人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

10 / 26
第10話 大罪を犯す

 俺たちがオルレインまでの旅を始めて、一週間が経過した。

 

 昼下がりの陽射しの下、俺たちは川沿いの小道を進んでいた。

 水の流れる音と、馬の蹄の音を、やけにのんびりと耳に届く。

 

 しばらくそうして馬を進めた、そのときだった。

 

(……この気配)

 

 俺は手綱を引いて、シュアトの足を止めた。

 

「ジュダさま?」

 

 背後から、ルインの声がかかる。

 

「静かに、少し黙ってろ」

 

 短くそう告げ、俺はルインに制止するよう手を上げたあと、耳元に指を当てて魔力を流し込む。

 

 〈聴覚強化〉の付加魔法(エンチャント)——

 

 魔力を流し込んだ瞬間、世界の解像度が一段、深くなった。

 これまでただの背景でしかなかった音が、意味を持った情報として波のように押し寄せてくる。

 

 水のせせらぎ音。

 川底の小石が転がり、流れに擦れる微かな音。

 木の葉が風に揺れ、かすかに擦れ合う音。

 遠くでさえずる小鳥の鳴き声。

 

 それら自然の調和音に混じって——明らかに異質な音があった。

 

 大勢の足音。

 荒く踏み鳴らされる地面。

 馬が引きつった声でいななく音。

 金属がぶつかり合う、乾いた衝突音。

 怒声。

 うめき声。

 

 そして、助けを求める女の叫び声。

 

 俺はすぐに状況を把握する。

 この先に、賊に襲われている馬車がいる。

 

 襲われているのは、たぶん女二人。

 賊の数は10人以上。

 動きに無駄がなく、連携も取れている。

 その手際から見て、かなり手慣れている様子だ。

 

 金目当ての追い剥ぎか、それとも人さらいか。

 いずれにせよ、 関われば、面倒なことになるのは間違いない。

 

 俺は付加魔法(エンチャント)を解除してから、シュアトの手綱を握りなおした。

 

「ルイン、回り道するぞ」

「あの、ジュダさま。この先になにか?」

「賊だ。馬車が襲われている。巻き込まれると面倒だ」

「……助けないのですか?」

 

 背後から、ルインの声。

 問いかける声は小さく、うかがうような色を帯びていた。

 

「あ? なんで俺が」

 

 俺は即答で返す。

 少しの沈黙。

 

「……わかりました。ルインはジュダさまの決めたことに従います」

 

 ルインは何も言い返さなかった。

 そう口にする声は、いつもと変わらず穏やかだ。

 主人の判断を疑わず、命令に従う使用人としての言葉。

 

 だが——

 

 〈聴覚強化〉の魔法の残滓が、俺の背に身を預けるルインの気配を敏感にさせた。

 

 わずかに落ちた呼吸。

 唇をぐっと噛み締める音がした。

 押し殺した自分の意思が、胸の奥で静かに波打っているのがわかる。

 

 従うと決めたからこそ、口にはしない。

 俺を責めるでもなく、失望でもなく。

 ただ、ほんの少しだけ、()()()()()気配だった。

 

(……チッ)

 

 別にルインがどんな気持ちになろうと、関係ないのに。

 その(うるさ)い沈黙が、心の片隅をざわつかせた。

 

 

(償いの刻数も稼げる。放っておく理由もない)

 

 俺は自分にそう言い聞かせる。

 

「……そう思ったが、回り道すると時間を食う」

「え?」

「どのみち、盗賊なんて俺の敵じゃねえ。わざわざ迂回するほうが面倒だ」

 

 一拍遅れて、息をのむ音。

 

「ジュダさま……」

 

 みるみるうちに、ルインの声が明るさを取り戻していく。

「勘違いすんなよ。別に助けたいわけじゃねえ」

「はいっ! もちろんです!」

「急ぐぞ。振り落とされるなよ」

「わかりました!」

 

 ルインがぎゅっと俺の背にしがみつく。

 手綱をふるい、俺は馬を飛ばした。

 

 

「近い。一度馬を降りるぞ、ルイン」

 

 俺は声を潜め、馬を止めた。

 

 盗賊の襲撃現場にこれ以上近づけば、こちらの気配を悟られる。

 そう判断し、近くの木にシュアトをつなぐと、俺とルインは足音を殺して地面に降りた。

 

 茂みに身を伏せ、慎重に枝葉の隙間から現場を覗く。

 

 横倒しの馬車。

 

 その周囲には、護衛と思しき男たちが血溜まりの中に倒れている。

 いずれも身体には矢が突き刺さっていた。

 

(待ち伏せされていた賊に、矢による奇襲を受けたか)

 

 状況を把握した俺は、この場で生きている者たちに視線を移す。

 

 馬車をぐるっと取り囲むようにして立つ盗賊は、ざっと見て十人ほど。

 余裕のあるその立ち振る舞いから、すでに勝敗は決したと思い込んでいるのが見て取れる。

 

 そして——二人の女。

 

 一人は、清楚な金髪を乱され、地面にへたり込んだ若い女性だった。

 上質な服地と装飾品から、貴族か商家の令嬢であることは明らかだ。

  恐怖にこわばった瞳で、身体は小刻みに震えている。

 

 もう一人は、お嬢様の従者と思しき赤髪の女。

 肩口で切りそろえた髪が乱れ、軽装の体は傷だらけだ。

 だが、それでも必死に、主を守ろうと立ちはだかっていた。

 

「ひっひっひっ、逃げてもムダだぜ」

 

「やめろ、お嬢様に近寄るな!」

 

「けっ、勇ましいじゃねえか。安心しろ、あんたらは大切な商品だ。傷はつけねえよ。()()()ぁ?」

 

「兄貴ぃ! オデ……もうガマンできねえよぉ! 何ヶ月とご無沙汰なんだぁ! 味見してもいいだろう!?」

 

「馬鹿野郎、まずは俺からだぁ。テメエらはその後だよ」

 

下衆(げす)どもが……! 地獄に落ちろ……!」

 

 従者の女は短剣を握りしめていた。

 その刃先は揺れ、震えは止まらない。

 

 それでも、逃げるという選択肢だけは、最初から捨てているようだった。

 

「へへ、この状況で威勢のいい嬢ちゃんだなぁ。そそるぜ」

 

 輪の中心に立つ、この集団のリーダーと思われる男が口角を吊り上げる。

 その視線が仲間へと走り、短い合図が送られる。

 

 次の瞬間、弓が鳴った。

 

 従者の女は反射的に踏み込み、短剣で矢を弾き落とす。

 だが、それは誘い水だった。

 そのタイミングと合わせて、盗賊たちが三人一気に襲い掛かる。

 連携は滑らかで、無駄がない。

 そのうえ、数の差は、埋めようがなかった。

 

 従者の女はあっという間に地面にねじ伏せられた。

 

「げへへへへへっ」

「やめろ……! やめ……!」

 

 従者は必死に身を捩るが、逃れることはかなわない。

 女の抵抗虚しく服が引き裂かれ、白い肌が露わになる。

 胸元があらわになり、息が詰まる音が漏れた。

 

「サーシャ!」

 

 泣き叫ぶ金髪のお嬢様。

 

 同時に、お嬢様も残りの盗賊たちに引き倒された。

 スカートを捲られ、脚を無遠慮に開かされる。

 

「いやあああっ!」

 

 引き裂くような悲鳴が森に響いた。

 だが、その必死の懇願も、盗賊たちの嗜虐心(しぎゃくしん)(あお)る効果音でしかない。

 盗賊たちの太い指が、お嬢様の真っ白い太ももをなぞり、下卑た笑いが重なる。

 

 盗賊がゆっくりと、荒々しくお嬢様の服を剥ぎ取った。

 

「うへへへ、その服も高く売れそうだ。俺が丁寧に脱がせてやるよ」

 

 あっという間に下着姿にされてしまうお嬢様。

 その拍子に——

 

 胸元に隠されていたペンダントが露わになった。

 

 丸い、銀色のペンダント。

 そこに刻まれた模様が、俺の目を奪う。

 

(あの家紋は……)

 

 賊もペンダントに気づいたらしい。

 目の色が、明らかに変わった。

 

「こいつは……予想外の大物だぜ。カシラも喜ぶぞぉ」

 

 

 

 ——そのタイミングで。

 俺の、戦いの()()()()()した。

 

「そこまでだ——」

 

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 俺は茂みから立ち上がり、静かに歩み出た。

 

「なんだァ?」

 

 盗賊たちが一斉に振り向き、俺と——背後のルインを見る。

 

「へえ……女連れの旅人か?」

「今日は大漁だなぁ。げひひひっ」

 

 数人が、獲物を見定めるような視線を向けて近づいてくる。

 

「男は殺す。女はいたぶったあと、売り飛ばしてやるよ。けっけっけっ」

「ずっと隠れてりゃよかったのになぁ!」

 

 武器を見せつけるようにして、近寄る盗賊たち。

 

「……ジュダさま」

 

 背後で、ルインの声が響いた。

 

「動くな、大丈夫だ」

 

 俺は剣に触れすらしなかった。

 

「もう終わってる——」

 

 その言葉と同時に、俺は右手を前に掲げた。

 

「〈インペンディス(拘束魔法)〉」

 

 短く呪文を唱えた瞬間、掌に淡い魔法陣が浮かび上がる。

 次いで、盗賊たちの足元から光の茨が噴き上がり、逃げ場を塞ぐように絡みついた。

 

「は!?」

「んだこりゃあっ!?」

「動けねえ!」

 

 悲鳴と怒声が重なる中、盗賊たちは次々と地に縫い止められていく。

 この場にいた盗賊全員が、光の茨に拘束されたのを確認してから、俺は静かに視線を巡らせた。

 

「拘束魔法——〈インペンディス〉。これでお前らはもう動けない」

「んだとテメエ!?」

 

 そう。俺がすぐに助けに入らず、あえて陰から様子を伺っていたのは、この魔法(インペンディス)をかける準備のためだった。

 

 相手は十人以上。

 一人ひとり相手するのは面倒くさい。

 やるなら、効率的に。一網打尽に。

 

「解きやがれ!! クソが!!」

「解くわけねえだろ、バーカ」

 

 俺は盗賊たちの怒声をまともに相手にせず、背後に立つルインへと声を投げる。

 

「ルイン。女たちを」

「わかりましたっ!」

 

 俺の指示を受けたルインは迷いなく駆け出し、怯え切った二人を支え起こす。

 

「あ、あなた達は……?」

「説明はあとです。さあ、立って!」

 

 ルインは二人を助け起こすと、俺の後ろに戻ってきた。

 

「ルイン……()()()()()()()顔を背けてろ」

「……! はい!」

 

 この先、この賊たちに俺が何をするか悟ったのだろう。

 ルインは短く返事をした。

 

「テメエ……! ざけんな!! なに(もん)だ!!」

 

 賊のリーダーが鬼のような形相で喚き散らす。

 俺は、氷のような瞳で見下ろした。

 

「俺が何者か、だと?」

 

 思わず、くくっと笑いが漏れる。

 

「これから死ぬやつに、名乗る意味があるか?」

「なッ……」

 

 俺は伸ばした右手を、少しずつ持ち上げた。

 それに呼応するように、光の茨が、盗賊たちの首元まで這い上がっていく。

 

「ま、待て……! やめろ! やめてくれ!」

 

 盗賊の顔から血の気が引いた。

 

「か、金ならある! それに女も! この前、近くの村を襲ったばかりで……! アジトに戻れば……! 俺からカシラに掛け合う! だから!! なっ!? なっ!?」

 

 耳障りな命乞いだった。

 俺は一切応じず、開いていた手のひらをゆっくりと握り込む。

 

「ぐッ……!? がッ!? ご……!」

 

 茨が締まる。

 光の茨が締まり、盗賊たちの身体を容赦なく引き締めていった。

 

 ——ミシッ。ミシミシ!

 

「や、やめ——」

「ぐぎゃ……! くる、し––!」

 

 骨が軋み、皮膚が裂け、口から血が噴き出ていく。

 肋骨が砕け、腕がありえない方向に曲がるヤツもいた。

 ゴリゴリと、内臓を圧し潰す音が、はっきり聞こえた。

 

 最初悲鳴だったそれは、次第にくぐもった呻きに変わり。

 そして——

 

「死ね」

 

 俺は手をぐっと握り込む。

 

 ゴシャッ!

 

 骨と内臓が潰れる音が響き、盗賊たちの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。

 

 ◆

 

 全員が事切れたことを確認してから、俺は拘束魔法(インペンディス)を解除した。

 ゆっくりと振り返る。

 

 ルインと、彼女に庇われるように座り込む、二人の女と視線が合った。

 

「貴殿は——」

 

 

 赤髪の、従者らしき女が俺になにか言おうとした、その瞬間——

 

 

 

 ◤汝の罪を確認した◢

 

 

 

「あ……!?」 

 

 俺の頭の奥に、あの忌々しい声が響き渡った。

 視界の端で、「52」——

 ()()()()()が真っ赤に染まり、脈打つように点滅している。

 

 

 

 ◤償いを要求する◢

 

 

 

「……ぐっ! ぐがあああああああ!?」

 

 

 今までにない激痛が、脳を引き裂いた。

 膝が折れ、視界が歪む。

 

「うおおおおおおおおおおおお!?」

「ジュダさまっ!?」

 

 俺に駆け寄るルインの声が遠くから響いた。

 

 ——なぜだ。

 

 意識が白く染まっていく中、俺は必死に理由を探した。

 

 助けたはずだ。

 野盗に襲われていた、女たちを。

 

 それでもなお、アミュレットは俺を裁いた。

 

 俺の罪、だと?

 行き着いた答えは、ひとつしかない。

 

 

 ()()()()()()

 

 

 その結論に至ったところで、俺の意識は完全な白へ溶けていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。