人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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第1話 死にたくなければ、人を助けろ

「おい、使用人ども。()()()()()

 

「…………は? なんと申されましたかジューダス様」

 

 屋敷の食堂。

 夕食後の時間。

 使用人たちが後片づけに追われるそこへ、俺——ジューダス・ファウルトが乱入していた。

 

「耳が腐ってるのか? もう一回言ってやる。俺に夕食の片付けを手伝わせろ。皿洗いでも何でもいい」

 

「いえ! 公爵家(こうしゃくけ)御子息(ごしそく)であるジューダス様に、このような雑務でお手を煩わせるなど——」

 

「うるせえ。いいからやらせろ。俺がやるって言ってんだよ。殺すぞ」

 

 怯えきった使用人を押しのけるように、俺は皿の山の前に立つ。

 袖をまくり、冷たい水に手を突っ込み——

 

「つめてええええええええ!!??」

 

 それでもガシガシと洗い始めた。

 

(くそ! なんで俺が使用人(クズ)共の手伝いなんか!)

 

 冬の水は氷みたいに冷たい。

 あっという間に指先の感覚がなくなっていく。

 

 ——なのに、やめられない。やめるわけにはいかない。

 

 視界の端に――「4」。

 白い数字が浮かんでいるからだ。

 

 この数字が0になったとき、()()()()

 

「一体どうしてこうなった……!?」

 

 悪態(あくたい)が漏れた瞬間、脳裏(のうり)に昨日の出来事が(よみがえ)った。

 

 

 

 

忌々(いまいま)しいクソジジイが……ようやくくたばったか……」

 

 黒衣(こくい)の参列者が作り出す重苦しい空気の中。

 俺は、棺《ひつぎ》に眠る男を見下ろし、誰にも聞こえない声で(わら)った。

 

 父、ガリオス・ファウルト公爵。

 民からは〝災厄(さいやく)の貴族〟と呼ばれた男。

 ——そして、俺が()()()()()()()()()()()()だ。

 

 棺の前には、ガリオスの正妻クラウディア。

 そして、正妻腹(せいさいばら)の三人の息子たちが並ぶ。

 

 後ろ姿で(つら)は拝めないが、三人ともいかにも()()()()()者顔で並んでることだろう。

 

 その後ろで、俺はこっそりと()()()()()()たちに向かって中指を立てた。

 

(やっとこの地獄から解放される)

 

 俺はガリオスの正妻クラウディアと血のつながりはない。

 俺の母さんは、ガリオスに使える()()()の一人だった。

 

 俺を産んだことが罪だと言わんばかりに、冷遇され続けて、最期は流行り病にかかって、ろくな治療も受けずに死んでしまった。

 

(……俺も同じだ)

 

 価値なし。外れもの。

 殺されてもおかしくなかった俺が屋敷に置かれた理由は、一つだけ。

 

 俺には才能があった。

 

 剣も、魔法も、算術も。

 皮肉なことに、正当な後継者ではない庶子(しょし)の俺は、天才としか言いようがない才覚を持っていたのだ。

 その才能を見抜き「使える」と判断したのが、ガリオスだった。

 

 ——そして、そこからが()()()()()の始まりだった。

 

 剣、魔法、政務、礼儀、交渉、尋問、戦略——ガリオスは自らの手で、それらすべてを俺に叩き込んだ。

 帝王学、などと言えばそれっぽいが、実態はただの虐待だ。

 

 泣こうが喚こうが、ガリオスは容赦なかった。

 幼い俺にとっては、永遠とも思える地獄の日々。

 

 その上、俺を苦しめたのが――()()()()()だった。

 

 俺は転生者だ。

 

 現代日本でうだつのあがらない独身貧乏サラリーマンだった俺は、今度こそ温もりのある家庭を望んで、このファンタジー世界に生まれ直した……はずだった。

 

 なのに待っていたのは、望まれない子としての差別と、実父からの虐待だけ。

 

(転生先の親ガチャ、大ハズレだぜ)

 

 

 転生してまもない頃。

 幼い俺に、母さんはよく()いていた。

 

「ジューダス、この世界は沢山の愛であふれているの」

 

「だからどんなときも、他者への慈しみを忘れないで」

 

(はっ、笑わせんなよ)

 

 愛?

 思いやり?

 そんなもの、どこにある?

 

(だったら、なんで俺はこんなに苦しい? なんで、誰も助けてくれなかった?)

 

 しまいには、そんな善意を説いたアンタも、ちっぽけに死んだ。

 

 そこでようやく、俺は悟ったのだ。

 

 俺が転生したこの世界では、()()()()()()()()()()()()()()だと。

 

 ここは弱肉強食の世界。

 強者こそが正義。

 弱者は、従うか、死ぬか。

 

 ならば、俺は強者になる。

 踏みにじられるくらいなら、踏みにじる側へ回る。

 

 それからの俺は、ガリオスの()す拷問じみた鍛錬に食らいついた。

 才能を、悪意で研ぎ澄ましていった。

 

「クソジジイ……俺に強さを遺したことだけは、感謝してやるよ」

 

 俺は、ガリオスの眠る(ひつぎ)へ視線を戻す。

 

「アンタの二つ名……〝災厄〟はこの俺が継いでやる。安心して地獄で眠ってろ」

 

 俺は、あふれる笑みを抑えることができなかった。

 

 

 

「それでは最期の別れを――」

 

 参列者が一人ずつ、棺の中のガリオスの死に顔を確認していく。

 俺の順番になり、ふと違和感に気づいた。

 

(……ん? なんだこりゃ)

 

 ガリオスの胸元に、古びた()()()()()()が置かれていた。

 

 丸い金属板に刻まれた紋様(もんよう)

 中央には黒い宝石のような核がはめ込まれており、薄闇(うすやみ)の中で淡い光を脈打(みゃくう)つように放っていた。

 

(こんなもん、ガリオスは身につけていたか?)

 

 記憶にはない。

 だが、妙に目を引かれた。

 

(……悪くねえ)

 

 理由はわからない。

 気づけば、そう思ってしまった。

 

 祈るふりをして身を(かが)め、こっそりとアミュレットを抜き取る。

 

 アミュレットに触れた瞬間、ひやりとした感触が指先を伝い、それが妙に心地よかった。

 

 そのまま俺はアミュレットを(ふところ)へ滑り込ませる。

 

(このまま、燃やされて灰になるくらいなら、俺がもらってやるよ)

 

 列から外れ、周囲の視線から離れたところで、こっそりとアミュレットを取り出した。

 誰も見ていないのを確認してから、ゆっくりと首へ通す。

 

 ひやっとした感触が肌に触れた、その瞬間――

 

 頭の奥で、鈍く重い音が鳴り響いた。

 

「……っ!?」

 

 謎の耳鳴(みみな)りに眉をひそめたとき、どこからともなく、無機質(むきしつ)な声が降ってくる。

 

 

 

 ◤(なんじ)の罪、確かに(きざ)んだ◢

 

 

 ◤これより断罪(だんざい)(とき)へ移行する◢

 

 

 

「……は?」

 

 意味のわからない宣告。

 聞き返す(ひま)もなく――

 

「……ぐおっ!?」

 

 脳を、太い(くい)でぶち抜かれたような激痛が走った。

 

 足元が揺らぎ、視界がにじむ。

 冷や汗がぶわっと吹き出し、呼吸が乱れた。

 

 だが、その痛みは嵐のように一瞬で去り、何事もなかったかのように消え失せる。

 

「な、なんだ……今の痛み……?」

 

 思わず、戸惑(とまど)いが胸をついて出た。

 だが、謎の声の正体も、今の出来事の意味も、まったくわからない。

 

 ひとまず、周囲を見回す。

 誰も俺の異変には気づいていないようだ。

 

「……このアミュレットのせいか?」

 

 俺はアミュレットの感触を確かめるように、そっと胸元に手を当てる。

 そして異変に気づいた。

 

「……あ、あれ? ()()

 

 確かに胸元に身に着けたはずのアミュレットが消えているのだ。

 (ひも)が切れて落としたのかと思って足元を見るが、やはりどこにもない。

 

(どういうことだ?)

 

 しばらく、アミュレットの()()を探して服の上からゴソゴソとまさぐるも、結局見つからなかった。

 

(……気のせい、ってことにしておくか)

 

 考えるのをやめ、俺は小さく肩をすくめた。

 

 

 

 

 このとき俺は気づいていなかった。

 俺が身につけてしまった、古ぼけたアミュレット。

 

 名を、()()()()()()()()

 

 これが、災厄の貴族——ジューダス・ファウルトを殺すことになるなんて。

 

 

 

 

 

 ガリオスの葬儀(そうぎ)を終えた翌朝。

 自分の部屋で目を覚ました俺は、異変に気づいた。

 

「……なんだこれ?」

 

 視界の(はし)に、やたら存在感を主張する()()()()が浮かんでいる。

 

 ——6。

 

 空中にぼんやりと(にじ)むみたいに「6」という数字。

 (まばた)きしても消えない。

 目をこすっても消えない。

 なんならまぶた閉じても残像が居座(いすわ)ってくる。しつこい。

 

「気味が悪いな……」

 

 自分の身におきた変化に思わず呟く。

 

 この謎イベントの原因として思い当たるのは、昨日の葬儀の最中で拾った()()()()()()()()のことだった。

 

 ガリオスの棺に収められていた見覚えのないアミュレット。

 身につけた途端に襲われた頭痛と謎ボイス。

 そして、身につけたはずのアミュレットは、こつ(ぜん)と消えてしまった。

 

 そんでもって今日は、視界に謎の「6」。

 確実にまともじゃない。

 

 ――が、今の俺にとって最大の問題は。

 

「腹減ったんだよな……」

 

 空腹状態で考えるとロクなことにならない。これは人生の真理だ。

 

「まずメシだ」

 

 俺はそう結論し、身支度をして食堂へ向かった。

 

 

 

 

 ファウルト(てい)の大食堂は、一階の中央。

 上流貴族らしく豪奢(ごうか)な装飾がされた、ファウルト家の一族が(そろ)って食事を取る、いわゆる「表」の空間だ。

 

 だが俺はその扉をスルーして、廊下の奥へ直進する。

 突き当たりにあるボロい扉。

 

 ここが、俺専用の小食堂だった。

 兄弟たちは、当主ガリオス(もう死んだけど)と母クラウディアと並んで大食堂で食事をする。

 

(俺——ジューダスだけは別。ホント、わかりやすい差別だぜ)

 

 扉を開けると、こじんまりとした部屋の中央に、簡素な木のテーブルセットが一つっきり。

 

 その壁際には、メイド服に身を包んだ()()()()()()()()が、背筋をしゃんと伸ばして控えていた。

 

「おはようございます、ジュダ様」

 

 俺の顔を見るなり、彼女はニコニコと笑顔を浮かべた。

 

 こいつはルイン。

 この屋敷でただ一人、俺に仕える使用人だ。

 

 元は奴隷として売られていた彼女を、子供の頃の俺が引き取り、今の立場に置いた。

 そういう意味では古い付き合いである。

 

 ルインの挨拶を返すことなく、俺はドカッと腰を下ろす。

 テーブルの上には、すでに朝食が用意されていた。

 

 黒パンと野菜スープ。

 

 ……以上。

 

 仮にも公爵家の息子が食べる朝食は思えない質素なメニュー。

 同じ時間帯、大食堂にいるクソ兄弟どもはきっと、焼きたての白パンや、香りのいいベーコン、果物の盛り合わせなんかを食ってるんだろう。

 

(生まれが違けりゃ、扱いも違うってわけだ——)

 

 俺に対する家族の差別は今に始まったことじゃない。

 頭では理解してるし、今までは特に気にしていなかった。

 

 だが今日は違う。

 

(……イラつくぜ)

 

 本来ならガリオスから開放された喜ばしい日。

 なのに好奇心が(あだ)となって、妙なアミュレットに頭をぶち抜かれ、視界には意味不明な「6」がふよふよと揺れている。

 

 いろいろな不快感が混ざり合い、胸のあたりに黒い塊みたいになっていた。

 やがて、黒いモヤモヤが——ぷつんと弾けた。

 

「……気に入らねえ」

 

「ジュダさま?」

 

 ルインが戸惑(とまど)いの声をあげる。

 

「なんだよ、このエサは」

 

 パンの乗った木皿を指差して、ルインの顔をにらんだ。

 黒いモヤモヤが、勝手に俺の口を動かした。

 

「当主を失った翌朝(よくあさ)っぱらから、よくもまあこんなシケた飯で済ませられるな。けっ。所詮、俺は(めかけ)の子だからなぁ。豚のエサでも食わせておけってことか?」

 

 その言葉に、一瞬、ルインの瞳が揺れた。

 

 けれど、すぐにいつもの従順(じゅうじゅん)な色に塗りつぶされる。

 

「ジュダさま、お口に合わず申し訳ありません……!」

 

 ルインは、心の底から申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 別にこの質素すぎる朝食は、ルインのせいじゃない。

 むしろ彼女は、ファウルト家から与えられるわずかな食材の中で、少しでもまともな食事になるよう工夫を凝らし、俺のために準備してくれている。

 

 そのことは理解している。

 だから、俺がしているのは、ただの()()()()()だった。

 

 

 だってかまわないだろ?

 俺はこいつより強いんだから。

 

 

「こんな豚のエサを食えるかッ!!」

 

 

 俺はテーブルの皿を、まとめて横へ払った。

 

 ガシャーン、と派手な音を立てて、皿が床に落ちる。

 パンとスープが床にぶちまけられた。

 

 その瞬間だった。

 

 

 ◤汝の罪を確認した◢

 

 

「あ……?」

 

 頭の中に、昨日と同じ謎の無機質ボイスが響いた。

 視界の「6」が、ピコッと赤く光る。

 

 

 ◤償いを要求する◢

 

 

 突如、脳天から雷を叩き込まれたみたいな痛みが襲ってきた。

 

「――うぎゃああああああああっ!?」

 

 視界が真っ白に弾け飛ぶ。

 足元の感覚がなくなり、身体がぐらりと揺れた。

 

「ジュダさまっ!?」

 

 俺の名を呼ぶルインの声が遠ざかる。

 だが、その声を最後まで聞く前に――

 

 俺の意識は、真っ逆さまに闇へ落ちていった。

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