人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜 作:三月菫
俺とルインは、足音を殺し、息を潜め、洞窟の奥へ。
マッピングは完璧だ。迷うことはない。
あらかじめ手分けしたとおり、巡回他ザコの相手はサーシャたちに任せて、俺達は敵との遭遇を避けながら、進んでいく。
やがて、通路がふっと開けて、目的地へ到着した。
俺とルインは物陰に身を潜め、そのまま広間の様子をうかがう。
洞窟の自然地形をそのまま利用したであろう、天井の高い開けた空間だ。
三方の壁には、奪い取ったであろう武器や盾、人間の頭蓋骨なんか無秩序に飾られている。
部屋の中央には丸太で組まれた大きな焚き火。
その赤い炎を囲むように、盗賊どもが
部屋の中央には丸太で組まれた大きな焚き火。
その炎を囲むのは盗賊ども。
笑い声と酒の匂い。
手には古びたカード。
どうやら、くだらない賭け事にでも興じているらしい。
部屋の奥には、動物の骨と革で作られた一丁前の玉座が鎮座していた。
薄汚れた毛皮が敷かれ、そこにふんぞり返る者がいる。
(けっ、人さらいのゴキブリどもが、一丁前に王様気取りかよ?)
そして玉座のさらに奥——
鉄格子に囲われた一画があった。
中には、鉄首輪をかけられた女たちが数人うずくまっている。
皆、顔色は絶望に染まり、目は虚ろ。
だが、商品としての価値を保つため、必要な食事は与えられているのか、血色自体は悪くない。
(……あれが、さらわれた村の女たちだな)
俺は物陰に身を沈めたまま、視線を玉座に引き戻した。
玉座にふんぞり返る
いかにも盗賊らしい下品な装いの大男だった。
革鎧は手入れもされず、血と汚れで黒ずんでいる。
胸元はだらしなくはだけ、無骨な装飾具や盗品の首飾りをこれ見よがしに下げていた。
傍らには大斧が立てかけられている。
(こいつがこの盗賊団の首領、ゴッサムか。どれだけやるかは知らねえが……)
敵の数はゴッサム含めて六人。
(さて、どう攻めるか。向こうは俺に気づいていない。それならまた〈
俺はブリジットたちを助けたときと同じ戦法で攻めようと、魔力を練り上げて、敵をより注意深く観察する。
そして——気がついた。
(あの野郎……
ゴッサムの周りだけ、魔力の流れが歪んでいる。
魔法を防御する敵がまとう特有の違和感だ。
(スキルか、アーティファクトか……少なくともゴッサムには〈
村長の話を思い出す。
どうやらまるっきりホラ話でもないらしい。
俺は小さく舌打ちした。
(まあいい。ゴッサムだけは、別で潰せばいい。まずはザコを散らすか)
作戦は決まった。
「ルイン」
俺はルインに声をかける。
「お前はここで待ってろ」
「わかりました……!」
ルインは俺のことを見つめる。
そして、俺の手を両手でとってぎゅっと胸元で握りしめた。
「ジュダさま、ご武運を……」
「楽勝だ。あんなゴミども」
俺はルインの手を解くと、身を隠したまま、視線を広場の盗賊たちに向けた。
息を吸って、魔力を練り上げた。
準備完了。
「〈インペンディス〉——」
詠唱と同時に、音もなく、光の茨が盗賊たちの足元から伸びた。
「——ッ!?」
「なんだァ!?」
「う、動けねえ!!」
「足が! 足がぁ!」
盗賊たちの悲鳴が重なる。
茨は腕も胴も首元も縛り上げ、逃げる余地を一切残さない。
だが、殺すことはしない。
前回の教訓で、人を殺すと償いの刻数が激減することが分かった。
俺は人を殺すことができない。
だから、
(燃費は悪いが、まあ何とかなるだろ)
「なんだてめえら!? どうした!?」
ゴッサムが、大斧を持って玉座から立ち上がった。
「襲撃か!? どこに隠れていやがる!? コソコソしてねえで、出てきやがれ!」
首領は威嚇するように大斧をふるい、広場へ向かって踏み出した。
俺はすっと立ち上がり、物陰から姿を現した。
「誰だテメエ!?」
「俺が誰かなんてどうでもいいんだよ」
ゴッサムの殺気にみちた視線に取り合わず、牢の方へ顎をしゃくった。
「安心しろ。お前たちを助けに来た」
牢屋の中の女たちがざわつく。
絶望にそまった瞳に、わずかに光が差した。
——もちろん、これは刻印を稼ぐための前フリにすぎない。
このセリフが後で〝ありがとう〟につながれば勝ち。
逆につながらなければタダ働きだ。
「助けに来たぁ? てめえ、リーフ村に雇われた用心棒か? この
ゴッサムが、黄ばんだ前歯をむき出しにして笑う。
その笑みには、相手を暴力でねじ伏せてきた者特有の、
俺は肩をすくめ、淡々と言葉を返した。
「だからさ、お前が誰かなんて、どうでもいいんだよ」
俺はゆっくりとゴッサムのもとへ歩み寄る。
腰に差した片手剣を引き抜き、まっすぐゴッサムの顔に向けた。
「てめえはここで潰れるんだからな」
広間の空気が、ピリピリと張りつめた。
「邪魔者は全員動けない。一対一だ。どこからでもかかってこい」
「一対一……だと? くっくっく……」
俺の言葉に、ゴッサムが、腹の底から笑う。
よっぽど自分の実力に自信があるのか、ゴッサムの表情には焦りは一切見受けられない。
その代わりに、焦りだすのは手下の盗賊たちだ。
「や、やめてくだせえ! カシラ!」
「俺達、動けないんですぜ!」
「この状況で
口々に命乞いに似た悲鳴を上げる。
だがゴッサムは、そんな手下たちの言葉にまるで取り合わない。
ゴッサムは親指と人差し指で輪っかを作ると、それを口に当て——
ピューイッ。
指笛を吹き鳴らした。
次の瞬間。
ドゴオオオオン——!
轟音と共に、天井が爆ぜた。
岩が砕け、粉塵が雨のように降り注ぎ、巨大な影が落ちてくる。
俺は反射的に後方へ跳び、距離を取った。
落下してきたのは——
全長は優に五メートルを超えるだろう、異様な巨体。
赤黒く硬そうな皮膚。
盛り上がった筋肉の塊。
両腕には、人を叩き潰すためだけに存在しているような巨大な棍棒を握っている。
「オーガ……」
俺は低く息を吐き、乱入者の正体を告げた。
『ぐおあああああああああああああっ!!』
オーガは咆哮。同時に暴れだし、棍棒を振り回した。
「ぎ、ぎゃああ——エブッ!!」
「やめ、やめえええ——あろッ!?」
拘束された手下たちに、逃げる術はない。
棍棒が振り下ろされるたび、悲鳴は途中で潰れる。
べしゃっ。
ぐちゃっ。
めきょめきょっ。
悲鳴の変わりに響くのは、骨と肉が一緒くたに潰れる音。
盗賊たちの身体はあっという間に地面に押し潰され赤い花と化す。
血と内蔵が辺りに飛び散り、周囲を濃厚な血の匂いで満たした。
「ひひひ……この事態は予想外だろ?」
阿鼻叫喚となった広場を前に、ゴッサムが、どこかうっとりした声で言う。
「テメエも今から肉片にしてやるからよ」
俺はといえば、冷静にオーガの様子を観察していた。
暴れるオーガの首元に、不釣り合いな光るものを見た。
「……アーティファクト、〈支配の首輪〉か」
「ほう、知ってるのか?」
ゴッサムが目を細める。
「じゃあ話は早い。俺はオーガと契約してるんだ。こいつは俺の命令どおりに動く。後悔してももう遅えぞ。金を積まれたか、はたまたヒーロー気取りか知らねえが、テメエは終わりだぁ!」
俺は、鼻で笑った。
「なんだよ。オーガの二つ名の意味って、そういうことか」
「なんだと?」
「身も蓋もねえな。オーガのように強いんじゃなくて、ただオーガが強いだけじゃねえか」
ゴッサムの顔が、引きつる。
俺はニヤリと口角を上げて、言葉を続けた。
「ちっとは楽しめるかと思って、期待したのにさ。期待ハズレもいいところだよ、
「俺はゴッサムだ!」
「だから、アンタの名前なんかどうでもいいんだよ」
次の瞬間、ブチ切れたゴッサムが叫んだ。
「オーガ! その
怒号と同時に、オーガの棍棒が持ち上がる。
オーガは低く唸り声をあげ、棍棒を肩口まで引き絞った。
全身の筋肉が膨れ上がり、皮膚の下で力がうねるのがはっきりと分かった。
次の瞬間、オーガが、巨体に見合わないスピードで突っ込んでくた。
振り下ろされる棍棒。
地面ごと爆ぜる衝撃。
「ジューダス様!」
ルインの叫び声が遠い。
圧倒的な質量と力が、容赦なく迫ってくる。
衝撃が俺の身体を貫いた。