人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜 作:三月菫
その日の朝、村の入口はちょっとした騒ぎになっていた。
村長を先頭に、老若男女がずらりと並んでいる。
誰もが俺達に対して深く頭を下げ、涙ぐんでいる者までいた。
「本当に……本当にありがとうございました……! あなた方がいなければ、リーフ村は……! うう……!」
村長は何度も頭を下げながら、涙にぐしゃぐしゃになった顔でそう言った。
「この御恩は、決して忘れません! 村にジューダス様たちの功績を称える石像を――」
「アホか」
即座に、俺は切り捨てた。
「そんな無駄なもん作るヒマがあるなら、その石と金で村を立て直せ。壊された家を修理して、放置されてる畑を耕作しろ」
ぴしり、と空気が止まる。
「……英雄譚の自己満足じゃ、村の腹は膨れねえ」
俺は腕を組んだまま、淡々と言った。
「俺への感謝なんてどうでもいい。どのみち俺はこんな辺鄙な村に二度と足を踏み入れるつもりもねえ。だからあとはてめえらが勝手にやれ。俺達のことは忘れろ」
一拍。
村人たちが、言葉の意味を噛み砕くように沈黙する。
次の瞬間——
「……う、うう……!」
「ありがとうございます……!」
「なんてお方だ……!」
「我らが救世主!」
嗚咽と感謝の声が一斉にあふれ出した。
村人たちは、さっきよりもさらに激しく感極まり、涙を流しながら頭を下げている。
(なにこれ、キモ……)
しかも、償いの刻数も増えてるんですけど。
ということは、こいつらは今の俺の言葉に本気で感謝してるってことだ。
完全に予想外の反応だった。
(俺は別に、刻数稼ぎでもなんでもなく、普通に合理的な話を――ちっ、どうでもいい)
「ジュダさま……!」
横で、ルインが両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、うるうるした目で俺を見ている。
「流石です! 村のことを本気で考えてくれてるんですね……!」
「……違うっつーの」
「ルインは知ってます。ジュダさまが、誰よりもお優しい人だって」
「だから……」
ルインは胸に手を当て、はっきりと言い切った。
「強くて、優しくて、かっこよくて……! ジュダさまは、ルインの誇りで……大好きな主さまです!!」
「お前それやめろ!」
まとわりつくルインを引き剥がそうとしている俺のことを、
「ジューダス殿……」
「あん?」
しみじみ見つめて、深く息を吐いたのはサーシャだった。
「……貴殿は、本当に不思議な男だ。力を誇らず、見返りを求めず、誰よりも本質を見据えている」
「買いかぶりだ」
「いや、事実だ。それは誰にもできることじゃない。貴殿は、本当に信頼に足る男だ」
ブリジットは、そんなサーシャの後ろで小さく微笑んでいた。
「……きっと石像なんかなくても、この村にジューダスの名前はずっと残るよ」
「だから残さなくていいっつーの。あーもう、うっとうしい。英雄ごっこはこりごりだ。お前らもう行くぞ」
俺は愛馬シュアトにまたがった。
後ろにルインが。
もう一頭の馬には、サーシャとブリジットがまたがる。
「じゃあな」
馬上から村人たちにむかって短く告げる。
「英雄ジューダス様! 万歳! ばんざーい!」
俺たちは、その歓声を背に、リーフ村を後にした。
村人たちの歓声はずっと背後でこだましていた。
◆
村を出てしばらく。
街道を進みながら、俺は馬上から仲間たちに声をかける。
「オルレインまでは、あと三日だ」
「三日……もう少しですね!」
「リーフ村の件はとんだ寄道だったが、この先は一直線だ。野営が続くぞ。覚悟はいいな?」
「はい! ジュダさま!」
「了解だ」
「うん、わかった」
ルインにサーシャにブリジット。
三人とも素直に頷いた、その直後だった。
「ところで」
「あん?」
サーシャが、ふと視線を動かし、俺の背後にいるルインを見た。
「ルイン殿、体調は大丈夫か?」
「はい? 体調?」
唐突な問いかけに、ルインはきょとんと返事する。
「昨夜、ブリジット様がジューダス殿の部屋の前を通ったとき、中から……ルイン殿の苦しそうなうめき声が聞こえたと言っていた」
「え? いやまて! それは……」
俺は慌てて口を挟む。
昨晩といえば絶賛俺とルインがお盛ん……
「声をかけようとおもったけど、夜も遅かったから……」
ブリジットが不安そうに言葉を継ぐ。
「今も、顔が赤いし……ジューダスにもたれかかっている」
「……っ!?」
俺は反射的に背筋をピンと伸ばして、寄り添ってくるルインから離れた。
「もしもルイン殿の体調が優れないのであれば、一度リーフ村に引き返して……」
「お気遣いなく。ルインは……幸せなだけなんです」
うっとりといった口調で、ルインが言った。
「幸せとは……?」
「どゆこと?」
サーシャとブリジットが、同時に首を傾げる。
(やめろ!! それ以上言うな!!)
「とにかく、ルインは大丈夫だ! こいつは基本的にはバカだから風邪は引かない!」
「ひどいです!? ジュダさま!?」
俺は咳払いをして、強引に話題を切った。
「とにかくだ! 先を急ぐぞ!」
ぽかんとしているサーシャとブリジットを置き去りにするように、俺は手綱を握り、馬を進めた。
◆
それからも俺達はオルレインに向けて、淡々と馬を進めていく。
一日経過。
深い森に差し掛かり、木々が頭上を覆った。
進むにつれてどんどんと空気は冷え、周囲にちらほらと雪の白が混じり始めた。
二日経過。
地面も木々もすっかり雪に覆われ、周囲は静かな銀世界へと変わる。
馬の蹄が雪を踏みしめる音だけが、淡々と続いていた。
そして三日目——
日もすっかり落ちた頃、長く続いていた森が途切れ、小高い丘陵地帯に出た。
視界が、一気に開ける。
満天の星空に、淡い光の帯——オーロラがゆらめいていた。
「わあ、綺麗……」
ルインが感嘆の声をあげる。
幻想的な夜空の下、暗闇の向こうに浮かび上がる小さな街明かりが見えた。
「あれが……オルレイン……」
俺のつぶやきは、吐く息と一緒に白く溶けていく。
(俺が統治する町か)
最北の辺境領オルレイン。
追放同然に送り込まれた、俺、ジューダス・ファウルトの領地。
(さて……)
視界の端で、償いの刻数が静かに光る。
残数は「18」——
(ここで、どう生き延びるかだ)
俺は手綱を引き、ゆっくりと馬を進めた。