人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜 作:三月菫
「ここだな。盗賊のアジトは」
村長から渡された地図を元に、目的地まで辿り着いた。
川沿いの崖のくぼみ。
苔むした岩壁の奥に、口を開ける洞穴がある。
人の出入りで踏み固められた地面が、ここが自然のままではないことを物語っていた。
どうやら盗賊どもは、この洞窟をそのままアジトとして使っているらしい。
入口の前には、見張りが二人。
どちらも長槍を持ち、気だるそうに壁にもたれている。
「……仲間を呼ばれたら面倒だな」
盗賊二人なんて、俺の敵じゃない。
だが、叫び声が洞窟に響けば、奥の連中がわらわら出てくる。
正面から相手するのは余計な手間だ。
「また
そう判断し、魔力を練り上げようとした、その時——
「待ってくれ」
後ろに控えていたサーシャが、すっと前に出た。
手には二振りのダガーが握られている。
「ここは私に任せてほしい。私たちが、ただの足手まといじゃないことを証明しよう」
そう語る赤い瞳からは、なんの気負いも虚勢も伝わってこなかった。
サーシャは一度だけ深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「
まるで背景に溶け込むように、存在感そのものが薄れていく。
「えっ? あ、あれっ? サーシャさん?」
背後で、ルインが間の抜けた声を上げた。
驚くのも無理はない。
サーシャの身体が、まるで霧みたいに透けていったのだ。
身につけた装備ごと、身体も、気配すら薄れていく。
(
完全に背景と同化したサーシャは、音もなく歩き出し、洞穴へ近づいた。
門番の目の前を堂々と横切っても、二人は欠伸を噛み殺すだけ。気づくそぶりすらない。
——次の瞬間。
空気が、ひゅっと鳴った。
「……がっ!?」
間の抜けた声が漏れた直後、片方の門番の喉元に細い赤線が浮かぶ。
何が起きたのか理解できないまま、男は目を見開いた。
遅れて、喉元から血が溢れ出す。
喉を押さえようとした指先が空を掴み、足元がふらつく。
言葉にならない息を漏らしながら、膝から崩れ落ちた。
「……は!? お、おい!? どうし——ョっ!?」
続けてもう一人。
同僚の異変に気づいて振り返った門番の喉元に、サーシャの刃が一閃。
喉元に走った赤い線が、同じ結末を告げていた。
どさっ、どさっ、と鈍い音。
二人の門番は声も上げず、崩れ落ちた。
サーシャの輪郭が、再びはっきりと現れる。
彼女は息を乱すこともなく、こちらへ戻ってきた。
「完了だ」
「……あんた、本職は
「違う。ブリジット様の護衛だ」
サーシャは刃についた血を、手早く布で拭い取りつつ答える。
その仕草には一切の無駄がなく、終わった仕事を片づける暗殺者のそれでしかない。
「……まったくのお荷物ってわけじゃなさそうだな」
「貴殿に少しでも認めてもらえたのなら光栄だ」
サーシャは、どこか誇らしげに口元を緩めた。
その横でルインが、目をきらきらさせている。
「サーシャさん、かっこいいです! 首、すぱーって!」
「だまれ、ルイン。大声だすと人がくるだろ」
「あっ、ごめんなさい!」
俺が突っ込むと、ルインはにへらと笑う。
目の前で命のやり取りがあったというのに、こいつには緊張感が足りない。
とにかく、門番は無効化した。
俺達は入口のそばまで移動する。
「さて、この死体どうするか……」
入口に転がしたままだと、気づかれる可能性が高い。
騒ぎ立てられるとやっかいだ。
「面倒くさいが、どこかに運ぶしかねえか……」
そう考えた瞬間——
「わたしが、やる」
ブリジットが、ちょこんと手を挙げた。
「……お前が?」
「うん。たぶん役に立てると思う」
ブリジットは小さく息を吸い、しゃがみ込む。
おそるおそるといった感じで、地面に倒れる死体に指先でちょんと触れた。
その瞬間、門番の死体が青白く輝いて——視界からふっと消えた。
「……え?」
俺は間抜けな声を出してしまった。
さっきまでそこにあった死体が、最初から存在しなかったみたいに、こつ然と消えてしまった。
「何をした?
俺の言葉に、ブリジットはこくりと頷く。
「うん。〈
「収納魔法……?」
「触れたものをね、
ちょっとだけ胸を張りながら、ブリジットは自分の能力について語り始めた。
「〝
言葉を選ぶように、一度だけ区切る。
どうやら彼女なりに、分かりやすく説明しようとしているらしい。
「今のはスクラップ行きだから、もう取り出せない。……でも、ストックに入れたものは取り出せるよ。こんなふうに」
ブリジットが手のひらを差し出した。
そこから、ぽん、軽い音を立てて松明が現れた。
「中、暗いかも。使うでしょ?」
「お前……いや、なんでもない」
(……四次元●ケットじゃねえか。どんなチート能力だよ)
思わず感心してしまう。
俺は咳払いで誤魔化した。
「ブリジットさん、すごいです! なんでも出せるんですか!?」
「うん。物ならなんでも……大きさも重さも関係ない。〈ストック〉に入れている間は時間の経過も関係ないから、食べ物も腐らないよ。えへへ、便利でしょ」
ブリジットは、言い切ってから、ちらっと俺を見る。
「役に立てるよね?」と確認するみたいな目だ。
少し癪だが、素直に褒めてやることにした。
「……どうやら、本当にただの足手まといじゃなさそうだな」
俺の言葉に、サーシャもブリジットも、嬉しそうに頷いた。
「よし、いくぞ」
◆
門番を片付けた俺たちは洞窟へ入った。
ブリジットがさっそく取り出した松明を掲げようとするのを、俺は手で制した。
「火は点けるな」
「え? でも、真っ暗だよ」
「灯りでバレるかもしれない」
「あ、そっか……でも」
俺の言葉にサーシャが周囲に視線を走らせ、小さく声を上げた。
「ジューダス殿、貴殿の言うことはもっともだが、このままでは何も見えないぞ」
「問題ない」
俺は声を潜めたまま、短く呪文を刻む。
「〈
淡い光が、俺たち全員の目に溶け込んだ。
闇が薄まり、周囲の視界がぼんやりと浮かび上がる。
「わ……! 明るい……!?」
「これは……? 視力強化か」
ブリジットが目を丸くし、サーシャは静かに感心したように息を吐いた。
俺はさらにもう一段。
今度は自分だけを対象に、耳へ意識を集中させた。
「
瞬間、耳から伝わる世界が一変した。
風が岩肌を撫でる音。
天井から落ちる水滴。
遠くで羽ばたくコウモリの気配。
焚き火が弾ける、乾いた音。
洞窟の奥に広がる〝音〟が、輪郭をもってくっきりと立ち上がる。
その中から、俺は人が発する音だけを選り分けた。
話し声。笑い声。足音。
食器が触れ合い、食べ物を咀嚼する音。
布団の上で寝返りを打つ気配。
間延びした、いびき。
「人数は、ざっと……三十人ってとこだな」
俺はそれら物音をベースに敵の配置を予想立てた。
巡回している足音が——五。
食器の触れ合う音が固まっている。あそこは食堂だな、六。
間延びしたいびきが五つ分。寝室か。
さらに洞窟の一番奥。
広い空間に、十五人前後がまとまっている気配。
音の質が違う。
怯えた呼吸が混じっている……かすかなすすり泣く声。
これはきっと村から連れ去られた人間だ。
人質の数が五人ほど。
残りが、護衛の盗賊たちってところか。
(……よし、あとは地図に落とし込むだけだ)
俺は地面にしゃがみ込むと、拾った小石でガリガリと地面を削っていく。
そうして描いたのは洞窟内の見取り図だ。
そこに、音の情報をもとに、敵の配置を付け足していく。
「よし……ざっと、こんなもんだな」
俺は立ち上がり、手についた土汚れをパンパンと払う。
「ジューダス殿、これは?」
サーシャが地面を見下ろし、わずかに目を見開いた。
「この洞窟の地図に決まってんだろ。いいか、現在地がここ。んで、敵がいる場所がここだ。巡回している奴らはこの矢印のルートを通ってる。……で、さらわれた村人たちがいるのがここ。一番奥の広間だな」
地図を指でなぞりながら、要点を伝えていく。
ふと三人の顔を見ると、全員ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
「なんだよ?」
「ジュダさま……この地図、どうやって?」
「どうやってって……
「すごすぎません!?」
「バカ! 声がでかいんだよ!」
「……あ! ごめんなさい!」
ルインは慌てて両手で口を閉じる。
だが、その目には驚きの色が宿ったままだ。
ブリジットも「すごい……」と呟き、サーシャは短く息を吐いた。
「ジューダス殿……貴殿の本職は、
「大げさだな。こんなもん、コツさえつかめば誰だってできるわ」
サーシャがずいっと俺に顔を近づけてきた。
「大げさなわけないだろう!」
「え?」
サーシャはまるで怒っているみたいに、俺にくってかかる。
「音という限られた情報だけを手がかりに、しかもこれだけの短時間でこれだけ精緻な地図を描ける人間なんて……! それこそ本職の
そして一拍置き、わずかに口元を緩めた。
「心の底から思うよ。貴殿がこうして私たちの指揮を執ってくれることが心強い」
そんなサーシャの言葉に、首をこくこく縦に振って同意するのはブリジットだ。
「うん、ジューダスに出会えて、私たち運がよかった。仲間にしてくれて、ありがと」
(誰が仲間だ、誰が!)
心の中でサーシャたちの言葉を否定する俺。
内心で悪態をつきながら視線を逸らす俺の横で、ルインが満面の笑みを浮かべる。
「えっへん! でしょうでしょう! ジュダさまは、頼れる主様なんです!」
ルインはまるで自分が褒められているみたいに得意げだ。
やめろ。褒めるな。
ムズムズする。
同じこの気分を味わうなら、せめて感謝にしてくれ。
そうすりゃ刻数が増えるんだ。
俺は小さく咳払いをし、空気を切り替えるように立ち上がった。
「敵の数が思ったより多い。手分けするぞ。サーシャとブリジットは、
「了解だ」
「うん。ストック、頑張る」
俺の作戦に、サーシャもブリジットも頷いた。
「ルインは俺についてこい」
「はい! ジュダさま専用救急箱、出動です!」
「だから声がでかいっつーの」
軽く額を小突いて黙らせると、ルインは顔を赤くしてえへへと小さく笑った。
「よし——行くぞ」
俺たちは闇の中へ、進んでいった。