人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜 作:三月菫
「おい、使用人ども。
「…………は? なんと申されましたかジューダス様」
屋敷の食堂。
夕食後の時間。
使用人たちが後片づけに追われるそこへ、俺——ジューダス・ファウルトが乱入していた。
「耳が腐ってるのか? もう一回言ってやる。俺に夕食の片付けを手伝わせろ。皿洗いでも何でもいい」
「いえ!
「うるせえ。いいからやらせろ。俺がやるって言ってんだよ。殺すぞ」
怯えきった使用人を押しのけるように、俺は皿の山の前に立つ。
袖をまくり、冷たい水に手を突っ込み——
「つめてええええええええ!!??」
それでもガシガシと洗い始めた。
(くそ! なんで俺が
冬の水は氷みたいに冷たい。
あっという間に指先の感覚がなくなっていく。
——なのに、やめられない。やめるわけにはいかない。
視界の端に――「4」。
白い数字が浮かんでいるからだ。
この数字が0になったとき、
「一体どうしてこうなった……!?」
◆
「
俺は、棺《ひつぎ》に眠る男を見下ろし、誰にも聞こえない声で
父、ガリオス・ファウルト公爵。
民からは〝
——そして、俺が
棺の前には、ガリオスの正妻クラウディア。
そして、
後ろ姿で
その後ろで、俺はこっそりと
(やっとこの地獄から解放される)
俺はガリオスの正妻クラウディアと血のつながりはない。
俺の母さんは、ガリオスに使える
俺を産んだことが罪だと言わんばかりに、冷遇され続けて、最期は流行り病にかかって、ろくな治療も受けずに死んでしまった。
(……俺も同じだ)
価値なし。外れもの。
殺されてもおかしくなかった俺が屋敷に置かれた理由は、一つだけ。
俺には才能があった。
剣も、魔法も、算術も。
皮肉なことに、正当な後継者ではない
その才能を見抜き「使える」と判断したのが、ガリオスだった。
——そして、そこからが
剣、魔法、政務、礼儀、交渉、尋問、戦略——ガリオスは自らの手で、それらすべてを俺に叩き込んだ。
帝王学、などと言えばそれっぽいが、実態はただの虐待だ。
泣こうが喚こうが、ガリオスは容赦なかった。
幼い俺にとっては、永遠とも思える地獄の日々。
その上、俺を苦しめたのが――
俺は転生者だ。
現代日本でうだつのあがらない独身貧乏サラリーマンだった俺は、今度こそ温もりのある家庭を望んで、このファンタジー世界に生まれ直した……はずだった。
なのに待っていたのは、望まれない子としての差別と、実父からの虐待だけ。
(転生先の親ガチャ、大ハズレだぜ)
転生してまもない頃。
幼い俺に、母さんはよく
「ジューダス、この世界は沢山の愛であふれているの」
「だからどんなときも、他者への慈しみを忘れないで」
(はっ、笑わせんなよ)
愛?
思いやり?
そんなもの、どこにある?
(だったら、なんで俺はこんなに苦しい? なんで、誰も助けてくれなかった?)
しまいには、そんな善意を説いたアンタも、ちっぽけに死んだ。
そこでようやく、俺は悟ったのだ。
俺が転生したこの世界では、
ここは弱肉強食の世界。
強者こそが正義。
弱者は、従うか、死ぬか。
ならば、俺は強者になる。
踏みにじられるくらいなら、踏みにじる側へ回る。
それからの俺は、ガリオスの
才能を、悪意で研ぎ澄ましていった。
「クソジジイ……俺に強さを遺したことだけは、感謝してやるよ」
俺は、ガリオスの眠る
「アンタの二つ名……〝災厄〟はこの俺が継いでやる。安心して地獄で眠ってろ」
俺は、あふれる笑みを抑えることができなかった。
◆
「それでは最期の別れを――」
参列者が一人ずつ、棺の中のガリオスの死に顔を確認していく。
俺の順番になり、ふと違和感に気づいた。
(……ん? なんだこりゃ)
ガリオスの胸元に、古びた
丸い金属板に刻まれた
中央には黒い宝石のような核がはめ込まれており、
(こんなもん、ガリオスは身につけていたか?)
記憶にはない。
だが、妙に目を引かれた。
(……悪くねえ)
理由はわからない。
気づけば、そう思ってしまった。
祈るふりをして身を
アミュレットに触れた瞬間、ひやりとした感触が指先を伝い、それが妙に心地よかった。
そのまま俺はアミュレットを
(このまま、燃やされて灰になるくらいなら、俺がもらってやるよ)
列から外れ、周囲の視線から離れたところで、こっそりとアミュレットを取り出した。
誰も見ていないのを確認してから、ゆっくりと首へ通す。
ひやっとした感触が肌に触れた、その瞬間――
頭の奥で、鈍く重い音が鳴り響いた。
「……っ!?」
謎の
◤
◤これより
「……は?」
意味のわからない宣告。
聞き返す
「……ぐおっ!?」
脳を、太い
足元が揺らぎ、視界がにじむ。
冷や汗がぶわっと吹き出し、呼吸が乱れた。
だが、その痛みは嵐のように一瞬で去り、何事もなかったかのように消え失せる。
「な、なんだ……今の痛み……?」
思わず、
だが、謎の声の正体も、今の出来事の意味も、まったくわからない。
ひとまず、周囲を見回す。
誰も俺の異変には気づいていないようだ。
「……このアミュレットのせいか?」
俺はアミュレットの感触を確かめるように、そっと胸元に手を当てる。
そして異変に気づいた。
「……あ、あれ?
確かに胸元に身に着けたはずのアミュレットが消えているのだ。
(どういうことだ?)
しばらく、アミュレットの
(……気のせい、ってことにしておくか)
考えるのをやめ、俺は小さく肩をすくめた。
このとき俺は気づいていなかった。
俺が身につけてしまった、古ぼけたアミュレット。
名を、
これが、災厄の貴族——ジューダス・ファウルトを殺すことになるなんて。
◇
ガリオスの
自分の部屋で目を覚ました俺は、異変に気づいた。
「……なんだこれ?」
視界の
——6。
空中にぼんやりと
目をこすっても消えない。
なんならまぶた閉じても残像が
「気味が悪いな……」
自分の身におきた変化に思わず呟く。
この謎イベントの原因として思い当たるのは、昨日の葬儀の最中で拾った
ガリオスの棺に収められていた見覚えのないアミュレット。
身につけた途端に襲われた頭痛と謎ボイス。
そして、身につけたはずのアミュレットは、こつ
そんでもって今日は、視界に謎の「6」。
確実にまともじゃない。
――が、今の俺にとって最大の問題は。
「腹減ったんだよな……」
空腹状態で考えるとロクなことにならない。これは人生の真理だ。
「まずメシだ」
俺はそう結論し、身支度をして食堂へ向かった。
◆
ファウルト
上流貴族らしく
だが俺はその扉をスルーして、廊下の奥へ直進する。
突き当たりにあるボロい扉。
ここが、俺専用の小食堂だった。
兄弟たちは、当主ガリオス(もう死んだけど)と母クラウディアと並んで大食堂で食事をする。
(俺——ジューダスだけは別。ホント、わかりやすい差別だぜ)
扉を開けると、こじんまりとした部屋の中央に、簡素な木のテーブルセットが一つっきり。
その壁際には、メイド服に身を包んだ
「おはようございます、ジュダ様」
俺の顔を見るなり、彼女はニコニコと笑顔を浮かべた。
こいつはルイン。
この屋敷でただ一人、俺に仕える使用人だ。
元は奴隷として売られていた彼女を、子供の頃の俺が引き取り、今の立場に置いた。
そういう意味では古い付き合いである。
ルインの挨拶を返すことなく、俺はドカッと腰を下ろす。
テーブルの上には、すでに朝食が用意されていた。
黒パンと野菜スープ。
……以上。
仮にも公爵家の息子が食べる朝食は思えない質素なメニュー。
同じ時間帯、大食堂にいるクソ兄弟どもはきっと、焼きたての白パンや、香りのいいベーコン、果物の盛り合わせなんかを食ってるんだろう。
(生まれが違けりゃ、扱いも違うってわけだ——)
俺に対する家族の差別は今に始まったことじゃない。
頭では理解してるし、今までは特に気にしていなかった。
だが今日は違う。
(……イラつくぜ)
本来ならガリオスから開放された喜ばしい日。
なのに好奇心が
いろいろな不快感が混ざり合い、胸のあたりに黒い塊みたいになっていた。
やがて、黒いモヤモヤが——ぷつんと弾けた。
「……気に入らねえ」
「ジュダさま?」
ルインが
「なんだよ、このエサは」
パンの乗った木皿を指差して、ルインの顔をにらんだ。
黒いモヤモヤが、勝手に俺の口を動かした。
「当主を失った
その言葉に、一瞬、ルインの瞳が揺れた。
けれど、すぐにいつもの
「ジュダさま、お口に合わず申し訳ありません……!」
ルインは、心の底から申し訳なさそうに頭を下げた。
別にこの質素すぎる朝食は、ルインのせいじゃない。
むしろ彼女は、ファウルト家から与えられるわずかな食材の中で、少しでもまともな食事になるよう工夫を凝らし、俺のために準備してくれている。
そのことは理解している。
だから、俺がしているのは、ただの
だってかまわないだろ?
俺はこいつより強いんだから。
「こんな豚のエサを食えるかッ!!」
俺はテーブルの皿を、まとめて横へ払った。
ガシャーン、と派手な音を立てて、皿が床に落ちる。
パンとスープが床にぶちまけられた。
その瞬間だった。
◤汝の罪を確認した◢
「あ……?」
頭の中に、昨日と同じ謎の無機質ボイスが響いた。
視界の「6」が、ピコッと赤く光る。
◤償いを要求する◢
突如、脳天から雷を叩き込まれたみたいな痛みが襲ってきた。
「――うぎゃああああああああっ!?」
視界が真っ白に弾け飛ぶ。
足元の感覚がなくなり、身体がぐらりと揺れた。
「ジュダさまっ!?」
俺の名を呼ぶルインの声が遠ざかる。
だが、その声を最後まで聞く前に――
俺の意識は、真っ逆さまに闇へ落ちていった。