いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第19話 再会

「仕留めたのはオレらだ。賞金はこっちに寄越しな」

 

「既に我々の包囲の中にいたものを小突いただけだろう。賞金は出せん」

 

「その包囲網を突破されたじゃねえか。だから、仕留めたのはオレらだって言ってんだろ!」

 

 話が一周した。

 石畳に頬を押しつけたまま、ハルスフォートは小さく息を吐いた。

 大男は言い返すたびに、背中に乗せた足へぐりぐりと体重をかけてくる。

 

「……おい、せめて足をどけてから喋れ……」

 

 抗議の声は、2人の怒鳴り合いにあっけなく呑まれた。

 しびれを切らしたように、隊長が兜(かぶと)の庇(ひさし)を乱暴に押し上げた。

 

「いい加減にしろ。これ以上ゴネるなら、衛兵の仕事を邪魔した罪で、貴様もしょっ引くぞ」

 

 ガンッ!

 周りの衛兵たちが、ヤリの石突きで揃(そろ)って石畳を鳴らした。

 大男はしばらく隊長を睨み下ろしていたものの、やがて大げさに肩をすくめた。

 

「おうおう、わーったよ。お国のお役人様にゃ逆らえねえってか」

 

 背中の重みが、ふっと消えた。

 大男は鼻を鳴らし、ぶつぶつと文句を垂れながら仲間のもとへ戻っていく。

 

 頭の上が静かになり、考える余裕が生まれた。

 ハルスフォートの目は、自然と水路へ向いた。

 

 ──リスティはどうなった?

 

 水路の下流からは、まだ何も聞こえてこない。

 溺れた可能性も、頭を過(よぎ)らないではなかった。

 

「縛り上げろ。刺雷(ラン・ボルト)が抜けたら、また暴れ出すぞ」

 

 隊長の指示で、衛兵たちが縄を手に集まってくる。

 縄が、鉄糸の網の上からグルグルと何重にも巻きつけられていく。

 仕上がった姿は、どう見ても簀巻(すま)きだった。

 

 石畳には、抜き身の罪なる傷(シェヴムシャード)が取り残されていた。

 若い衛兵の一人がそれを拾い上げ、刃を体から遠ざけるように、腕をいっぱいに伸ばして持つ。

 

「隊長、これは?」

 

「押収品だ。詰め所まで運べ」

 

「よし、持ち上げるぞ」

 

 衛兵4人が、縄の端をそれぞれ肩に担(かつ)いだ。

 

「せーのッ!」

 

 ぐいっ、と体が宙に浮く。

 

 衛兵たちは歩調を合わせ、行進のように隊長の後ろを歩いていく。

 四つ辻を離れ、大通りへ差しかかった時。

 

 ズン……。

 

 地の底から、腹に響く振動が伝わってきた。

 

「……なんだ?」

 

 先頭の衛兵が足を止める。

 

 ズゥン、ズゥン。

 

 振動は、一定の間隔で近づいてくる。

 屋台の軒先で、吊るされた鍋がカタカタと鳴り始めた。

 

「ギャゥォォオオオォォォオッ!」

 

 大通りの向こうで、白い湯気が内側から弾け飛ぶ。

 咆吼(ほうこう)と共に姿を現したのは、黒い毛並みの巨体だった。

 

 2階の窓へ届くほどの肩の高さ。

 石畳を砕く、丸太のような四肢。

 その獣が、大通りを一直線に駆けてくる。

 

「ラニア……?」

 

 かように大きな獣など、彼女の巨怪くらいしか知らない。

 しかし毛並みの色もツノの有無も違う。そもそも、あの巨怪はこれほど大きくなかったはずだ。

 

「なんだこの怪物は!?」

 

「こんな町中に!?」

 

 通りにいた人々が、悲鳴を上げて店の中へ逃げこんでいく。

 

「隊列を組め! ヤリ構え!」

 

 ドサッ。

 

 ハルスフォートを担(かつ)いでいた4人も、縄を放り出してヤリを取った。

 衛兵たちは横一列に並び、穂先を突き出して獣を迎え撃つ。

 

「わわっ」

 

 罪なる傷(シェヴムシャード)を預かった若い衛兵だけは隊列に加わりそびれ、その後ろで立ち尽くしていた。

 

「突けェッ!」

 

 ガギンッ!

 

 繰り出されたヤリは、分厚い毛皮にいとも簡単に弾かれた。

 

 獣は速度を落とさない。

 頭を低く下げ、そのまま隊列の真ん中へ突っこんだ。

 

 ドガァッ!

 

「ぐわあぁっ!?」

 

「ぎゃっ!」

 

 衛兵たちが、木っ端のように宙を舞う。

 兜(かぶと)が転がり、ヤリが折れ、通りに鎧の山ができあがった。

 

 カランッ、カラカラ……。

 

 若い衛兵の手からすっぽ抜けた罪なる傷(シェヴムシャード)が、くるくると回りながら地面を滑ってくる。

 刃は、ハルスフォートの鼻先でぴたりと止まった。

 

「くっ……ええい、そこの男! 協力しろ、褒賞(ほうしょう)は出す!」

 

 起き上がった隊長が、大男へ叫ぶ。

 

 大男は仲間の賞金稼ぎたちと、隊長へのグチを吐き合っているところだった。

 その隣で、鎖分銅(くさりふんどう)の女が髪に残った木屑を払っていた。

 

「だってさ、アンタ」

 

「おうおう。それでまた、オレたちを邪魔もの扱いして賞金は出さないんだろ?」

 

 賞金稼ぎの目は、獣にも衛兵にも、等しく冷ややかだった。

 

「ぐっ……!」

 

 身から出たサビに喘(あえ)ぎながらも、隊長は獣へヤリを構えた。

 

「市民を守るのが衛兵の務め! 参るッ!」

 

 隊長が獣へ躍りかかる。

 

 ベシィンッ!

 

「ぬおおぉっ!?」

 

 ドボォンッ!

 

「あっ、服が水吸って重いっ! 鎧のせいで上がれないッ!」

 

 尻尾の一振りで払われた隊長は、水路に落ちた。

 

 獣はそれに見向きもせず、のしのしとこちらへ歩み寄ってきた。

 

 ハルスフォートは、地面に転がったまま獣を見上げた。

 生温かい鼻息が、頬の上を滑る。

 

 ──喰われて死ぬとは、因果応報か。

 

 そう覚悟しかけた時、頭上で声がした。

 

「ハルスフォートさん! 大丈夫ですか!?」

 

 黒い毛並みの陰から、2つの人影がひょこりと身を乗り出す。

 

 一人はリスティ。濡れた黒髪が体に貼りついている。

 もう一人はラニアだ。肩にも背中にも、3人分の荷物袋を鈴なりに提(さ)げている。

 

「これが大丈夫に見えるか?」

 

 問い返されたリスティは、簀巻(すま)きのハルスフォートを見下ろして、ぺこりと頭を下げた。

 

「あ、そうですよね。このままだと逃げられないですし……」

 

「獣に咥(くわ)えさせちゃえば?」

 

「分かりました!」

 

 ガプッ。

 

 鼻先に転がっていた罪なる傷(シェヴムシャード)ごと、ハルスフォートの体が持ち上げられた。

 

 牙は縄と網に食いこんでいるだけで、肌までは届いていない。どうやら、加減はされているらしい。

 

「逃げるな卑怯者! 逃げるなァ!」

 

 隊長が、水路から頭を出して必死に制止しようとする。

 怒声を背に、獣が身を翻(ひるがえ)した。

 

「走ります! しっかり掴(つか)まってください!」

 

「自分の縄でも持っておけと?」

 

 ダンッ!

 

 路面が砕け、景色が後ろへ吹き飛んだ。

 町並みが、飛ぶように流れていく。

 

「……おい、説明しろ」

 

 舌を噛まないよう、ハルスフォートは言葉を区切った。

 答えは、獣の背からすぐに返ってきた。

 

「水路に流される直前、屋根の上にラニアさんが見えたんです」

 

「宿から荷物を引き取って、西に行こうとしていたんだ」

 

 ラニアが言葉を継いだ。

 

「町が妙に騒がしいし、謎の霧がいきなり現れるし。

 様子を見に行ったら、貴方たちが囲まれてた」

 

 あの時、短剣にしがみついたリスティは、真っ直ぐにこちらを見上げていた。

 だが、その目が捉えていたのはハルスフォートではない。肩越しに見える、屋根の上だったのだ。

 

「衛兵さんや賞金稼ぎの人たちに捕まるよりは、流された方が勝ち目はあると考えました。

 わたしは一応泳げるので溺れにくいですし、彼らよりラニアさんの方が早く追いつけますから」

 

「その通り。自分は屋根伝いに水路を追って、橋の下で引っ張り上げた」

 

 ラニアは事もなげに言った。

 

「追っ手はみんな、後ろで将棋倒しになってた。楽なものだったよ」

 

 ハルスフォートの輝疾氷刃(ブリザード・ブレイド)だ。

 時間稼ぎのつもりで放った一撃は、思わぬところで役に立っていたらしい。

 

「そして、ハルスフォートさんを包囲から助けるために、荷物から短杖をお借りしました」

 

「……村のアレか」

 

 宿に着いたとき、袋の底へ放りこんだままにしていた銀細工。

 獣を呼び出す魔式装具(マギスレイヴ)だ。

 

「自分が使ったら、獣が2体になっちゃうし。リスティに使わせたよ」

 

「使ったせいで壊れちゃいましたけど……ちゃんと、この子は召喚できました」

 

「村で見たヤツより、三回りは大きいな……」

 

 リスティの膨大な魔力が流れたぶん、獣の図体も膨れ上がったのだろう。

 

「召喚された獣は、呼び出した人の言うことを聞きます。

 村の人たちも、そうやって獣を操ってたから、できると踏みました」

 

 村人たちは短杖で獣を呼び出し、旅人を襲わせ、都合が悪くなれば帰還させていた。

 あの獣たちも、最後まで村人の手綱から外れることはなかった。

 

「それでこの子に乗って、ハルスフォートさんを迎えに来ました」

 

「ありがとうよ。お陰で、首が繋がったまま再会できた。

 ところで、背中に乗せてくれると助かるんだが」

 

「そんな簀巻(すま)きじゃ、掴まっていられずにコロッと落ちるでしょ」

 

 正論だった。

 

 前方に、灰色の壁が立ちはだかった。

 システリムの町を囲む、石造りの外壁だ。

 

 門の前では、騒ぎを聞きつけた門番たちが、慌てて門扉を閉じにかかっている。

 

「跳びます!」

 

 獣の四肢が、ぐっと縮んだ。

 

 ドンッ!

 

 巨体が、壁の上へ舞い上がる。

 

「なっ──」

 

 ぽかんと口を開けた門番たちの顔が、真下を流れていく。

 咥えられたハルスフォートの爪先を、壁の縁がかすめた。

 

 ズシンッ!

 

 着地の衝撃で、首ががくんと揺れる。

 獣は速度を緩めず、西へ延びる街道をまっすぐに駆けた。

 

「西の街道で落ち合う、って話だったな」

 

「予定より、ずいぶん早く会えたね」

 

 ラニアが、獣の背で小さく笑った。

 湯煙に霞(かす)むシステリムの町並みが、みるみるうちに小さくなる。

 

 システリムが地平の向こうに沈み、街道が森へ差しかかった頃。

 

 フッ──。

 

 咥(くわ)えていた牙の感触が、唐突に消えた。

 獣の巨体が、輪郭からほどけるように黒い霧へと変わっていく。

 

 支えを失った3人と罪なる傷(シェヴムシャード)は、まとめて宙に投げ出された。

 

「きゃあっ!?」「うおっ!?」

 

 ドサッ、ゴロゴロゴロ……。

 

 ハルスフォートは簀巻(すま)きのまま街道を転がり、草むらに顔から突っこんで止まった。

 

 顔を上げると、ラニアは荷物袋を提げたまま、危なげなく着地していた。

 その腕の中には、リスティもちゃっかり収まっている。

 

「多分、召喚の効き目が切れたんだろうね」

 

 ラニアが、獣のいた辺りを見やる。

 黒い霧の名残も、風に溶けてもう見えなかった。

 

 リスティを下ろすと、ラニアは背中の大剣を抜いて地面に突き刺し、ハルスフォートの体をひょいと持ち上げた。

 

「ほら、じっとしてて」

 

 そのまま、縄を大剣の刃へ押し当てる。

 

 ブチブチブチッ!

 

 縄は、その下の網ごと切れた。

 

 ようやく自由になった体を起こし、ハルスフォートは右手を握っては開いた。

 指先にはまだちりちりとした痺れが残っているが、動かすぶんには問題ない。

 

 そのへんに落ちた罪なる傷(シェヴムシャード)を鞘(さや)へ収め、ハルスフォートは来た道を振り返った。

 

「さて。手配書が出回った以上、このまま国にいたら捕まる」

 

 大きな町に入るたび、今日のような騒ぎが待っているだろう。

 小さな村であろうと、手配書がいずれ回ってくれば同じことだ。

 

「国から脱出しなければいけませんね」

 

 リスティは荷物袋から地図を取り出し、草の上に広げた。

 3人は顔を寄せ、地図を覗(のぞ)きこむ。

 

「今いるのが、システリムから西に行ったところ……この辺りです」

 

 小さな指が、街道の線をなぞる。

 レイワズ王国の国境のうち、ここから最も近いのは──。

 

「南、ですね。

 この森を抜けて山を越えれば、エルージュ共和国があります」

 

 ハルスフォートは頷(うなず)いた。

 

「南へ抜ける街道は敷かれていない。裏を返せば、捜索されにくいということだ。

 まっすぐ南へ向かうぞ」

 

「自分も一緒に行くよ」

 

 地図を畳むリスティの横で、ラニアが気楽な調子で言った。

 

「いいのか? 国家反逆罪の2人だぞ」

 

「どのみち、この国にはこれといった用も残ってないしね。

 次の手がかりを探すなら、国の外へ出るしかない」

 

 ラニアは、くすりと笑った。

 

「それに──貴方たちは相変わらず、そんなに悪いやつに見えないからね。

 一緒に行ったら退屈しなさそうだ」

 

「あ、ありがとうございます……?」

 

 リスティが、きょとんとしながら礼を言う。

 

 3人は街道を外れ、南の森へ分け入った。

 先頭のラニアが大剣でヤブを払い、木漏れ日の落ちる獣道を切り開いていく。

 

 しばらく歩いたところで、ラニアが前を向いたまま口を開いた。

 

「さて。本格的に貴方たちと関わるんだ、『色々な事情』を聞かせてもらおうか」

 

「……もしかして、それを聞くためにおれたちに付いたのか?」

 

「さあね」

 

 はぐらかすラニアの声は、どこか弾んでいた。

 リスティが、小さく息を吸った。

 

「色々ありすぎて長くなるので、かいつまんで言うと──この国の生け贄にされかけたわたしを、ハルスフォートさんが助けてくれたんです」

 

「……生け贄?」

 

 ラニアの足が、一瞬だけ鈍(にぶ)った。

 

「100年前にこの国で倒されたと言われている、疫病(えきびょう)の魔王ガーノスヴァイエ。

 でも本当は、首都の地下に封印されていただけなんです」

 

「そのガーノスヴァイエに今度こそトドメを刺すために、レイワズ王国は魔力の素質ある人間を生け贄にする大砲を作ったってワケだ」

 

 ハルスフォートが補足する。

 

「で、リスティの護衛をしていたおれが、そこから攫(さら)い出した。

 後はなんやかんやで、おれたちと協力者を含めた3人で、リスティの黒魔術を完成させて魔王ガーノスヴァイエを討ったんだ」

 

「……なんやかんや、で済ます偉業じゃないと思うけど」

 

「ともかく、その結果があの指名手配だ。

 魔王こそ倒したが、国の保護下にあったリスティを奪ったのはおれだし、国の飼い殺しになれって誘いを蹴ったのはリスティ。

 純粋な国家反逆罪のおれは生死不問(dead or alive)。

 リスティのほうは、国が理屈をつけてでも手元に置きたいから生け捕りに限る(only alive)だとさ。

 これで満足か?」

 

「うん。まだ聞きたいことは山ほどあるけど、話してくれてありがとう。

 それで、国境越えについてなんだけど──」

 

 ゾワッと、うなじの毛が逆立った。

 

「──ッ!」

 

 ハルスフォートは、考えるより先に身を捻(ひね)っていた。

 

 ヒュオッ。

 

 風を裂く音が、耳元を掠(かす)める。

 頬に、熱い線が一本走った。

 

 ギヅッ!

 

 背後の大木が、軋(きし)むような悲鳴を上げた。

 伝う血を拭いもせず、ハルスフォートは振り返る。

 

 幹に、杭(くい)が深々と突き立っていた。

 その周りで、樹皮がクモの巣のようにひび割れている。

 

 ──あと半歩遅れていたら、頭に風穴が開いていた。

 

「ハルスフォートさん!」

 

「下がってろ!」

 

 リスティを手で制し、杭が飛んできた方角を睨(にら)む。

 

「…………」

 

 ラニアも無言のまま、腰の拳銃へ手をかけていた。

 

 落ち葉を踏む足音が、木々の奥から近づいてくる。

 隠れるつもりも、急ぐつもりもない足取りだった。

 

 木漏れ日の中に、一人の男が姿を現した。

 黒を基調とした、聖職者めいた装い。

 柔らかな目元をした、緑髪の男。

 

 男は腰の革鞘へ手をやり、二本目の杭(くい)を引き抜いた。

 

 穏やかな顔立ちに、表情らしいものは何もない。

 ただ、その瞳だけが、温度もまばたきもなく、ハルスフォートを捉えていた。

 

「──お久しぶりです、ハルスフォート。

 お元気そうで、なにより不愉快です」

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