いつかは魔王!   作:元近ちか

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第2章 ゴブとゴブの戦い
第5話 いつか魔王になる少女


 夢は、過去を清算(せいさん)する為に見るらしい。

 

 リスティを戦場に連れて行くのは、いつも旗手(きしゅ)の役目だった。

 

 バサアッ!

 

 戦火(せんか)を運ぶ風を裂いて、赤い軍旗(ぐんき)(ひるがえ)った。

 泥と血を吸った布は重く、はためく(たび)に、()びた鉄臭(てっしゅう)を風に乗せる。

 

 ブオォオーッ!

 

 角笛(つのぶえ)が鳴る。腹の底を震わせる低い音が、丘を越え、焦げた草原の上を這っていく。

 それは、彼女の到来(とうらい)を告げる音だった。

 

「悪魔が来たぞ!」

人型災厄(ウォーキング・ディザスター)だッ!」

 

 青い短上衣(タバード)を着た敵兵たちが叫ぶ。

 しかし、悲鳴を上げるのは敵だけではなかった。

 

 赤い短上衣(タバード)の味方兵たちも、リスティを見た途端(とたん)に足を止め、剣を取り落とし、泥を跳ね上げて逃げ出す。

 

「き、来やがった!」

「逃げろッ! 巻きこまれて死ぬぞ!」

 

 丘の上からその様子を(なが)めていると、旗手(きしゅ)がリスティの背中を短剣で突いた。

 冷たい金属の感触が、服越しに背骨へ届く。

 

「やれ。やらなければお前の師匠とやらも殺す」

 

 リスティは唇を噛む。

 戦場の臭いが、口の中に鉄の味を錯覚(さっかく)させる。

 

「……はい」

 

 小さく(うなず)き、両手を前へ差し出す。

 指先は震えていた。けれど、詠唱はもう震えない。

 

「……原初の(かま)。生命の熱に(まき)()(あか)

 煮え立て万象(ばんしょう)。我(いだ)くは熾火(おきび)の魂」

 

 この戦場に引きずりこまれるまでは、数回しか唱えたことのない魔術だった。

 それが今では、何十回と経験してしまっていた。

 

「──熔融(ようゆう)の刃をここに(あらわ)せ、閃迅炎刃(ブレイズ・ブレイド)

 

 空気が焼けた。

 耳の奥で、世界が一瞬だけ無音になる。

 

 多くの敵兵と、それよりは少ない味方兵を、炎の川が(さら)っていく。

 土を舐め、盾を溶かし、倒れた兵も立っていた兵も区別なく呑みこんだ。

 

 誰かが叫んだ。

 誰かが母を呼んだ。

 その声も、すぐに炎の(うな)りへ消える。

 

 シュッ!

 

「があっ!?」

 

 隣でくぐもった声がした。

 

 旗手(きしゅ)の喉から、矢の羽根が生えていた。

 血がごぼりと(あふ)れ、赤い短上衣(タバード)をさらに濃く染める。

 

 旗手(きしゅ)は何かを言おうと口を開いたが、音になる前に(ひざ)から崩れ落ちた。

 倒れる旗手(きしゅ)を、(ほう)けたように見下ろしていると──。

 

「た……助けてくれ!」

 

 旗手(きしゅ)短上衣(タバード)が、いつの間にか青く変色していた。

 喉に刺さっていた矢は消えている。旗手(きしゅ)から変貌(へんぼう)した敵兵の男は、泥だらけの手でリスティの足に(すが)りついていた。

 

「なあ! オレの故郷(ふるさと)にゃ、アンタと同じくらいの娘がいるんだ!

 へ、へへっ、可愛いんだ……頼む……会わせてくれよ……」

 

 敵兵の目から涙が落ちる。頬にこびりついた泥と血を溶かし、(にご)った雫になって(あご)から垂れた。

 

「……はい」

 

 リスティが力なく(うなず)くと、敵兵の顔がぱっと明るくなる。

 

「あ、あああ、ああ! ありがと──」

 

 ガンッ。

 

 その顔の上から、メイスが落ちた。

 敵兵の顔の上半分がひしゃげる。

 

 敵兵は、もう娘の話をしなかった。

 

 敵兵の後ろから、見知った小隊長が現れる。

 

 小隊長はリスティの頭に手を置いた。

 ガントレット越しの手は重く、硬く、撫でられると少し痛かった。

 

「危ない所だったな」

「……この人は、わたしを殺すつもりじゃありませんでしたよ」

「違う。こいつが逃げたら、俺はお前を殺さなきゃいけなかった」

 

 リスティは、何も答えられなかった。

 答えようとして、喉の奥に何かが詰まる。新鮮な血肉の臭いを吸いこみ、胸の奥がひゅうと鳴る。

 

「……魔王が出なけりゃ、ここまで戦争が長引く事はなかったろうに」

 

 小隊長が吐き捨てる。

 その足元の土が、ぼこりと盛り上がった。

 

 ガズッ!

 

 地面から生えた土の槍が、小隊長の胸甲(きょうこう)を貫いた。

 小隊長の身体が空中で強張(こわば)る。兜の隙間から赤いものが垂れ、鎧を叩いて、ぽたぽたと土に落ちた。

 

 次いで、リスティの肩に手が触れる。

 血に濡れた、細い手だった。

 

「……逃げろ……」

 

 振り向くと、そこに魔術師のローブを着た女性が立っていた。

 顔は土埃(つちぼこり)で汚れ、唇は切れている。それでも、リスティにはすぐに理解する。

 

「……師匠……」

 

 声が勝手にこぼれた。

 

 周囲には、赤い短上衣(タバード)を着た兵たちが、土の槍で串刺しになっていた。

 風が吹くたび、彼らの装備が触れ合い、かちかちと小さく鳴る。

 

 師匠はその音に耳を貸さず、リスティの前に(ひざ)をついた。

 

「……私が旅する中で貴女(あなた)見出(みいだ)したのは、こんな戦争の道具にされる為じゃない。

 私は、貴女(あなた)を魔王にさせない為に、ご両親から貴女(あなた)を預かったんだ」

 

 師匠は(ふところ)から封書を取り出した。

 戦場の動乱(どうらん)の風が、はたはたと封書を(なぶ)る。

 

「これを持って、レイワズ王国の首都──ヨートゥルムの魔術師ギルドに行け。

 ここにずっといたら、何も()せずに()り潰されるだけだ」

 

 リスティは封書を受け取れなかった。

 両手が胸の前で固まる。差し出された白い封書に、師匠の返り血がひとつ落ち、赤い花となって広がる。

 

「でも……逃げたら師匠が……」

 

 躊躇(ちゅうちょ)するリスティの耳に、笛の音が聞こえる。

 

 ピィィィ、と高く、細く、終わりを告げる音。

 味方軍の合図だ。

 

 近づいてくる。泥を蹴る足音と、鎧の鳴る音も混じり始めた。

 

 師匠は背後を見て、目を細める。

 それから、リスティの手に封書を握らせた。

 

「……絶対に、その封書を手放すな。

 お(つか)いを頼んだぞ」

 

 そして、師匠が詠唱を始める。

 師匠の詠唱を聞く度に、綺麗(きれい)で歌みたいだと、そう感じていた事を思い出した。

 

突疾風(ゲイル・ウィング)!」

 

 ビュウッ!

 

 生み出された颶風(ぐふう)が、リスティの身体(からだ)をさらった。

 

 師匠の手が離れる。

 足が地面を失う。

 

「師匠ッ!」

 

 叫びは風に(はば)まれ、後ろへ流れていく。

 リスティは100歩近くも吹き飛ばされた。背中から泥に叩きつけられ、肺の中の空気が潰れる。

 

 顔を上げると、師匠はもう遠い影になっていた。

 その影を、赤い兵たちが取り囲む。

 

 ズッ。

 

 師匠の影もまた、赤く染まった。

 


 

 悪夢から目を覚ます。

 

「ん……」

 

 ガタガタガタ……。

 

 車輪が小石を踏む音がした。

 鼻先を、干し柿と木材の匂いがくすぐる。血の臭いでも、焦げた肉の臭いでもない。

 

 リスティはゆっくり(まばた)きをした。

 

 森の中を、馬車が進んでいる。荷台(にだい)の板は古く、揺れるたびにぎしぎしと(きし)んだ。

 旅の荷物を枕にしていたせいで、頬に布袋の跡がついている。

 

 リスティが、固くなった身体(からだ)を伸ばし、()りを(ほぐ)す。

 

 (つや)やかな長い黒髪が肩からこぼれ、白く華奢(きゃしゃ)な腕に絡んでいた。

 年の頃は10歳ほど。小さな身体(からだ)に似合わず、紫の瞳には強い意思の輝きが見える。

 

 リスティは身にくるんでいたマントを()ぎ、首に巻き直す。

 

「おはよう、リスティちゃん」

 

 御者台(ぎょしゃだい)のおじいちゃんが、のんびり声をかけてくる。

 

「おはようございます」

「ほっほっほ。とはいっても夕方じゃがのう。

 あと1時間もすれば、ティミー村に着くぞ」

 

 リスティは胸に手を当てた。

 心臓が、速く打っている。けれど馬車の揺れは穏やかで、森を抜ける風は涼しい。

 

 彼女は細く息を吐いた。

 

「……ここが、平和な国で良かったです」

 

 おじいちゃんは手綱(たづな)をゆるく握ったまま、低く(うな)った。

 

「うむぅ……確かに今は平和なもんじゃ。

 じゃがこの国には、100年前には魔王がいたんじゃよ。……ホレ、見てみぃ」

 

 おじいちゃんが街道の先を指さす。

 

「あれ……? ここから先、何にもないですね」

 

 リスティが目を(すぼ)める。

 

 森の中だというのに、緑がぷっつりと途切れている。

 近づくにつれ、その異様さがはっきりしてきた。

 木も、芝生(しばふ)も、雑草の一本もない。

 雨に洗われた土だけが、古い傷跡のように()き出しになっている。

 

「ここは、元々スパイク村っちゅう場所じゃった」

 

 おじいちゃんの声が、少しだけ沈む。

 

「レイワズ王国にはのう、疫病(えきびょう)の魔王ガーノスヴァイエがおったのじゃ。

 スパイク村でそいつが発生してのう、ガーノスヴァイエはここら一帯を病んだ土地にしたんじゃ」

「……すみません、訳も知らずに変な事を言って」

「これを知らないっちゅうことはもしかして、リスティちゃんはイオーズ祭に行くんじゃないのかえ?」

「……いえ、わたしはヨートゥルムに届け物をしたいんです」

「ほっほっほ。なら、ついでにイオーズ祭も楽しむとええ。

 勇者イオーズ様が、ガーノスヴァイエを倒した事を祝うお祭りじゃ。建国記念日でもあるのう」

 

 おじいちゃんは「ほっほ」と笑う。

 その声に押されるように、馬車はスパイク村跡を通り過ぎた。

 

 やがて、道の先に小さな光が浮かぶ。

 夕暮れに灯された、篝火(かがりび)の光だった。

 

 煙突(えんとつ)から(ただよ)(まき)の匂いが、風に乗って届く。

 人の話し声、家畜の鳴き声、鍋をかき混ぜる金属の音。生きている村の音だ。

 

 馬の歩みがゆるみ、馬車はティミー村へ入っていく。

 おじいちゃんとリスティが荷台から降りると、村人が2人ほど近づいてきた。

 

「ジョニー村の人かい?」

「そうじゃ。イオーズ祭に干し柿を売りにな」

 

 おじいちゃんは、村の入り口脇にある空き地へ、馬車を誘導しようとした。

 だが、村人が片手を上げる。

 

「ちょいと待ちな。

 荷車(にぐるま)は、村の中央広場に置いといた方がいいぜ」

「むう?」

 

 おじいちゃんは首を(かし)げた。

 

「いつもなら、馬の(つな)()近くに()めてもええんじゃなかったのか?」

「『いつもなら』な。だが……ここ最近、物騒(ぶっそう)になっちまったんだ」

 

 村人は、村の外れに目を向けた。

 そこにはまだ夕焼けが残っている。だが、木々はすでに黒く沈みはじめていた。

 

「30日くらい前から、ここらでゴブリンの群れが出るようになった。

 最初は村の狩人だけで充分(じゅうぶん)対処できたんだが……どれだけ駆除しても、減るどころか増える一方なんだよ」

 

 もう一人の村人が、腰に下げた(なた)(つか)を握り直す。

 

「そして今じゃ、夜に見張りを立てなきゃならんトコまで来てる。

 建物を守るのに手一杯でな、村の(はじ)っこまでカバーできないんだよ」

 

 村人が悩みを開くと、それを聞いたリスティが会話に参加する。

 

「あの……ゴブリンの群れを、倒せばいいんですか?」

 

 村人たちの視線が、いっせいにリスティへ向いた。

 

「ああ、イヤっていうほど大量のゴブリンだ。

 まさか(じょう)ちゃん、あいつらを退治できるってのか?」

 

 村人のせせら笑いに、リスティが胸を張る。

 

「できます」

 

 彼女の自信に、おじいちゃんも太鼓判(たいこばん)を押す。

 

「そうじゃ。

 このリスティちゃんはのう、わしらの村を悩ませていた魔女を倒したことがあるんじゃ」

「魔女? あの魔女をか?」

 

 村人は半信半疑(はんしんはんぎ)のまま、リスティを見下ろす。

 リスティはその視線から逃げなかった。

 

「馬車でよく寝ていたので、夜の襲撃に備えることができます。

 わたし──リスティ・クノケウスが、ゴブリンを全部倒してみせましょう」

「クノケウス!?」

「あの、『いつか魔王になる』とウワサの!?」

 

 ざわりっ。

 

 リスティの宣言に、村人たちは顔を突き合わせる。

 

人型災厄(ウォーキング・ディザスター)」、クノケウス。

 ()まわしい名を背負った少女は、その名を誇りに変えて村人たちの説得材料とした。

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