棺桶を背負ったシスターの少女──ジェーン・ドウ。
焦げた石の臭いが残る戦場で、彼女はハルスフォートの前に立っていた。
黒い
「あいつが……エリス?」
「ああ。
「確定ね。
ハルスフォートの報告を受け、ジェーンは一歩前に出た。
彼女は指をビシッと伸ばし、エリスへ突きつける。
「
あんたには魔人容疑がある。自身の
ただの人間であるならば、すぐに
エリスは、
乾いた口の
「
エリスの返答を受け、ジェーンの
「人間証明の
ガッ!
背中の棺桶を、後ろ足で蹴り飛ばした。
宙へ跳ねた黒い箱を片腕で捕まえ、脇に抱えこむ。
棺桶の
「──!」
キキキキンッ!
棺桶の
脳を揺らす高音と共に、無数の
「
ギィンッ!
エリスの前に、分厚い氷の盾が建つ。
瞬く間に生まれた
エリスの指が、ゆるりと持ち上がる。
「
その詠唱が空気に染みた瞬間、胃の底に不快感が走った。
ジェーンは棺桶を地面に突き立て、その影へ身を滑りこませる。
「体を隠しなさい!」
「あ?」
反応の遅れたハルスフォートへ、エリスの指先が向いた。
「
ハルスフォートの手の甲に、
それは皮膚の下で脈打ち、ボコボコッ、と音を立てて盛り上がる。
肉が内側から押し破られ、ブドウの
「なあっ!?」
ハルスフォートは息を呑み、剣の刃を自分の手の甲へ向けた。
ズッ!
ハルスフォートは、
血が弾け、赤い
落ちた
「……ッ!」
ハルスフォートの
棺桶の影から、ジェーンが声を飛ばした。
「相手に
「もう斬った! クソッ、気味の悪い魔術使いやがって!」
「
「
エリスは、次なる
詠唱の声は
あのペースで唱えられる詠唱に間に合うのは、初級魔術だけ。
ジェーンは棺桶の影から飛び出た。
「
10個の
モワッ……。
白い霧が広がる。
湿った冷気が体を包み、視界が一息で塗りつぶされた。
鼻先すら
「へえ……」
霧の向こうで、エリスの声だけが浮いた。
この状況では、狙いを定められない。
「汝は
それでもエリスは
ひどく退屈そうに。
何も起こらない。
白い霧の奥で、エリスの息が漏れた。
「やるわね。黒魔術の知識がある上に、
貴女、もしかして『クノケウス』かしら?」
霧の向こうから、エリスがカマをかける。
「違うわよ」
ジェーンは即座に切り捨てた。
その足元では、彼女の指が棺桶の
「
貴女が
ジェーンは答える前に、棺桶の底をわずかに回す。
石をこする音を立てないよう、指先に力を分けた。
エリスは、霧が晴れるのを待っている。
風の魔術で吹き払う事はできる。だが、魔術の行使には隙が生まれる。
その隙を晒すくらいなら、霧が薄れるまで言葉でこちらを縫い止めればいい。
なら、こちらも縫い止められた「フリ」をすればいい。
「
ジェーンの唇が、
彼女にもまた、時間を稼ぐ理由がある。
棺桶の底を、エリスの声の方角へ向けた。
正確な位置は読めない。
サアッ──。
風が
その裂け目から、エリスの頭部がわずかに
金髪の
ガッ!
ジェーンは棺桶を蹴り起こし、片腕で抱えこみ、魔力を叩きこむ。
「──!」
キキキキンッ!
白い
「無駄!」
ギィンッ!
氷の盾が生成される、大きな音。
ジェーンの眼が、その一点を拾った。
彼女はすぐに
「
ゴズッ!
地面が裂けた。
泥と小石を巻き上げながら、土の触手が地面から突き出し、霧の奥の気配へ絡みつこうとする。
同時に、ジェーンは横へ跳んだ。
「
ギンッ!
さっきまでジェーンの首があった場所を、氷の刃が貫いた。
冷気が耳を裂く。地面に突き立った刃は、周囲の石をより白く凍らせていく。
霧が薄まっていく。
キキキキキンッ!
「無駄だという事も分からないの?」
ギンッ!
エリスの氷の盾が、再び
透明な壁の向こうで、彼女の口元だけが
「今に、ムダかどうか分かるわ」
「……何?」
エリスの肩が、ほんのわずかに跳ねた。
その背後で、石を踏む音がしたのだ。
「──ッ!」
霧に紛れて距離を詰めたのは、ハルスフォートだった。
血染めのマントを肩から外し、手の中で強く握り潰している。
エリスは振り返りながらも、笑みを消さず。
「不意打ちは──打ってから種明かししなきゃねェ!」
彼女の
細い指が、それを強く握りこむ。
ギンッ!
エリスとハルスフォートの間に、厚い氷の盾が生まれた。
透き通った
だが、ハルスフォートの足は止まらない。
刃に
「悪いな。押し通らせてもらう!」
ハルスフォートの剣が、氷へ触れた。
ィンッ!
分厚い氷は──綿のように両断される。
「なっ──!?」
シャッ!
両断の勢いを殺さず、ハルスフォートは剣を振り上げた。
斜め上から振り下ろす、
「おれの
魔力を刃に
その刀身の上を滑るのは──マントを染め上げた、
ならば。
!
斬られた音すら無く。
彼女の身体が、上と下とに分かれる。
「やった──!」
目くらまし役を
喉から
「──やってくれたわね」
エリスの口だけが動いた。
裂かれたはずの身体で、唇は不快な形に
同時に、彼女のシルエットが崩れた。
「ッ!?」
ハルスフォートは反射的に、
エリスの
剣で別たれた上半身は、ネズミの
肉から毛が生え揃い、骨が細い足音に変わる。無数の小さな爪が、
ヂヂヂヂヂッ。
ハルスフォートの足元を、エリスから湧いたネズミの
靴に毛が
エリスの下半身だったもの──巨大なネズミが、くぐもった声を漏らす。
「アタシをこんな姿にしたんだもの、エサになる覚悟はあるのよね?」
そこにいたのは、
背中のコブが脈動し、濡れた毛皮の間から黄色い
ヂュヂュイイィィィィッ!
魔人としての
「……殺し切れなかったのはマズいわね」
ジェーンは唇の
棺桶を抱えた腕に、白く筋が浮いている。
「
ハルスフォートの
巨大なネズミが、裂けた口を横に広げる。
「このアタシをこんな姿にさせたんだもの。落とし前はつけさせなきゃ」
魔人は、人間ならざる姿を持つ。それが「本性」。
死に
病を振り
ヂュイイイイッ!
それだけで魔術は形を
『
ハルスフォートとジェーンの声が重なった。
サアッ……。
「アレを
「言われずとも分かっている!」
二人は空中に留まったまま、同時に鼻先を
腐った
「可愛いらしいスズメたち。今に撃ち落としてあげるわ!」
巨大なネズミの背中から生えた無数の頭が、一斉に上空の二人へと口を開いた。
それぞれの口から
炎、氷、雷が、弾幕となって二人を襲う。
「チッ……!」
ハルスフォートは空中で身をひねり、
襲い掛かる属性に対し、剣を振るった。
刃に触れた火球が
だが、
息を
「おい
ジェーンがハルスフォートの横に着地し、彼と視線と交わす。
直後、彼女の視線は、自身の脇に抱えた棺桶へと落ちた。
「……一撃で仕留める手段は、あるわ。
でも、これは儀式魔術。儀式の間ずっと無防備になるし、チャンスは一度きり。
この魔術を使ったら、あたしは5日間ずっとベッドの上よ」
「なら……一度のチャンスを、確実にする必要がある訳か」
ハルスフォートは意を決し、手にしていたモノを口に近づける。
それは──エリスの上半身から湧き出た、小さなネズミだった。
「……? あんた、何を──」
ブチィッ!
ヂュイィッ!?
歯が毛皮を裂き、薄い
ガリゴリと、硬いものが奥歯で砕けた。生温い血が舌に広がり、喉の奥へぬるりと落ちていく。
「何をしてるのっ!?」
ジェーンの眉が跳ねる。
ハルスフォートは
「おれは、他者の一部を食うことで、その相手の魔力を取りこめる。
これでエリスの魔力をわずかに削って、おれの魔力は一時的に増える。
あんたの儀式を成立させる為に、あいつの
「…………」
ジェーンはしばらくハルスフォートの口元を見ていたが、すぐに視線をエリスへ戻す。
ギュヅイッ!
巨大ネズミの鳴き声に応じ、
その数は18より減じた16。ハルスフォートに魔力を奪われた結果だ。
だが、そこから生み出されたものの邪悪さに変わりはない。
ゴオッ!
ハルスフォートが唱えるのは、本来魔力不足で扱えない中級魔術。
「行くぞ!
ハルスフォートが叫ぶ。
展開された
ゴギグヮンッ!
炎と氷が真正面から
だが──魔力量では未だ劣るハルスフォートの氷が、じりじりと後ろへ押し戻されていく。
見かねたジェーンが援護する。
「
ガカギィンッ!
氷の壁が組み上がり、それでようやく
「……まだ力不足みたいね」
「口惜しいが、その通りだ。
あんたの魔力も欲しいとこだが──おれの『魔力摂取』は相手の魔力を奪う」
「なら、答えはノーね。……あたしの術は、魔力全部注いでなんとか完成するわ」
ハルスフォートは奥歯を噛んだ。
自分の魔力では出力が足りない。
ジェーンからは一切のリソースを受け取れない。
その上で、儀式に入れば動けなくなるジェーンを守らなければならない──。
手にした剣が、いつもより重く感じる。
絶望的な
「──これは……魔人?」
草の影に、10歳ほどの少女が立っていた。
ハルスフォートが、戦場から
「リスティ! 逃げろ!」
ハルスフォートが少女の名を呼ぶと、彼女はこちらに振り向いた。
「だ、大丈夫です! わたし……わたし、魔術を使えます!」
「魔術を使える? それならおれがおまえの髪を食──」
魔力の摂取元にしようと考えるハルスフォート。
彼が言い終える前に、ジェーンの手が横から伸びた。
「いや……あの子に、魔術を使わせて」
「は?」
「イチかバチか、よ」
ジェーンは棺桶を地面に伏せる。
「あたしに名案があるわ。だから──大勝負に出てちょうだい!」
ジェーンは腕を交差し、目を閉じた。
声を低くし、
「……我が魂の片翼よ。
「ちっ──やるしかないのか!」
ハルスフォートが腹をくくり、リスティへ向き直った。
「おい、リスティ!」
「は、はい!」
「攻撃魔術ならなんでもいい、あのクソネズミに一発かませ!」
「分かりました!」
リスティは喉に手を当てた。
彼女は目を閉じ、精神を集中する。
「……
その詠唱を聞き、エリスがわざとらしく首を
「あら、カワイイひよっこ魔術師。長ったらしい公式詠唱しか唱えられないのね。
どんな火花を見せてくれるのかしら?」
エリスの声に、粘ついた笑いが混じる。
しかし、リスティは詠唱に
エリスはすぐに興味を失い、ハルスフォートとジェーンへ視線を戻した。
「さて、
ヂュルイッ!
鳴き声一つで、魔術が成立する。
ズルゥッ……。
地面に灯る
凝固した闇が幾つも召喚され、こちらへと迫る。
「くっ、
ズガッ! ギィッ!
土の槍が地面を破って突き上がり、影グモの腹を貫いた。
潰れた鳴き声が漏れ、クモは闇の粒子となってほどける。
「いつまで持つかしら?」
エリスの言葉とともに、次の影グモが湧いた。
一匹、二匹、四匹。
黒い脚が
ザッ!
ハルスフォートは駆けた。
「はあっ!」
刃は風を裂き、影グモの群れを
ザンッ! ザシュッ!
踊る
ビュッ!
エリスの胴体が、不自然に波打った。
次の瞬間、ネズミの
「──ッ!」
息が潰れる。
ダンッ!
ハルスフォートの体は数秒宙を舞い、
口の中を切ったようだ。鉄の味が広がる。
「クソッ!」
「まだまだお友達は増えるわよ。さあ、どれだけ相手にできるかしら?」
影グモはなおも湧く。
ハルスフォートは
儀式はまだ終わらない。
ジェーンの額から落ちた汗が、棺桶の蓋に小さく跳ねる。
あと数分。
その数分が、
ハルスフォートは剣を杖にして立ち上がる。
敵の増殖するペースに追いつけない。
ハルスフォートは、絶望に
数分前。
「……ここは……?」
草の陰で、リスティが意識を取り戻した。
「確か……かくれんぼしてたら、目の前に女の人がいて、それで──」
記憶を
川の音に混じって、火が
何かが地面を削る音。誰かが
「っ!」
聞き馴染みのある戦闘の音に、リスティが跳ね起きた。
膝に絡んだ草を払い、音の方へ走る。
巨大なネズミ。男女二人。
周囲には、見たことのない魔術の気配。
「これは……魔人?」
異形のネズミを魔人の本性と
「リスティ! 逃げろ!」
ネズミと
しかし、リスティは首を振った。
「だ、大丈夫です! わたし……わたし、魔術を使えます!」
リスティの宣言に、ハルスフォートとジェーンが短く言葉を交わしている。
リスティには内容まで聞き取れない。だが、二人の視線が自分へ向いたことだけは分かった。
「おい、リスティ!」
「は、はい!」
「攻撃魔術ならなんでもいい、あのクソネズミに一発かませ!」
「分かりました!」
リスティは喉に手を当て、目を閉じた。
ざわめく音を締め出すように、脳の奥へ意識を沈める。
「……
唱えるのは、
高難易度の略式詠唱は唱えられない。未熟な彼女にとって、これが精一杯だ。
「煮え立て
目を閉じても、戦いの音は消えない。
誰かが石を蹴る音。大きなものが風を切る音。ハルスフォートの息が詰まる音。
リスティの指が、喉の前でぎゅっと丸まった。
でも、詠唱は止まらない。
何十回も実行した言葉が、震える舌を先へ押し出す。
「
我が敵の
目標は魔人。
ハルスフォートとジェーンは、射線から外れている。
リスティは手を魔人へとかざし、炎の初級魔術を放つ。
「──
リスティの
その数は──128個。
『……はっ?』
無理もないだろう。草むらから、いきなり128もの光る
しかも、その中心にいるのは、10歳かそこらの少女と来た。
ギュズズズグンッ!
本来は小さく鳴るだけの展開音が、幾重にも重なって大気を震わせた。
石が震え、
そして、その数に比例して魔術の威力は跳ね上がる。
「ちょっ、助けっ──」
エリスの背の頭たちも、一斉に口を開いた。
何かを唱えようとしたのか、叫ぼうとしたのか。
その言葉が形になる前に、白い光がすべてを呑んだ。
ゴバゴヅボバオゥオウゥゥゥゥンッ!
肌を
巨大熱量に呑まれ、間違いなく魔人は焼死した。骨も歯も、一瞬で蒸発した事だろう。
それだけではない。
ゴォッボォオッ!
「うおぉぉおっ!?」
炎は周囲の木々全てを
川からは湯気が立ち、白い腹を見せた魚がぷかりと浮いた。
汗は
喉が焼ける。
ハルスフォートは片手で顔を
「リスティ! 火事を……せめて火事を消火しろ!
おまえくらい魔力があるなら……
リスティは両手を胸の前で振った。
「す、すみません! わたし、
「あーっ!
ハルスフォートの声が裏返る。
「……えーっと……」
その横で、ジェーンは儀式魔術を続けていた。
棺桶に両手を置き、額を引きつらせながら、どうにか最後の句を探す。
「……わがこえにこたえ、なんじがちからをしめせ」
ほとんど投げやりな詠唱だった。
儀式は中断できない。この儀式魔術は失敗すると、これまで注いだ魔力が
ジェーンが最後投げやりに詠唱完了すると、棺桶の
キィィィン……。
──それは、本来ならば
棺桶の底から水晶がせり上がり、透明な花と枝を広げる。
空中には水晶の魔法陣が
その光は輪郭を持ち、翼となり、爪となり、巨大な影を
ズゥゥン……。
召喚されたのは、二対の水晶を背から生やしたドラゴンだった。
着地の衝撃で地面が沈み、燃えかけの枝から灰が舞う。
「──
魔人をも
その
「あー、その……山火事、止めてくんない?」
ジェーンは悲しげに、事件の後始末を命令するのだった。
翌朝。
「──数日間、大変お世話になりました!」
リスティは、村人たちへ深く頭を下げた。
朝の空気はまだ冷たく、濡れた土と干し草の匂いがする。
昨夜の煙の
「特に、昨日なんて……酸欠になったわたしたちを助けてくれて、本当にありがとうございました」
「いやぁ、魔女退治してくれた恩に対しちゃ、小さいもんよ」
あの山火事未遂事件のあと。
ドラゴンが消火を完了した直後、リスティたち3人はノックダウンした。
燃え盛った炎に周囲の酸素を奪われた事による酸欠である。
いつまで経っても帰ってこない3人を心配し、村人たちが川へ向かうと、そこには黒焦げの木々と、仲良く倒れた3人の姿があった。
村人たちは3人を村へ連れ帰って介抱し、いちばん早く目覚めたのがリスティだった。
「ホントに、最初発見した時は死体かと思ったよ!
まあ、今じゃみんな息してるみたいだし、その内あの2人も目が覚めるだろうね」
「ハルスフォートさんとジェーンさんにも、直接謝れるなら謝りたいんですが……すみません、
「あいよ。旅先でも元気でね~」
「皆さんも、お元気で!」
村人が手を振る。
リスティも両手を大きく振り返した。
そこへ、村のおじいちゃんがのんびり近づいてくる。
「馬車の修理もバッチリじゃ。
夕方には、次のティミー村まで行けるじゃろうて」
「ありがとうございます、おじいさん!」
「いーや。馬車が壊れたせいで、お前さんには立ち往生させたのう……」
「大丈夫ですよ。お陰様で、ゆっくりと休養できました。
一人での野宿は避けたかったので、馬車に乗って次の村に行けるのはとてもありがたいです」
リスティがぺこぺこと頭を下げるたび、長い黒髪がふわふわ揺れる。
おじいちゃんは
「いいんじゃ、いいんじゃ。子供が年寄りに頭を下げると、わしの徳まで下がってしまう。
ホレ、出発するぞい。荷車に乗るんじゃ」
「はいっ!」
リスティは、干し柿が
甘い匂いが鼻をくすぐり、空腹でもないのに腹が小さく鳴りそうになる。
ヒヒィーン!
馬の
方々から「さよーならー!」の声が湧いた。
森の街道が、荷車をゆっくり呑みこんでいく。
干し柿の山の上から
その直後。
──バンッ!
民宿のドアが、勢いよく開いた。
リスティを見送るために集まっていた村人たちは、一斉に民宿へ振り返る。
「……おお、ハルスフォートさんですか。体は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ! それより!」
ハルスフォートは
片方の
「あのリスティという子供は──この村の子供じゃなかったのか!?」
「そうよぉ。リスティちゃん、数日前にこの村に来てねぇ。
馬車が修理されるまでここにいたのよぉ」
おばあちゃんは両手を頬に当て、のんびりと首を
「良い子なんだから、危険な旅を止めてあたしの家に来ないか、なんて誘ったりもしたけど……断られて、今さっき出ていったところなの」
そう。
リスティは、村の人間ではなかった。
ハルスフォートの脳裏に、以前おばあちゃんが言っていた言葉が
『あの子、立派でいい子なんだけどねぇ……甘えたい盛りなのに、たった一人で生きているんだよ。
あたしの家で一緒に住まないか、なんて誘ってもねぇ……断られちゃったら、もう老いぼれはそれ以上言えないよ』
彼女は旅人として、一人で生きていただけだったのだ。
ハルスフォートはおばあちゃんの肩に手を置いた。
その指先が、わずかに食いこむ。
「……そのリスティの
「
「ツルでもカメでもない!
リスティの苗字、ファミリーネーム! それはなんだ!?」
おばあちゃんの肩を揺するハルスフォートを見かねて、村人の一人が横から答えた。
「ああ、あの子がリスティ・
最初聞いた時は、単なる
クノケウス。
最も魔王に近い人間、クノケウス。
それがまさか、あのような小さな少女だとは、実際に見るまで誰も信じられなかっただろう。
そう。このハルスフォートも──。
「──出る」
「え?」
「おれはもう出発する。皆さんお世話になりました。またいつかお会いできる機会を楽しみにしています」
近くの村人の手を
別れの
「まあ、リスティちゃんの魔女退治を手伝ってくれてありがとねー」
「それではっ!」
村人の手を離すや否や、ハルスフォートは馬車の
「……見つけた」
それは善人の笑みではなかった。
──リスティは、魔人すらも超える魔力を持っている。
最も魔王に近い人間の魔力を、自分のものにすれば──自分こそが魔王になれる!
「待っていろ……リスティ・クノケウス!
ククク──ハーハッハッハッハ!」
森の中で、ハルスフォートの
その
村の民宿には、3つのベッドが並んでいた。
1つのベッドの布団は、角まできちんと畳まれている。
もう1つのベッドの布団は、嵐でも通ったようにもみくちゃだった。
そして、最後のベッドには──。
「……んぃー……!」
魔力切れと召喚の
その横に、おばあちゃんが座っていた。
干し柿を手で小さく千切り、ジェーンの口元へ運ぶ。
「はい。ジェーンちゃん。元気出してね」
「んにぃー……」
ジェーンは一分に一回のペースで
頬がわずかに動き、喉が小さく上下する。
やがて、天井へ向けて、もごもごと声を投げた。
「