いつかは魔王!   作:元近ちか

6 / 20
第6話 二者の失敗

 ヒバリの鳴き声に、朝露(あさつゆ)が揺れる。

 村に訪れる、いつも通りの朝。

 

「それじゃあ、リスティちゃんは置いていくからのう」

「ああ。こっちで世話焼いておくから」

 

 おじいちゃんは馬に荷車(にぐるま)を引かせ、首都ヨートゥルムへ向けて出発した。

 干し柿を積んだ荷車(にぐるま)が、北へ伸びる街道へと小さくなっていく。馬蹄(ばてい)の音も、車輪の(きし)みも、朝靄(あさもや)の向こうへ溶けていった。

 

「さて……」

 

 見送っていた村人が背伸びをし、村へ戻ろうと振り返る。

 その時、視界の(はし)に、白いものが引っかかった。

 

「……ん?」

 

 南の街道。

 地均(じなら)しされた土の上に、銀髪の青年がうつ伏せに倒れていた。

 

「だ、大丈夫か? 生きてるか?」

 

 村人が駆け寄り、肩を揺する。

 

 バッ!

 

 倒れていた腕が、空を(つか)むように振り上がった。

 

「うわっ!?」

「み、見つけた……おれの、野望の生け贄が……」

 

 バタッ。

 

 (かす)れた声だけを残し、腕はぱたりと落ちた。

 青年は、それきり動かない。

 

「……運ぶか」

 

 見捨てるのは寝覚(ねざ)めが悪い。

 村人は旅人の脇に腕を入れ、ずるずると村へ引きずって持ち帰った。

 

     *   *   *

 

「──はっ!?」

 

 ガバッ!

 

 ハルスフォートは跳ね起きた。

 口の中に土の苦味が残っている。鼻先には、洗いたての布の、石鹸(せっけん)の匂い。

 

 見知らぬ部屋だった。

 2つのベッド。机と椅子。

 ベッド脇のチェストの上には、財布も剣も残っている。ならば、盗賊の巣ではない。

 

 善意で助けられたのか、と判断したところで、窓側のベッドに誰かが眠っているのに気づく。

 薄い寝息を起こさぬよう、ハルスフォートは足音を殺して部屋を出る。

 廊下(ろうか)に出ると、シーツを抱えた婦人(ふじん)鉢合(はちあ)わせた。

 

「すまん、おれの服はどこだ?」

「あら、起きたのね。

 汚れていたようなので、洗濯して干しているところよ。

 今、代えの服をご用意するわ」

 

 婦人はシーツを抱えたまま階段を下りていく。どうやら、ここは2階らしい。

 床板(ゆかいた)がとん、とん、と鳴り、しばらくしてまた近づいてきた。

 

「どうぞ」

 

 ふぁさっ……。

 

 差し出された衣服を受け取り、ハルスフォートは手早く着替える。

 他人の前に出られる程度に身なりを整え、剣を(たずさ)えて廊下(ろうか)へ戻った。

 

「ありがとう、世話になった」

「いえいえ。あなたも、ジョニー村から来たの?」

「そうだ。おれはハルスフォート。

 魔王になるため、魔力を求めて旅をしている」

 

 言い終えてから、脳裏(のうり)に目的の少女が浮かぶ。

 

「この村に、リスティ・クノケウスという子供は来なかったか?」

 

 婦人は、目を丸くした。

 

「あら、あなたはあの子の知り合い?

 ちょうど良かった。あなたといっしょの部屋に寝てるわよ」

「なに!?」

 

 ハルスフォートの視線が、背後の扉へ刺さった。

 

「ご飯を用意するわねぇ」

 

 のんびりと階段を下りていく婦人に背を向け、ハルスフォートは部屋へ戻る。

 2つあるベッドのうち、窓側。

 膨らんだ毛布が、小さく上下していた。

 

 彼は獲物を起こさぬよう、そろりと近づく。

 朝日を(ふく)んだカーテンが揺れ、日光を柔らかくして部屋に落としていた。

 

 スッ……。

 

 毛布を持ち上げる。

 白い肌に長い黒髪が滑る、(いとけな)い少女の寝顔。

 間違いなく、リスティ・クノケウスだった。

 

「…………」

 

 ハルスフォートは(さや)を握り、(つば)を軽く(はじ)く。

 

 キン、と刀身がわずかに顔を出した。

 その切っ先を黒髪へ滑らせ、数本だけ静かに切り取る。

 

「クックック……」

 

 柔らかな人毛を指先に(はさ)み、不穏な笑みが漏れたところで、扉が開いた。

 

「お待たせぇ」

 

 婦人が朝食の()ったトレイを運んでくる。

 鶏肉のグリル、根菜(こんさい)のスープ、ライ麦パン。焼けた皮の脂と、こんがりとした麦の素朴(そぼく)な匂いが、部屋にふわりと広がった。

 

「村の前の街道で行き倒れてたんだってねぇ。お腹空いたでしょう?」

「ああ、ありがたく頂こう」

 

 トレイがテーブルに置かれる。

 婦人が背を向けた一瞬、ハルスフォートの指が動いた。

 

 ぱらり。

 

 切られた黒髪が、照りのある鶏肉の上に落ちる。

 彼には、他人を食う事で魔力を(うば)える異能がある。食うのが髪一本でも、効果の対象だ。

 

「フッフッフ……」

 

 ハルスフォートがフォークへ手を伸ばした、その時。

 

「──あらごめんなさい。髪の毛入っちゃってるわね」

 

 サッ!

 

 婦人の手が、メインディッシュの皿を鮮やかに(さら)っていった。

 ハルスフォートの指先が、空を(つか)む。

 

「あ、いや、別におれは気にしないが──」

「作り直すわねぇ。ちょっとお待たせするわよ」

「いやその──」

 

 バタン。

 

 有無を言わせぬ勢いで扉が閉まった。

 

「…………」

 

 ハルスフォートは、宙に浮いたままの手を(おもむろ)に下ろす。

 

「……まあいい。機会はいくらでもあるからな」

 

 ハルスフォートが剣と共にイスから立ち上がる。

 ギギッ、とイスの脚と床が(こす)れる音。

 

 そのわずかな音が、リスティの覚醒(かくせい)(うなが)した。

 

「んぅ……?」

 

 もふっ。

 

 窓側のベッドで、毛布が持ち上がる。

 黒髪がこぼれ、眠たげな顔がこちらを向いた。

 

「…………」

 

 ハルスフォートと、リスティの目が合う。

 いくらでもあったはずの機会は、床板(ゆかいた)(きし)み一つで息絶えた。

 

「……ああ、師匠。おはようございます……」

 

 リスティの認識は、まだ夢の奥に置き忘れられていた。

 ハルスフォートは眉を寄せる。

 

「……師匠?」

 

 リスティは目元を(こす)り、もう一度まばたきをした。

 ぼんやりしていた瞳に、朝の光が戻ってくる。

 

「ふぁ……ん?

 あれ、その……誰でしたっけ?」

 

 一会(いちえ)しただけの仲である。

 名前を思い出せず、リスティがハルスフォートに問う。

 

「ジョニー村で共に魔女を撃ち破った、ハルスフォートだ」

「ああ、失礼しました……ハルスフォートさん、ですね」

 

 そこで、再び扉が開いた。

 

「悪かったわね。鶏肉を焼き直したわ」

 

 婦人が、新しい皿をテーブルに置く。

 

「部屋のテーブルは1つしかないから、リスティちゃんは1階の食堂に来てね。

 ケガは大丈夫?」

「はい。もう大丈夫です」

 

 リスティの指が、毛布の表面をきゅっと握る。

 そのやり取りを聞き、ハルスフォートが口を(はさ)んだ。

 

「ケガ? リスティに何があったんだ?」

 

 リスティは指をさらに握りこむ。

 視線が、ハルスフォートの胸元から(ひざ)のあたりへ落ちた。

 

「昨夜……敵に襲われて、気を失ってしまったんです。

 ……不甲斐なくて、申し訳ないです」

 

 言葉の最後は、毛布に吸われるように小さくなっていった。

 

「あなたは小さいんだから、負けて当然よ。

 女の子がモンスターを相手にするなんて、そんなのムチャなんだから」

 

 ガタッ!

 

 ハルスフォートのイスが跳ねた。

 

「……負けた? リスティが?」

「ええ、そうよ」

 

 リスティが負けた。

 あの、魔女エリスを跡形もなく消し飛ばした魔王の申し子が。

 

 ハルスフォートの喉が、ごくりと鳴る。

 指が剣の(つか)を探り、自然と口が真一文字(まちちもんじ)に結ばれた。

 

「そいつは、一体どんなヤツだ?」

 

 リスティの肩が、ぴくりと揺れた。

 頬に、じわじわと赤みが差していく。

 

「……リン」

「なに?」

「その……ゴブリンに、負けたんです」

 

 リスティは、雑魚(ざこ)モンスターに敗北した事を告白し、毛布に顔を(うず)めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。