人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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第2話 偽善に縛られる

 

「……様。……ジュダ様」

 

 暗闇の中、どこか遠くから、ふわっとした声が聞こえた。

 その声が俺の重たい身体を引き上げるかのように、ゆっくりと意識が浮上していった。

 

 重たいまぶたをゆっくりと開ける。

 視界に飛び込んできたのは、見慣れた天井だった。

 

 感じるのは、身体に馴染む、柔らかいベッドの感触だ。

 

「ここは……俺の部屋……?」

 

 俺は自室のベッドの上に横たわっていた。

 首をもたげて周りを確認する。

 照明が落とされた室内は少し薄暗い。

 窓の外の光の感じからして、今は夕方といったところだろうか。

 

「俺は……食堂で朝食を食べて……それから……?」

 

 朝食の場で……

 ルインの奴にイライラして……

 皿をぶちまけて……

 そして――

 

 自分の身に起きたことを思い出そうとしていると、

 

「ジュダさま!」

 

 俺の名前を呼ぶ大きな声が、思考をぶった切った。

 

「……ルイン?」

 

 視線を声の方にずらすと、ルインの大きな瞳とかちあった。

 ルインは枕元の椅子にちょこんと腰掛けて、今にもポロポロと泣き出しそうな目で俺を見つめていた。

 

「よかったぁ……目を覚まされたのですね……」

 

 その顔が、今朝の出来事を俺に思い出させた。

 

 俺はルインに八つ当たりをした。

 そしたら、頭の中に謎ボイスが響いて。

 頭が爆散するかと思うほど激しく痛んで……。

 

「俺は気を失っていたのか」

 

「はい……朝食中に倒れて、もう半日もずっとですよ……ぐすっ」

 

「なんで泣いてんだ?」

 

「だって、ジュダさま全然起きないから……」

 

 目にいっぱい涙をためたまま、ルインが続ける。

 

「回復魔法も全然効かなくて……奥様にお伝えしても、お医者さまも呼んでくれなくて……ぐすっ……」

 

(意味がわからねえ。なんで、俺のことを心配しているんだ、コイツは……)

 

 俺はルインのことを常に邪険に扱っている。

 正直、今朝のような八つ当たりなんて日常茶飯事だ。

 なのになんでコイツは——俺から離れようとしないんだろう?

 

 だが、そんなどうでもいいことに思いを馳せたのは一瞬だった。

 すぐに自分の視界に映る違和感に気づいた。

 

 ——5。

 

 相変わらずぼんやり光をまといながら、俺の視界の端に浮かぶ謎の数字。

 その番号が変化していた。

 今朝の段階では、カウントは「6」だったはずだ。

 

「……数字が、減った?」

 

 正直、嫌な予感しかしない。

 寝てる場合じゃなかった。

 俺は慌てて起き上がろうとして——

 

「……ダメです!」

 

 ルインが、ぽすっと俺の肩を押し戻す。

 

「ジュダさま! まだ安静にしてなくちゃいけません!」

 

 ルインの柔らかい身体が俺に押し付けられる。

 くそ、ちびのくせして胸の大きさだけは……

 いや、そこは今どうでもいい。

 

「別にどうってことねえ。もう治った」

 

 わざとぶっきらぼうに返す。

 ルインの腕を振り払い、ベッドから立ち上がった。

 

「もう大丈夫だ。下がれ」

「ですが……!」

「聞こえなかったのか? 下がれって言ってんだよ」

 

 語気を強めるも、ルインは食い下がってくる。

 

「ジュダさま!」

「……んだよ」

「わたし、本当にお身体が心配なんです! 今は動かないほうが……せめて、少しだけお休みになってから――」

 

 ルインにしては珍しく、ぐいっと前に出てくる口調だった。

 

(くっそ……なんで俺なんかに……そんな必死なんだよ……!)

 

 ルインの思いやりにあふれた眼差し。

 それが、俺をイラつかせた。

 

「しつけえんだよ!」

 

 思わず、ルインの腕を乱暴に振り払っていた。

 

「きゃっ――!」

 

 体重を預けていたせいか、ルインの身体がバランスを崩す。

 小さな悲鳴とともに、ルインは床に倒れ込んだ。

 

「いたっ……」

 

 鈍い音。

 小さな悲鳴。

 床に尻もちをついたルインの肩が、小さく震える。

 

(あ……)

 

 一瞬だけ、胸の奥がチクリと痛んだ。

 だが、そのことを自覚する前に——

 

 

 ◤汝の罪を確認した。償いを要求する◢

 

 

「っ……!」

 

 

 頭の中に、またあの声が響いた。

 視界の端の「5」が、激しく赤く点滅する。

 

 頭の中に杭をぶち込まれたかのような痛み。

 

「ぐがああああああああッ!?」

 

 再び、脳を内側から殴りつけられたような痛みが襲ってきた。

 

 視界がぐにゃりと歪む。

 床が遠ざかり、天井が近づく。

 吐き気と眩暈が一気に押し寄せてきた。

 

「ジュダ様っ!?」

 

 ルインの悲鳴が、遠く近く反響する。

 

 痛みに襲われながら、それから逃れようと、必死に思考を回す。

 

(罪? 償い? んだよ、それ……!)

 

 朝、俺はルインの作った朝食を気に入らないといって、食器を床にぶちまけた。

 そして今は、俺の体調を案じてきたルインを突き飛ばした。

 

 その結果が、頭に響く謎ボイス。

 そしてこの激痛だ。

 

 視界の端で「5」が、赤く激しく点滅している。

 そのカウントが――「4」に切り替わった。

 

(朝も……頭痛はルインに八つ当たりしたあとだった。そして今も——)

 

(罪って……まさか、ルインを突き飛ばしたことか?)

 

 頭の痛みは激しさを増す一方だ。

 

(罪を償え、だと……!?)

 

 頭蓋骨の内側から、何か鋭いものでガリガリと削られているような感覚。

 このままだと俺はまた気を失う。

 いや、死んでもおかしくないレベル。

 

(くそ! やればいいんだろ!?)

 

 俺は頭を片手で抑えながら、必死にルインの方に向き直る。

 

「ル、イン……!!」

 

 床に尻もちをついたまま、俺を見上げるルインの青い瞳が、びくりと揺れた。

 

「……わ、悪かったッ!!」

 

 言いたくもない言葉を、喉の奥から無理やり搾り出した。

 

「お前に! 当たるつもりじゃ……なかった! すまな! かった……!」

 

 俺がルインに謝ったその瞬間——

 すっと波が引くかのように、さっきまでの激痛が嘘みたいに消え失せた。

 

「……あ?」

 

 さっきまで耳鳴りと吐き気でぐちゃぐちゃだった世界が、急に静かになる。

 視界の端を見る。

 

 ――4。

 

 数字のカウントは、静かにそこに浮かんでいた。

 

(……とりあえず、止まった、のか?)

 

 試しに頭を振ってみても、もうあの痛みは戻ってこなかった。

 俺は冷や汗ダラダラの額を(ぬぐ)う。

 

 

「ジュダ様! やっぱりお医者さまに診てもらわないと!」

 

 ルインは身を起こすと、まだ涙の残る瞳で、こりもせずに俺に歩み寄ってきた。

 コイツは……さっき俺に突き飛ばされたのに――まるで怯む気配がない。

 

「ジュダさま、顔が真っ青です! もしかしたら大きな病気なのかも。きちんとお医者さまに――」

「だから、しつこ……」

 

 思わず、いつもの調子で暴言を返しかけて――慌てて思い直す。

 また、あの頭痛に襲われたら洒落にならん。

 

「ごほん……大丈夫だ……」

 

 咳払いをしてから、俺は実に俺らしくない言葉をルインに投げかけた。

 

「心配かけたな。()()()()()、ルイン」

「えっ!? あ、ありがとう!?」

 

 逆立ちしたって俺が言うはずのないセリフに、ルインが目を瞬かせる。

 

「えっ!? ありがとうございます!? ええっ!? ジュダさまが!? わたしに!? えええええ!?」

 

 まあそうなるよな。俺も言ってて変な汗出てきてる。

 

 だが、いつまでもここでルインとじゃれている場合じゃなかった。

 俺は踵を返して廊下へ続くドアへ向かう。

 

 ドアノブに手を伸ばしたところで、背後からルインが俺を呼び止めた。

 

「ジュダさま! どこに行かれるんですか?」

「図書室だ。ちょっと、調べたいことがあるだけだ」

 

 短く答え、俺は自室を後にした。

 

 

(クソ……! あのアミュレットのこと……調べないといけねえんだよ!)

 

 

 

 

 

 ファウルト家の図書室は、大屋敷の一番奥まった場所にある。

 昼間は使用人が掃除に出入りするが、夜ともなれば、ここに来るのは物好きくらいなものだ。

 

 で、その物好きが俺である。

 

「……違う、これじゃない」

 

 高い本棚が何列も続く、しんと静まり返った空間。

 手元のランプだけが、ページの上をちろちろと照らしている。

 

 俺が座る机の上には、本の塔。

 かき集めたのは図書館に蔵書されている魔導書の数々。

 

 俺はその山から一冊抜いてはパラパラめくり、「違う」と言っては閉じる作業を繰り返していた。

 

「これもハズレかよ……クソが……」

 

 視界の端では、相変わらず「4」が、じとっと貼り付いている。

 朝の時点では「6」。

 だが頭痛と共に、何かが条件となってカウントが進んだ。

 

(俺はこの数字の正体を知る必要がある)

 

 俺は椅子の背もたれにもたれ、軽く首を鳴らした。

 

「……さて。次はどいつだ」

 

 机の横に積んでいた本の山から、一冊、厚みのある古い本を引き抜く。

 

 革の表紙はひび割れ、金の箔押しはところどころ剥がれていた。

 それでも、堂々とした意匠から、かつてはかなり立派な本だったのだろうと分かる。

 

 表紙に刻まれた文字を、そっと指でなぞる。

 表紙は古代アルカナ文字で書かれていた。

 

 『魔道具(アーティファクト)詳説——』

 

 パラリ、とページをめくる。

 

 中身はびっしりと文字だらけだ。

 そのすべてがこの世界の常用語ではなく、古代アルカナ文字で記されている。

 

 普通の貴族なら、ここで読むのを諦めるところだろう。

 

 だが、俺は違う。

 

 ガリオスに叩き込まれた帝王学は、こういうときだけは役に立つ。

 

 ガリオスが課した地獄のカリキュラムには古文書の解読のための知識も組み込まれていた。

 おかげでアルカナ文字の癖のある文法も、骨の髄まで叩き込まれている。

 

(こういうときだけは、クソジジイに感謝してやってもいいな)

 

 皮肉まじりにそう思いながら、俺は本を読み進めていく。

 ページをめくるたび、さまざまなアーティファクトが紹介されていた。

 

 身を守る防御の指輪。

 魔力を蓄える宝珠。

 遠見の鏡、記憶を記録する羽ペン。

 

 古めかしいイラスト付きで載っているそれらを、ざっと流し読みしていく。

 

 ――そして。

 

「……あった」

 

 描かれていたとある挿絵に、目が釘付(くぎづ)けになった。

 

 丸い金属板に刻まれた、ヘビが絡み合うような紋様。

 中央には黒い宝石の核。

 

 見間違えようがない。

 あのアミュレットだ。

 

「これだ——!」

 

 思わず声が漏れる。

 俺はページに記された項目名を指で追いながら、読み上げた。

 

「『アクシウス式断罪具――()()()()()()()()』」

 

 

 

 そこから先の文章を、俺は一気に読み進めた。

 内容は、こうだ。

 

 ――このアミュレットは、アクシウス王朝時代に造られた、()()()()()()()()()である

 

 罪人を裁くために用いられた、いわば刑罰装置。

 

「所有者の視界に表示される数字は、〝償いの刻数(こくすう)〟……?」

 

 ——刻数は、所有者が()()()()()()()()()()()()()

 

 さらに厄介なことに――

 

「……罪を悔いずに、日々を過ごしているだけでも減少していく、だと?」

 

 思わず、口に出す。

 ただ悪いことをしたからマイナス、という単純な話ではないらしい。

 「反省しないで生きてるだけでアウト」という、なかなかの性格の悪さだ。

 

「ふざけんなよ……」

 

 ページをめくる指先がにわかに震える。

 だが、その続きには、さらに恐ろしいことが書いてあった。

 

 ――償いの刻数が0になったとき、所有者は「断罪の刻」を迎える。

 

 そこに具体的な描写は一切ない。

 ただ、こうあっさりと書かれていた。

 

 

 ——所有者は、命を持って自身の罪を償う。

 

 

「死ぬってことかよ……」

 

 俺の視界には、今も「4」の数字が浮かんでいる。

 これが0になったら、俺は()()()()()()()

 

 にわかに信じられない——いや、信じたくない話だった。

 だが、状況証拠は十分だ。

 

 アミュレットを身につけたこと。

 突然見え始めた数字。

 〝罪〟を犯したっぽいタイミングで発動する頭痛。

 それから、ルインに謝った途端に痛みが収まったこと。

 

 この本の記述は、ほぼ間違いなく本物だ。

 

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ。俺はもう、死ぬしかねえのか……?」

 

 手がかりを求めて、さらに読み進める。

 

 

 ――償いの刻数は、人を助けることで増加する。

 

 

 人助け。

 すなわち他者を助ける行為、命を救う行為、献身的な奉仕。

 そういったものが、アミュレットによって認められれば、刻数は回復していく。

 

 最後の一文を、俺はゆっくりと読み上げる。

 

「アミュレットの所有者が、真に己の罪を悔い改め、それに足る(つぐな)いを成したとき――断罪は(ゆる)しへと変じ、真の解放が訪れる……」

 

 ページから視線を離す。

 

 静かな図書室。

 ランプの炎が小さく揺れる音まで聞こえそうなほど、静かだ。

 

「人助け……?」

 

 ぽつりと呟く。

 

「この俺が? ジューダス・ファウルトが?」

 

 胸の内側から、じわじわと笑いがこみ上げてきた。

 

「冗談きついぜ」

 

 くつくつと喉の奥で笑いながら、椅子の背もたれに深く身体を預ける。

 

(弱肉強食の世界だと思っていた——)

 

 強い者が正義で、弱い者は踏まれる側。

 だから俺は、踏みつける側を選んだ。

 

 他人の命も涙も、どうでもいい。

 弱者は利用して、用が済んだら捨てる。

 それが当たり前だと信じてきた。

 

 それなのに――

 

「生き延びたいなら、人を助けろ、だとよ。くくく、くっくっく……」

 

 乱暴にページを閉じる。

 

「あっはっはっはっはっはっ!!」

 

 なぜか笑いが止まらなかった。

 俺は一人、大声で高笑いをした。

 

「ふざけんな! クソが! なんで俺なんだよッ!」

 

 手にした魔導書を放り投げる。

 机に詰んだ本の塔を叩き崩した。

 

 罰のアミュレット。

 償いの刻数。

 人助け。

 

 どれもこれも、ジューダスの価値観と真っ向からぶつかるフレーズだ。

 

「やっと、クソジジイから解放されて——俺の人生はこれからなのに!」

 

 俺の強さも、積み上げた技も、弱者を踏みにじるための正義も。

 全部まとめて、罰のアミュレットっていう鎖にぐるぐる巻きにされた。

 

 視界の端では償いの刻数が映り続ける。

 まるで「ほらほら、逃げられないぞ」と嘲笑(あざわら)っているみたいだ。

 

 現在のカウントは4。

 本の内容が真実なら、明日には3になる。

 0になったら死亡。

 それは、さすがに笑えない。

 

 死ぬか。それとも、人を助けて、生き延びるか。

 

「……クソみたいな選択肢だな」

 

 どちらも、望んだ生き方じゃない。

 だが——

 

「死ぬのだけは、まっぴらごめんだ」

 

 小さく、けれどはっきりと呟く。

 

 ガリオスから受けた地獄の教育。

 家族からの冷遇。

 この屋敷で味わってきた理不尽の数々も。

 

 全部、「生きるため」に飲み込んできた。

 これからは俺が奪う側なんだ。

 

 ここで「はいそうですか」と死ぬ気なんて、これっぽっちもない。

 

「やるしかねえ、アミュレットから解放されるまで——人助けとやらを」

 

 それは、口にするだけで吐き気がする決意だった。

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