人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜 作:三月菫
「……終わったな」
俺は刀身にこびりついた血を手入れ布で拭きとってから、剣を鞘に収めた。
盗賊たちはオーガも含めて全員沈黙。
広間のには戦いの熱気だけが残っていた。
「ルイン、もう出てきていいぞ」
俺が声をかけると、物陰から白い影が飛び出してきた。
「ジュダさまっ!」
「おわっ!?」
ぼふっと俺に飛びついてくるルイン。
ルインはその勢いのまま、俺の身体中のあちこちをぺたぺたと触りながら、超至近距離で顔を覗き込んできた。
「お怪我はしていませんか!? どこか痛いところは!?」
「ねえよ。だから落ち着け」
「よかったぁ……!」
へなっと、力が抜けたように安堵の声をもらす。
それから一転、満面の笑みで俺の顔を見つめた。
「さすがジュダさまです!」
……相変わらず、こいつには調子が狂う。
「ジューダス殿!」
そこへ、洞窟の奥側から人の気配が滑り込んできた。
振り返るとサーシャとブリジットだった。
「そっちも片付いたか」
「ああ、中の構造、敵の配置……完璧に貴殿の作った地図のとおりだった」
「らくしょー」
にこやかに返事をしたサーシャと、その隣で得意げにブイサインするブリジット。
二人の視線が、床に横たわるオーガの巨体へ向けられた。
その目がわずかに見開かれた。
「……これは……まさか、オーガ?」
「おっきい……」
サーシャとブリジットは、しげしげといった様子で、その死体を見下ろした。
「ジューダス殿。貴殿が、これを?」
「他に誰がいんだよ」
軽く言ったつもりだったが、サーシャはバカ真面目な顔で俺の顔を見つめてきた。
「一体倒すのに、一流の冒険者十人は必要と呼ばれているんだぞ? それをたった一人で……」
「ジューダス、すごすぎる」
感嘆の声をもらす二人。
するとルインが、ここぞとばかりに胸を張った。
「でしょう!? ジュダさまは最強なんです! オーガの棍棒を、こう――えいっ、って! そのあと、シュパパパパッ!って! ズバーンって!!」
「うるせえよ、ルイン」
「ごめんなさい!」
軽くルインの頭にチョップする俺と、元気よく笑顔で謝るルイン。
ブリジットが思わずといった感じでくすりと笑い、つられるようにサーシャも口元を緩めた。
俺は咳払いを一つして、話を本筋に切り戻すことにした。
「それで、全員片付けたんだな?」
「ああ、他の場所にいた盗賊たちは全員
淡々としたサーシャの答え。
つまり、殺したということだ。
俺は視線を、部屋の隅に転がる盗賊団の首領、ゴッサムへ戻す。
顔面ぐしゃぐしゃの見るも無惨な姿で、ゴミみたいに転がっている。
だが呼吸はある。しぶとく生きている。
「ジューダス殿、この男は、まだ息があるようだな」
「ああ。こいつがこの盗賊団の首領だ」
「殺さないのか?」
サーシャの問いは、正論だった。
だが――俺にはできない。
「別に、殺す必要はないだろ。もう無力化したんだ。このまま村に引き渡せばいい」
殺さないという俺の判断。
もちろん、それは薄っペらい
単純に〈罰のアミュレット〉の呪いのせいで殺せないだけだ。
「ブリジット。こいつをストレージで運べるか」
「……できない」
ブリジットは申し訳なさそうに首を振る。
「生きているモノは〈ストック〉にも〈スクラップ〉にも入らない……ごめん」
「……そうか」
アテが外れた。
俺は地面に転がるゴッサムに視線を降ろす。
この怪我の具合じゃ、こいつが自分で歩けるかも怪しい。
縛って運ぶか? めんどくせえ。
俺が額を押さえた、そのとき。
サーシャが、少し言いにくそうに口を開いた。
「ジューダス殿。この男は、ここで始末すべきではないか?」
「あん?」
「村人たちに、この男を管理できるとは思えない。縛っても、牢に入れても、逃げ出す手段はいくらでもある」
「……」
正論だ。
こういうクズは、反省なんてしない。
生き残れば次に同じことをする。
――分かってる。分かってるのに。
俺は言葉を飲み込んだ。
罰のアミュレット。
その呪いがある限り、俺は〝殺す〟という選択肢を取れない。
サーシャに代わりに
視界の端に浮かぶ、断罪の刻数のカウントは、たったの「4」。
この状況でリスクは取れない。
沈黙が落ちた。
その沈黙を、ふわっと崩したのは、ルインだった。
「……なんだかよく分かりませんけれど」
ルインは、俺の顔を覗き込むみたいに首を傾げた。
「ジューダス様は、この人に手をかけたくないのですね?」
「……」
否定できない。肯定もできない。
俺が黙っていると、ルインは両手をぱんっと打ち鳴らすと、にっこり明るく笑った。
「それなら、ルインに
「……いい考え?」
「はいっ! ルインにお任せくださいっ」
そう言うと、ルインは鼻歌まじりにゴッサムへ近づいた。
彼女は、倒れている首領の枕元に膝をつき、そっと顔を覗き込む。
そして、懐から
「お、おい……?」
俺は嫌な予感がして、慌てて呼び止める。
しかしルインはふり返らずに、両手でしっかりと短剣を握りしめて——
「えいっ」
迷いが、なかった。
ずぶり。
短剣の刃が首元に沈み込む。
遅れて、鮮血が噴き上がった。
血飛沫がルインを汚す。
「――なっ!?」
思わず喉が引きつって、声が裏返った。
サーシャは小さく息を飲み、ブリジットは反射的に両手で口を押さえた。
ゴッサムの身体が、びく、びくん、と跳ねて――
やがて力が抜け、動かなくなった。
血まみれのルインが、ゆっくり立ち上がる。
そして、俺を見つめて、にっこり笑った。
「はい、死にました。これでもう大丈夫ですっ」
いつもどおりの、あどけない、無邪気な笑顔。
「わざわざジュダさまの手を煩わせる必要はありません。汚れ仕事はルインにお任せください」
「……お前」
「これで運ぶ必要もなくなりました。楽ちんですねっ!」
言葉が、喉につかえて出てこない。
あまりにも、ルインの取った行動が、俺の知っている彼女とかけ離れていたからだ。
背筋が冷える。
それなのに、胸の奥が妙に熱い。
理解が、まるで追いついていない。
ルインは血に染まった手を、服の裾で無造作に拭った。
それから何事もなかったように、ぺこりと小さく頭を下げる。
「えへへ、汚れちゃいました」
その仕草は、あまりにも健気で、あまりにも――普通だった。
サーシャが、低く息を吐いた。
「……なるほど。ルイン殿も、覚悟があるのだな」
「はいっ」
ルインは元気よく頷き、胸に手を当てる。
「ルインは、ジュダさまの役に立ちたいんです!」
「そのためなら、
あまりにも自然な言い切りに、俺は言葉を失う。
ルインは、俺のためなら、躊躇なく人を殺す。
殺すことができる人間だった。
(いや……ここでは殺すのが正解だ。俺だって、同じ立場ならそうする)
面倒ごとは消えた。
助かった。
――そのはずなのに。
喉の奥が、やけに乾いていた。