犯罪組織の拠点を離れてから、しばらく経った頃。
森の中を通る街道を、ハルスフォートたち3人は歩いていた。
先ほどまでの騒動が嘘だったかのように、コマドリの鳴き声が
のどかな森の中で、パラパラと紙を弾く音が何度も聞こえていた。
「……72,73,74……」
先頭を歩くハルスフォートは、分厚い札束を両手で挟み、上機嫌に紙幣を数えている。
背後からその姿を見ていたラニアが、呆れたように眉を下げた。
「嬉しそうだね」
「ここ最近、稼いでなかったからな。
ようやく実入りの多い仕事ができた。悪党どもも倒して一石二鳥だ」
ハルスフォートは答えながら、数え終えた札束の端を指で揃える。
犯罪組織をシバいた後、ハルスフォートは集落に戻って家探しをした。
ただ、依頼を持ちかけられた際の金庫以外に目ぼしいものはなかった。どうやら、あの時に見せた金が連中の財産の大半だったらしい。
「これだけ溜めこんでいたなら、相当な数の旅人を食い物にしていたんでしょうね……」
隣を歩くリスティが、札束を見上げて言った。
「あの倉庫にあった装備の量を考えれば、そうなるだろう。
まあ、犯罪組織が再起しないように元手を奪ったんだ。もう犯罪なんてできないだろう」
ハルスフォートはそう結論づけると、道の脇へ寄った。
歩調を緩めながら札束を分け始め、きっちり3等分の山を作っていく。
「ラニアの分。おれの分。そしてリスティの分だ」
最後の一束を、リスティへ差し出した。
「えっ?」
リスティは差し出された札束と、ハルスフォートの顔を交互に見る。
「わ、わたしも同じだけいただくんですか?
そこまで働いたわけではないんですが……」
「関係ない」
ハルスフォートは、間を置かずに否定した。
「おまえも、違約金を払うという条件を背負って正式に依頼を受けた。リスクを背負ったならリターンは正当だ。
それに、最後の一押しをしたのは、おまえさんの魔術と言葉だ。しっかり働いていただろ?」
ハルスフォートは強引にリスティの手を取り、その手の平へ札束を押しつけた。
「わっ……!」
反射的に札束を抱えたリスティは、それを返そうとして手を伸ばしかけた。
しかし、ハルスフォートはすでに自分の取り分を懐へしまい、話は終わったと言わんばかりに歩き出している。
リスティはしばらく札束を見下ろし、口元をほころばせた。
「……では、ありがたくいただきます」
「ふふっ」
ラニアは2人のやり取りを見て、微笑を浮かべた。
平和な空気の中、ハルスフォートはふと思い出したように口を開いた。
「そうだ。最後、おまえは『
よくそんなことを知っていたな。おれは初耳だ」
「あ、あれはウソです」
「ウソ?」
リスティは気まずそうに視線を逸らし、手にした札束を荷物の中へしまう。
「わたしたちが見つけた証拠だけでは、あの人たちが犯人だと完全には証明できませんでした。
だから──言い逃れできないと思わせれば、自分たちから何か反応するんじゃないかと思ったんです」
リスティは、自分の考えを確かめるように言葉を続ける。
「本当に短杖を使っていたなら、『使用者を特定できる』と言われれば困るはずです。
逆に、何も知らない人なら慌てる理由はありません」
「それで、残留魔力なんて話をデッチ上げたのか」
ハルスフォートは、やがて面白そうに鼻を鳴らした。
そして片手を伸ばすと、リスティの頭へ置いた。
「わっ」
そのまま、リスティの黒髪をくしゃくしゃと撫で回す。
「偽証で偽物を炙り出すなんざ、いい性格になったな」
「……はい」
リスティは乱れた髪を両手で整えながら、嬉しそうに頷いた。
一連のやり取りを見届けたラニアが、口を開く。
「仲良しだね」
「そう見えるか?」
「うん。アンケートでも取る?」
ラニアは軽く笑ったあと、ひと呼吸置いて口を開いた。
「ところで、ハルスフォート。自分からも一つ聞いていいかな?」
「別にいいが……」
「この作戦の最後に、召喚用の短杖を探し出す役を自分に任せたでしょ?」
ラニアの言葉に、ハルスフォートはわずかに眉を上げた。
「それがどうした?」
「あれは、連中が獣を召喚していたと示すための重要な証拠だった。
もし自分が村の連中とグルだったなら、見つけても隠すことができたし、『そんなものはなかった』と報告することもできた」
ラニアは歩きながら、ハルスフォートの横顔を窺う。
「それなのに、自分にそんな役を任せた。何を根拠に信用したの?」
ハルスフォートは、例の短杖を指先で回した。
「あんたと同じだ。
おれだって、あの村の連中よりあんたの方を信用してたからな」
「ふふ、ありがとね」
ラニアは嬉しさを噛みしめるように目を細めた。
ハルスフォートは何も返さず、短杖を懐へ戻した。
「……この街道の先、システリム町へ着くよね?」
「はい。システリム町に向かっています」
リスティは、荷物から地図を取り出して答えた。
「ちょうどいいね。
前にも言ったけど、自分の目的地もシステリム町なんだ。
だから、少なくとも町までは一緒に行くことになるよ」
ラニアは少し間を置いて、2人を順に見た。
「システリム町に着いたら、食事と宿を奢らせてほしい」
「えっ? そこまでしていただかなくても……」
「そうしたいだけだよ」
ラニアは首を横に振った。
「今回は、2人のお陰で魔人だという疑いを晴らせた。
もし2人がいなかったら、自分はあのまま村人もどきにリンチされていたかもしれない」
「そうなったら、あんたがあいつらを全員投げ飛ばしただけだろ」
ハルスフォートの言葉に、ラニアが笑って流す。
「ともあれ、貴方たちには迷惑もかけたし、礼くらいはさせてほしい。
食事と一晩の宿だけなら、大したものでもないしね」
「……まあ、お言葉に甘えるか」
ハルスフォートは素直に提案を受け入れた。
リスティは戸惑ったように
「では、わたしもご
「決まりだね。
システリムに着いたら、まずは宿を探そう。
そのあとで、ゆっくり食事でもしようか」
ラニアは嬉しそうに笑った。
3人は揃って、これから進む道へ顔を向ける。
木々の間を抜ける道は、まだ遠くまで続いていた。
その先に待つ町の姿は見えないが、今は足を急がせる理由もない。
ハルスフォートを先頭に、リスティとラニアがその後へ続く。
こうして3人は、次なる目的地であるシステリム町へ足跡を刻んでいった。
翌朝。
名もない集落の広場で、10人ほどの男たちが輪になって座っている。
誰もが昨日より一回り老けて見えた。
そして彼らの中心には、ひときわ大きなタンコブを額に作った男──村長を装っていた犯罪組織のボスがいた。
「──だから、追いかけるぞ!
このまま引き下がれるか! あのクソどもから金を取り返すんだ!」
ボスは地面へ拳を叩きつけた。
気勢だけは昨日と変わらない。
しかし、その言葉に賛同する者はいなかった。
「……どうやって?」
手下の一人が、沈んだ声で尋ねた。
「どうやってって、追いついて奪い返すに決まってんだろ!」
「いや、だからどうやって奪い返すんだよ」
男は片腕を包帯で吊ったまま、呆れたように続ける。
「オレたち全員でかかって、昨日あのザマだったんだぞ。
もう一回やったら、今度こそ殺されるだろ」
「あの怪力女、木を引っこ抜いて振り回しやがったんだ。
木だぞ? 人間が武器にしていいモンじゃねえ」
ボスは苛立たしげに舌を鳴らす。
「だからって、このまま金をくれてやるのか!? あれがオレたちの全財産だぞ!」
「……もう、やめねえか?」
ぽつりと、誰かが言った。
「なにをだ?」
ボスが低い声で問い返した。
「旅人騙して金を取るのも、獣をけしかけるのも、もう無理だろ。
金もねえし、短杖もねえ。続けようがない」
「だからって、真面目に働けってのか?」
「そもそも軍隊連中に追いかけ回されるのがイヤでここに来たんだろ。
もう農家にでもなっちまおうぜ」
「何を植えるんだ?」
「シマイモとか、星カブとかじゃねえか?」
「なんだよそれ」
「
昨日まで犯罪組織だった男たちの会議は、いつの間にか畑で何を育てるかという相談へ変わっていた。
「ふざけんな!」
ボスが怒鳴り、男たちの会話を遮った。
「なんでオレたちが畑なんぞ耕さなきゃならねえんだ! あいつらにやられたまま終われるか!」
「じゃあ、どうすんだよ」
「だから金を取り返す!」
「それをどうやってやるんだって話はしただろ!」
そんな堂々巡りの最中。
一人の手下が、ふと集落の外へ顔を向ける。
「……おい、誰か来てねえか?」
男たちの視線が、一斉に同じ方向へ集まった。
家々の向こうから、こちらへ近づいてくる人影がある。
朝の薄い煙を背景に、その人物は一人でゆっくりと歩いていた。
「……誰だ、アイツ?」
近づくにつれて、人影の姿が明瞭になった。
修道服を着た、緑髪の優男だ。
その修道士らしき男は警戒する様子もなく、集落の広場へ足を踏み入れる。
「おはようございます。
森を歩いていたところ、木々の向こうから煙が上がっているのが見えまして。
火事でもあったのかと思い、様子を見に来たのですが……」
修道士は煙の上がる森へ目を向ける。
昨日の消火で炎こそ消えていたものの、焼け焦げた倒木からは今なお白煙が細く立ちのぼっていた。
「森が荒れているようですね。何かあったのですか?」
この男は昨日の騒動を知らないらしい。
ボスの目に、わずかな光が戻った。
「た、助けてくれ!」
先ほどまで手下たちへ怒鳴り散らしていた男とは思えないほど、悲痛な声を張り上げる。
「オレたちの村が、昨日盗賊に襲われたんだ!」
「盗賊?」
修道士は目を丸くした。
「ああ! 3人組だ!」
ボスは額のタンコブを指差しながら、勢いよく立ち上がる。
「バカみたいな怪力の女と、銀髪の剣士、それからガキが一人だ!
突然村へ乗り込んできて、オレたちをボコボコにしやがった!」
「それは大変でしたね」
修道士の眉が、同情するようにわずかに下がった。
「ケガをしている方も多いようです。治療は受けられましたか?」
「治療どころじゃねえよ! 金まで全部持っていきやがったんだ!」
「おい……」
手下の一人が、ボスの背後から小声で制止する。
しかし、ボスは止まらなかった。
昨日までの悪行など忘れたかのように、ボスは被害を訴え続ける。
「家の中まで漁りやがった! 火まで放つし、木はぶっ倒すし、こんな有様だ!
オレたちは何もしてねえのに!」
「なるほど……ところで、一つよろしいですか?」
柔らかな声が、ボスの言葉を遮った。
「この近辺に、村は存在しないはずなのですが」
「…………」
ボスの顔から、感情が抜け落ちた。
「確認した地図には、この場所に集落を示す記載がありませんでした。
いったい、あなた方は何者なのですか?」
「────」
ボスの頭の中で、昨日の光景が蘇った。
黒い獣の首を突きつけられ、召喚用の短杖を暴かれ、旅人たちの前で次々と化けの皮を剥がされた。
──あなたたちの村は、わたしが持っている地図には何も記されていませんでした。
リスティの指摘が脳裏に蘇り、昨日味わった屈辱まで鮮明にぶり返す。
「……テメェまで、オレたちを馬鹿にしやがって!」
「いえ、僕はただ疑問を呈しただけで──」
「うるせえ!」
ダッ!
ボスが地面を蹴った。
手下たちが止めるより先に、ボスは拳を振り上げ、修道士へ突っ込んだ。
「死ねやァ!」
拳が顔面へ届こうとした瞬間。
修道士は、迫る拳を前にしても顔色一つ変えなかった。
右手が腰へ滑り、鞘に収められた杭を抜く。
ドスッ!
「ぐぎゃああああああっ!?」
ボスの腹には、一本の杭が突き立っていた。
「な、なんだ……これ……!」
ボスは腹部を押さえようとしたが、杭に触れるより先に、膝がガクリと折れた。
「……おや、魔人ではありませんでしたか」
「は……? 何を、言って……」
ボスは痛みに顔を歪めながら、修道士を見上げる。
「いえ。人間でしたら、それで結構です」
修道士は、何事もなかったかのように微笑んだ。
「ひっ!」
その言葉に、周囲の手下たちが一歩ずつ後ずさる。
「テ、テメェ……!」
ボスが歯を食いしばる。
その胸元へ、修道士の左手が伸びた。
「ぐっ!?」
襟首を掴まれ、ボスの両足が地面から離れた。
成人男性一人分の体重を、修道士は片腕だけで持ち上げている。
「な、なんだコイツ……」
手下の一人が、掠れた声を漏らす。
修道士は周囲の反応には目もくれず、ボスだけを見ていた。
「それで、一つ確認したいことがあります」
「な、なんだよ……」
「先ほど仰っていた、
修道士の口元には、先ほどと変わらぬ微笑が浮かんでいる。
ゾッ。
首筋から脊椎へ、薄い刃をゆっくり滑らされたような悪寒が走る。
「ぎ、銀髪だ!」
聞かれてもいないことまで、一気に口から溢れ出した。
「銀髪で、剣を持った若い男だ!
青い目をしてる、口の悪いヤツだった! そいつの名前は、ハルスフォート──」
「助かりました。ありがとうございます」
修道士の手の平から、じわりと熱が生まれた。
ボスの襟元から、焦げた臭いが漂い始める。
「ちょ、助けっ──」
浮かぶ
「
ボウッ!
「ぎゃああああああああっ!」
ボスの絶叫とともに、襟元から炎が噴き上がった。
火は衣服を伝って広がるのではなく、男の身体そのものから湧き出すように全身を包み込んでいく。
必死に暴れても、修道士の手は襟首を掴んだまま微動だにしなかった。
やがて修道士が指を開くと、燃え盛る身体が地面へ落ちた。
ドサッ。
焼けた土の臭いに、人の焦げる臭いが混じる。
「…………」
手下たちは、誰一人として声を発せなかった。
目の前の修道士が何をしたのか、理解するまでに時間がかかったのではない。
理解したからこそ、身体が動かなかった。
「ひっ……!」
一人がようやく喉を鳴らした。
それを合図にしたように、男たちの硬直が解ける。
「に、逃げろ!」
「待ってくれ! オレたちは何も──」
「殺さないでくれ!」
命乞いをする者もいれば、振り返ることなく森へ駆け込もうとする者もいた。
修道士は、そんな男たちを静かに見回した。
「困りましたね」
口調は、先ほどまでと何も変わらない。
「勝手ながら、口外されては困る事情がありまして」
逃げる男の一人が、集落の端へ差しかかる。
修道士はそちらへ片手を向けた。
「
ゴオッ!
「ぎゃあああっ!?」
火は瞬く間に男たちを包む。
やがて集落から人の声が消える。
残ったのは、朝から燻っていた倒木の煙と、新しく生まれた炎が吐き出す黒煙だけだった。
修道士は燃える男たちに背を向けた。
「良かった。ちゃんと追えていますね」
満足した様子も、
ただ予定していた道から外れていなかったことを確認したような、穏やかな声だった。
修道士は集落を出て、街道へ向かう。
──昨日ここを去ったのなら、追いつけないほどの差ではない。
この街道を進むなら、次に辿り着く町は限られている。
「これなら、次の目的地はシステリム町でしょう」
修道士は黒衣の裾を揺らし、街道へ出た。
その背後では、地図にない村から黒い煙が空へ昇っていた。
修道士は一度も振り返らない。
ただ、ハルスフォートたちの残した足跡を踏み潰しながら、システリム町へ向かって歩き続けた。