いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第17話 煙に巻く

 人相書きと名前の下には、懸賞金の額が大きく書き添えられていた。

 

 ハルスフォート・ジェスベイン、生死不問(dead or alive)。

 1000G(グレイン)。

 

 吊り上がった目。こけた頬。耳まで裂けんばかりの口。

 銀髪という以外に共通点のない、絵に描いたような悪人面だった。

 

 リスティ・クノケウス、生け捕りに限る(only alive)。

 1万5000G(グレイン)。

 

 目が顔の半分を占めるほど大きく描かれ、人間というより人形に近い。

 

「……この絵なら、面と向かっても気づかれんだろうな」

 

 ハルスフォートとリスティは、揃(そろ)って自分の首をさすった。

 

「とはいえ、そうなったか」

 

 ハルスフォートの呟(つぶや)きに、リスティが神妙な顔で頷いた。

 

「まあ、そうなりますよね」

 

 思い返すのは、先日のヨートゥルムでの大事件である。

 

 ハルスフォートは近衛兵(このえへい)を斬り伏せ、国家の切り札だった葬天(エンゼルハイロゥ)を内側から叩き壊し、その生け贄となるはずだったリスティを連れ去った。

 国から見れば、生かしておく理由が一つもない男だ。

 

 一方のリスティは、そのハルスフォートを担(かつ)いで、国の重鎮たちの前から逃げ出した。

 罪状こそ同じ国家反逆罪だが、生け捕りに限る(only alive)という文面から、国が彼女に向ける目の違いが察せられる。

 

 魔王にすら届き得る、桁外れの魔力。

 生きたまま連れ戻せば、国の切り札として使い道がある。

 

「数日経って、ようやく手配書が発行されたってところか」

 

「こうなると、レイワズ王国に留まるわけにはいきませんね」

 

 顔を寄せ合い、2人はひそひそと言葉を交わす。

 そこに驚きも焦りもない。むしろ、答え合わせを済ませた後のような落ち着きさえあった。

 

 その様子を、ラニアは一歩引いた位置から見ていた。

 

「貴方たち……どんなことしたの?」

 

「……まあ、色々な事情だ」

 

「ちょっと、今の状況だと言い辛いなー、と……」

 

 口ごもる2人が掲示板からそっと離れると、入れ替わるように、通行人が掲示板の前へやってきた。

 

「おい、見ろよ。新しい手配書だ」

 

「国家反逆罪? 物騒だな」

 

「こっちのガキ、生け捕りで1万5000G(グレイン)だってよ!」

 

「ガキを捕らえりゃ、何年も食いっぱぐれないな!」

 

 朝の通行人たちが一人、また一人と足を止めていく。

 気づけば掲示板の前には、ちょっとした人垣ができ始めていた。

 

 誰かが、ぽつりと言った。

 

「こいつら、この町にいねーかなー」

 

「ヨートゥルムからそう遠くないし、案外その辺をうろついてたりして」

 

 冗談めかした一言をきっかけに、野次馬たちの視線が周囲を探り始めた。

 

「あいつだ!」

 

 誰かが大声と共に指を差した瞬間、ハルスフォートの肩がピクリと動いた。

 しかしその指の先は、蒸し料理の屋台だった。

 

 屋台の前には、中年の男が一人。

 白髪の交じった灰色の髪。吊り上がった目。こけた頬。

 そして、饅頭(まんじゅう)を丸ごと一つ押しこんだ、やたらと大きな口。

 

 いくつもの視線が、手配書と男の顔を何度も往復する。

 

「……似てる」

 

「似てるぞ!」

 

「そっくりじゃねえか!」

 

「んぐっ!?」

 

 饅頭(まんじゅう)を口に詰めたまま、男が目を白黒させる。

 腕っぷしの強そうな野次馬たちが、男の返事も待たずに一斉に飛びかかった。

 

 ドサッ!

 

「捕まえたぞ! 1000G(グレイン)だ!」

 

「おい、生死不問(dead or alive)だってよ。縛るより、殴って黙らせた方が早くないか?」

 

 物騒な提案に、男はようやく饅頭(まんじゅう)を飲みこんだ。

 

「待て待て待て! 人違いだ!

 オレはただの湯治客(とうじきゃく)だ!

 腰を痛めて、湯に浸かりに来ただけだっての!」

 

「悪党はみんなそう言うんだよ!」

 

「痛だだだっ! 腰! 腰に乗るな!」

 

 男の悲鳴が、朝の広場に響き渡った。

 その騒ぎを、ハルスフォートたちは人垣の外から見ていた。

 

「あの人、わたしたちのせいで……」

 

「放っとけ。そのうち人違いだと気づく」

 

「気づくかな、あれ」

 

 ラニアが、男へ馬乗りになる野次馬を見ながら呟(つぶや)いた。

 

 だが、ここで名乗り出るわけにもいかない。

 3人は目立たないよう、少しずつ人垣から距離を取っていく。

 

 石畳に頬(ほお)を押しつけられたまま、男が声を振り絞った。

 

「よく見ろ! オレのは白髪(しらが)だ、銀髪じゃねえ!

 だいたい、国に追われてる大罪人が、広場のど真ん中で呑気(のんき)に饅頭(まんじゅう)なんか食うか!?」

 

「……む」

 

 男を組み伏せる力が、わずかに緩んだ。

 

 その隙に、男は首だけを必死に巡らせた。

 血走った目が、身の潔白を証明する材料を探して、広場の中をせわしなく走る。

 

 そして、その目が止まった。

 

 掲示板から少し離れた場所。

 そろりと後ずさりしている、3人組。

 

 男は押さえつけられた腕を無理やり引き抜き、まっすぐにそちらを指差した。

 

「──そっちの方がそれっぽいだろうが!」

 

 その場の全員の首が、ぐるりと回った。

 

 十数人分の視線が、立ち去りかけていた3人へ突き刺さる。

 ハルスフォートは足を止めた。ここで背を向けて走れば、それこそ自白と変わらない。

 

「…………」

 

 誰も口を開かない。

 野次馬たちの目が、3人と手配書の間を往復し始めた。

 

「……銀髪、だな」

 

「黒髪のガキもいるぞ」

 

「でも、顔が全然違わねえか?」

 

 ひそひそとした声が、徐々に人垣の中で膨らんでいく。

 ハルスフォートの隣で、リスティが小さく息を詰めた。

 

 そのとき、人垣の後ろから、野太い声が割って入った。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 

 人混みをかき分けて現れたのは、恰幅(かっぷく)のいい中年の男だった。

 腰には前掛けを締め、腕には野菜の詰まった買い出しのカゴを提げている。

 

 ハルスフォートは、その顔に見覚えがあった。

 昨日から泊まっている宿の主人だ。

 

「皆さん、落ち着いてくださいよ。

 この人たちはうちのお客さんだ。昨日からうちに泊まってる、ちゃんとした旅の方ですよ」

 

 主人は3人を背中に庇(かば)うように、群衆の前で両手を広げた。

 

「似てるだの似てないだの、顔で決めつけるもんじゃない。

 こっちのお兄さんはハルスフォートさん、そっちのお嬢ちゃんはリスティちゃんだ。

 宿帳にだって、ちゃんとそう書いてもらってる」

 

 主人は胸を張り、群衆を見回した。

 自信たっぷりの言葉に、広場がしんと静まり返った。

 

「……おい、親父」

 

 群衆の中から、恐る恐る声が上がった。

 

「ハルスフォートとリスティって、手配書の名前と一致してるぞ」

 

「……へ?」

 

 主人は、ぽかんと口を開けた。

 ゆっくりと振り返り、掲示板を見上げる。

 

 人相書きの下に大きく書かれた名前を、主人の目がなぞっていく。

 そして、その下の数字まで。

 

 長い沈黙が落ちる。

 やがて、主人の顔がこちらを向いた。

 

「──いやあ、お客さん」

 

 カゴが、そっと足元へ置かれる。

 主人の顔には、不自然ににこやかな表情が貼りつけられていた。

 

「お疲れじゃありませんか?

 朝からこんな騒ぎじゃ、気も休まらんでしょう。ひとまず、宿に戻りましょう」

 

 主人が、一歩踏み出した。

 その太い手が伸びた先は、1万5000G(グレイン)相当の、リスティの細い手首だった。

 

「さ、お嬢ちゃん。こちらへ──」

 

 パシッ。

 

 主人の指が触れるより早く、ハルスフォートがリスティの手を掴(つか)んだ。

 

「走るぞ」

 

「えっ──」

 

 返事を待たずに、ハルスフォートは駆け出した。

 

「わっ!?」

 

 リスティの身体がぐいと引っ張られ、つんのめりながら足を動かす。

 

「あっ、お客さん! お部屋はそちらじゃありませんよ!」

 

 背後から、主人の声が追ってくる。

 一拍遅れて、群衆がどよめいた。

 

「逃げたぞ!」

 

 人垣の向こうに、ラニアの長身が一瞬だけ見えた。

 だがそれもすぐに、押し寄せる人波に呑まれて見えなくなる。

 

「やっぱり本物だ!」

 

「ほら見ろ! オレじゃなかっただろうが!」

 

 野次馬の下から這い出した湯治客(とうじきゃく)が、誰よりも大きな声で叫ぶ。

 

 逃げた。

 その事実が、どんな人相書きよりも雄弁に、2人の正体を語っていた。

 

 人垣が崩れ、足音が弾ける。

 噴水の縁に腰掛けていた者や、屋台で朝食をとっていた者までもが、何事かと顔を上げた。

 

「なんだ、何があった?」

 

「手配犯だってよ!」

 

「1万5000G(グレイン)のガキがいるらしいぞ!」

 

 ウワサは湯煙よりも速く広がり、噴水広場全体が、ざわざわと波打ち始めた。

 その間にも2人は広場を横切り、大通りを避けて、細い路地の入口を目指した。

 

 広場は騒然としていたが、まだ誰もが本気で追ってきているわけではない。

 何が起きたのか分からず立ち尽くす者、とりあえず声を上げる者、追うべきか迷っている者。

 その迷いが晴れる前に、少しでも距離を稼いでおきたい。

 

 だが、リスティの歩幅では、どうしても速度が出ない。

 ハルスフォートが手を引くたび、小さな身体が前のめりになる。

 

「はっ、はっ……!」

 

 そのとき。

 

 ダダッ!

 

 背後から、石畳を強く蹴る足音が迫ってきた。

 

 群衆の誰よりも速い。

 ぐんぐんと、こちらへ追いすがってくる。

 

 ハルスフォートは走りながら振り返った。

 

 噴水から流れる湯気が、広場を白く霞(かす)ませている。

 その向こうから、背の高い人影が一直線に突っこんできた。

 朝日を背負っているせいで、顔は影に沈んで見えない。

 

「クソッ!」

 

 リスティの手を握ったまま、ハルスフォートは空いた手を剣の柄(つか)へ伸ばす。

 素人の野次馬ならいくらでもあしらえる。だが、この速さで追いつける相手が、ただの素人とは思えない。

 

 人影が、白い帳(とばり)を突き破った。

 

「待って、2人とも!」

 

 長い手足。風をはらんで翻(ひるがえ)るマント。

 息ひとつ乱していない、見慣れた顔。

 

「ラニアさん!」

 

 リスティが、ほっとしたように声を上げた。

 

「ラニアか……」

 

 しかし、ハルスフォートの指は柄(つか)から離れなかった。

 

 ラニアは2人の横へ並ぶと、走る速度を合わせた。

 剣にかかったままのハルスフォートの手にも気づいているはずだが、ちらりと目をやっただけで何も言わない。

 

 視線は前に向けたまま、彼女は手短に告げた。

 

「手配書に自分は載ってない。貴方たちと離れれば、ただの旅人だよ。

 宿の主人が戻る前に、3人分の荷物は自分が引き取っておく。

 町を出て、西の街道を行った先に石の道標(みちしるべ)があるらしい。そこで落ち合おう」

 

 ラニアの声は、いつもと変わらない調子だった。

 ハルスフォートは、並走する彼女の横顔を見た。

 

 脳裏に過(よぎ)っていたのは、ラニアが自分たちを突き出すのではないかという危惧(きぐ)。

 

 だが賞金が目当てなら、追いついた瞬間にリスティを抱え上げればよかった。

 荷物を預かるなどと、回りくどい話をする必要はない。

 

 ──おれだって、あの村の連中よりあんたの方を信用してたからな。

 

 自分でそう言ったのは、ほんの数日前のことだ。

 ハルスフォートは、ようやく剣から指を離した。

 

「頼む」

 

「うん、任された」

 

 ラニアは短く頷いた。

 それから、少しだけ口の端を上げる。

 

「その代わり、落ち合ったら聞かせてもらうよ。

 貴方たちの、『色々な事情』とやらを」

 

「……考えておく」

 

「ラニアさん、気をつけてくださいね!」

 

「貴女たちこそ」

 

 ダンッ!

 

 言うが早いか、ラニアのしなやかな身体が建物の屋根へと跳び上がる。

 ハルスフォートは前へ向き直り、リスティの手を握り直した。

 

「いたぞ、あっちだ!」

 

「路地に入る気だ!」

 

 迷っていた群衆が、雪崩(なだれ)を打つようにこちらへ動き出す。

 路地へ飛びこんだ2人を、壁に反響した広場のざわめきが追いかけてきた。

 

 石壁に挟まれた細い道を、2人は駆け抜ける。

 軒先の洗濯物をくぐり、積まれた木箱を回りこむ。

 

「待てぇ!」

 

「オレの年金になれェ!」

 

 振り返れば、追ってくる人数は十や二十ではきかなかった。

 ただ、その足並みはまるで揃(そろ)っていない。

 

「……数だけは多いな」

 

 相手は所詮、寄せ集めの素人。ただの町の住人だ。

 斬って捨てれば、罪はより重くなる。

 

 路地を抜けると、むっとした熱気が頬を包んだ。

 

 温水路だ。

 湯気を上げる水路の脇を、細い石畳の道が伸びている。

 

 その先の角から、別の一団が姿を現した。

 騒ぎを聞きつけ、先回りしてきたらしい。

 

「こっちにもいるぞ!」

 

「挟め挟め!」

 

「……ダメか」

 

 ハルスフォートは足を止め、リスティを背中へ庇(かば)った。

 

 リスティの魔術なら、この程度の人数は一瞬で吹き飛ばせる。

 だが、初級魔術ですら地形を変える魔力を、人でひしめく町中で放てばどうなるか。考えるまでもなかった。

 

 前方から十人余り。背後からは、それ以上。

 じりじりと間合いを詰めてくる野次馬たちの手には、箒(ほうき)や天秤棒(てんびんぼう)、屋台から掴(つか)んできたらしい麺棒(めんぼう)まで握られている。

 

「観念しろ!」

 

「逃げ場はねえぞ!」

 

 片側は店の壁。もう片側は温水路。

 水路から立ちのぼる湯気が、2人の足元をゆるゆると撫でていく。

 

 その湯気を、じっと見下ろす。

 

「リスティ。おれの手を離すなよ」

 

「は、はい!」

 

 返事を聞くなり、ハルスフォートは水路の上へ片手を突き出した。

 手の平に、呪算紋(グリマ・グリフ)が一つ、浮かび上がる。

 

「霜颪(フロスト・ドラフト)!」

 

 ビュウッ!

 

 手の平から、冷たい風が吹き出した。

 温水路の水面を、這うように走っていく。

 

 ボワァッ!

 

 水路に沿って、白が噴き上がった。

 

「な、なんだこりゃあ!?」

 

「前が見えねえ!?」

 

 蒸気霧、というものがある。

 温かく湿った空気が急に冷やされると、冬帯(とうたい)で吐く息のように白く濁る現象だ。

 

 湯が絶えず流れるこの水路の上は、まさにうってつけの場所だった。

 

 気づけば、伸ばした自分の手の先すら白に溶けて見えなかった。

 野次馬たちの声が、四方八方から聞こえてきた。

 

「捕まえたぞ!」

 

「いてててっ! オレだ、バカ!」

 

「どこだ! どっちに行った!?」

 

「おい、押すな! 水路に落ちる!」

 

 怒号と悲鳴が、霧の中でもつれ合う。

 霧が濃くなるにつれ、素人たちの勢いは萎(しぼ)んでいった。

 

「こっちだ」

 

 声を潜め、ハルスフォートはリスティの手を引いて白い闇の中を歩き出した。

 霧は水路を伝ってなおも膨らみ続け、屋根の高さを越えようとしている。

 

「……少し、やりすぎたか」

 

 背後の騒ぎは、もう遠い。

 繋いだ手に力をこめ、霧の薄くなる方角へと足を速める。

 

 不意に、白い闇が晴れた。

 水路沿いの道はそこで終わり、大通りとぶつかる四つ辻になっていた。

 

 ガシャッ。

 

 四つ辻を塞(ふさ)ぐように、鎧(よろい)姿の一団が隊列を組んでいた。

 胸当てには、レイワズ王国の紋章が刻まれている。

 

 システリムの衛兵隊だ。

 その数、ざっと二十。

 

「霧の出所は、ここか」

 

 隊列の中央で、兜(かぶと)の庇(ひさし)を上げた男が呟(つぶや)いた。

 隊長らしきその男は、手にした紙へ目を落とし、2人の顔と見比べる。

 

「……似てはいないな」

 

「ですが隊長。

 銀髪の男に黒髪の子供連れ。特徴は一致しています」

 

「分かっている。

 そこの2人、身元を検(あらた)めさせてもらおう」

 

 隊長が片手を上げると、ヤリの穂先が一斉に2人へ向いた。

 広場の野次馬とは違う。踏みこむ足の幅も、穂先の高さも揃(そろ)っていた。

 

 だが、ハルスフォートの目を引いたのは、衛兵たちではなかった。

 

「おいおい、派手にやってくれるじゃねぇか」

 

 隊列の脇。

 衛兵たちと肩を並べてはいるが、明らかに毛色の違う者たちが数人いた。

 

 革鎧に外套(がいとう)、使いこまれた旅装。身なりは各々(おのおの)ばらばらだ。

 

 肩に丸めた投網(とあみ)を担(かつ)いだ大男。

 腰に鎖分銅(くさりふんどう)を巻いた、痩せぎすの女。

 

 口ぶりこそ軽いが、その目は獲物を探るタカそのものだった。

 

「賞金稼ぎか」

 

「当たりだぜ。景品の用意はねえが──兄ちゃんの方には、死に方くらいは選ばせてやるよ」

 

 大男が、2人の肩越しにアゴをしゃくった。

 

「朝っぱらから町の一角を真っ白にしといて、ただの旅人でございますってのは通らねえだろ。

 あれだけ目立つ狼煙(のろし)を上げてくれりゃ、探す手間も省けるってもんだ」

 

「…………」

 

 振り返るまでもない。自分の起こした霧は、町のどこからでも見えるほど高く立ちのぼっている。

 

 リスティの手が、ハルスフォートの手をぎゅっと握りしめる。

 空いたもう片方の手は、いつの間にか腰の短剣へ添えられていた。

 

「ハルスフォートさん……」

 

「……ああ」

 

 前には、衛兵隊と賞金稼ぎ。

 後ろには、自分で作った霧の壁。

 

 ハルスフォートは、罪なる傷(シェヴムシャード)の柄(つか)へ手をかけた。

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