人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜 作:三月菫
俺は夢を見ていた。
夢の中の俺は、十二歳。
これは夢というより――過去の記憶、そのものだった。
十二歳の誕生日を迎えた翌日、俺は朝からガリオスに連れ出された。
いつもの修練場に行くのだろう。
そう思っていたが、歩く道はいつもと違う。
やがて、屋敷の外——人気のない区画へと向かっていく。
行き先も告げられないまま、俺はただ前を行く父の背中を追うだけだ。
空は異様なほど高く、街は不気味なほど静まり返っている。
理由も分からないまま、胸の奥に嫌な予感だけが、じわじわと溜まっていった。
やがて、目的地に到着したらしく、ガリオスは足を止めた。
「お父様……ここは?」
恐る恐る問いかけると、ガリオスは振り返りもせず、淡々と言い放った。
「処刑場だ」
「……え?」
短い言葉だったが、俺はとっさに理解することができなかった。
俺が連れられた場所は処刑場だった。
当然、一度も足を踏み入れたことなどない。
俺は思わず、周囲を見渡した。
木杭に囲まれた、ひどく簡素な広場だった。
処刑台以外に目立つものはなく、 そして、その中央に——一人の男がこちら側を向いて、跪いていた。
手足を鎖に繋がれ、傷だらけの身体を晒している。
顔には粗末なズタ袋がかけられ、その素顔を
「お父様……なんで……こんなところに……?」
俺の声は、情けないほど震えていた。
頭上から、ガリオスの冷たい声が落ちてきた。
「こやつは罪人だ」
その言葉は、なんら俺の問いの答えにはなっていない。
だが、ガリオスはそれ以上の説明を要しないとでも言うように、淡々と続ける。
「反逆罪。税に耐えかね、一揆を主導した。民を扇動し、秩序を乱した大罪人だ」
まるで、書物の一節を読み上げるかのような口調だった。
ガリオスはそれだけ言うと、腰に差した剣へと手を伸ばす。
鞘に収められたままの剣を握り、その柄を――俺に差し出した。
「殺せ、ジューダス」
「……え?」
一瞬、意味が分からなかった。
「……僕が、ですか?」
「他に誰がいる」
疑問を挟む余地など、最初から与えられていない。
頭の中が、真っ白になった。
「で、できません……!」
反射的に首を横に振っていた。
「ひ、人を……殺すなんて!」
「聞こえなかったのか、奴は罪人だ。犯した罪に見合う罰はただ一つ——死だけだ」
「それでも……! できません!!」
あくまでも、命令を固辞する俺。
ガリオスは、表情ひとつ変えない。
冷え切った視線で、ただ俺を見下ろしている。
「できぬか」
ガリオスはくるりと剣を翻し、鞘から抜く。
その切っ先を、ぴたりと俺の眉間に突きつける。
「ならば——お前に価値はない。ここで殺す」
「……!?」
心臓が、跳ね上がる。
「殺す覚悟がない者は、この私の後を継ぐ資格などない。貴様はたった今から、ファウルト家に不要だ」
「ま、待ってください……! 僕は……僕は……!」
足が言うことを聞かず、がくがくと震える。
視界が滲み、気づけば涙が頬を伝っていた。
「死にたくないのなら、殺せ」
ガリオスが再び、剣を押し付けてくる。
逃げ場はなかった。
俺は震える手で、剣を手に取った。
鎖に繋がれた罪人の男へと、一歩、また一歩と近づいた。
俺の気配を感じたのか、罪人は差し出すように首を下げた。
死の間際だというのに、その身体は僅かにも震えていない。
「……子供か」
男は、小さく呟いた。
「気に病むな。君が悪いわけじゃない。この世界が、そうなっているだけだ」
「で、でも……!」
声が詰まる。
「ごめんなさい……!」
「はは……」
男は、かすかに笑った。
「謝る必要はない。むしろ安心したよ。災厄のファウルト家にも、人間がいるってことに」
「人間……?」
男の言葉が、胸に突き刺さった。
「……何をグズグズしている、ジューダス」
背後から、ガリオスの冷え切った声が落ちてくる。
「泣き喚く暇があるなら、剣を振れ。それが出来ぬなら——死ね」
選択肢など、最初からなかった。
死にたくなければ、彼を殺さなければいけない。
俺は、震える手で剣を構える。
視界が滲み、世界が歪んでいく。
「……ごめんなさい……」
喉から絞り出せたのは、それだけだった。
それしか言えなかった。
「少年。どうか君はそのままでいてくれ。その価値観を、どうか捨てずに育ってくれ」
男の声は、穏やかだった。
「そうすれば、きっと、変えられる。この狂った世界を……」
その言葉が終わる前に。
俺は——
剣を、振り下ろしていた。
重い感触。
温かい飛沫が飛び散る。
耳鳴りがして、音が遠ざかっていく。
——そして。
世界は、音も色も失い、真っ暗に落ちた。
◆
「——っ!?」
俺は、跳ね起きるように目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、焚き火の赤い光だった。
炎がぱちぱちと音を立て、揺れる影が夜の森に溶け込んでいる。
冷えた空気が肺に流れ込み、思考がクリアになった。
「……夢、か?」
そう理解した、次の瞬間だった。
「ジュダさまっ!!」
「ぐえ」
どすん、と胸に重みを感じる。
思わず変な声が出た。
「よかった……! 本当に、よかったです……!」
ルインが、俺に思いきり抱きついていた。
小柄な身体を遠慮なく、俺に全体重を預けてくる。
「ジュダさまああああ! ジュダさまあああああ!! うえええええええん」
「……重いんだよ」
しがみつくルインを、押し返そうとして、止めた。
この温もりが、さっき見た悪夢を遠ざけてくれるような気がしたからだ。
「……生きてるな、俺」
「はい! ちゃんと、生きてます!」
力いっぱい断言するルイン。
その声に、ほんの一瞬だけ安堵した——
だが、その直後。
視界の端。俺は気づく。
「まじかよ、刻数が……」
思わず声にでてしまった。
償いの刻数が「1」になっていた。
気を失う前は50以上はストックがあったはずなのに。
今は、たったの「1」。
「ちょっと待てよ……」
思考が、真っ白になる。
(刻数は、一日で一つ減る。ってことは——)
「俺! 明日、死ぬってことじゃねえか!!」
「何言ってるんですか! ジュダさまは死にません!!」
「いや、死ぬんだよ!!」
「死にません!! 変なこと言わないでください!!」
「うるせえ、どけ!」
俺はルインの身体を押しのけて、飛び起きた。
荷物から、懐中時計をひっくり返して、文字盤を見る。
時間は夜九時過ぎ。
賊を倒したのは確か昼過ぎだったから、どうやら半日以上は気を失っていたらしい。
いや、そんなことよりも。
「マズいマズいマズい! 完全に詰んでるだろこれ!」
日付が変わるまで、あと三時間しかない。
それまでの間に、なんらかの人助けをして、刻数を稼がなければ、罰のアミュレットの呪いで俺は死ぬ。
「落ち着いてください、ジュダさま! なんだか混乱してます! 一回深呼吸しましょう! 吸ってー、吐いてー!」
「うるせえ、肺が落ち着く前に命が尽きるわ!!」
くそっ、だが、ルインの言う事には一理ある。
パニックになっても刻数は増えない。
必要なのは――人助けだ。
「そんなことより、ルイン! お前、今、困ってることはないのか!?」
「え? わ、私ですか?」
唐突に話を振られ、ルインはぱちぱちと瞬きをする。
少し考え込むように視線をさまよわせ、それからなぜか顔を赤らめて首を振った。
「い、いえ……ジュダさまが無事なら、それで……ルインは満たされています」
「死ね!」
「ひどい!?」
などとルインとゴタゴタしていると——
「あ、あの……」
控えめな声が、焚き火の向こうから聞こえた。
「あん!?」
視線を向けると、金髪の少女と、赤髪の従者が並んで座っていた。
二人とも、新しい洋服に着替えて座っている。
(そうだ、盗賊から助けたコイツら……)
金髪の少女と、赤髪の従者。
焚き火の明かりに照らされ、二人とも戸惑いの残る表情をしている。
(……つまり、コイツらが、今の俺の命綱!)
俺は即座にそう判断した。
「……おい、お前ら」
二人の視線が、恐る恐る俺に向く。
特に金髪のお嬢様の方が、かなり怯えている感じだ。
無理もない。
命を助けられたとはいえ、彼女たちにとってはこの俺も素性不明の怪しい男なのだ。
くそ、めんどくせえ!
「ごほん。いや、別に怖がらせるつもりはねえ……あー、その……」
俺は咳払いをしてから、できるだけ穏やかな声を作りつつ語りかけた。
「ほら。君たちは、さっきまでどういう状況だった?」
「どういう状況って……」
「……賊に……襲われて……」
俺の問いに、金髪と赤髪が順番に言葉をつなぐ。
「そうそう! そうだな! で、どうなりそうだった?」
二人は顔を見合わせる。
「……そのままだと……」
「……人さらいに……」
いい感じ。
前振りは完璧だ。
「でだ」
俺は、ぐっと身を乗り出した。
核心に切り込む。
「そこを誰がどうした?」
「……あなたが……助けてくれました」
「そう。この俺だ!」
ここだ。
ここで言うんだ!
「だから、こういうときは——」
「……?」
「こういうときは!?」
思わず声が荒ぶる。
「ほら、誰かに助けられたとき、言わなきゃいけない言葉があるでしょ!?」
沈黙。
きょとん、とした顔で、二人が瞬きをする。
やがて、金髪の少女が、おずおずと口を開いた。
「……あ、ありがとうございます……?」
「そう! それだよ!」
金髪の少女が恐る恐る絞り出した言葉に、俺は思わず食い気味で頷いた。
赤髪の従者も、慌てて続く。
「そうだな。助けてくれて、感謝する。貴殿らがいなければ、私たちは今ごろ……本当に、恩に着る」
「そうそう、それそれ! ありがとう、二人とも!!」
俺は、内心でガッツポーズを決めた。
(これで刻数が回復——)
視界の端を見る。
「回復しねえ……」
数字は、ぴくりとも動かない。
「……は? なんで?」
もう一度見る。
何度見ても、「1」のまま。
「……おい、ちょっと待て」
背中に、嫌な汗が流れる。
(まさか……コイツらを助けた分を
つまり——
(あそこで盗賊を皆殺しにした時点で、人助けカウントがなければ俺はアウトだったってことか?)
ごくり、と喉が鳴った。
もし、二人を助けず、ただ殺していただけなら。
今頃、俺はもう——
「……ひっ」
自分の想像に、背筋が冷える。
(ダメだ。過ぎたことを考えるな! 今は、生き延びる手段を探せ)
俺は即座に次の人助けを探し始めた。
◇
(生きるために、今できる人助けを探せ!)
俺は目を血走らせて、金髪お嬢様と赤髪従者二人組の様子を観察する。
まずは服装だ。
たしか盗賊に身ぐるみ剥がされかけて、裸同然だったはずだが……
(くそ、今は二人ともちゃんと洋服をきてやがる。さてはルインの奴が自分の着替えでも手渡しやがったか)
俺はちらりとルインに視線を移す。
丁度目があって、にこりと微笑んだ。
クソが、余計なしやがって。
洋服はダメだ。次。
(確か……赤髪の女は傷だらけだったような気がするぞ。その傷を俺が手当すれば……!)
さっと赤髪の従者に視線をよこす。
昼、盗賊に襲われていたときは、血だらけのボロボロだった気がするが、今は妙に小綺麗だ。
怪我はないように見える。
念の為聞いてみることにした。
「……アンタ、怪我は?」
「おかげさまで。貴殿の従者に、回復魔法で手当をしてもらった。今ではこのとおりピンピンしている」
瞬間、俺はルインにガン飛ばした。
「余計なことしてんじゃねえぞ!」
「えええ!? なんでわたし怒られたんですか!?」
くそっ!
まずい。本当にまずいぞ。
ルインのせいで、人助けの芽が、次々と摘み取られていく。
どうすればいい!?
なにか俺にできる人助けは!?
そのときだった。
——ぐうううう。
やけに大きな音が、焚き火のそばで鳴った。
俺は反射的に音のした方を見る。
「……っ!」
音の主は、金髪の少女だった。
両手で慌ててお腹を押さえ、耳まで真っ赤に染めて俯いている。
「ご、ごめんなさい……その、安心したら……つい……」
「お前……腹が減ってるのか?」
こくり、と少女は素直にうなずいた。
俺は隣にいるルインへ視線を向けた。
「ルイン、メシは? まだ食ってないのか?」
「お二人の手当と、ジュダさまの看病で手一杯で……皆、昼から何も口にしてません」
「そうか……」
俺は、天を仰いだ。
(これだ。これしかねえ)
「それをはやく言えよ」
「え?」
俺はすっくと立ち上がった。
ドンと胸を叩いて、三人を見下ろした。
「メシはこの俺に任せろ!」
「ジュダさま!? まだ動いちゃ——」
「うるせえ! そんなことより、看病してくれた分の恩返しを、俺にさせろって言ってんだよ!」
有無を言わせずルインを座らせると、俺は荷物から調理道具を取り出し、焚き火の前に並べ置く。
ついでに手持ちの食材のストックも確認する。
ベーコン。
じゃがいも。
拾ってきたきのこ。
香草。
「よし、こんだけありゃあ十分だ」
俺は腕まくりをして、焚き火の前にしゃがみ込んだ。
鍋に飲み水をぶち込み、岩塩を適量つっこむ。
水を沸かしている間、じゃがいもの皮むきだ。
俺は、短剣を器用に使って、じゃがいもを裸にしていく。
「……スープ、ですか?」
「……随分と手際がいいのだな」
金髪のお嬢様が覗き込み、赤髪の従者も感心したように息を吐く。
そんな二人の様子に、俺は内心でガッツポーズだ。
(いいぞ……期待値は上がってる……!)
鍋にかけた水が沸騰したので、焚き火の炎から、少しだけ遠ざけ、じゃがいも、きのこ、ベーコンを投入。
香り付けに香草をひとつまみ、指で潰して入れる。
やがてぐつぐつと煮立つ鍋から、なんとも言えない良い香りが漂ってきた。
「わぁ……いい匂い……」
「……ああ、本当に」
やがて、具材が柔らかくなり、スープ全体が黄金色に澄んできた。
俺はお玉でスープをすくい上げ、一口味見。
「……よし、完成だ」
俺は鍋から湯気を立てるスープを木椀に注ぎ、ひとつずつ手渡していく。
「熱いぞ。がっついてヤケドすんなよ」
「ありがとうございます……!」
三人で焚き火を囲み、揃ってスープを口に運んだ。
——そして、一拍。
「あったかい……」
最初に声を漏らしたのは、金髪のお嬢様だった。
両手で椀を包み込み、ほっと息をつくその表情から、こわばっていた緊張が溶けていくのが分かる。
続いて、赤髪の従者も小さく息を吐いた。
「本当に……身体の真から、温まるようだ……ッ……!」
そう呟いた直後、彼女の肩が、かすかに震え始めた。
「大丈夫ですか?」
ルインが心配して声をかける。
俺も視線を向けた。
彼女は顔を俯け、椀を胸元で抱きしめるようにして、肩を小さく震わせていた。
(泣くほど不味かっただと……!? まずいぞ、美味しい料理を振る舞って、恩に着せる作戦が……)
内心で一人、焦り散らす俺。
だが次の瞬間、椀を持つ彼女の手に、ぽとりと雫が落ちた。
「……すまない……ぐす……」
掠れた声。
赤髪の従者は、泣いていた。
慌てて目元を拭おうとするが、涙は止まらず、次々と頬を伝っていく。
「本当に……ありがとう」
ぽつりと、噛みしめるような声。
「私たちを……助けてくれて……そのうえ、こんなに、温かいものまで……」
言葉の途中で嗚咽が混じる。
彼女の肩に、金髪のお嬢様がそっと手を置き、何も言わずに撫でていた。
二人は俺に対して改めて姿勢を正すと、揃って深く、深く頭を下げた。
「本当に……ありがとうございます……」
その声音には、取り繕いも遠慮もなかった。
ただ、生き延びた者が胸の奥から絞り出した、まっすぐな感謝だけがあった。
その瞬間。
俺の視界の端で、数字が跳ねた。
「……3」
はっきりと、確かに。
償いの刻数が 「1」から「3」へ回復している。
「……っ、はぁぁ……」
肺の奥に溜め込んでいた息が、一気に抜けた。
俺はその場にへたり込む。
「助かった……マジで……」
そんな俺の顔を、ルインが心配そうに覗き込む。
「ジュダさま? 大丈夫ですか? やっぱりどこかお加減が……」
「……いや、大丈夫だ。なんでもねえよ」
俺は軽く手を振って、ルインの視線を払った。