いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第13話 種を割る者たち

 辺りには、先ほどまでの火事の痕跡が残っていた。

 焼け焦げた木々からは細い煙が立ちのぼり、湿った土には消火のために撒かれた水が染みこんでいる。

 

 誰も、言葉を発しなかった。

 ラニアがバケツから転がした黒い獣の首を前に、村人たちは揃って立ち尽くしている。

 

「…………」

 

 村長もまた、獣の首を凝視したまま動かなかった。

 

 唇がわずかに動いては閉じる。

 それを何度か繰り返した末に、ようやく声を絞り出した。

 

「……何故、それがここにある?」

 

 ハルスフォートは、呆れたように片眉を上げた。

 

「おいおい、『獣を倒してくれてありがとう』じゃないのか?」

 

「……っ」

 

 村長の顔が強張る。

 

「おれたちは依頼された獣を倒して、証拠の首まで持ち帰った。

 それなのに、あんたが真っ先に気にするのは『何故ここにあるのか』、だ」

 

 ハルスフォートは村人たちへ視線を巡らせ、口元をわずかに吊り上げた。

 

「それが返事なら、自分たちのやったことを認めたってことになるぞ」

 

「…………」

 

 村長は険しい顔のまま押し黙り、周囲の村人たちも互いの様子を(うかが)っていた。

 その中で、一人だけが動いた。

 

「クソッ──!」

 

 猟師が腰の矢筒へ手を伸ばす。

 一本の矢を引き抜き、もう片方の手に握る弓へつがえようとして、

 

 ゴゥンッ!

 ヂッ──!

 

「いッ!?」

 

 大口径の咆哮(ほうこう)が森を駆け、熱が猟師の頬を走り抜けた。

 皮膚が浅く裂け、そこから細い血の筋が流れ始める。

 

 ラニアは、片手で拳銃を構えていた。

 銃口から立ちのぼる細い煙が、火事の残煙へ溶けていく。

 

「次は外さないよ」

 

「…………」

 

 ハルスフォートは、その様子を横目で確認してから村長へ向き直る。

 

「ようやく尻尾をつかんだんだ。虎の尾を踏む真似はよすんだな」

 

「……何を言ってやがる。オレたちに濡れ衣を着せようってのか?」

 

 村長が低く唸る。

 ラニアは拳銃を腰のホルスターへ戻すと、一歩前に出る。

 

「それは、これから証明するつもりだよ」

 

 彼女は足元に置いていたバケツへ手を入れ、何かを掴んで引き上げた。

 

「……なんだ、それは」

 

 村長の声が、わずかに(かす)れた。

 

 ラニアが手にしていたのは、銀製の短杖だった。

 先端には獣の頭を模した、精巧な彫刻があしらわれている。

 

 本来なら美しい銀細工だったのだろう。

 しかし、獣の首と一緒にバケツへ入れられていたため、彫刻の細かな隙間まで赤黒い血に濡れている。

 

 ラニアは短杖を掲げ、村人たちへ見せつけた。

 

「これは、(くだん)の獣を召喚する魔式装具(マギスレイヴ)。違う?」

 

 村人の何人かが、かすかにざわめく。

 

魔式装具(マギスレイヴ)は、魔力さえあれば誰でも使用できる。

 魔術師みたいに詠唱を覚える必要もない。短杖へ魔力を流せば、それで獣を呼び出せるよ。

 これなら、今まで自分たちが追っていた獣のおかしなところも説明できる」

 

 そう言いながら、ラニアは短杖を村人たちへ向ける。

 ハルスフォートが腕を組み、彼女の言葉を引き継ぐように口を開いた。

 

「最初におれたちが遭遇した獣には、右の前脚を撃って傷をつけた。

 だが翌日、同じような獣に会った時には、その傷がなかった」

 

 ラニアは、短杖の先端を指で軽く叩く。

 

「多くの召喚術では、呼び出される個体は同一種族の別個体だ。

 昨日と今日で別の獣が呼び出されているなら、傷がなくても不思議じゃないね」

 

 彼女は、手を何度か握っては開く。

 

「自分が獣を追った時も妙だった。

 追いついて、毛に触れたところまでは確かだったのに、その直後に姿が消えた」

 

 あの時、手の平には黒い獣毛が残っていた。

 幻覚なら、毛だけが手元へ残るはずもない。

 

「瞬間移動の魔術か、とも考えたけど、召喚術なら簡単だよ。

 獣が逃げたんじゃない。召喚した側が、獣を帰還させたんだ」

 

「…………」

 

 村長は答えず、ラニアが持つ短杖を睨みつけていた。

 やがて村長は、押し殺した声で問いかける。

 

「……どうやって、それを見つけ出した?」

 

 問われたハルスフォートは、得意げに鼻を鳴らした。

 

「昨日の時点で、おれたちは少し打ち合わせをしてたのさ」

 

 その言葉に、猟師が眉を寄せる。

 

「打ち合わせ……?」

 

「ああ。ただし、普通に話すわけにはいかなかった」

 

 ハルスフォートは猟師へ視線を向けた。

 

「監視の目があることくらい、気配で分かってたからな。

 だから、あまりヘタなことは口にできない。そこで音を掻き消すことにした」

 

「……それが、あの炎と氷の魔術か!」

 

 猟師が声を上げた。

 

「あれだけの魔術を続けて撃てば、森中に音が響く。

 その間なら、少しくらい話したところで聞き取れないだろ?」

 

「……あの時から、オレがいることに気づいてやがったのか」

 

「姿までは見えてなかったが、誰かがついてきてる気配はあった。

 こっちは依頼を受けた立場なのに、妙に監視が厳しいと思ったな」

 

 猟師の眉間に、深いシワが刻まれる。

 

「それで、炎と氷の音に紛れて、ラニアとリスティに翌朝の作戦を伝えた。

 今回の事件が村人の自作自演だと確認できたら、翌朝に森で火事を起こす。

 その間にラニアが家に押し入って、物証を探してこいってな」

 

「村人の仕業だと確認できたら、だと……? その時にはもう、オレたちがやったって分かってたのか!?」

 

「いいや。あの時点じゃ、せいぜい九割黒ってところだ。

 怪しい材料はいくらでもあったが、決め手がなかった」

 

 ハルスフォートは即座に否定する。

 

「ただ、確証がない以上、監視してるヤツに『村人を疑ってる』なんて聞かせるわけにもいかない。

 そこで、おれたち3人だけに分かる言い換えを決めておいた」

 

 ハルスフォートは、昨日の自分の言葉をなぞるように口を開く。

 

「これからおれが言う『怪物』ってのは、『村人』の言い換えだ──ってな」

 

「────」

 

 猟師の表情が固まった。

 

 獣を見失ったあと、ハルスフォートは確かに言っていた。

 

 ──だが、収穫はある。()()の痕跡を見つけた。これを元に、もう一度探索するぞ。

 

 あれは獣のことではなく、獣をけしかけた村人について言及していたのだ。

 

「そしておれは、リスティに魔術を撃たせたあと、跳空(エアステア)で西へ向かった」

 

 ハルスフォートは猟師へ目を向けた。

 

「こいつがおれたちについて回ってた理由は、依頼を放り出して逃げないよう見張るため。

 だが、役目が一つだけとは限らない。二つ目──おれたちを、獣の召喚場所へ近づかせないことも役目だったんだろう?」

 

 猟師の頬が、ぴくりと引きつった。

 

「獣を召喚しているところを見られたら、それまでだからな。

 監視役は、おれたちが召喚場所へ近づけば、なにかしら邪魔をするはずだ。

 なら逆に、そいつから離れる方向へ進めばいい。そっちには、見られたくない何かがある可能性が高いからな」

 

 ハルスフォートが指を立てる。

 

「実際に行ってみれば、実行犯には逃げられたが、そこにいた痕跡は残っていた。

 長丁場に備えて食事を持ちこんだんだろう。サラミやパンの欠片、それを包んでいた布が捨てられてた。

 多分、こっちに来ると察知して、慌てて逃げたせいで証拠を消せなかったんだろう」

 

「うっ……」

 

 村人の一人が、図星を突かれたように息を詰まらせる。

 

「それをリスティとラニアに伝えて、今朝は予定通りに火事を起こした。

 村の連中が揃って消火に向かってる間に、ラニアには証拠を探してもらう。文字通り火事場ドロボウだ」

 

 ラニアが、ため息を吐いて肩をすくめた。

 

「ずいぶん大胆な作戦だったけどね。

 火事を消すバケツを取るため、という名目で家に乗りこむ。証拠がなければ次の家。

 とはいえ、小さな村だから家の数も少ないし、数軒当たればすぐに見つかったよ」

 

「クソッ……!」

 

 村長が拳を握り締める。

 その前で、ラニアはさらに話を続けた。

 

「で、こっちはこっちで、貴方たちがどうやって旅人を食い物にしていたのか、大体分かってるよ」

 

 ラニアは短杖を下ろし、空いた手の指を一本立てた。

 

「最初に妙だと思ったのは、依頼の内容。

 1万Gなんて高額な報酬を提示しておいて、期間はほんの一週間。

 本当に獣の魔人を討伐したいなら、期限を一ヵ月に延ばして、成功率を上げた方がいい。

 つまり──成功率を上げたくないか、長期間村に滞在してほしくないか、その両方。

 あの大金も相まって、最初から村が怪しいと睨んでいたよ」

 

 ラニアは、親指と人差し指で輪をつくってみせた。

 

「失敗した方がいいんだ。そうすれば違約金をふんだくれる。

 自分たちのような、『獣に殺されず、返り討ちにできるような旅人』なら、そうやって金を取れる。

 だけど、もし『獣に殺されるぐらい弱い旅人』だったら?」

 

「……だったら、どうするってんだ?」

 

「殺して、身ぐるみを剥ぐ」

 

 ラニアが声を低くする。

 

「自分たちの寝床としてあてがわれた倉庫に、武器や服がいくつも置いてあった。

 だけど、剣や槍など、武器の種類がバラバラだった。一つの村で共同管理している備品にしては妙なんだよ。

 これは、犠牲になった旅人たちの装備だったんだろうね」

 

「…………」

 

 リスティが、自分の体をぎゅっと抱きしめる。

 

「貴方たちはまず、旅人を獣に襲わせる。そのまま殺されれば、死体から金品を奪う。

 そして、獣を返り討ちにするほど腕の立つ旅人なら、『獣の魔人を倒して欲しい』と依頼をふっかけて失敗させ、違約金を取る。

 どちらに転んでも儲かる、(こす)い手だね」

 

「…………」

 

 村人たちから、反論は返ってこない。

 そこで今度は、リスティが口を開いた。

 

「……こんなことをする以上、あなたたちは法の外(アウトロー)──つまり、犯罪者の集団でしょう」

 

 穏やかな声だったが、その視線に普段の柔らかさはなかった。

 

「最初から、不思議だったんです。

 あなたたちの村は、わたしが持っている地図には何も記されていませんでした」

 

 リスティは地図を取り出し、村があるはずの空白部分を指先で示した。

 

「真っ当な村ではないから、地図に記されるような正式な村にはできなかった。

 人目につかない土地に、自分たちだけの集落を作ったんじゃないですか?」

 

 村人の一人が、堪えきれなくなったように声を張り上げた。

 

「デタラメだッ! その短杖だって、そこの女が持ってきたもんだろうが!

 オレたちゃそんなもん知らねえ! 全部、テメーらが勝手に作った話じゃねえか!」

 

「そうだ! オレらがそれを使ってた証拠なんてどこにもねえだろ!」

 

「疑わしきを罰するってのか!?」

 

 リスティは村人たちの言葉を聞き終えると、静かに目を閉じる。

 

「そうです。今までお話ししたことは、わたしたちが見つけた物や、起きた出来事を元にした推測です。

 ですから、あなたたちが違うと言うのなら……協力してください」

 

「……何にだ?」

 

 村長が警戒するように眉を寄せる。

 

「この魔式装具(マギスレイヴ)を、魔術師ギルドへ持っていきます。

 魔式装具(マギスレイヴ)には、使用した人の魔力が残ります。

 これが本当にあなたたちとは無関係な物なら、調べてもあなたがたの誰の魔力も残っていないはずですよね?」

 

「…………」

 

 村人たちが、顔を見合わせる。

 誰も声を上げず、ただ沈痛な面持ちでお互いに絶望を共有していた。

 

 彼らが青ざめる中、村長だけが──いや、()()()()()()()だけが怒りに震えた。

 

「かかれッ!」

 

「……っ!」

 

 ボスの手下たちが一斉に動く。

 荒事には慣れている者たちだ。手にしているバケツは放り投げ、手近にある石や太い枝を拾い上げた。

 

「コイツらを帰すな! ここで黙らせろ!」

 

 ボスの怒号を合図に、十数人の手下が一斉に殺到する。

 

「ようやく、こっちの得意分野に入ってくれたな」

 

 ハルスフォートは腰の剣へ手を伸ばし、隣に立つラニアへ視線を送った。

 

「うん。推理よりも荒事のほうが合っているからね」

 

 そう答えたラニアは、すぐそばの木へ歩み寄った。

 

「……?」

 

 襲いかかろうとしていた手下たちの何人かが、その行動に戸惑って足を緩める。

 

 ラニアが近づいた木の幹は、成人男性が両腕を回してようやく抱えられるほど太い。

 彼女はその幹を抱えこむように両腕を回し、

 

「ふんっ」

 

 ズボォッ!

 

 大量の土を撒き散らしながら、木が根こそぎ地面から抜けた。

 ラニアはその大木を、棍棒でも構えるように両腕で抱え直す。

 

「…………」

 

 先ほどまで迫っていた手下たちの足が、一斉に止まる。

 石を振り上げていた男も、枝を握っていた男も、その姿勢のまま固まっていた。

 

 しばらくの沈黙のあと、一人の手下が恐る恐る手を挙げた。

 

「……お、お金ならあげるので……穏便に済ませませんか?」

 

「悪いね。鬱憤を済ませたいんだ」

 

 ラニアが大木を振り下ろす。

 青々と枝葉を伸ばしたそれは、倒木のような勢いで手下たちを地面へ叩きつけた。

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