

 

「うへゃらおおぉぉぉっ!?」

 

 先ほどまで猟師がいた場所の背後を、蒼白の冷気が駆け抜ける。

 少しでも逃げるのが遅れていれば、自分まで巻き込まれていた。

 

 猟師は立ち上がり、服についた土を乱暴に払った。

 

「……ともかく、あそこだな!」

 

 二つの魔術は同じ方角から放たれた。

 発生源へ向かえば、誰かがいるだろう。

 

 猟師は森を進み、やがて2人の姿を見つけた。

 

「……いた!」

 

 そこには、リスティとラニアの2人がいた。

 

「いや……いない?」

 

 1人、足りない。

 ハルスフォートの姿が、どこにもなかった。

 

「おい!」

 

 ガサッ!

 

 猟師は2人の前へ飛び出す。

 突然現れた男へ、リスティとラニアが揃って顔を向けた。

 

「なんだ?」「なんですか?」

 

 猟師は開口一番、怒鳴り声を上げる。

 

「あの男はどこだ!?

 まさか、依頼を放り出して逃げたんじゃねえだろうな!?」

「獣を追っていったよ」

 

 ラニアは、猟師の剣幕にも動じず答える。

 

「自分たちと合流したあと、また獣の気配を見つけてね。

 今どこにいるかは、自分らにも分からない」

「それじゃあ逃げた可能性もあるよなぁ?

 そうなりゃ、いったい誰が違約金を払うんだ?」

 

 詰め寄る猟師に、リスティがすっと手を挙げた。

 

「その時は、わたしがお支払いします」

「……あ?」

「ハルスフォートさんの分も、わたしが払います。それなら問題ありませんよね?」

「…………」

 

 猟師は何か言い返しかけ、結局口を閉ざした。

 

「チッ……なら、そっちはいい。それより、なんだあの魔術は!?」

 

 周囲には凍った枝葉と、焼け焦げた木が残っている。

 猟師の怒声に、リスティが肩をすくめた。

 

「す、すみません。そこに獣がいたもので……」

「獣一匹に、森ごと焼く気か!」

 

 猟師は苛立ったまま、今度はラニアを睨む。

 

「この魔人女! オマエがやったんだろ!」

「違うよ。自分は魔術を使えば、その場で獣に変わる」

「だったら、あの男か!?」

「あの……わたしです」

 

 小さな声が、更に割りこんだ。

 

「はぁ?」

「今の魔術を使ったのは、わたしです」

 

 猟師は、しばらくリスティを見つめた。

 どう見ても、森を焼き払うほどの炎と、それを一瞬で凍らせる冷気を放った術者には見えない。

 

「こんなガキが、あんな上級魔術を使えるわけがねえだろ!」

「でも、本当にわたしなんです!」

「ふざけるな!」

 

 猟師が一歩踏みこむ。

 伸ばした手が、リスティの胸倉へ迫った。

 

 ガッ。

 

「っ!?」

 

 その手首を、横からラニアが掴んだ。

 猟師の表情から、徐々に怒りが消えていく。

 

 手首を締めつける力は強い。

 それなのに──彼女の手は、少しも力んでいる様子がない。

 

 これほどの力で掴んでいるのに、まだ加減している。

 そう理解した瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

「言い争いをする場面じゃないよ。

 今は獣を探す方が先だと思うけど?」

「…………」

 

 ラニアが手を放すと、猟師は一歩退いた。

 

 ガサッ。

 

 猟師が掴まれていた手首をさすっていると、背後の茂みが揺れる。

 

「ちゃんと逃げずに戻ったぞ」

 

 枝葉を掻き分け、ハルスフォートが姿を現す。

 

「テメエ……!」

 

 猟師が振り返る。

 当のハルスフォートは、なぜ猟師がここにいるのかを問うこともなく、3人のもとへ歩み寄った。

 

「獣を追ったが、途中でいなくなった」

 

 ハルスフォートはそこで一度言葉を切った。

 

「だが、収穫はある」

「収穫?」

「怪物の痕跡を見つけた。これを元に、もう一度探索するぞ」

 

 ハルスフォートは自信満々に言い、再び森へ歩き出した。

 猟師を含めた4人で、探索を再開する。

 

 

 

 だがこの日、それ以上の収穫はなく探索は終わった。

 


 

 翌朝。

 

「じゃあ、行ってきますね」

「ああ。昼は任せたよ」

 

 今日は長時間の探索に備え、昼と夜で担当を分けることになった。

 ハルスフォートとリスティが森へ入り、ラニアは夜まで村に残る。

 

 ラニアが見送る中、2人の背中が木々の向こうへ消えていく。

 

「…………」

 

 その様子を、村長は広場の端から眺めていた。

 

「……ククッ」

 

 口元が、ゆっくりと吊り上がった。

 

 森の端から端まで、好きなだけ探し回ればいい。

 ()()()()()()()()()のだから。

 

 黒い獣は、この村の支配下にある。

 

 旅人どもに一度姿を見せて、依頼対象が実在すると信じこませる。

 あとは捕まらないよう獣を隠しておけば、それだけでいい。

 

 期限までに仕留められなければ依頼は失敗。

 違約金を払わせることが前提の、ボロい商売だ。

 

「せいぜい頑張ってくれよ……」

 

 村長は小さく呟いた。

 

 期限いっぱいまで走り回った末、獲物一匹見つけられずに戻ってくる。

 その顔を思い浮かべるだけで、笑いがこみ上げる。

 

「ふう……残りのあいだ、ゆっくりと待つとするか」

 

 村長は自身の家に戻り、白ワインの瓶を開ける。

 陶器のグラスへ注ぎ、勝利の美酒を眺めていると──。

 

 ワインの水面が、赤く染まった。

 

「……ん?」

 

 窓の向こうに、赤いものが見えた。

 

 ゴウッ!

 

 森の奥から、炎が立ち(のぼ)っていた。

 

「なっ……!?」

 

 村長の笑みが消える。

 

「火だ!」

「森が燃えてるぞ!」

 

 村人たちの声が飛び交う。

 

 ゴオォ……!

 

 風に煽られた火が枝から枝へ移り、黒い煙が空へ昇り始めた。

 

「クソッ!」

 

 村長は舌打ちし、ワインを置いて家から出た。

 森そのものが焼ければ、この村まで無事では済まない。

 

「水だ! バケツを持ってこい!

 動けるヤツは全員、火を消しに行け!」

 

 村長の怒声に、村人たちが一斉に動き出した。

 

 家々からバケツや桶が持ち出される。

 井戸へ走る者、川へ向かう者、濡らした布を抱える者。

 

「なにがあったんだ?」

 

 騒ぎを聞きつけ、ラニアも広場へ出てきた。

 

「見りゃ分かるだろ! 消火を手伝え!」

 

 村人の怒声を受け、ラニアはすぐ近くの家へ駆け寄る。

 

「借りるよ!」

「お、おい!」

 

 返事を待つことなく家へ入り、しばらくすると、バケツを抱えて外へ飛び出す。

 

「急ぐぞ!」

 

 村人たちは、煙の上がる森へ向かって走り出す。

 ラニアも猛然と走り、村人たちを次々と追い抜いて森へ消えた。

 

「クソッ、アイツら、なにをやってやがる……!」

 

 村長もその後を追う。

 先ほどまで浮かべていた笑みは、もう跡形も残っていなかった。

 


 

 ゴオオォォォッ!

 

 火元へ近づくにつれ、熱気が肌を刺した。

 黒煙が木々の間を這っている。

 

「急げ!」

「水を回せ!」

 

 村人たちはバケツや桶を抱え、燃え盛る森へ走る。

 

「クソッ……! こんな時、雨でも降ってくれりゃ──」

 

 ギキイイィィィィンッ!

 

 雨の代わりに降ったのは、氷の魔術だった。

 

「えっ!?」「なにっ!?」「なんだあっ!?」

 

 炎が一斉に萎み、立ち上っていた黒煙が白い蒸気へ変わった。

 木々は瞬く間に氷で覆われた。

 

 村人たちは、呆然と立ち尽くした。

 

「た、助かった……」

「危ねえところだったな……」

 

 安堵の息が漏れる。

 だが、

 

「いや、ちょっと待てよ」

 

 猟師の声が、その空気を断ち切った。

 彼は凍りついた木々を見上げ、顔をしかめる。

 

「これ、昨日と同じじゃねえか」

「昨日?」

「炎のあとに氷の魔術だ。

 オレは昨日、森の中でこいつを食らいかけた。……あのクソったれの旅人にだ」

 

 猟師は焼け焦げた木の幹を指差した。

 

「だったら、この火をつけたのもアイツらだろ!

 獣が見つからねえから、森ごと炙り出すつもりだったんじゃねえのか!?」

 

 ざわっ。

 

 村人たちの間に、動揺が広がった。

 

「この森が燃えちまったらどうする!

 獣どころか、木の実もキノコも全部なくなるんだぞ!

 次の獲物が来る前に飢えりゃ、オレらは生きていけねぇだろ!」

「……その通りだ」

 

 村長も険しい顔で同意した。

 

「このままでは、村そのものが危険に晒される」

「依頼はもう失敗扱いでいいだろ!」

 

 猟師が勢いづく。

 

「一週間と待たずに、違約金を払わせろ!

 それだけじゃねえ。昨日と今日、二度も森を燃やしかけたんだ。その分の賠償もだ!」

「お、おう!」

 

 村人たちの非難が、旅人たちへ向き始めた、その時。

 

 ガサガサッ!

 

 凍りついた茂みの向こうから、3つの人影が現れた。

 

「やけに騒がしいな。祭りでもするつもりか?」

 

 ハルスフォートだった。

 その隣には、リスティとラニアもいる。

 

「テメエら! よくも森を燃やしやがって──」

「待って」

 

 ラニアが猟師を遮った。

 その手には、村を出る時に持ち出した木製のバケツがある。

 

「今さら水なんか持ってきても、もう火は消えてるぞ!」

「分かってるよ」

 

 ラニアは一歩前へ出た。

 

「だから、持ってきたのは──依頼の品だ」

「あ……?」

 

 村人たちが見守る中、ラニアがバケツをひっくり返す。

 

 ゴロンッ。

 

「……!」

 

 一同が戦慄する。

 

 黒い毛に覆われた巨大な頭部が、血と共に転がり出た。

 

 間違いない。

 村を騒がせていた──あの黒い獣だった。

 

「な……なぜ……!?」

 

 村長の唇が震える。

 その続きの言葉を、ハルスフォートが奪った。

 

「『見つかるはずがない』って言いたげだな、村長。

 だが見つかったんだ。獣も、あんたらの手口も、全部だ」

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