いつかは魔王!   作:元近ちか

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第4話 決着

 棺桶を背負ったシスターの少女──ジェーン・ドウ。

 焦げた石の臭いが残る戦場で、彼女はハルスフォートの前に立っていた。

 黒い修道服(しゅうどうふく)(すそ)が、熱波(ねっぱ)余韻(よいん)に小さく揺れる。

 

「あいつが……エリス?」

「ああ。呪算紋(グリマ・グリフ)を確認した。──ベラドンナとヤモリだ」

「確定ね。呪算紋(グリマ・グリフ)象徴(しょうちょう)は、生来不変(せいらいふへん)のものだから」

 

 ハルスフォートの報告を受け、ジェーンは一歩前に出た。

 彼女は指をビシッと伸ばし、エリスへ突きつける。

 

宵祓(よいばらい)ジェーン・ドウが、エリス・タークトッドに告げるわ!

 あんたには魔人容疑がある。自身の潔白(けっぱく)を証明したいのなら、今すぐ指を切り落としなさい!

 ただの人間であるならば、すぐに癒術(ヒール・ライズ)補償(ほしょう)を用意するわよ!」

 

 エリスは、(まぶた)を半分だけ落とした。

 乾いた口の(はし)が持ち上がり、肩が一度揺れる。

 

潔白(けっぱく)なんて、ケシの種より価値が無いわ」

 

 エリスの返答を受け、ジェーンの(まと)う空気が一変する。

 

「人間証明の拒絶(きょぜつ)により、魔人と認定。──心置きなくブッ倒せるわね!」

 

 ガッ!

 

 背中の棺桶を、後ろ足で蹴り飛ばした。

 宙へ跳ねた黒い箱を片腕で捕まえ、脇に抱えこむ。

 棺桶の底面(ていめん)が、砲口(ほうこう)のようにエリスを(とら)えた。

 

「──!」

 

 キキキキンッ!

 

 棺桶の底面(ていめん)から閃光(せんこう)(ほとばし)った。

 脳を揺らす高音と共に、無数の光弾(こうだん)がエリスの座標へ殺到(さっとう)する。

 

(はば)め!」

 

 ギィンッ!

 

 エリスの前に、分厚い氷の盾が建つ。

 瞬く間に生まれた氷壁(ひょうへき)は、光弾(こうだん)を雨粒のように弾き返す。砕けた光は火花となって散り、氷粒(ひょうりゅう)()いた。

 

 エリスの指が、ゆるりと持ち上がる。

 

濁世(じょくせ)()痾痼(あこ)。汝は蒼茫(そうぼう)癰疽(ようそ)(けん)ずは呻吟(しんぎん)(うた)──」

 

 その詠唱が空気に染みた瞬間、胃の底に不快感が走った。

 ジェーンは棺桶を地面に突き立て、その影へ身を滑りこませる。

 

「体を隠しなさい!」

「あ?」

 

 反応の遅れたハルスフォートへ、エリスの指先が向いた。

 

病王疽(ガノス・ウーヴァ)!」

 

 ハルスフォートの手の甲に、墨色(すみいろ)の染みが浮いた。

 それは皮膚の下で脈打ち、ボコボコッ、と音を立てて盛り上がる。

 肉が内側から押し破られ、ブドウの(ふさ)めいた肉腫(にくしゅ)が一気に膨れた。

 

「なあっ!?」

 

 (うごめ)()える腫瘍(しゅよう)は、手首へと根を伸ばしていく。

 ハルスフォートは息を呑み、剣の刃を自分の手の甲へ向けた。

 

 ズッ!

 

 ハルスフォートは、肉腫(にくしゅ)ごと自らの肉を削ぎ落とした。

 血が弾け、赤い飛沫(ひまつ)が頬に飛ぶ。

 落ちた肉腫(にくしゅ)は地面で痙攣(けいれん)し、黒い泥となってじゅわりと溶けた。

 

「……ッ!」

 

 ハルスフォートの(あご)が緊張し、奥歯の鳴る音が一度響く。

 棺桶の影から、ジェーンが声を飛ばした。

 

「相手に肉腫(にくしゅ)を植えつける黒魔術よ。切り離さないとどんどん侵蝕(しんしょく)してくるわ!」

「もう斬った! クソッ、気味の悪い魔術使いやがって!」

病王(ガノス)──疫病(えきびょう)(つかさど)る魔王、ガーノスヴァイエに連なる魔人ね」

 

 宵祓(よいばらい)の知識の棚から、その名を引く。

 疫病(えきびょう)の魔王の眷属(けんぞく)疫病(えしびょう)の魔人だ。

 

濁世(じょくせ)()痾痼(あこ)──」

 

 エリスは、次なる病王疽(ガノス・ウーヴァ)を唱えていた。

 詠唱の声は廃糖蜜(はいとうみつ)の香り。耳に触れるだけで、皮膚の下をアリが這う錯覚(さっかく)が起こる。

 

 あのペースで唱えられる詠唱に間に合うのは、初級魔術だけ。

 ジェーンは棺桶の影から飛び出た。靴底(くつぞこ)河原(かわら)の石を蹴る。

 

白霧(ミストヴェール)!」

 

 10個の呪算紋(グリマ・グリフ)が、ジェーンの周囲に浮かび上がる。

 

 モワッ……。

 

 白い霧が広がる。

 湿った冷気が体を包み、視界が一息で塗りつぶされた。

 鼻先すら曖昧(あいまい)になる、濃密な白。

 

「へえ……」

 

 霧の向こうで、エリスの声だけが浮いた。

 

 病王疽(ガノス・ウーヴァ)は視認した相手を指さして発動する。

 この状況では、狙いを定められない。

 

「汝は蒼茫(そうぼう)癰疽(ようそ)(けん)ずは呻吟(しんぎん)(うた)病王疽(ガノス・ウーヴァ)

 

 それでもエリスは完遂(かんすい)する。

 ひどく退屈そうに。()んだ花を捨てるような軽さで、完成した魔術を霧の中へ放り出す。

 

 何も起こらない。

 

 白い霧の奥で、エリスの息が漏れた。

 

「やるわね。黒魔術の知識がある上に、呪算紋(グリマ・グリフ)は10個もある。

 貴女、もしかして『クノケウス』かしら?」

 

 霧の向こうから、エリスがカマをかける。

 

「違うわよ」

 

 ジェーンは即座に切り捨てた。

 その足元では、彼女の指が棺桶の(ふち)をなぞる。黒い(ひつぎ)を倒す音を殺し、河原(かわら)の石の上へそっと横たえた。

 

卓越(たくえつ)した魔力を持ち、魔王の血を引く者──最も魔王に近い人間。その家名(かめい)はクノケウス。

 貴女が名無し(ジェーン・ドウ)なんて名乗っているのは、人から恐れられるその名前を隠したいからじゃなくって?」

 

 濃霧(のうむ)を貫くように、エリスの声が細く伸びる。言葉の端々(はしばし)に針があった。

 

 ジェーンは答える前に、棺桶の底をわずかに回す。

 石をこする音を立てないよう、指先に力を分けた。

 

 エリスは、霧が晴れるのを待っている。

 風の魔術で吹き払う事はできる。だが、魔術の行使には隙が生まれる。

 その隙を晒すくらいなら、霧が薄れるまで言葉でこちらを縫い止めればいい。

 

 なら、こちらも縫い止められた「フリ」をすればいい。

 

見当違(けんとうちが)いも(はなは)だしいわね。人違いよ」

 

 ジェーンの唇が、()を形作った。

 彼女にもまた、時間を稼ぐ理由がある。

 

 棺桶の底を、エリスの声の方角へ向けた。

 正確な位置は読めない。()()は避けたい。エリスの姿が見えた瞬間、撃ちこんでみせる。

 

 サアッ──。

 

 風が一筋(ひとすじ)、白い幕を裂いた。

 その裂け目から、エリスの頭部がわずかに(のぞ)く。

 金髪の一房(ひとふさ)。鼻先の白さ。薄く吊り上がった口元。

 

 ガッ!

 

 ジェーンは棺桶を蹴り起こし、片腕で抱えこみ、魔力を叩きこむ。

 

「──!」

 

 キキキキンッ!

 

 光弾(こうだん)が霧を穿(うが)った。

 白い(もや)の中にいくつもの細い穴が開き、遅れて熱を帯びた空気が耳を(かす)める。

 

「無駄!」

 

 ギィンッ!

 

 氷の盾が生成される、大きな音。

 ジェーンの眼が、その一点を拾った。

 

 彼女はすぐに(ひざ)を折り、地面へ手を押し当てる。(てのひら)に、霧濡(きりぬ)れた石が吸いついた。

 

地蔦(ギア・ヴァイン)!」

 

 ゴズッ!

 

 地面が裂けた。

 泥と小石を巻き上げながら、土の触手が地面から突き出し、霧の奥の気配へ絡みつこうとする。

 同時に、ジェーンは横へ跳んだ。

 

輝疾氷刃(ブリザード・ブレイド)

 

 ギンッ!

 

 さっきまでジェーンの首があった場所を、氷の刃が貫いた。

 冷気が耳を裂く。地面に突き立った刃は、周囲の石をより白く凍らせていく。

 

 霧が薄まっていく。

 輪郭(りんかく)が戻り、互いの姿が見え始める。

 

 地蔦(ギア・ヴァイン)回避(かいひ)したエリスの姿が目に入った瞬間、ジェーンは更に棺桶を構えた。

 

 キキキキキンッ!

 

「無駄だという事も分からないの?」

 

 ギンッ!

 

 エリスの氷の盾が、再び光弾(こうだん)を弾く。

 透明な壁の向こうで、彼女の口元だけが(ゆが)んだ。だが、ジェーンは棺桶の照準(しょうじゅん)を下ろさない。

 

「今に、ムダかどうか分かるわ」

「……何?」

 

 エリスの肩が、ほんのわずかに跳ねた。

 その背後で、石を踏む音がしたのだ。

 

「──ッ!」

 

 霧に紛れて距離を詰めたのは、ハルスフォートだった。

 

 血染めのマントを肩から外し、手の中で強く握り潰している。

 (にじ)み出した赤黒い血が、刃の根本から切っ先へ、ぬめるように伸びていった。

 

 エリスは振り返りながらも、笑みを消さず。

 

「不意打ちは──打ってから種明かししなきゃねェ!」

 

 彼女の(てのひら)には、青い宝玉があった。

 細い指が、それを強く握りこむ。

 

 ギンッ!

 

 エリスとハルスフォートの間に、厚い氷の盾が生まれた。

 透き通った牙城(がじょう)。並の剣で突き崩せる厚みではない。

 

 だが、ハルスフォートの足は止まらない。

 刃に(まと)わせた血が、怪しく垂れる。

 

「悪いな。押し通らせてもらう!」

 

 ハルスフォートの剣が、氷へ触れた。

 

 ィンッ!

 

 分厚い氷は──綿のように両断される。

 

「なっ──!?」

 

 シャッ!

 

 両断の勢いを殺さず、ハルスフォートは剣を振り上げた。

 斜め上から振り下ろす、袈裟懸(けさが)けの構え。

 

「おれの宝剣(ほうけん)罪なる傷(シェヴムシャード)』は、魔力ある者に牙を()く」

 

 魔力を刃に(まと)わせれば、それを(かて)鋭利(えいり)さを増す魔式装具(マギスレイヴ)

 その刀身の上を滑るのは──マントを染め上げた、混成体(キメラ)の返り血。

 

 漸次(ぜんじ)に魔力を失いつつある死者の血であっても、人の胴ほど厚い氷を両断する。

 ならば。

 

     !

 

 斬られた音すら無く。

 罪なる傷(シェヴムシャード)は、エリスの膨大な魔力を吸い上げ、彼女自身から得た鋭さによって肉体を分断した。

 彼女の身体が、上と下とに分かれる。

 

「やった──!」

 

 目くらまし役を(まっと)うしたジェーンが、(こぶし)を握る。

 喉から快哉(かいさい)が跳ね上がりかけた、その瞬間。

 

「──やってくれたわね」

 

 エリスの口だけが動いた。

 裂かれたはずの身体で、唇は不快な形に()じ曲がる。

 

 同時に、彼女のシルエットが崩れた。

 

「ッ!?」

 

 ハルスフォートは反射的に、罪なる傷(シェヴムシャード)を構える。

 

 エリスの肢体(したい)が、どろりと(ほど)けた。

 剣で別たれた上半身は、ネズミの群体(ぐんたい)に。下半身は、腹の膨れた巨大なネズミに。

 肉から毛が生え揃い、骨が細い足音に変わる。無数の小さな爪が、河原(かわら)をかき鳴らした。

 

 ヂヂヂヂヂッ。

 

 ハルスフォートの足元を、エリスから湧いたネズミの群体(ぐんたい)が通り過ぎる。

 靴に毛が(こす)れ、裸の尾が足首を撫でる。悪寒(おかん)が走った。

 

 エリスの下半身だったもの──巨大なネズミが、くぐもった声を漏らす。

 

「アタシをこんな姿にしたんだもの、エサになる覚悟はあるのよね?」

 

 そこにいたのは、腫瘍(しゅよう)のようにいくつものネズミの頭を生やした、病的な黒い巨鼠(きょそ)だった。

 背中のコブが脈動し、濡れた毛皮の間から黄色い(うみ)(にじ)む。

 

 ヂュヂュイイィィィィッ!

 

 魔人としての本性(ほんしょう)(あら)わにし、疫病(えきびょう)の魔人エリス・タークトッドは鳴き声を上げた。

 

「……殺し切れなかったのはマズいわね」

 

 ジェーンは唇の(はし)を薄く噛んだ。

 棺桶を抱えた腕に、白く筋が浮いている。

 

本性(ほんしょう)を出す前に仕留めたと思ったが……おれの剣筋(けんすじ)が甘かったようだ」

 

 ハルスフォートの(ひたい)を汗が伝い、顎先(あごさき)で一粒になって落ちた。

 巨大なネズミが、裂けた口を横に広げる。

 

「このアタシをこんな姿にさせたんだもの。落とし前はつけさせなきゃ」

 

 魔人は、人間ならざる姿を持つ。それが「本性」。

 死に(ひん)した魔人は、人間態を保てず本性を(あらわ)す。

 

 病を振り()くネズミの本性を(さら)し、魔人エリス・タークトッドは喉を震わせた。

 

 ヂュイイイイッ!

 

 鼓膜(こまく)を針で掻かれるような鳴き声。

 それだけで魔術は形を()す。周囲の地面に、呪算紋(グリマ・グリフ)が湧く。

 

跳空(エアステア)ッ!』

 

 ハルスフォートとジェーンの声が重なった。

 靴底(くつぞこ)が地を離れる。直後、足下を黒い(もや)()でる。

 

 サアッ……。

 

 呪算紋(グリマ・グリフ)から()き出した(もや)が、河原(かわら)に広がる。

 (もや)に触れた草花は、色だけは瑞々(みずみず)しい緑を保ったまま(しお)れ垂れた。

 

「アレを(じか)で食らったら終わりよ!」

「言われずとも分かっている!」

 

 二人は空中に留まったまま、同時に鼻先を(ゆが)めた。

 腐った井戸底(いどぞこ)のような臭気(しゅうき)が、上空まで這い上がってくる。

 

「可愛いらしいスズメたち。今に撃ち落としてあげるわ!」

 

 巨大なネズミの背中から生えた無数の頭が、一斉に上空の二人へと口を開いた。

 それぞれの口から(つむ)がれるのは、別々の呪言(じゅごん)

 炎、氷、雷が、弾幕となって二人を襲う。

 

「チッ……!」

 

 ハルスフォートは空中で身をひねり、(もや)から離れた地上に降り立つ。

 襲い掛かる属性に対し、剣を振るった。

 

 刃に触れた火球が(はじ)け、熱風が毛先を焼く。

 氷片(ひょうへん)が砕け、睫毛(まつげ)(しも)を残す。

 雷光(らいこう)は耳鳴りだけを置いて、剣の腹を滑り落ちた。

 

 だが、(はじ)けば(はじ)くほど次が来る。

 息を()く暇もない。肩がじりじりと重くなる。

 

「おい宵祓(よいばらい)さま、()()を倒す技はないのか?」

 

 ジェーンがハルスフォートの横に着地し、彼と視線と交わす。

 直後、彼女の視線は、自身の脇に抱えた棺桶へと落ちた。

 

「……一撃で仕留める手段は、あるわ。

 でも、これは儀式魔術。儀式の間ずっと無防備になるし、チャンスは一度きり。

 この魔術を使ったら、あたしは5日間ずっとベッドの上よ」

「なら……一度のチャンスを、確実にする必要がある訳か」

 

 ハルスフォートは意を決し、手にしていたモノを口に近づける。

 それは──エリスの上半身から湧き出た、小さなネズミだった。

 

「……? あんた、何を──」

 

 ブチィッ!

 ヂュイィッ!?

 

 歯が毛皮を裂き、薄い頭蓋(ずがい)を噛み割る。

 ガリゴリと、硬いものが奥歯で砕けた。生温い血が舌に広がり、喉の奥へぬるりと落ちていく。

 

「何をしてるのっ!?」

 

 ジェーンの眉が跳ねる。

 ハルスフォートは口端(こうたん)についた血と内臓を親指でぬぐい、その指をひと振りした。

 

「おれは、他者の一部を食うことで、その相手の魔力を取りこめる。

 これでエリスの魔力をわずかに削って、おれの魔力は一時的に増える。

 あんたの儀式を成立させる為に、あいつの不味(マズ)い力を取りこんだってワケだ」

「…………」

 

 ジェーンはしばらくハルスフォートの口元を見ていたが、すぐに視線をエリスへ戻す。

 

 ギュヅイッ!

 

 巨大ネズミの鳴き声に応じ、呪算紋(グリマ・グリフ)が展開される。

 その数は18より減じた16。ハルスフォートに魔力を奪われた結果だ。

 

 だが、そこから生み出されたものの邪悪さに変わりはない。

 

 ゴオッ!

 

 業火(ごうか)濁流(だくりゅう)が、河原(かわら)を赤く染め上げる。

 ハルスフォートが唱えるのは、本来魔力不足で扱えない中級魔術。

 

「行くぞ! 拡霜結(スプレッドフロスト)!」

 

 ハルスフォートが叫ぶ。

 展開された呪算紋(グリマ・グリフ)は3つ。エリスから奪い取った魔力を物にして、氷の軍勢を放った。

 

 ゴギグヮンッ!

 

 炎と氷が真正面から(むさぼ)り合った。

 だが──魔力量では未だ劣るハルスフォートの氷が、じりじりと後ろへ押し戻されていく。

 

 見かねたジェーンが援護する。

 

拡霜結(スプレッドフロスト)ッ!」

 

 ガカギィンッ!

 

 氷の壁が組み上がり、それでようやく業火(ごうか)侵攻(しんこう)は止まった。

 

「……まだ力不足みたいね」

「口惜しいが、その通りだ。

 あんたの魔力も欲しいとこだが──おれの『魔力摂取』は相手の魔力を奪う」

「なら、答えはノーね。……あたしの術は、魔力全部注いでなんとか完成するわ」

 

 ハルスフォートは奥歯を噛んだ。

 

 自分の魔力では出力が足りない。

 ジェーンからは一切のリソースを受け取れない。

 その上で、儀式に入れば動けなくなるジェーンを守らなければならない──。

 

 手にした剣が、いつもより重く感じる。

 絶望的な戦況(せんきょう)に、割り入ってくるのは鈴の声。

 

「──これは……魔人?」

 

 河原(かわら)(はじ)

 草の影に、10歳ほどの少女が立っていた。

 ハルスフォートが、戦場から避難(ひなん)させたリスティだった。

 

「リスティ! 逃げろ!」

 

 ハルスフォートが少女の名を呼ぶと、彼女はこちらに振り向いた。

 

「だ、大丈夫です! わたし……わたし、魔術を使えます!」

「魔術を使える? それならおれがおまえの髪を食──」

 

 魔力の摂取元にしようと考えるハルスフォート。

 彼が言い終える前に、ジェーンの手が横から伸びた。

 

「いや……あの子に、魔術を使わせて」

「は?」

「イチかバチか、よ」

 

 ジェーンは棺桶を地面に伏せる。木板(もくばん)と小石がぶつかる、(にぶ)い音。

 

「あたしに名案があるわ。だから──大勝負に出てちょうだい!」

 

 ジェーンは腕を交差し、目を閉じた。

 声を低くし、威厳(いげん)を備える。

 

「……我が魂の片翼よ。血肉(けつにく)編む盟約(めいやく)の鎖よ」

「ちっ──やるしかないのか!」

 

 ハルスフォートが腹をくくり、リスティへ向き直った。

 

「おい、リスティ!」

「は、はい!」

「攻撃魔術ならなんでもいい、あのクソネズミに一発かませ!」

「分かりました!」

 

 リスティは喉に手を当てた。

 彼女は目を閉じ、精神を集中する。

 

「……原初(げんしょ)(かま)。生命の熱に(まき)()(あか)──」

 

 その詠唱を聞き、エリスがわざとらしく首を(かし)げる。

 

「あら、カワイイひよっこ魔術師。長ったらしい公式詠唱しか唱えられないのね。

 どんな火花を見せてくれるのかしら?」

 

 エリスの声に、粘ついた笑いが混じる。

 しかし、リスティは詠唱に専念(せんねん)し、反応する事はなかった。

 

 エリスはすぐに興味を失い、ハルスフォートとジェーンへ視線を戻した。

 

「さて、小煩(こうるさ)い口には黙って貰わないと」

 

 ヂュルイッ!

 

 鳴き声一つで、魔術が成立する。

 

 ズルゥッ……。

 

 地面に灯る呪算紋(グリマ・グリフ)。溢れ出るのは、影でできたクモ。

 凝固した闇が幾つも召喚され、こちらへと迫る。

 

「くっ、地突筍(ギア・ランス)!」

 

 ズガッ! ギィッ!

 

 土の槍が地面を破って突き上がり、影グモの腹を貫いた。

 潰れた鳴き声が漏れ、クモは闇の粒子となってほどける。

 

「いつまで持つかしら?」

 

 エリスの言葉とともに、次の影グモが湧いた。

 一匹、二匹、四匹。

 黒い脚が河原(かわら)の石を(こす)り、耳障(みみざわ)りな音を立てる。

 

 ザッ!

 

 ハルスフォートは駆けた。

 

「はあっ!」

 

 裂帛(れっぱく)の気合とともに、罪なる傷(シェヴムシャード)を振り上げる。

 刃は風を裂き、影グモの群れを()ねる。

 

 ザンッ! ザシュッ!

 

 踊る剣筋(けんすじ)は鋭く、エリスの足元でわだかまる影を次々と両断していく。

 

 ビュッ!

 

 エリスの胴体が、不自然に波打った。

 次の瞬間、ネズミの尻尾(しっぽ)が巨大なムチとなって伸び、ハルスフォートの腹を打った。

 

「──ッ!」

 

 息が潰れる。

 景色(けしき)が横に流れた。

 

 ダンッ!

 

 ハルスフォートの体は数秒宙を舞い、河原(かわら)の石を跳ねて転がった。

 口の中を切ったようだ。鉄の味が広がる。

 

「クソッ!」

「まだまだお友達は増えるわよ。さあ、どれだけ相手にできるかしら?」

 

 影グモはなおも湧く。

 ハルスフォートは(ひじ)上体(じょうたい)を起こし、ジェーンへ目を向けた。

 

 儀式はまだ終わらない。

 ジェーンの額から落ちた汗が、棺桶の蓋に小さく跳ねる。

 

 あと数分。

 その数分が、(のど)に刺さった骨のように抜けなかった。

 

 ハルスフォートは剣を杖にして立ち上がる。

 

 敵の増殖するペースに追いつけない。

 ハルスフォートは、絶望に瞑目(めいもく)した。

 


 

 数分前。

 

「……ここは……?」

 

 草の陰で、リスティが意識を取り戻した。

 (まぶた)の裏にまだ黒い影が残っていて、何度か瞬きをする。

 

「確か……かくれんぼしてたら、目の前に女の人がいて、それで──」

 

 記憶を手繰(たぐ)ろうとした指先が止まる。

 

 川の音に混じって、火が(はじ)ける音が聞こえた。

 何かが地面を削る音。誰かが(のど)を絞るように叫ぶ声。

 

「っ!」

 

 聞き馴染みのある戦闘の音に、リスティが跳ね起きた。

 膝に絡んだ草を払い、音の方へ走る。

 

 河原(かわら)に出た瞬間、息が喉で詰まった。

 巨大なネズミ。男女二人。

 周囲には、見たことのない魔術の気配。

 

「これは……魔人?」

 

 異形のネズミを魔人の本性と見定(みさだ)め、リスティの胸を焦燥(しょうそう)()る。

 

「リスティ! 逃げろ!」

 

 ネズミと対峙(たいじ)する青年──ハルスフォートの声が飛んでくる。

 しかし、リスティは首を振った。

 

「だ、大丈夫です! わたし……わたし、魔術を使えます!」

 

 リスティの宣言に、ハルスフォートとジェーンが短く言葉を交わしている。

 リスティには内容まで聞き取れない。だが、二人の視線が自分へ向いたことだけは分かった。

 

「おい、リスティ!」

「は、はい!」

「攻撃魔術ならなんでもいい、あのクソネズミに一発かませ!」

「分かりました!」

 

 リスティは喉に手を当て、目を閉じた。

 ざわめく音を締め出すように、脳の奥へ意識を沈める。

 

「……原初(げんしょ)(かま)。生命の熱に(まき)()(あか)

 

 唱えるのは、閃迅炎刃(ブレイズ・ブレイド)の公式詠唱。

 高難易度の略式詠唱は唱えられない。未熟な彼女にとって、これが精一杯だ。

 

「煮え立て万象(ばんしょう)。我(いだ)くは熾火(おきび)の魂」

 

 目を閉じても、戦いの音は消えない。

 誰かが石を蹴る音。大きなものが風を切る音。ハルスフォートの息が詰まる音。

 

 リスティの指が、喉の前でぎゅっと丸まった。

 でも、詠唱は止まらない。

 何十回も実行した言葉が、震える舌を先へ押し出す。

 

万物(ばんぶつ)憤怒(ふんぬ)を刻み、世界を鍛造(たんぞう)紅蓮(ぐれん)息吹(いぶき)よ……!

 我が敵の(ことわり)()錐穿(きりうが)つ、熔融(ようゆう)の刃をここに(あらわ)せ!」

 

 目標は魔人。

 ハルスフォートとジェーンは、射線から外れている。

 

 リスティは手を魔人へとかざし、炎の初級魔術を放つ。

 

「──閃迅炎刃(ブレイズ・ブレイド)ッ!」

 

 リスティの呪算紋(グリマ・グリフ)が展開される。

 象徴(しょうちょう)は、ヘビと糸杉。

 

 その数は──128個。

 

『……はっ?』

 

 河原(かわら)の向こうで、三者の声が重なった。

 

 無理もないだろう。草むらから、いきなり128もの光る紋様(もんよう)が現れたのだ。

 しかも、その中心にいるのは、10歳かそこらの少女と来た。

 

 ギュズズズグンッ!

 

 本来は小さく鳴るだけの展開音が、幾重にも重なって大気を震わせた。

 石が震え、川面(かわも)に細かな波紋(はもん)が走る。

 

 呪算紋(グリマ・グリフ)の数は、術者の魔力量の証明。

 そして、その数に比例して魔術の威力は跳ね上がる。

 

「ちょっ、助けっ──」

 

 エリスの背の頭たちも、一斉に口を開いた。

 何かを唱えようとしたのか、叫ぼうとしたのか。

 

 その言葉が形になる前に、白い光がすべてを呑んだ。

 

 ゴバゴヅボバオゥオウゥゥゥゥンッ!

 

 閃光(せんこう)

 轟音(ごうおん)

 肌を()がされる熱。

 

 激烈(げきれつ)熱量(ねつりょう)が、暴虐(ぼうぎゃく)の波となってネズミを襲う。

 巨大熱量に呑まれ、間違いなく魔人は焼死した。骨も歯も、一瞬で蒸発した事だろう。

 

 それだけではない。

 強壮(きょうそう)なる魔人を焼き尽くしてなお、炎のうねりは収まることはなかった。

 

 ゴォッボォオッ!

 

「うおぉぉおっ!?」

 

 炎は周囲の木々全てを(まき)とし、大規模なキャンプファイアが始まろうとしていた。

 

 河原(かわら)の石は赤く溶け、表面がガラスの(まく)を張る。

 川からは湯気が立ち、白い腹を見せた魚がぷかりと浮いた。

 汗は()き出すそばから肌の上で乾く。

 喉が焼ける。

 

 ハルスフォートは片手で顔を(かば)いながら、リスティへ叫んだ。

 

「リスティ! 火事を……せめて火事を消火しろ!

 おまえくらい魔力があるなら……滴水(アクアクリエイション)でも消火できるはずだ!」

 

 リスティは両手を胸の前で振った。

 

「す、すみません! わたし、滴水(アクアクリエイション)はまだ習ってなくて──」

「あーっ! 延焼(えんしょう)がっ、森が焼けるうぅっ!」

 

 ハルスフォートの声が裏返る。

 

「……えーっと……」

 

 その横で、ジェーンは儀式魔術を続けていた。

 棺桶に両手を置き、額を引きつらせながら、どうにか最後の句を探す。

 

「……わがこえにこたえ、なんじがちからをしめせ」

 

 ほとんど投げやりな詠唱だった。

 儀式は中断できない。この儀式魔術は失敗すると、これまで注いだ魔力が逆火(ぎゃっか)する。

 

 ジェーンが最後投げやりに詠唱完了すると、棺桶の(ふた)が開く。

 

 キィィィン……。

 

 ──それは、本来ならば荘厳(そうごん)な演出だった。

 

 棺桶の底から水晶がせり上がり、透明な花と枝を広げる。

 空中には水晶の魔法陣が幾重(いくえ)にも展開し、淡い光が雫となって集まった。

 その光は輪郭を持ち、翼となり、爪となり、巨大な影を河原(かわら)に落とす。

 

 ズゥゥン……。

 

 召喚されたのは、二対の水晶を背から生やしたドラゴンだった。

 着地の衝撃で地面が沈み、燃えかけの枝から灰が舞う。

 

「──(われ)こそは竜種帝位(りゅうしゅていい)17番、『励晶鎧(アーケイン・フォート)』タラスク。

 (われ)(ちぎ)りし人間よ。汝の敵を言え」

 

 魔人をも(ほふ)るドラゴンの分体(ぶんたい)

 その威容(いよう)を前にして、ジェーンは半分ほど閉じた目で、燃え広がる森を指さした。

 

「あー、その……山火事、止めてくんない?」

 

 ジェーンは悲しげに、事件の後始末を命令するのだった。

 


 

 翌朝。

 

「──数日間、大変お世話になりました!」

 

 リスティは、村人たちへ深く頭を下げた。

 

 朝の空気はまだ冷たく、濡れた土と干し草の匂いがする。

 昨夜の煙の名残(なごり)が、森の方からかすかに(ただよ)っていた。

 

「特に、昨日なんて……酸欠になったわたしたちを助けてくれて、本当にありがとうございました」

「いやぁ、魔女退治してくれた恩に対しちゃ、小さいもんよ」

 

 あの山火事未遂事件のあと。

 ドラゴンが消火を完了した直後、リスティたち3人はノックダウンした。

 燃え盛った炎に周囲の酸素を奪われた事による酸欠である。

 

 いつまで経っても帰ってこない3人を心配し、村人たちが川へ向かうと、そこには黒焦げの木々と、仲良く倒れた3人の姿があった。

 村人たちは3人を村へ連れ帰って介抱し、いちばん早く目覚めたのがリスティだった。

 

「ホントに、最初発見した時は死体かと思ったよ!

 まあ、今じゃみんな息してるみたいだし、その内あの2人も目が覚めるだろうね」

「ハルスフォートさんとジェーンさんにも、直接謝れるなら謝りたいんですが……すみません、言伝(ことづて)だけお願いします」

「あいよ。旅先でも元気でね~」

「皆さんも、お元気で!」

 

 村人が手を振る。

 リスティも両手を大きく振り返した。

 

 そこへ、村のおじいちゃんがのんびり近づいてくる。

 

「馬車の修理もバッチリじゃ。

 夕方には、次のティミー村まで行けるじゃろうて」

「ありがとうございます、おじいさん!」

「いーや。馬車が壊れたせいで、お前さんには立ち往生させたのう……」

「大丈夫ですよ。お陰様で、ゆっくりと休養できました。

 一人での野宿は避けたかったので、馬車に乗って次の村に行けるのはとてもありがたいです」

 

 リスティがぺこぺこと頭を下げるたび、長い黒髪がふわふわ揺れる。

 おじいちゃんは目尻(めじり)を深くして笑った。

 

「いいんじゃ、いいんじゃ。子供が年寄りに頭を下げると、わしの徳まで下がってしまう。

 ホレ、出発するぞい。荷車に乗るんじゃ」

「はいっ!」

 

 リスティは、干し柿が満載(まんさい)された荷車に乗りこんだ。

 甘い匂いが鼻をくすぐり、空腹でもないのに腹が小さく鳴りそうになる。

 

 御者台(ぎょしゃだい)のおじいちゃんが、手綱(たづな)手繰(たぐ)った。

 

 ヒヒィーン!

 

 馬の(いなな)きが村に響く。

 方々から「さよーならー!」の声が湧いた。

 

 森の街道が、荷車をゆっくり呑みこんでいく。

 干し柿の山の上から(のぞ)くリスティの手が、木々の影に消えた。

 

 その直後。

 

 ──バンッ!

 

 民宿のドアが、勢いよく開いた。

 リスティを見送るために集まっていた村人たちは、一斉に民宿へ振り返る。

 

「……おお、ハルスフォートさんですか。体は大丈夫ですか?」

「大丈夫だ! それより!」

 

 ハルスフォートは寝癖(ねぐせ)を跳ねさせたまま、大股(おおまた)で村のおばあちゃんへ詰め寄った。

 片方の靴紐(くつひも)(ほど)けていることにも気づいていない。

 

「あのリスティという子供は──この村の子供じゃなかったのか!?」

「そうよぉ。リスティちゃん、数日前にこの村に来てねぇ。

 馬車が修理されるまでここにいたのよぉ」

 

 おばあちゃんは両手を頬に当て、のんびりと首を(かし)げた。

 

「良い子なんだから、危険な旅を止めてあたしの家に来ないか、なんて誘ったりもしたけど……断られて、今さっき出ていったところなの」

 

 そう。

 リスティは、村の人間ではなかった。

 

 ハルスフォートの脳裏に、以前おばあちゃんが言っていた言葉が(よみがえ)る。

 

『あの子、立派でいい子なんだけどねぇ……甘えたい盛りなのに、たった一人で生きているんだよ。

 あたしの家で一緒に住まないか、なんて誘ってもねぇ……断られちゃったら、もう老いぼれはそれ以上言えないよ』

 

 身寄(みよ)りがないからではない。

 彼女は旅人として、一人で生きていただけだったのだ。

 

 ハルスフォートはおばあちゃんの肩に手を置いた。

 その指先が、わずかに食いこむ。

 

「……そのリスティの家名(かめい)は?」

(かめ)?」

「ツルでもカメでもない!

 リスティの苗字、ファミリーネーム! それはなんだ!?」

 

 おばあちゃんの肩を揺するハルスフォートを見かねて、村人の一人が横から答えた。

 

「ああ、あの子がリスティ・()()()()()なんだってね。

 最初聞いた時は、単なる苗字被(みょうじかぶ)りかと思ったけど……まさか、本物のクノケウスだったなんて」

 

 クノケウス。

 

 卓越(たくえつ)した魔力を持ち、魔王の血を引く者。

 最も魔王に近い人間、クノケウス。

 

 それがまさか、あのような小さな少女だとは、実際に見るまで誰も信じられなかっただろう。

 そう。このハルスフォートも──。

 

「──出る」

「え?」

「おれはもう出発する。皆さんお世話になりました。またいつかお会いできる機会を楽しみにしています」

 

 近くの村人の手を(つか)み、強引に握手する。

 別れの挨拶(あいさつ)は、ほとんど早口の呪文だった。

 

「まあ、リスティちゃんの魔女退治を手伝ってくれてありがとねー」

「それではっ!」

 

 村人の手を離すや否や、ハルスフォートは馬車の(わだち)へ向かって走り出した。

 

「……見つけた」

 

 口角(こうかく)が、ゆっくりと吊り上がる。

 それは善人の笑みではなかった。

 

 ──リスティは、魔人すらも超える魔力を持っている。

 最も魔王に近い人間の魔力を、自分のものにすれば──自分こそが魔王になれる!

 

「待っていろ……リスティ・クノケウス!

 ククク──ハーハッハッハッハ!」

 

 森の中で、ハルスフォートの哄笑(こうしょう)が枝を揺らした。

 その哄笑(こうしょう)は、息切れが始まる数十秒後まで、止まる事は無かった。

 


 

 村の民宿には、3つのベッドが並んでいた。

 1つのベッドの布団は、角まできちんと畳まれている。

 もう1つのベッドの布団は、嵐でも通ったようにもみくちゃだった。

 

 そして、最後のベッドには──。

 

「……んぃー……!」

 

 魔力切れと召喚の代償(だいしょう)で、指一本動かせないジェーンが横たわっていた。

 (ひたい)に貼りついた髪をどけることもできず、目だけが天井を(うら)めしそうに(にら)んでいる。

 

 その横に、おばあちゃんが座っていた。

 干し柿を手で小さく千切り、ジェーンの口元へ運ぶ。

 

「はい。ジェーンちゃん。元気出してね」

「んにぃー……」

 

 ジェーンは一分に一回のペースで咀嚼(そしゃく)した。

 頬がわずかに動き、喉が小さく上下する。

 

 やがて、天井へ向けて、もごもごと声を投げた。

 

待ってなさい(まっへははい)……いつか追いつくんだから(いっはおいふふんははは)……!」

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