人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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第12話 旅の同行人

 焚き火の火勢が少し落ち、ぱちぱちと小さな音に変わった頃。

 俺が作ったスープも皆の腹の中に落ちて、今は松葉茶をすすっている。

 

 そんなゆるやかな空気感の中、赤髪の女が、背筋を正して口を開いた。

 

「改めて、貴殿に礼を言わせてほしい——」

 

 ゆっくりと落ち着いた声だった。

 

「私はサーシャ。ブリジット様に仕える従者だ」

 

 肩口ほどで切りそろえた赤髪は、焚き火の灯りで光沢を帯びていた。

 筋の通った小さな鼻に、ふっくらとした唇。

 髪色と同じく大きく意思の強そうな赤色の瞳が、まっすぐに俺を見つめる。

 切れ目がちの美人、ってやつだ。

 どこか凛とした、戦い慣れた者独特の、無駄のない佇まいをしている。

 

 サーシャは名乗り終えると、ほんの少しだけ身を引き——控えめに主へ視線を送った。

 

 合図を受け取った金髪の少女は、胸の前で手を握りしめる。

 緊張をほどくように小さく息を吸い、丁寧に背筋を伸ばしてから、ぺこりと頭を下げた。

 

「私は、ブリジット。危険なところを助けてくれて……ありがとう。ご飯も……その……おいしかった、です」

 

 最後の一言は、ほんの少し声が小さかった。

 

 たぶんブリジットは俺よりも年下だろう。

 話し方やこちらを(うかが)う視線に、年相応のあどけなさが残っている。

 

 ただ、所作は洗練されていて、育ちの良さが一発で分かる。

 貴族としての礼儀作法を受けているが、素直な感情までは隠しきれない——そんな感じだ。

 

 俺はサーシャとブリジットから受けた印象を、自分の中で結論づける。

 

 ちなみに、またありがとうと言われた。

 刻数が増えないか、思わず視界の端を確認したが――動かない。

 

 ちぇっ。

 

 サーシャとブリジットの挨拶に、まず反応したのはルインだった。

 

「いえいえこちらこそです、袖振り合うもなんとやらですから! わたしはルインです! よろしくお願いしますね、サーシャさん! ブリジットさん!」

 

 ルインが元気よく自分の名を名乗る。

 間を置かずに俺のことを紹介しようとした。

 

「こちらはジューダス様です! わたしの(あるじ)さまで、フルネームはジューダス・ふぁう——もがっ!」

 

 俺は即座にルインの口を塞いだ。

 

「むごごっ!?(なにするんですか!?)」

「余計なことを言うな」

 

 ルインはもごもごと抵抗しつつ、こくこくと首を縦にふる。

 俺は抑えた口を離す。

 解放されたルインは「ぷはーっ」と大げさに息を吐いてから、ちょっと非難がましい顔で俺を見つめた。

 

「……俺はジューダスだ」

 

 サーシャとブリジットに、自分の名前だけを伝えた。

 氏——ファウルト家の姓を出すことは控える。

 

 おかげさまでファウルト家には敵が多い。

 それに――サーシャとブリジット。

 この二人の素性について、どうにも拭えない()()()()があった。

 

 もしその推測が正しければ、彼女たちは、()()()()()()()()()()だ。

 

 サーシャが慎重に言葉を選ぶように、こちらをうかがいながら問いかけてきた。

 

「つかぬことを聞いてよいだろうか。ジューダス殿は、なぜこのような場所に? 旅の途中か?」

 

 その質問に、どう答えるべきか、俺が逡巡していると——

 

「わたし達はこの先のオルレインに向かう途中なのです!」

「いや! ネタバレかよ!?」

 

 ルインが能天気に俺達の行先をバラしやがった。

 屈託なく笑うルインは、こちらの事情などまるで気にしていない様子で、胸を張っていた。

 思わず俺は頭を抱える。

 こいつには警戒心ってものがないんだろうか。

 

「ったく……まあ、ルインの言うとおりだ。俺達はオルレインに向かってる」

 

 今更隠してもしょうがないので、素直に行き先を伝えることにする。

 俺たちの行き先を聞いたサーシャとブリジットは、思わずといった様子で顔を見合わせた。

 

 やがてサーシャは何かを計るように視線を伏せる。

 しばしの沈黙の後、彼女は視線を俺に引き戻すと、意を決したように口を開いた。

 

「……ジューダス殿。おりいってお願いがございます」

「お願い?」

 

 サーシャは一拍置き、まるで自分の覚悟を確かめるかのように息を整えた。

 そして、彼女は俺の前に片膝をつくように座り直し、深く頭を下げる。

 

「私たちを……貴殿の旅に同行させてもらえないだろうか」

「同行、だと?」

「先の凶賊襲撃の際、貴殿がいなければ、私はブリジット様を守り切れなかった。この先も同じことが起こらぬ保証はない。……正直に言えば、私一人では、もはや限界だ」

「……随分正直だな」

「ブリジット様の命に関わる話だ。虚勢や取り繕いに意味はない」

 

 サーシャは顔を上げ、まっすぐに俺を見据えた。

 その瞳にためらいはなく、ただ主を想う強い意思だけが宿っている。

 

「出会って間もない貴殿に、このような願いをするのは身勝手だと理解している。それでも……どうか、私たちを同行させてもらえないだろうか」

 

 俺は即答できずに沈黙。

 だが、張りつめた空気をぶち破ったのは、案の定ルインだった。

 

「もちろんです! 困ったときはお互い様ですから! ご安心ください、ジュダさまは山よりも高い志と海よりも深い慈悲を――」

「ちょっと黙れ」

「もごっ!?」

 

 俺は騒ぎ立てるルインの口を片手で塞ぎ、そのまま押し黙らせる。

 そして改めて、サーシャとブリジットを見据えた。

 

「その前に、一つ聞かせろ」

「なんだろうか」

 

 ぱちぱちという焚き火の音が、わずかに間を埋める。

 二人の視線が、静かに俺へ集まった。

 

「ブリジットさん。あんた……()()()()()()()()()の人間だろ」

 

 一瞬で空気が張りつめた。

 ブリジットの喉が、小さく鳴った。

 

「……なんで」

 

 問い返すブリジットの声が震える。

 

「その胸元に隠しているペンダントだ」

 

 俺が指摘するとブリジットの身体がびくっと震える。

 慌てたように両手で胸元を抑えた。

 その反応がもう答え合わせみたいなもんだ。

 

「昼間、アンタが盗賊に身ぐるみ剥がされてたとき、ちらっと見えたんだ」

 

 俺は記憶をなぞる。

 

「ペンダントに刻まれていた家紋に見覚えがある。間違いない、エルンシュタイン家の紋章だ」

「……ッ」

 

 その指摘にブリジットの息がつまり、押し黙ってしまった。

 構わず俺は質問を続ける。

 

「そんな大貴族のアンタが、なんでこんなところにいる? 従者ひとり連れて北の道を逃げるように進む理由はなんだ?」

 

「もっ! ももっ! もがもがもがっ!」

「んだよ、鬱陶しい」

 

 口を塞がれていたルインが必死にモゴモゴしだしたので、俺は仕方なく解放する。

 

「……ぷはっ! ジュダさま、ルインにも教えてください! えるんしゅたいんって、なんですか?」

 

 状況を飲み込めていないルインは、食ってかかるように問いかける。

 こいつなりに、話題に置いてけぼりをくらうのはイヤらしい。

 いちいち話の腰を折られては面倒なので、まとめて説明することにする。

 

「エルンシュタインは、大陸南方を治める名門貴族。現領主はギルバート・フォン・エルンシュタイン。温厚で民を重んじる統治者として知られる人物だ」

「はえー、ジュダさま、物知りです! 流石です!」

 

 キラキラと尊敬の眼差しをむけるルインをシカトして、俺は話を本筋に戻した。

 

「領主ギルバートには一人娘がいたはずだ。歳の頃は15歳。確か名前は——」

「……貴殿の見込みどおりだ」

 

 サーシャが、観念したように低く息を吐いた。

 

「だが、一つだけ訂正を。エルンシュタインは、領都リュミエールを中心に、豊かな土地を()()()()()

「何かあったのか?」

 

「一週間前……サザンカロルから侵攻を受けた」

 

 ブリジットが言葉を継ぐ。

 

「侵攻してきたのは、サザンカロル領代領主バルドル・ファウルト率いる軍勢。奴らはまっすぐ領都リュミエールまで進んで、そのまま……」

 

 ブリジットの瞳が揺れ、言葉が詰まる。

 

「パパとママは……なんとか私だけでも逃がそうとして……」

 

 ブリジットは耐えきれず、顔を覆って涙をこぼした。

 サーシャが代わりに続けた。

 

「私は炎に包まれる街から、追手を振り切って北へ逃げた。元は護衛も何人かいたのだが、追手や魔獣の手にかかり、今や残っているのは私一人……」

 

 サーシャの言葉は淡々としていたが、その瞳は深い陰に沈んでいた。

 死んだ仲間への哀悼(あいとう)と、主を守りきれない自分の不甲斐なさだった。

 

(やっぱりな……)

 

 ブリジットとサーシャの話を聞き終わった俺は、自分の予想が、正解していたことを自覚する。

 

 エルンシュタインはサザンカロルと隣接している。

 そしてサザンカロルは、ファウルト家が支配する直轄領の一つ。

 

(ガリオスは、南方交易の(かなめ)であるエルンシュタインをずっと狙っていた——)

 

 そして、ガリオスが崩御したあと、サザンカロル領を継承したのは——

 次男、バルドル・ファウルト。

 つまり俺の兄貴である。

 

(バルドルの野郎……領地を継いだ途端に侵略戦争(これ)かよ、どんな戦闘民族だよ)

 

 だが、実にあいつらしくもある。

 力ですべてを奪い、成果だけを誇る。

 昔から、バルドルはそういう男だった。

 

「事情は分かった」

 

 俺は短く言った。

 

「——オルレインまでついてくる分には別に構わない」

 

 ブリジットの顔が、ぱっと明るくなった。

 サーシャも、胸に手を当てたまま深く頭を下げる。

 

「ほんと?」

「本当に——恩に着る」

 

「いや、礼を言うには早い」

「「え?」」

 

 俺はその場の空気に流されることなく、言葉を切った。

 焚き火越しに、二人を静かに見据える。

 

「その前に、あんたらに言っておくことがある」

「なんだろうか」

 

 二人の表情が、ぴしりと引き締まった。

 無意識に姿勢を正すのが分かる。

 俺は二人の顔を見つめたまま、とある魔法を発動させた。

 

 精神魔法(マインドマジック)——〈マントラ〉。

 相手の嘘と感情の揺らぎを、微細な違和感として捉える魔法だ。

 

 俺は一拍置き、二人の心のゆらぎに意識を向けながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「俺の名はジューダス・ファウルト。ファウルト家前当主ガリオスの四男だ」

「「え……!?」」

 

 二人の顔に驚愕が走る。

 

「つまり、アンタらの故郷を滅ぼしたバルドルは、俺の兄貴だ」

 

 まっすぐ事実を突きつけた。

 ここで隠したまま進めば、あとで遺恨になる。

 同行を許すなら、最初に出しておくべきだ。

 

「それでも構わないのか。そんな男のことを信頼できるのか?」

 

 俺は、核心に迫る問いを投げかけた。

 恐れ。警戒。憎しみ——来るなら、今だ。

 

 サーシャはおずおずとブリジットを見つめた。

 〈マントラ〉を通じて、サーシャの感情が伝わってくる。

 

 戸惑いと不安。しかし、それ以上の諦念。

 今は俺に頼るしかない、そんな感じだ。

 

 そして、サーシャの視線を受けたブリジット。

 彼女から伝わってくる感情は——

 

「かまわない」

 

 ブリジットははっきりと答えた。

 一瞬だけ、唇が震えた。

 それでも、〈マントラ〉にも、嘘や逡巡の揺らぎは一切ない。

 感じるのは、ゆるぎないまっすぐの信頼だった。

 

「ジューダスは、命を救ってくれた恩人。私にとってはそれがすべて、です」

 

 その言葉が胸に落ちた瞬間、なぜか心の奥が、ちくりと痛んだ。

 

「……なんで、俺なんかを信頼できるんだよ」

 

 思わず、そんな呟きが漏れていた。

 

「え?」

「あ、いや」

 

 しまった、声に出ていた。

 とはいえ、それが俺の率直な気持ちだった。

 追い詰めらた立場とはいえ、理解できない。

 

 出会って間もない男。

 おまけに俺は、この両親の(かたき)に連なる人間。

 

 なのに、なんでそんな俺のことを無条件で信頼できる?

 

 俺はぷいっと顔を背けた。

 

「……わかった。お前らが割り切れるんなら、別についてくることに文句はねえ」

 

「……! ありがとう、ジューダス!」

「ジューダス殿、貴殿の温情に心の底から感謝する」

 

 その言葉をきっかけに——

 

(あ……償いの刻数が……)

 

 視界の端に映る数字が「3」から「4」へ回復した。

 

(くそ……)

 

 喜ばしいことのはずなのに、なぜか胸の奥がまたちくりと痛んだ。

 誰かから信頼されるたびに、俺の中の何かが、少しずつ引き剥がされていく気がするのだ。

 

 焚き火が、静かに燃えている。

 こうして、ブリジットとサーシャは、俺たちの旅の一員になった。

 

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