いつかは魔王!【第一部完結】   作:元近ちか

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第23話 リンゴ

 宵祓(よいばらい)の哄笑(こうしょう)は、いつまでも森に響き続けていた。

 

 衛兵隊長はヤリを握りしめたまま、木立の奥へ遠ざかっていく大女の背中を見つめていた。

 その片腕には、黒髪の娘が荷物のように抱えられている。

 

 ──追わなければならない。

 

 そんなことは、頭では分かりきっていた。

 手配書には、娘は必ず生け捕りにせよと書かれている。銀髪の男がああして跡形もなく消えてしまった以上、娘まで取り逃がせば、手ぶらでシステリムへ帰ることになるのだ。

 

 隊長は奥歯を噛みしめ、右足に力をこめた。

 

 しかし、足は地面から離れようとしなかった。

 

 隊長の目は、逃げていく娘ではなく、その手前に縫い留められていた。

 焼け跡の前に膝をついた、黒衣の男に。

 

「はっ、はっはははははっぁあっはぁははははッ!」

 

 宵祓(よいばらい)は、まだ笑っていた。

 腹を抱えて背を丸めたかと思えば、今度は天を仰いでノドをのけぞらせ、裂けんばかりの声を張り上げている。

 居並ぶ兵士たちにも、走り去った娘にも、まるで関心を払う様子がなかった。

 

 あの背中と自分との間の空気だけが、ひどく濃く淀(よど)んでいるように感じられる。

 わずかでも近寄れば、何か取り返しのつかないものに触れてしまいそうな気がした。

 

 ガシャッ。

 

 すぐそばで鎧が鳴った。それが自分の足の半歩下がった音だと、隊長は遅れて気づいた。

 

 前へは少しも出なかったはずの足が、後ろへはいともたやすく動いたのだ。

 隊長は愕然(がくぜん)としたが、気づいたところで、下がる足は止まらない。

 

「た、隊列を組み直せ!

 あの宵祓(よいばらい)から目を離すな! 弓兵は後ろだ、矢をつがえておけ!」

 

 口をついて出たのは、追撃の号令ではない。この場で最も危うい男への、警戒の号令だった。

 ばらばらに散っていた者たちが、焼け跡から距離を取るようにして横一列に並び直していく。

 ヤリの穂先を揃えた列の後ろに弓兵が続き、そのさらに後ろへ、隊長は収まった。

 

 ぷつり、と笑い声が途切れた。

 

 あれほど森を震わせていた声が、ノドの途中で断ち切られたように消えていた。

 宵祓(よいばらい)はのけぞったまま、ぴたりと動きを止めている。兵士たちの鎧の音も止み、森には葉擦れの音だけが残った。

 

「……エレナ。机の下は釘で打ち直して、銀色の扉が、僕の下でずっと隠れて、震えて、直して」

 

 言葉の一つ一つは、確かに聞き取れる。

 それなのに、それらが繋がった途端、意味だけがすっぽりと抜け落ちていた。

 

 口の端から涎(よだれ)が糸を引いても、拭おうともしなかった。

 

「ひだまりの、ほつれた、あおい皿が、すずしく、ほどける、ねむる、ゆび、ゆびの、ささくれた、あさ、さ、さかさの」

 

 しかし今、あの口からこぼれる言葉は、一つ一つの形さえ崩れかけていた。

 

「ろ、うる、ぬ、ぃ、かるさ、き、ぅ」

 

 ミシッ。

 

 頭上で、何かが軋(きし)んだ。

 

 ミシ、ミシミシ……。

 

 隊長は、反射的に梢(こずえ)を仰いだ。

 風は吹いていない。それなのに、周りの木々の幹が、太い枝が、そろって悲鳴のような音を立てている。

 

 宵祓(よいばらい)の体から、黒いものが立ち昇っていた。

 裾から、袖口から、空へ向けられた口から、黒い霧がじわじわと滲(にじ)み出してくる。

 

「うっ……」

 

 鼻の奥を、妙な匂いが突いた。

 焼け跡の焦げ臭さとは違う。熟れすぎた果実を、湿った土の底で何年も寝かせたような、重く甘ったるい匂いだった。

 

 隊長は思わず、籠手(こて)で鼻を覆った。

 今さらのように思い出した。逃げ出す直前、あの大女が鼻をひくつかせていたことを。

 

 霧は地を這って焼け跡を覆い、膝をついた宵祓(よいばらい)の体を、足元から呑みこんでいった。

 

「Mrebal(ンリバル) kuvnfe(カヴンフェ) eaed(イアーィド)……」

 

 その奥からは、出来損ないの万声(ばんせい)のような音だけが、途切れることなく聞こえ続けていた。

 

 兵士たちの間に、ざわめきが広がり始めた。

 

「お、おい……なんだよ、あれ」

 

「黒い霧って、まさか……魔王?」

 

 誰かがこぼした呟(つぶや)きが、波紋のように列を伝っていく。

 

 激しい感情を抱いた人間は、魔王になることがある。子供でも知っている言い伝えだ。

 そして年寄りたちの昔語りによれば、人が魔王に変わる時には黒い霧が立ち昇るのだという。

 

 しかし、隊長はこれまで、魔王というものを一度も見たことがなかった。

 本当に、あれがそうなのだろうか。

 気の触れた男が、魔術を暴発させているだけではないのか。

 

「た、隊長! どうするんですか!?」

 

 兵士たちの視線が、隊長へ集まった。

 

 隊長は口を開きかけ、そのまま閉じた。

 

 もし、あれが魔王でもなんでもなかったら。殺せと命じた自分は宵祓(よいばらい)を部下に殺させた隊長になる。

 

「……ま、待て。まだ何も分からん。

 構えたまま、様子を見ろ」

 

 かろうじて絞り出せたのは、そんな言葉だけだった。

 

 その間も、霧の奥の声はやまなかった。

 

「あー。あー、あー」

 

 霧の中に、うっすらと人影が浮かび上がった。

 

 膝をついていた宵祓(よいばらい)が、ゆらりと身を起こしたらしい。

 立ち上がるそばから、その輪郭が歪(ゆが)み始めた。

 肩幅が狭まり、背丈が縮み、腕も脚も、内側へ引き寄せられるように細くなっていく。

 

 やがて霧の中に立っていたのは、宵祓(よいばらい)よりも頭一つ以上小さな人影だった。

 華奢(きゃしゃ)な肩の線も、細い首も、どう見ても少女のものだ。

 

 兵士たちのざわめきが、ぴたりと止んだ。

 

 あれはもう、宵祓(よいばらい)ではない。人の形をした、別の何かだ。

 

「──魔王だ! 殺せ!」

 

 迷いの消えた隊長が、隊列の後ろから怒声を飛ばした。

 

「射(い)て! 突け! 霧ごと仕留めろ!」

 

 ヒュンッ!

 

 弓兵たちが、一斉に矢を放った。

 風を裂いて飛ぶ矢を追うように、前列の兵士たちがヤリを構えて駆け出していく。

 

「うおおおおッ!」

 

 鎧の音と鬨(とき)の声が、ひとかたまりになって霧へ殺到(さっとう)した。

 

 フッ──

 

 矢が届くより早く、黒い霧が晴れた。

 風に吹き散らされたのではなく、一筋残らず、中心に立つ人影へ吸いこまれていったのだ。

 

 焼け跡の縁に、少女が立っていた。

 

 身にまとっているのは、さっきまで宵祓(よいばらい)が着ていた黒衣。

 大人の男の服は小さな体にまるで合っておらず、襟は肩までずり落ち、余った袖は指先よりも長く垂れ下がっている。

 裾はガラスのように固まった焼け跡の上へ、だらしなく広がっていた。

 

 光を返さない黒髪黒目。

 

 少女は袖の中から片手を出し、くしゃくしゃと頭を掻(か)いた。

 細い指の先で、爪だけが虹色にきらめいていた。

 

「……また、現世(うつしよ)に来ちゃったかぁ」

 

 気だるげな声だった。

 

 放たれた矢の先端は、もう少女の目と鼻の先まで迫っていた。

 しかし、そこから先が、いつまで経っても縮まらない。

 少女に近づくほどに、矢は泥の中を進むかのように勢いを失っていく。鏃(やじり)の先が、見えない坂を這い上がろうとしてもがいているようだった。

 

「んー……っ」

 

 少女が、両腕を頭上へ伸ばした。

 寝起きの子供がするような、何の変哲もない伸びだった。

 

 欠伸のついでのように、彼女が呟く。

 

「鎮王跪(ドゥネフ・ブライ)」

 

 ズッ──。

 

 焼け跡から細く昇っていた煙が、ふいに根元から折れた。

 天へ伸びていた一筋は、上から押さえつけられ、横へ広がり、焼け焦げた地面を薄く這っていく。

 舞っていた木の葉が、ひらめくのをやめ、石のようにまっすぐ土へ吸い寄せられる。

 

 矢が落ちた。

 

 少女の顔を射抜くはずだった矢が、見えない手に叩き落とされ、真下の地面へ突き刺さる。

 宙を飛んでいた矢という矢が、一本残らず同じように落ちていった。

 

 ズンッ!

 

 駆けていた兵士たちもまた、まとめて地面へ叩きつけられた。

 

「──!」

 

 悲鳴は、声になる前に潰れた。

 倒れた兵士の背に、その身を覆っていた鎧がのしかかる。胸当てが持ち主ごと地面へめりこみ、兜がひしゃげ、ヤリを握った腕が、柄もろとも土へ沈んでいく。

 

 メキッ。ゴキッ、バキバキッ。

 

「ぃっ……っ……!」

 

 鉄の軋(きし)む音に、もっと湿った、くぐもった音が混じっていた。

 兵士たちの体を守るはずの鎧が、そのまま持ち主を押し潰す重しに変わっていた。

 

「ぁ──!」

 

 隊長の体も、例外ではなかった。

 

 膝が勝手に折れ、隊長は前のめりに倒れこんだ。

 全身の鎧が何倍にも重くなったかのように、背中へのしかかってくる。肺から空気が押し出され、声どころか、呻きすら出ない。

 

 ぐちゃり、と顔が泥に沈んだ。

 

 隊長が退いた先は、さっきの濁流が流れこんで溜まった窪地だった。

 鎧ごと、体がずぶずぶと泥の中へ沈んでいく。鼻にも口にも泥が流れこみ、息が吸えない。

 

 しかし、泥は隊長の体を押し潰しはしなかった。

 柔らかな泥が、鎧の重さを四方へ逃がしていく。地面に叩きつけられた兵士たちのように、鎧と大地の間に挟まれることはない。

 

 泥の中で、音だけが聞こえ続ける。

 鉄が潰れる音。骨の砕ける音。頭上で枝の折れる音。

 

「……ふぅ」

 

 気の抜けた吐息とともに、背中の重さがふっと消えた。

 

「ゲホッ、ガハッ!」

 

 隊長は泥の中からどうにか顔を起こし、咳きこみながら息を吸った。

 泥まみれの目を何度も瞬(しばたた)かせて、やっと前が見えた。

 

 焼け跡の周りの木々は、枝という枝を折られ、幹の半ばから裂けて地に伏している。

 

 その手前に、兵士たちが倒れていた。

 どの体も、鎧ごと地面へ半ば埋もれ、平たく潰れている。兜の隙間から赤黒いものがにじみ出し、泥と混ざって広がっていく。

 

 前列にいた十人近くは、誰一人として動かなかった。

 

 隊長の周りでは、弓兵たちが呻(うめ)き声を上げながら、のろのろと体を持ち上げていた。

 彼らは弓を引きやすいよう、兜と胸当てのほかは身軽にしていた。そのおかげか、地面に這いつくばらされながらも、潰されずには済んだらしい。

 

 生き残ったのは、隊列の後ろにいた者ばかり。

 

 ぬちゃり、ぬちゃり、と泥を踏む音が近づいてきた。

 

 脱げ落ちた靴を焼け跡に残し、少女が素足で歩いてくる。

 引きずった黒衣の裾が、動かなくなった兵士たちの鎧の上を、ずるずると這っていった。

 

 カラン。

 

 小さな素足が、焼け跡の手前に転がっていた鉄の杭(くい)を蹴飛ばした。

 あの黒衣の男が、最後まで握っていた得物だ。少女は足元を一瞥もしなかった。

 

 弓兵たちは、誰も弓を構えなかった。

 逃げ出そうとする者すらいない。皆、身を起こしかけた姿勢のまま、近づいてくる小さな影を見上げていた。

 

 少女は隊長の目の前で足を止め、きょとんと首を傾(かし)げた。

 

「あ、まだ生きてたんだ」

 

 近くで見ると、少女の目はいっそう黒かった。

 本来なら、その瞳に隊長の顔が映りこむはずだった。だが、そこには何も映っていない。像そのものが、黒の奥へ呑まれていた。

 

「人間ってさぁ、放っとくとすぐ殺そうとしてくるじゃん? さっきみたいに」

 

 責めるような口ぶりではなかった。雨が降るから傘を差す、とでも言うような調子だった。

 少女はその場にしゃがみこみ、膝の上で頬杖(ほおづえ)をついた。

 

「だからさ、眷属になってくれない?」

 

 隊長は、言われたことの意味をすぐには呑みこめなかった。

 

「け、眷属……? な、何を言って……」

 

「あ、そっか。名乗ってなかったっけ」

 

 少女は、虹色の爪をひらひらと振ってみせた。

 

「あたしは重力を司る魔王、ドゥネフシュトゥ。

 

『泥の底(セルペンス・バラトリ)』、『不朽不見の鎖(ノートルシュート)』なんて呼ばれたりしたね」

 

 聞き違いではない。少女──ドゥネフシュトゥは、自らを「魔王」と名乗ったのだ。

 袖からのぞく人差し指が、くいと曲げられる。

 

「待て、まだ返事を──」

 

「落ちるリンゴにお願いされたことはある?」

 

 途端に、泥に沈んでいた隊長の体が、宙から垂れた糸に吊り上げられたように引き剥がされた。

 重い鎧をまとったまま、宙でぐるりと裏返され、隊長は仰向けに泥の上へ落とされる。

 

 ドゥネフシュトゥの手が、隊長の胸へ伸びてきた。

 

「や、やめ……やめろ……ッ!」

 

 鉄の胸当てに、色の移ろう爪が触れる。

 次の瞬間、その手は胸当てを──そして隊長の胸を、水面にでも差し入れるかのように、するりと沈みこんでいた。

 

「……あ……」

 

 痛みはなかった。

 

 代わりに、何かが流れこんできた。

 冷たいのか熱いのかも分からない、どろりとした何かが、彼女の手のひらから心臓へ、心臓から指の先へと、体の隅々まで染み渡っていく。

 

「……ッ、──っ!?」

 

 隊長は叫ぼうとしたが、ノドからは掠(かす)れた息が漏れるばかり。

 

 ドゥネフシュトゥが手を引き抜いた時、胸当てには傷一つ残っていない。

 

「ふわぁ……」

 

 彼女が、大きな欠伸(あくび)をした。

 

「これ、ダルいんだよねぇ。一人を魔人にするより、百人を殺す方がラクだし」

 

「はぁっ……私が……私が……!」

 

 隊長は、仰向けのまま自分の胸当てを見下ろした。

 

 自分が何にされたのか、隊長には分かってしまった。

 魔王の魔力を注がれた、人間の成れの果て──魔人にされたのだ。

 

「王権威令(ザーム)」

 

 それは、魔王が眷属に下す、絶対の命令。

 

 ドゥネフシュトゥは眠たげに目をこすりながら、隊長を指さした。

 きらめく爪の先が、まっすぐ隊長の胸に向けられている。

 

「死ぬまで魔人増やしてね」

 

 その言葉は、耳ではなく、胸の奥へ直に響いた。

 

「魔王の言うことなどッ……!?」

 

 隊長の体が、泥の中から勝手に起き上がった。

 

 止まれと、隊長は自分の足に命じた。

 しかし、足は聞かない。一歩、また一歩と泥を踏みしめ、下草をかき分けていく。膝に力をこめて踏ん張ろうとしても、その力ごと前へ運ばれていくだけだった。

 

「止まれ、止まれッ……!」

 

 ノドも口も、自分の思うように動いた。

 それなのに、首から下だけが、他人のもののように歩き続けている。

 

「あああぁぁぁっ!?」

 

 背後で、甲高(かんだか)い悲鳴が上がった。

 

「い、やだ……魔人になったら……帰れない……!」

 

 振り返ろうとしたが、体は前へ進むことしか許さなかった。

 悲鳴は一つでは終わらず、二つ、三つと続いていく。そのたびに、間延びした欠伸の声が挟まった。

 

「ふわぁ……もう、ダルぅ……。

 キミたちは……王権威令(ザーム)。周りに人間がいないか見てきて。いたら、殺しといて」

 

 投げやりな声も、やがて耳に届かなくなった。

 

 隊長の左右を、いくつもの足音が通り過ぎていった。

 泥と血にまみれた弓兵たちが、てんでばらばらの方向へ、同じ足取りで歩いていく。

 誰一人として隊長の方を見ず、隊長もまた、彼らを呼び止める言葉を持たなかった。

 

 隊長の足は、迷いなく前へ進む。

 その先に人間がいるのかどうかも分からなかった。けれど、仮にいたとしたら──その者がすぐに人間でなくなってしまうことだけは、分かっていた。

 

 手ぶらでシステリムへ帰ることになる。

 ほんの少し前まで、そんなことを恐れていたのだ。

 

 今となっては、手ぶらでも構わなかった。帰れさえすれば。

 けれど、もしこの足が町まで辿り着いてしまったら。門をくぐり、詰所で待つ同僚たちの前に立ってしまったら──。

 

 隊長は、その先を考えるのをやめた。

 

 森の奥へと消えていく隊長の背中を、見送る者はいなかった。

 

 弓兵たちの足音も、四方へ散り散りにほどけていく。

 やがてそれらがすっかり聞こえなくなると、森には静けさだけが残された。

 

 

 

 枝を折られた木々の隙間から、陽の光が差しこんでいる。

 その光は、ひしゃげた鎧の上にも、泥に染みこんだ赤黒いものの上にも、等しく降り注いでいた。

 

 焦げた地面の端では、手の平ほどの黒い布切れが、誰の目にも留まらないまま張りついていた。

 少し離れたところでは、裂けて倒れた木の幹に一振りの大剣が食いこんだまま、柄だけを空へ向けている。

 

 焼け跡の縁で、ドゥネフシュトゥが眠っていた。

 

 ぶかぶかの黒衣にくるまり、冷たく固まった地面の上で、小さく体を丸めている。

 余った袖を枕代わりに頬の下へ敷き、虹色の爪をした指先を、胸の前で緩く握っている。

 すうすうと立てる寝息は穏やかで、その寝顔は、どこにでもいる子供と少しも変わらなかった。

 

 つい先刻まで、ここには一人の宵祓(よいばらい)がいた。

 恋人を奪った男を追い続け、ようやくその男を焼き尽くした宵祓(よいばらい)は、もうどこにもいない。

 

 代わりに、その器の中で、重力を司る魔王が眠っていた。

 彼女が送り出した魔人たちは、今この時も、森の中を歩き続けている。

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