いつかは魔王!   作:元近ちか

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第8話 同じ(わだち)

 ゴブリンは夜行性である。

 闇に乗じて家畜や田畑を荒らし、武器を扱う程度の知恵を持った亜人種。

 

 多くの場合、村の狩人や生活魔術師の手で追い払える。

 それでも数が増えすぎれば、村を治める領主に嘆願(たんがん)するか、通りすがりの旅人へ紙幣(しへい)を握らせることになる。

 

 これも、その一つだった。

 

 ギュゲエェェェッ!

 

 昼の森。

 

 寝静まった獣の巣を裂く、開戦を示す濁声(だみごえ)の悲鳴。

 腐葉土に横たわっていたゴブリンの胴を、ハルスフォートの剣が一瞬で断ったのだ。

 

 夜に活動するゴブリンは、陽の高いうちに叩く。

 それが一番、楽で早い。

 

 ギッギィ!

 

 葉陰(はかげ)の下で、下卑(げび)た鳴き声がいくつも重なった。

 同胞(どうほう)の血の臭いに鼻を鳴らし、薄汚れた小さな体がのろのろと起き上がる。寝ぼけた瞳が、次の瞬間には敵意にぎらついた。

 

 キィンッ!

 

 ハルスフォートは足を止めない。

 刃についた血を振り落とす動作さえ、次の斬撃へ繋げながら、森の奥へ踏み込んでいく。

 

「起こして悪いな、すぐに眠らせてやる」

 

 木漏れ日の中で、皮肉を(ささや)く。

 銀の髪がひるがえり、剣が光を引き連れる。

 彼の通ったあとには、悲鳴の尾だけが短く残った。

 

「……斬り応えからして、魔力の補給はできんな」

 

 ハルスフォートが吐き捨てる。

 

 罪なる傷(シェヴムシャード)は、敵の魔力の分だけ斬れ味を増す。

 鈍い手応えから、ゴブリンの血には魔力がない事が分かる。吸血したとて、鉄分が補給できるだけだ。

 

 不覚を取ったゴブリンたちだが、ただやられるだけではない。

 

 ギュギッ!

 

 先陣を切って飛び出してきた3体が、黄色い歯を剥き、棍棒を振り上げた。

 ハルスフォートは一歩も引かない。

 ぬかるんだ土へ足を沈め、肩から余計な力を抜く。刃は腰の高さを、まっすぐに走った。

 

 ザバンッ!

 ギャッ──!?

 

 2つの首が、鳴き声より遅れて宙に浮く。

 

 ズブッ!

 

 残る1体が(ひる)んだ隙を見逃さず、ハルスフォートは返しの刃でその胸を正確に貫いた。

 骨の隙間を割る硬い手応え。手首をひねって剣を抜くと、血が噴き出して服を染める。

 

 ハルスフォートはまばたきもせず、次の影へ目を移した。

 

「4……」

 

 低く数え、また地を蹴った。

 迫られたゴブリンが、不格好な棍棒を頭上へ掲げ、防御を取る。

 

 ザグンッ!

 

 膂力(りょりょく)を乗せた一撃は、棍棒ごと頭蓋(ずがい)を叩き割った。

 砕けた木片(もくへん)が顔に当たるも、ハルスフォートの視線は既に横へ流れていた。

 

 大振りな動作はない。

 踏み込み、斬り、抜く。急所までの最短距離を、剣が正確無比(せいかくむひ)になぞる。

 

 ザンッ!

 

 右から迫る石斧(いしおの)を半身でかわし、その腕を斬り落とす。

 背後から飛びかかろうとした個体には、振り向かぬまま死の宣告。

 

地突筍(ギア・ランス)!」

 

 ボゴオッ!

 

 ハルスフォートの踵の後ろ地面が膨れ、次の瞬間、土の槍が背後のゴブリンの心臓を捕らえる。

 

「5、6、7……」

 

 3分と経たぬうちに、ハルスフォートの足元には死骸が折り重なっていた。

 まだ息は乱れない。剣を握る指も、ぴたりと(つか)に馴染んでいる。

 

 ──たかがゴブリン。やはり、おれの敵ではない。

 

 ハルスフォートは剣にこびりついた(あぶら)を振り払い、唇の片端だけを持ち上げた。

 

「所詮、この程度。

 まあ、サンドバッグの代わりにはなるか」

 

 木々の奥で、また同じ鳴き声が上がる。

 彼はそれを迎えに行くように、茂みの中へ踏みこんだ。

 


 

 現場に到着した時には、太陽は天に頂いていたはずだ。

 それが、今や──枝の隙間から差す光は斜めに傾き、(みき)の影を長く伸ばしている。

 

 夕方と呼ぶには早く、昼と呼ぶには森が暗い。

 血肉の臭いにはとうに慣れ、呼吸は荒く肩を上下させる。

 

「……500……」

 

 数字は、乾いた唇の間から削れて落ちた。

 

 ハルスフォートが歩いた後には、肉の壁が築かれていた。

 踏み抜いた土は柔らかく沈み、足を持ち上げるたび、赤黒い泥が糸を引く。

 森の冷気は死骸(しがい)から立つ熱気に塗り替えられ、どこからか寄ってきた羽虫が耳元で細く(うな)っていた。

 

 剣先が、脱力で下がる。

 

 ──おかしい。

 

 ザシュウッ!

 

 大きく()ぎ払い、ゴブリンの群れを数歩ぶん押し返す。

 刃についた血が弧を描いて飛び、近くの葉を濡らした。

 

 ハルスフォートにとって、ゴブリンなど畑のカボチャと変わらない。

 どれも緑で、小さく、斬れば倒れる。個体差など気にしたこともなかった。

 

 だが、ここまで斬れば、嫌でも目に入る。

 居並ぶゴブリンたちは──あまりにも(そろ)いすぎていた。

 

 同じ背丈。

 同じ面構え。

 子供のゴブリンも、老いたゴブリンもいない、同じ成長度。

 

 そして──。

 

 背後から飛びかかろうとした個体には、振り向かぬまま死の宣告。

 

地突筍(ギア・ランス)!」

 

 ボゴオッ!

 

 ハルスフォートの踵の後ろ地面が膨れ、次の瞬間、土の槍が背後のゴブリンの心臓を捕らえる。

 

 ハルスフォートの眉間に、浅い皺が刻まれる。

 同じだ。

 背後の斜め右、数メートル。そこに回りこんだ個体は、必ず同じように飛びかかる。

 

 同じクセ──。

 

 ギュギギギッ!

 

 叫び声すらも、同じ音程で重なり合う。

 迫る3体を斬り捨てる。だが刃を通して返ってきた骨の抵抗まで、序盤に殺した三体と似ていた。

 

 足元の死骸は増えている。

 なのに、群れの密度は薄くならない。

 

「どれだけ死のうが、力の差が分からないか……!」

 

 ハルスフォートは低く毒づく。

 返り血を(ぬぐ)う事もせず、次なる「同じ顔」の喉を突き通した。

 

 どういうトリックかは知らない。そして、それに思考を()く余力もない。

 もう5時間も、休む事なく斬り続けている。

 

 汗と返り血が混ざり、目尻を伝って視界を(せば)める。

 指先は冷えているのに、(てのひら)の内側だけが焼けるように熱い。(つか)を握る感覚は曖昧(あいまい)だ。

 愛剣はいつの間にか、ただ重い鉄の塊になっていた。

 

「……ク、ソが……っ」

 

 一太刀(ひとたち)ごとに肺が(きし)む。

 心臓が耳に移動したかと思うほど、鼓動がうるさい。

 

 ギュギギギッ!

 

 茂みの向こう側から、相も変わらぬ「同じ声」が響く。

 斬り捨て、踏み潰し、土の槍で貫く。

 多数の勝利による高揚はない。泥の中に沈んでいく感覚。

 

 戦士がどれほど敵を消せるとしても、疲労は決して消えはしない。

 そして、消えてしまうものもある。

 

地突筍(ギア・ランス)……ッ!」

 

 背後の気配に対して、声を絞り出す。

 しかし、魔術を完璧に遂行しても──望む結果は、いつまで経っても返らない。

 

 バゴッ!

 

「ぐうっ!?」

 

 棍棒が脳天を叩いた。

 視界が白く弾け、(ひざ)が勝手に折れる。

 (ひたい)を伝った温いものが、眉に溜まり、まつ毛の先から落ちた。

 

「……魔力切れかっ……!」

 

 肩で息をしながら、ハルスフォートは背後のゴブリンを斬り倒す。

 剣を振った反動で体が傾き、足裏が血泥を(すべ)った。

 

 ハルスフォートの魔力量は、呪算紋(グリマ・グリフ)が指し示す通りに1つ。人類の最底辺だ。

 剣術を織り交ぜる事で、ここまで耐久戦はできた。その限界に達したのだ。

 

 戦意にヒビが入る。それでもなお歯向かおうと、剣を地面に突き、立ち上がる。

 そして決定的な敗北は、森の奥からやってきた。

 

 ゴオォッ!

 

 風を切る、鈍い音。

 

「ッ!」

 

 反射的に回避行動をとろうとしたが、足に力が入らない。

 (ひざ)は小さく震え、視界の木々がぐらりと傾いた。

 

 ギュゲーッ!

 

 木々の合間から突き出されたのは、数匹のゴブリンが共同で抱えた巨大な丸太。

 それは、昨夜リスティが敗北したものと、全く同じ戦法。

 

 ゴッ!

 

 ハルスフォートの鳩尾(みぞおち)に、丸太の先端が真っ向から食いこむ。

 

「ぎゅっ!?」

 

 肺から全ての空気が押し出され、背中が木の幹に激突する。

 衝撃に脳が揺れ、手放した剣が地表の血泥(ちみどろ)に没した。

 

 木の幹を背中でこすり、ハルスフォートの膝が地面を打ち、やがて横倒しになる。

 薄れゆく視界の(はし)で、ワラワラと群れが近づいてくるのが見えた。

 

「……ッ」

 

 トドメを刺すつもりか。

 そう覚悟したハルスフォートの鼻先に、カサリと軽い感触がした。

 

 ──葉っぱだ。

 

 どこにでも落ちている、枯れかけた広葉樹の葉。

 ハルスフォートは、薄く目を開ける。

 

 ギュッヒヒッ。

 

 ゴブリンたちは、手に手に葉を拾っていた。

 誰も棍棒を振り上げない。誰も喉を裂こうとしない。

 列の先頭に立った一体が、横たわるハルスフォートの胸に、葉を一枚落とす。

 

 カサリ。

 

 次の一体が、肩へ。

 その次が、膝へ。

 また一枚、腹へ。

 

 葉が重なるたび、森の匂いが近くなる。

 乾いた青臭さと、土になりかけの臭いで、体が(おお)われていく。

 

「…………」

 

 ハルスフォートの口元が、わずかに引きつった。

 声は出ない。

 まぶたの隙間から、同じ顔のゴブリンたちが順番を守って葉を落としていくのだけが見えた。

 

 やがて足音が遠ざかる。

 ギュギュ、と鳴き声が木々の奥へ沈み、森には羽虫の音と、ハルスフォートの浅い呼吸だけが残った。

 

 彼の全身は、落ち葉の下に隠されていた。

 

 横たわっていたことで、魔力はかろうじて戻っている。

 ハルスフォートは目だけを動かし、周囲に緑の影が残っていないことを確かめた。

 

 唇が、葉の下で小さく動く。

 

「……癒術(ヒール・ライズ)

 

 (ほの)かな光が、落ち葉の下で生まれる。

 (ひたい)の傷がふさがり、身体(からだ)の重さが少しだけ薄れる。

 

 ハルスフォートは、ゆっくりと葉を押しのけた。

 立ち上がる前に、血泥(ちみどろ)の中へ沈んだ剣を拾う。(つか)を握る指は、まだ細かく震えていた。

 

 彼は一度だけ、森の奥へ目を向ける。

 それから足音を殺し、落ち葉を肩に貼りつけたまま、村の方角へ歩き出した。

 

 ハルスフォートは振り返らない。

 枝にマントを引っかけ、よろめき、片手で幹を押さえる。

 指の跡だけを樹皮に残して、彼はゴブリンに見つからぬよう、こっそりと森を抜けた。

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