人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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第21話 違和感

 朝食の席。

 サーシャとブリジットはまだ起きてきていないようで、食堂には俺とルインの二人っきりだ。

 

「わあ、美味しそう!」

 

 用意された朝食を目にした瞬間、ルインの表情がぱっと明るくなる。

 その反応に偽りなく、昨日の夕食に負けず劣らず、メニューは豪勢だった。

 

 焼きたての白パンに、山盛りの燻製肉。

 色とりどりのピクルスに、コーヒーまでついている。

 味もボリュームも申し分ない。

 ……のだが、正直、俺は味わうどころじゃなかった。

 

 償いの刻数、残り——〈13〉。

 

 視界の端に焼き付いた数字が俺に、()()()()()()()()という冷酷な事実を突きつけていたからだ。

 

「……どうしました? ジュダさま、少し顔色が」

 

 隣の席で、ルインが小さく首を傾げる。

 口元にはパンくずをつけたまま、もぐもぐと忙しそうだ。

 

「いや、なんでもねえよ」

 

 ルインに、今の俺の置かれた状況を説明したところで通じるはずもない。

 適当にはぐらかして、コーヒーカップをあおった。

 そして席を立つ。

 

「ジュダさま? どこか行かれるのです?」

「ちょっと外に出てくる。オルレインの町を、直接この目で確認しておきたいからな」

「……!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ルインの咀嚼がぴたりと止まった。

 ごくんっと思い切り飲み込んだ音が聞こえる。

 

「わかりました! では、わたしもご一緒します!」

 

 勢いよく椅子を引き、立ち上がったルイン。

 だが、彼女の席の皿には、まだ朝食が半分以上残っていた。

 

「別についてこなくていい」

「ダメです。ジュダさまが外に出るなら、従者は同行するものですから」

「子供じゃねえんだよ。いいからメシを食ってろって。食い意地はってるお前のことだ。それだけじゃ昼前には倒れるだろ」

「で、でも……」

 

 ルインは一瞬だけ皿に視線を落とし、それから俺を見上げる。

 

「ご飯よりもジュダさまの方が、大事です!」

 

 即答だった。

 相変わらずストレートすぎるルインの好意に、俺は思わず返す言葉に詰まる。

 

「……はぁ」

 

 深くため息をついてから、頭を掻いた。

 

「五分だけ待ってやる。それまでに食い終えろ」

「えっ、いいんですか?」

 

 ぱっと笑顔になり、再び席に戻るルイン。

 

「すぐ食べちゃいますね! えへへ……」

 

 そう言いながら、さっきよりも勢いよくパンを頬張った。

 俺は扉の前で腕を組み、その様子を横目で眺める。

 

(……くそ、結局こいつのペースなんだよな)

 

 俺は腕を組んだまま、もぐもぐと必死に口を動かすルインを眺めていた。

 

「……急いで食うと喉詰まらせるぞ」

「だいじょうぶです! これくらい、へいきです!」

 

 そう言った直後、むせた。

 やっぱりだ。

 

「ほら見ろ」

「けほっ……だ、だいじょうぶ……です……」

 

 涙目になりながら水を飲む姿を見て、俺は小さく息を吐いた。

 

 

 朝食を終え、俺とルインは館の外へと繰り出した。

 朝のオルレインは、冷たく、そして重かった。

 

 夜の間に降ったであろう新雪が、オルレインの町を白く塗りつぶしていた。

 雪が周囲の音を吸い込み、まるで街全体が息を潜めているようだ。

 俺とルインが刻む足音も小さく、吐く息は張り詰めた空気に白く溶けていく。

 

「……静か、ですね」

「ああ。静かすぎる」

 

 俺は隣でこぼしたルインの印象に同意しながら、周囲を見回した。

 

 人通りがないわけじゃない。

 だが、誰もが無言のまま、足早に、視線を低くして通り過ぎていく。

 

 目が合いそうになると、すぐに逸らされる。

 見慣れない俺たちを警戒——

 というよりも、周囲のすべてに警戒しているような、怯えた目つきだった。

 

 歩いている途中、露天をいくつか見かけた。

 その店先に並べられているのは、干し野菜や黒ずんで痛みかけた根菜。

 それにカビの生えかけた黒パンばかりだ。

 

(……落差ありすぎだろ)

 

 ゲスラーの館で出された、あの過分な食事が脳裏をよぎる。

 同じ町とは思えないほどの落差に、俺は思わず眉をひそめた。

 

 そのとき。

 

「――ぎゃああああああああ!」

 

 悲鳴が、張り詰めた町の空気を引き裂いた。

 俺とルインは、反射的に顔を見合わせる。

 声が聞こえたのは、昨日の夜、通った広場の方角からだった。

 

「行くぞ」

「はい! ジュダさま!」

 

 俺とルインは、声をした方へ走り出した。

 

 

 たどり着いた先の広場には人だかりができていて、俺とルインはその隙間を縫うようにして前へと進んだ。

 

 その人だかりの中心には、詰め襟の制服に身を包んだ男と、その前に並ばされた町人たちの列があった。

 制服男は右手にムチを持ち、その背後には、護衛だろうか——大柄な男二人を引き連れている。

 

「次の者——前へ」

 

 男の言葉を合図に、前に引き出されたのは、並んでいた列の先頭に立っていた一人の町人だ。

 体は痩せこけて、みすぼらしい身なりの中年男性だった。

 

「税吏さま……ど、どうか、お納めください……」

 

 その男は制服姿の税吏に、小さな布袋を差し出して必死に頭を下げる。

 税吏は中身を改めると、ふんと鼻を鳴らした。

 

「ダメだな。貴様も全然足らんじゃないか」

「お、お言葉ですが……規定通りの銀貨十枚はきちんと……」

「このうち2枚は手数料。それだと足りないだろう?」

「で、ですが……! ですが……!!」

「期限は昨日までだと言ったはずだよなぁ?」

 

 税吏の言葉に、男は顔を真っ青にしたまま、犬みたいに地面に這いつくばる。

 

「も、申し訳ございません……税吏様……! 今年は雪が早くて……畑がぜんぜん……」

「言い訳で税は払えねえ。足りない分は借金で賄うか、鞭打10回だ。選べ」

「…………っ」

 

 沈黙。

 這いつくばったままの男は、観念したように頭を下げる。

 その体は、がたがたと小刻みに震えていた。

 

「どいつもこいつも、痛いのがお好みかぁ」

 

 制服姿の男はにやりと口角を歪め、手にした鞭をゆっくりと振り上げた。

 次の瞬間、容赦なくそれが振り下ろされる。

 

「ぐあっ!?」

 

 空気が爆ぜる乾いた音と同時に、悲鳴が広場に響き渡った。

 

「いっかあ〜い」

「あぐ!」

「にかあ〜い、まだまだ続くぞー」

 

 わざと恐怖を煽るように、税吏は数を数えながら鞭を振るう。

 鞭打ちの乾いた音が鳴り響くたびに、広場を囲む町人たちが、一斉に肩を震わせた。

 

「ひどい……」

 

 ルインが思わず俺の袖を掴み、唇を噛みしめる。

 

「貴様ら、よく見ておけ! これが、ゲスラー様の定めた規則を守らない連中の末路だ! 明日は我が身だと思え!」

 

 税吏はそう怒鳴り散らし、見せつけるようにムチを振りかざす。

 

 俺は、今のこの状況を飲み込んだ。

 この男はゲスラーの元で働く税吏で、今はその取り立てを行っているといったところだろう。

 ただ、名目は取り立てでも、やっていることは見せしめだ。

 恐怖を刻みつけるための、芝居がかった演出。

 為政者が、民衆に自らの力を誇示するためのよくある手段である。

 

 ガリオスから受けた教育の過程で、この手の人心掌握術を知り尽くした俺からすると、こいつらのやっていることはあまりに露骨すぎて、下品に見える。

 けれども、そのねらいどおり、広場に集まったこの街の住人の表情は、完全に恐怖で塗りつぶされているようだった。

 

「ジュダさま……これって」

「……いくぞ」

 

 俺は、人垣を割って一歩前に出た。

 三度、鞭を打ち抜こうとした、その瞬間。

 税吏が振り上げた腕を、俺は掴む。

 

「――そこまでにしとけ」

「あ? 何だ貴様は?」

 

 突然、乱入した俺のことを、ギロリと睨みつける税吏。

 だが俺は、その視線を正面から受け止めたまま、腕を離さない。

 

「お前はこの町の税吏か? これはゲスラーの命令なのか?」

「おい、質問しているのはこの私なんだぞ! 貴様、離さないか!!」

 

 税吏はそう吠えると、背後で控える二人の護衛役に目配せした。

 次の瞬間、護衛役の男二人が左右から襲いかかってくる。

 だが――遅い。

 税吏の腕を掴んだまま、先に踏み込んできた右の男の足の甲を思い切り蹴りつけた。

 

「ぎゃ!?」

 

 足の甲を蹴り抜かれた護衛は、悲鳴を上げてその場にしゃがみ込んだ。

 

 その隙を逃さず、もう一人。

 思わぬ反撃に動きを止めた護衛の顎へ、俺は迷いなく蹴りを叩き込む。

 ごしゃり、と鈍い音がして、男の身体が雪の上に崩れ落ちた。

 

 ほんの一瞬の出来事だった。

 護衛役の二人は、揃って地面にうずくまり、動けなくなる。

 広場を包んでいた空気が、ざわりと揺れた。

 

「……さて」

 

 俺は掴んだままの税吏の腕を、少しだけ強く捻った。

 

「うぎゃあ、痛い痛い!?」

 

 税吏が情けない悲鳴を上げる。

 

「き、貴様……!! こ、こんなことをしてただで済むと思っているのか!? この私に逆らうということはゲスラー様に逆らうことと同じ——」

「俺は、ジューダス・ファウルトだ」

 

 税吏の必死の言葉は、そこで完全に途切れた。

 

「……は?」

 

 間の抜けた声が、喉から漏れる。

 俺は腕を捻ったまま、淡々と名乗った。

 

「ジューダス・ファウルト。先代ガリオスの崩御により、この地オルレインを預かる代領主だ」

「……っ!? だ、代領主様……!?」

 

 税吏の顔から、見る見るうちに血の気が引いていく。

 

「ち、違います! こ、これは正当な業務の執行でして! 税を滞納した者に対する、規則に規定された正式な刑罰でございます!」

「正当、か。じゃあ、お前がのたまった()()()とやらの詳細も説明してもらおうか」

「そ、それは……」

「代領主の俺がやめろと言ったんだ。この場はこれで終わりだ」

「わ、わかりました! わかりましたから!」

 

 俺は税吏の腕を解放してやる。

 次の瞬間、税吏はまるで氷の上を滑るみたいに後ずさりし、護衛に怒鳴った。

 

「お、おい! 立て! 帰るぞ!」

 

 片方は潰れた鼻を押さえ、もう片方は足を引きずりながら起き上がる。

 三人は広場の外へ逃げるように去っていった。

 

 税吏たちの横暴は去った。

 

 だが、町人たちは誰一人、歓声を上げなかった。

 拍手も、礼もない。

 あるのは、息を殺した沈黙と、怯えきった目。

 

(……助かった、じゃなくて。次は何をされるのかを考えてやがる顔だ)

 

 俺は舌打ちを噛み殺し、地面に這いつくばったままの中年男に視線を落とした。

 鞭打を受けたせいで、背中は血で濡れ、震えが止まっていない。

 

「おい、ルイン。回復だ」

 

 俺が顎で示すと、ルインは即座に頷いた。

 

「はい! 任せてください、ジュダさま!」

 

 雪を踏んで駆け寄ると、男の横に膝をつき、そっと血だらけの背に手をかざした。

 

「だいじょうぶです。怖かったですよね……」

 

 ルインの声は、慈しむように穏やかだった。

 次の瞬間、彼女の手のひらから柔らかな光があふれ出す。

 裂けて血に濡れていた背中の傷は、みるみるうちに塞がっていった。

 

 傷が癒えた男は、自分の身に何が行ったかよく分かっていないようだった。

 しばらく口をぱくぱくとして、俺達を見つめた後。

 

「ひっ——」

 

 悲鳴にもならない声を漏らし、男はよろめくように立ち上がると、そのまま広場から逃げ去っていった。

 

 助かったはずなのに、安堵はない。

 この街の住人に、恐怖が骨の髄まで染みついていることが、よく分かる反応だった。

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