人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜 作:三月菫
強いヤツは、何をしたって許される。
いけ好かない旅人のガキが、オーガの棍棒に叩き潰された光景を見て、俺様は腹の底から込み上げる笑いを抑えることができなかった。
物心ついた頃から、俺サマの体はデカかった。
体がデカい分、拳も、肩も、声もデカい。
成長するにつれて、周囲の人間は、親も含めて俺様に意見できなくなっていった。
だから、思うままに、欲しいものは他人から力尽くで奪った。
金も、モノも、女も。
全部、弱いやつから巻き上げる。
徹底的にしゃぶり尽くす。
利用価値がなくなったら、ゴミみたいに殺す。
誰もそのことを咎めなかった。
意見したやつは、口を利けなくなるまで殴るか、殺すかしたから。
そんな日々を送るうちに、俺様は気づいたんだ。
(強いヤツは、弱いヤツに何をしたって許される)
それが俺様の信念だった。
弱い奴が悪い。
嫌なら強くなればいい。
それができない奴らはクズだ。
だから奪う。潰す。あざ笑う。
それが強者の特権だ。
より効率的にクズから奪うために、俺は行動した。
ならず者を集め、盗賊団を作った。
村を遅い、女を犯し、人を売り飛ばした。
そして、そんな俺様の王国は、ある日行商人のキャラバンから略奪した〈支配の首輪〉を手に入れたことで完成する。
その後、手下五十人の命と引換えに、支配の首輪をオーガに設置。
それから、このオーガは俺に絶対服従をする操り人形だ。
自分自身が命を張って戦う?
馬鹿げてる。
もっと簡単に、もっと確実に、弱者から奪えばいい。
そのために、オーガは便利な道具だった。
そして俺様は弱者から奪うことを続けた。
弱者の泣き声はいい酒のつまみになる。
その声を聞いていると、自分が選ばれた強者であることに、しみじみと幸せを感じることができるからだ。
ときたま、正義の英雄気取りのザコがこうして俺様の縄張りに入ってくる。
そういうバカ共は全員、オーガの棍棒でひき肉に変えてやった。
今もそうだ。
英雄気取りのガキはオーガの棍棒に叩き潰れた。
土煙の奥で、ひき肉になってたはずだろう。
「うひゃひゃ……バカなやつだ。余計な正義感で首を突っ込まなけれりゃ、長生きできたのによう」
俺様は、勝利を味わうように、腰にぶら下げた革袋に入った酒をあおった。
「分かったか? これが強者の特権だ。強いヤツは弱いヤツになにしたっていいんだよ!!」
もう聞こえていないだろうガキに俺は世界の摂理を伝えてやった。
だが。
土煙が、ゆっくりと薄れていく。
――そこに
「…………あ?」
笑いが、喉の奥で凍りついた。
あのガキが、無傷で立っていた。
ちっぽけな片手剣一つで、オーガの棍棒を正面から受け止めたまま。
「……ばかな!?」
思わず声がひっくり返った。
「岩をも砕くオーガの一撃を……!?」
そのガキの顔は涼しげだった。汗一つかいていない。
わずかに顔もしかめてない。
余裕。余裕しかない……!
信じられねえ!!
「悪いが家庭の事情でガキの頃から、オーガとは戦い慣れてんだよ」
平然と、そんなことを言う。
意味が分からない。
俺がこのオーガを使役するため、手下が何人死んだと思ってる!?
「さて、じゃあ俺からいくぜ」
次の瞬間。
そのガキが棍棒を――弾いた。
オーガの巨腕が持つ質量が、ちっぽけなガキの力に押し返され、体勢が崩れる。
刹那、ガキの身体が消えた。
俺様の目には、まるっきり消えたとしか映らなかった。
剣が閃く。
血しぶきが舞い上がり、まず、オーガの両腕が落ちた。
重い肉塊が床に叩きつけられる。
『グギャアアアアアアアアアアアア!?』
オーガの苦悶の
俺様の目が、ガキの姿を捉える。
いや、また消えた。
そして再び剣閃。
『ギャン!?』
続けて、右足が分断。
支えを失った巨体が崩れ、ずしんと洞窟を揺らした。
俺様は、口を開けたまま息をすることすらできなかった。
俺様の
人間の剣で。ほんの瞬きの時間で。
「これで終わりだ——」
ガキの呟くような声が聞こえた。
黒い影が跳躍した。
あのガキ、オーガの巨体を足場にして、駆け上がってやがる!?
やがてオーガの首筋に到着し、跳躍。
剣の軌跡が、円を描き。
ズバンッ!!
信じられねえ!!
オーガの首が……落ちた。
「ジュダさま、すごいです!」
離れた場所から、女の声が響いた。
ジュダ?
あのガキの……いや、あの死神の名前か……!?
首を失ったオーガの巨体が、ずしんと倒れる。
洞窟の空気が、急に静かになった。
ゴッサムは、背中がぞっと冷えた。
(……ありえねえ! ありえねえ!‼️)
あのオーガはゴッサムの暴力そのものだった。
弱者からすべてを奪うための力だった。
それが、今――無惨な屍になって床に転がっている。
「ば、ばかな!? オーガをたった一人で倒すなんて!? 人間じゃねえ!? な、なにもんだてめえ!?」
声が裏返る。
足が勝手に下がる。
冷や汗がぶわっと全身から湧き上がった。
その顔には、たった今大物食いを果たした達成感なんか微塵もねえ。
まるで散歩だ。
まるで
「言っただろ?」
ジュダが、淡々と言葉を告げた。
「これから潰れるやつに名前を教えてたって意味ねえんだよ」
ゴッサムは、喉を鳴らした。
汗が滝みたいに流れ、視界が滲む。
「お前——言ったな。強いヤツは弱いヤツに何してもいいって」
ジュダの口元が、笑った。
ぞっとするほど静かな笑みだった。
「正解だ。この世界の真理だよ」
そして。
「俺はお前より強い――だから俺は、
じょぼじょぼじょぼ……
その言葉を聞いた瞬間、俺様は自分の意識とは関係なしに、失禁してしまった。
殺される!
このままじゃ俺は殺される!
この死神に!!
「――だから俺は、お前に何をしてもいいんだよな」
「や、やめろ! やめて、ください!! 金なら差し上げますから! 女も!!」
今まで命乞いする奴を笑ってきたのに、自分がそれになるなんて。
死神はそんな俺様の懇願を鼻で笑った。
「いらねえよ、そんなもん。こんな肥溜めの主になるなんてゴメンだぜ」
「ひいいい! 殺さないで!」
死神が目を細める。
「そうやって命乞いした人間を、何人殺してきた?」
その一言で、ゴッサムの息が止まった。
――数えたことなんてない。数える必要もないと思っていた。
「それを散々しておいて、いざ自分の番のときはごめん被るなんて、通らねえよ」
ゆっくりと死神の剣が持ち上がる。
(斬られる――!)
思わず目を閉じた。
だが。
刃は落ちてこなかった。
(……あ、あれ?)
瞬間——
すさまじい衝撃が、顔面を突き抜けた。
痛みが爆発し、情けない声が漏れた。
「がべッ!?」
ごしゃり、と鈍い音が脳天に響く。
身体がふっとんだ。
「一身上の都合で、お前を殺せないんだ……運が良かったな」
氷みたいに冷たい、なのにどこか苛立ちを含んだ声が届いた。
その死神の声を最後に、俺様の意識は、闇へ沈んだ。