いつかは魔王!   作:元近ちか

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第7話 昨夜の出来事

 昨夜。

 

 パチパチパチ……。

 

 村のあちこちで、篝火(かがりび)が揺らめく。

 

 遠くの村人たちは、武器や農具を手にしている。

 彼らの言葉は少なめで、ただ唇を引き結び、暗がりの先を(にら)んでいた。

 

「……はあ」

 

 リスティの吐いた息が、夜闇に合流する。

 彼女がいるのは、村の中心から少し外れた教会の前だ。

 

 食糧庫(しょくりょうこ)家屋(かおく)は、村人たちが自分の手で固めている。

 旅人に任されたのは、中心から外れたこの場所。

 

 古い石壁に背を預けると、(もろ)くなった石の欠片(かけら)が壁から転がり落ちた。

 

「ゴブリンの脅威(きょうい)は、その知能と社会性だ」

 

 隣に立つ旅人の男が言った。

 

 奇遇にも、リスティがこの村へ来た直後に訪れたらしい。

 男は村人から借りたシーツを、頭から体までぐるぐるに巻きつけていた。布の隙間から、金髪がぴょこんと跳び出している。

 その声はシーツ越しにくぐもり、少し鼻にかかって聞こえた。

 

「ヒトの知能には遠く及ばないが、投石が可能な知恵はある。

 そして、彼らは群れで狩りを行う。

 何十という投石が予想される。頭を(おお)った方がいい」

 

 男が、余っていたシーツを差し出した。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 リスティは受け取ったシーツを頭に巻いた。

 シーツから(ほこり)と干し草の匂いがして、裁断跡のほつれがちくりと肌に当たる。

 

 男は苦戦を見こんでいるらしい。

 だがリスティは、シーツの(はし)(あご)の下で押さえながら、小さく息を吸った。

 

 リスティには確信があった。

 閃迅炎刃(ブレイズ・ブレイド)を唱えれば、ゴブリンの群れなど一瞬で焼き払える。

 ただしその確信は、戦場の違いを考慮(こうりょ)していない。

 

 ギュゲッ!

 

 闇の奥で、(にご)った鳴き声が重なった。

 木々の間から、粘つくような叫びがいくつも跳ね返ってくる。

 

「来たッ!」

 

 男の声が跳ねた。

 リスティは迷わず、舌に馴染んだ詠唱をほどき始める。

 

「原初の釜。生命の熱に(まき)()(あか)。煮え立て万象。我(いだ)くは熾火(おきび)の魂──」

 

 初歩の火炎魔術。

 しかしリスティが放てば、地獄の業火となって辺り一面を焼け野原にする兵器である。

 

 村人たちには事前に「火事になるかもしれないのでその準備を」とお願いしている。

 

 ギッギィ!

 

 篝火(かがりび)の明かりの輪に、闇から影が飛びこんできた。

 子供ほどの背丈の影が、1つ、2つ、3つ──。

 緑色の肌。ぬめる牙。(とが)った耳。

 

 ゴブリンの群れだった。

 それを視認した男が片膝(かたひざ)を落とし、地面に手を当てる。

 

地烈挟撃(ギア・グランジ)!」

 

 ズグンッ!

 

 大地が轟音を鳴らす。

 

 ギィイッ!?

 

 ゴブリンたちの足元が、地面が縦に裂けた。

 土と石が、何匹かの体が亀裂へ落ちていく。

 

 靴裏から衝撃が突き上げ、リスティの歯がかちりと鳴る。

 

「わっ!?」

 

 驚きから、詠唱が中断される。

 続きを唱えようとするが、舌の上にあったはずの言葉がどこにもない。

 

 これまで、詠唱は一続きでしか唱えた事がなかった。

 脳は一本の糸を最初から編み上げるしか知らず、切断されたものを繋ぎ合わせる作業に慣れていないのだ。

 

 彼女は唇を舐め、絡んだ呼吸を整える。

 

「げ、原初の釜。生命の熱に──」

 

 ガンッ!

 

「まぎっ!?」

 

 また大地が震動する。ゴブリンを飲みこんだ裂け目が閉じたのだ。

 リスティは奥歯を噛み、強引に唱え直す。

 

「原初の(かま)! 生命の熱に(まき)()(あか)!」

 

 その横から、類似する火の言葉が割りこんだ。

 

「──底に(あか)、蝶舞う彼岸花(ひがんばな)()(みだ)枝垂(しだ)れ、崩花煉焼(グローリウサス)!」

 

 ゴウッ!

 

 夜の空気が、一瞬で乾いた。

 男の放った炎がうねり、ゴブリンの一団を包む。

 

 ギャガッ!?

 

 獣脂の臭いが鼻を突いた。

 小さな影が火の中で跳ね、転がり、やがて黒く縮んでいく。

 

「底に煮え立つ(あか)万象(ばんしょう)、我舞うは彼岸花(ひがんばな)の蝶……?」

 

 リスティの閃迅炎刃(ブレイズ・ブレイド)の詠唱に、崩花煉焼(グローリウサス)の詠唱が混入する。

 

 戦場でリスティの隣に立っていたのは、いつも旗手(きしゅ)だけだった。

 耳元で別の魔術師が詠唱することなどなく、経験しない混線に戸惑(とまど)う。

 

 リスティは頭をぶんぶん振る。シーツの端が頬を叩いた。

 

「原初の(かま)……生命の熱に(まき)()ぶ──」

 

 ギュゲーッ!

 ゴヅッ!

 

「痛っ!?」

 

 石が頭に当たり、頭蓋(ずがい)の奥に火花が散る。

 

 視界の(すみ)で、篝火(かがりび)が二重に揺れた。言葉が飛ぶ。

 

「原初──」

「跳べッ!」

 

 男は短い忠告と共に、地面を蹴りつけ跳躍(ちょうやく)する。

 

 ゴロゴロガッ!

 

「ぎゅっ!?」

 

 ゴブリンが放ったのは、転がる丸太。

 反応できなかったリスティの腹に、重い衝撃がめりこむ。

 

 背中が教会の壁に叩きつけられ、肺の中の空気が全部押し出される。

 

 篝火(かがりび)の赤が、ぐにゃりと(にじ)んだ。

 それから──視界は真っ黒に閉じられる。

 


 

「──という訳なんです」

 

 宿屋の一階。

 朝の食堂には、焼いたパンの匂いが漂っている。

 

 リスティはスプーンを持ったまま、昨夜の出来事を語り終えた。

 

「ゴブリンの丸太と教会の壁にサンドイッチにされて、多分そこで気を失ったんです。

 気づけば、この宿屋のベッドの上。何もお役に立てずに終わってしまいました……」

 

 最後の言葉は、スープの湯気に負けるくらいに小さい。

 スプーンが、(うつわ)(ふち)をかり、と鳴らす。

 

 話を聞き終えたハルスフォートは、片手で額を押さえる。

 

「おまえ……妨害下の詠唱訓練をしていないのか?」

「……はい」

「誰かに横で別の詠唱をさせる。足場を揺らす。石を投げる。途中で息を乱させる。それでも詠唱を(つな)ぐ訓練だ。

 おまえ、師匠ってのがいるんだろ?」

 

 スプーンの動きが止まる。

 

「えっ……? 確かにいましたが、どうして知っているんですか?」

「寝起きのおまえが言ったからだ。

 それでその師匠とやらは、おまえにどれだけ魔術を叩きこんだ?」

 

 リスティは少し考え、視線を卓上へ落とした。

 

「単純に、詠唱を教えられました。

 最初は癒術(ヒール・ライズ)で、その後は跳空(エアステア)

 それからは……必要に駆られて閃迅炎刃(ブレイズ・ブレイド)。妨害訓練などの、発展的なものはできませんでした」

「なら、どうして今まで練習をしていなかった?」

 

 リスティの指が、スプーンの()を握りこんだ。

 銀色の()に、白くなった指先が映る。

 

「師匠と旅をしていた頃は、練習するだけでも場所を選びました。

 それからは、本番ばかりで……そういった練習の機会が、ほとんどなかったんです」

 

 沈むリスティの言葉で、ハルスフォートが真意に気づく。

 

「魔力があり過ぎるから、場所を選ばなきゃ練習ができない訳か」

 

 普通の魔術師ならば、初心者の頃は屋外で初級魔術をいくらでも唱えられるだろう。

 だが、リスティの魔力は初級魔術ですら上級魔術に変えてしまうのだ。

 

 街で詠唱すれば大災害。

 森で唱えれば木々は(まき)

 

「海で練習したこともあったんですが……海水温が上がりすぎて魚と海藻が死滅して、漁師さんに賠償したこともありました」

「……そういう事情なら、強くは言えんか」

 

 膨大すぎる魔力の弊害を知り、ハルスフォートはため息を吐いた。

 

 リスティの身の上は分かった。

 だが、自分は彼女の教育係ではない。肉や心臓を食いさえすれば、それで良いのだ。

 

 ならばいっそ、この場で斬って食ってしまえば──。

 

 ハルスフォートの指が、剣の(つか)に触れた、その時。

 リスティが首元へ手を入れた。

 

「……これを使えば良かったかもしれません」

 

 肌着の下から出てきたのは、銀のネックレス。

 そこに吊り下げられていたのは、ひとつの指輪だった。

 

 この世界で信仰される女神の姿が彫られた、銀色の指輪である。

 

「…………」

 

 ハルスフォートの喉の奥に、冷たいものが落ちた。

 剣の(つか)に置いた指を、ゆっくりと離す。

 

「……それは、何だ?」

魔式装具(マギスレイヴ)です。この指輪を敵に向けて使用すると、炎の柱が出ます。

 これなら詠唱なしで攻撃できますから、当然詠唱は中断されません。

 ただ──私の魔力が高すぎるせいで、高価なのに一回で壊れますし、出てくる炎の柱も、柱というより濁流(だくりゅう)みたいになってしまうんです。

 緊急事態用に、お守りとして肌身離さず持っています」

「…………」

 

 もし自分が剣を抜いていたならば、消し炭すら残らず蒸発していただろう。

 有り得た危機を回避し、ハルスフォートの背に一筋の汗が伝う。

 

「ともあれ、この村はゴブリンに襲われていて、そしてお前は退治に失敗した、と……。

 なら、まだゴブリンは倒されていないわけだな?」

「はい。村の人たちが困っているので、早く倒したいんですが……」

 

 リスティは膝の上で拳を握った。

 (ひたい)に巻かれた包帯が、わずかにずれる。

 

 ハルスフォートは(たず)ねた。

 

「報酬は?」

「一応、全部倒したら500G(グレイン)と聞いています」

 

 500G(グレイン)

 1Gでパンの一つ、10Gで宿の一泊に相当(そうとう)する。

 

 しばらく宿には困らないが、大群のゴブリン退治にしては安い額。

 

 もっとも、ここは(さび)れた村だ。

 村の出せる精一杯の金額なのだろう。

 

 それに──。

 

「ザコを退治してそれぐらいなら、おれの剣を抜いても良い」

 

 チャキッ……。

 

 剣が、鞘の中で音を立てた。

 ハルスフォートは立ち上がり、(あご)で扉の方を示す。

 

「お前はそこで寝ていればいい。

 安い仕事なりの安い報酬。軽い小遣(こづか)い稼ぎに行かせてもらうさ」

 

 その傲慢な宣言は、もって5時間の命であった。

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