人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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第22話 悪政と執事

 税吏の男たちが逃げ去ったあとも、広場の重苦しい空気はそのままだった。

 誰もが黙ってうつむいたまま、そそくさとその場から離れていく。

 当然、安堵の超えも、俺に対する感謝も出てこない。

 

(骨の髄まで恐怖が染み込んでるって感じだな)

 

 あの税吏の横暴は日常茶飯事なんだろう。

 たまたま今日は、俺というイレギュラーが割り込んだだけ。

 明日も、明後日も、税吏は同じように鞭を振るう。

 住民は同じようにされるがままになる。

 

 諦め――どいつもこいつも、そういう顔をしている。

 

「ジュダさま」

 

 ルインが不安そうに俺の袖を引いた。

 彼女の治癒が終わったばかりで、掌にはまだ淡い光の名残が残っていた。

 

「ルイン、町歩きは終わりだ」

「えっ、もうですか?」

「この町の空気は十分理解した」

 

 俺は周囲を見回し、まだこびりつくように残る重苦しさを肌で確かめる。

 

「あとは()()()()がどうやって作られているのか……その原因だ。それを突き止める」

「げんいん……?」

「まあ、半分以上、答えは見えているけどな」

 

 ルインは俺の言葉に全然ピンときていないらしく、きょとんとしていた。

 

「屋敷に戻るぞ」

 

 俺は踵を返す。

 

「執務室で、帳簿を洗う」

 

 そう言って、俺はゲスラーの屋敷へと続く道を歩き出した。

 

 

 屋敷にたどり着いた俺は、ゲスラーの執務室の扉の前で足を止め、ノックもせずに押し開けた。

 

「留守か、ちょうどいい」

 

 部屋の中は静まり返っていた。

 ゲスラーの姿はない。

 これで邪魔をされずに、腰を据えて調べられる。

 

 俺は部屋の中へずかずかと踏み込み、壁一面に並ぶ本棚へ向かった。

 本棚には、帳簿や報告書を束ねた書類がぎっしりと詰め込まれている。

 俺はそれを片っ端から引き抜き、机の上に無造作に積み上げていった。

 

 紐をほどき、ぱらぱらとページをめくる。

 ほどなくして俺は目当ての帳簿にたどりついた。

 

「ジュダさま、何をしているのですか?」

「この町の金の流れを調べてんだよ」

 

 ルインの質問に肩越しで答え、俺は帳簿の中身を確認し続ける。

 その帳簿は、この街の収支状況を示すものだった。

 

 税の徴収記録。

 支出入の明細。

 

 食料、消耗品、管理修繕費。備蓄報告。兵の給与。交際費――。

 収支の記録は思った以上に細かく、項目ごとに整理されていて、意外にもどんぶり勘定ではない。

 少なくとも、帳簿としての体裁だけは整っていた。

 

 正直、ゲスラー本人がここまで几帳面に記録を残すとは思えない。

 この資料は、おそらく配下の誰か――

 ゲスラーから実務を任されている人間が作ったものだろう。

 

 数字の真偽はともかく、読みやすい。

 だからこそ、この町の全体像がすぐに見えてきた。

 

(……ゲスラーの野郎、思った以上に搾取してやがるな)

 

 浮かび上がったのは、ゲスラーによる露骨な搾取だった。

 

 税の徴収額は、定められた規定とまるで噛み合っていない。

 そもそも税率自体が高すぎるし、そのうえ税吏が手数料の名目で私腹を肥やしているのだ。

 

 あの広場で見た、住人の諦めきった顔を思い出す。

 無理もない。

 

 雪に閉ざされる辺境の地で、この水準は――住人に死ねと言っているのと同じだった。

 

 

 一方で、支出状況はどうかというと。

 

 修繕費――計上されている。

 だが、町の外壁は割れたまま。

 道路はぼろぼろ。

 補修の跡はどこにもない。

 

 食料備蓄――帳簿の上では〝十分〟。

 なのに、露天に並ぶのは黒パンと腐りかけの根菜ばかりだ。

 どう考えても、辻褄が合わない。

 

 俺はページをめくり続ける。

 数字の流れを追うほどに、一つの構図がはっきりしてきた。

 

 オルレインの住人から巻き上げられた金は、いったん()()()()に集まり――それから、外へ流れている。

 

 間違いない。

 その()()()()とは、ゲスラーの懐だ。

 

「くくっ……」

 

 思わず、俺の口から乾いた笑いがこぼれた。

 

「あのあの! ジュダさま! なにか分かったのですか!? ルインにもわかるように教えて下さい!」

 

 俺の傍らで身を乗り出すように帳簿を覗き込むルインは、数字の羅列を読み解くことを早々に諦めたらしい。

 

「簡単な話だ。この町の規則で決められている税額と、実際に集められている税収、そして実際に使われた支出が、まったく合ってねえ」

「……えっと、それって……」

「誰かが余分に取ってるってことだ。まあ、ゲスラーとその配下たちが私腹を肥やしているってところだろうな」

 

 ルインは一瞬ぽかんとしたあと、はっと息を呑んだ。

 

「じゃ、じゃあ……あの人たちが苦しんでたのは……」

「そりゃ苦しむだろうな。こんな不毛の地で、ここまで絞られたら」

 

 俺は短く頷く。

 

 自分でそう言葉にした瞬間、胸の奥で()()()()()()が一気に繋がった。

 今朝、償いの刻数が減少した理由が、今ならはっきりと分かる。

 

 昨夜——

 

 俺はこの屋敷で、ゲスラーの歓待を受けた。

 でがい風呂でくつろぎ、豪華な飯を食い、ふかふかのベッドで休んだ。

 

 その歓待は、この町の住民を踏みにじって手に入れたものだ。

 

 俺はこの街の代領主だ。

 代領主として、ゲスラーが住民に強いた圧政の上に座った。

 俺が座った椅子の下で、誰かが鞭打たれた。

 

 俺が口にした豪勢な飯の分だけ、誰かがわずかな黒パンを削られた。

 俺が()()()()()という選択をした時点で――圧政は回り続けた。

 

 そして罰のアミュレットは、そこを見逃さない。

 

(代領主としてゲスラーが生んだ利益を享受した時点で、その罪は俺のものになる……!)

 

 胃の奥が、むかつく。

 吐き気じゃない。怒りだった。

 

「ふざけんなよ、ゲスラーのクソ野郎。このままじゃ、俺が死ぬじゃねえか」

 

 刻数は残り〈13〉。

 今朝も豪華な朝食を食べたところだ。

 明日も減少することだろう。

 

 早急に何らかの手を打たなければ、俺の命の猶予はない。

 

「おいルイン……」

 

 こんな町がどうなろうとどうでもいい。

 ゲスラーが私腹を肥やそうが、そのせいで誰が死のうが関係ない。

 弱い者が強い者に搾取されるのはこの世界のルールだからだ。

 嫌なら自分が搾取する側に回ればいい。

 

 だが——

 

 それを見過ごせば俺は死ぬ。

 それなら黙っているわけにはいかねえ。

 

 俺は帳簿を閉じた。

 紙の束が、机に鈍い音を立てる。

 深く息を吸う。

 

 正義感? 理想?

 そんな高尚なもんじゃない。

 俺自身が生きるために、

 俺がやるべきことが、はっきりと見えた。

 

「……ゲスラーを潰すぞ」

 

 そう決心した矢先。

 背後で、扉がきい、と鳴った。

 俺は振り向く。

 

「――お取り込み中、失礼いたします」

 

 そこに立っていたのは、ゲスラーの使用人――ヴィクトルだった。

 

 

 

 ゲスラーの執事ヴィクトルは押し黙ったまま、俺の顔を見つめていた。

 

 感情の色は薄い。

 だが、その視線だけが静かに俺を測っている。

 

 沈黙の末、それを破ったのは俺だった。

 

「ちょうどいい。ゲスラーはどこにいる?」

「主さまは、外出中でございます」

「至急呼び出せ。話がある」

「承知いたしました――と言いたいところですが」

 

 ヴィクトルは一拍置き、淡々と言葉を続けた。

 

「代領主様。ゲスラーさまに取って代わるおつもりですか」

「あ?」

 

 思わず声が低くなる。

 だがヴィクトルは怯まなかった。

 

「あなたは“災厄の貴族”とうたわれる――ファウルト家の人間です。民草の暮らしなど、どうでもよろしいはずだ」

「……言いたい放題だな」

 

 まあ、事実なんだがな。

 別にこの街の住民がどうなろうが、どうでもいい。

 

「失礼は承知のうえです。この件でどのような罰を受けようとも、甘んじて受けましょう。そのうえで、あえて申し上げます」

 

 ヴィクトルは執務机の上――俺が閉じた帳簿へ、ゆっくりと視線を落とした

 

「今、この街は……人々は限界です。いえ、限界などとうに過ぎています。これ以上絞れば、餓えと病で次々と倒れるでしょう。この冬を、越えられません」

「んなことは言われなくても分かる。この資料を見りゃ一目瞭然だ」

 

 俺は短く息を吐き、顎で帳簿を示す。

 

「もしかして、これはお前がまとめたのか?」

「そのとおりです」

 

 思わず俺は口角をつり上げてしまった。

 

「よく出来ている。税収の流れは簡潔で分かりやすく、それでいて肝心なところだけ、さりげなく誤魔化してある」

「ごまかし……?」

「本来ならゲスラーの懐に消えるはずの金が、遠回しに民へ戻されている。これは、ヴィクトル、貴様の仕業か。民を餓えさせまいとする、涙ぐましい努力だな」

 

 俺の言葉に、ヴィクトルの顔に驚きの色が宿った。

 

「一目見ただけで……見抜いたのですか……?」

「当たり前だろ。為政者として、この程度の帳簿操作を見抜けなくてどうする」

 

 俺は鼻で笑い、軽く肩をすくめる。

 

「まあ、その様子じゃ、ゲスラーの目は節穴だったようだがな」

 

 ヴィクトルは一瞬だけ唇を噛みしめ、そして深く頭を下げた。

 

「そこまでお見通しならば、どうかお願いします。これ以上の民に対する搾取は——」

 

 必死さが、声に滲んでいる。

 だが、その言葉を最後まで聞く前に、俺は首を横に振った。

 

「お前、なんか勘違いしてるだろ」

「勘違い、ですか」

 

 顔を上げるヴィクトル。

 俺は椅子の背に手を置き、まっすぐに言った。

 

「お前の言ったとおり、この町は限界を超えている。このままじゃ、この町はそう遠くないうちに潰れる。だから、その前になんとかする。それだけだ」

「なんとかする……?」

()()()()()()()()()()

 

 俺の発した言葉は予想外のものだったのだろう。

 ヴィクトルは一瞬、言葉を失った。

 

「……なぜですか」

「あ? しょうがねえだろ、俺はこの町の統治を拝命した代領主なんだから」

「なぜ、奪おうとしない……?」

「奪う?」

「貴方も一緒のはずだ! あのゲスラーと! 奴に媚びへつらう税吏どもと!」

 

 ヴィクトルは、声を荒げた。

 

「貴族の連中など、皆、同じだ! 下々の者の苦しみなど図ろうとしない! 己の私腹を肥やすことばかり考えているケダモノのはずだ!! そうでしょう!? 違うのですか!?」

 

 淡々としていた口調が崩れ、声が裏返る。

 握りしめられた拳がわずかに震え、理性で押さえ込んできたものが、堰を切ったように溢れ出していた。

 

(ああ、これがこいつの本性か——)

 

 ゲスラーに仕え、町の惨状を間近で見続けながら、何も変えられず、声を上げることすら許されずに。

 それでも執事として振る舞い続け、感情を殺してきた。

 

 今、俺を前にして、その仮面がようやく剥がれたんだ。

 

 俺がヴィクトルにどう言葉を返すか逡巡していると——

 

「違います。ジュダさまはそんな御人ではありません」

 

 俺の代わりに正面から反論したのはルインだった。

 ルインはまっすぐヴィクトルを見据えたまま、迷いのない言葉をつなぐ。

 

「ジュダさまは……弱い立場の人に寄り添い、傷ついた人を絶対に見捨てない方です」

「だから、なぜそう言い切れる!? 災厄貴族ファウルト家の人間に対して——」

「だって、わたしは、ジュダさまに救われましたから」

「救われた……?」

 

 ルインは一度だけ小さく息を吸い、静かに言った。

 

「わたしは元奴隷です。名前も、居場所も、価値も、ぜんぶ奪われました。そんなわたしにジュダさまは、ルインという名前を取り戻してくれました。ここにいていいと、わたしの居場所を与えてくれました。生きるための仕事と、果たすべき役割を与えてくれました。ジュダさまがわたしに、()()()()()()を与えてくれたんです」

 

 ヴィクトルは、そう語るルインに気圧されたように、言葉を失っていた。

 反論しようと開きかけた口は、そのまま閉じられ、視線だけが彷徨う。

 

「わたしだけじゃありません! ファウルト家のお屋敷にいたときも、ジュダさまはとっても優しかったんですよ。率先してわたしたち使用人のお手伝いをしてくれたり、近隣に出没した魔獣退治も買って出てくれました」

 

 ルインは止まらない。

 頬を赤らめて、まくしたてるように言葉を続ける。

 

「それにそれに! ここに来る道すがらも、野盗に襲われた村を何の見返りもなく助けたんです! そのときのジュダさまはかっこよくてですね、単身、盗賊団のアジトに突撃して、すごい魔法と剣技で、えいえいって一網打尽——」

「おいルイン、話がそれてるぞ」

「あ……えへへ、ごめんなさい、ジュダさま」

 

 ルインは頬を赤くしたまま、ぺこりと小さく頭を下げた。

 

「とにかくジュダさまは、立場や損得で人を切り捨てる方じゃありません! 目の前で困っている人を、放っておけないだけなんです。ヴィクトル様もどうかジュダさまを信じてみてください。きっとこの町は、すばらしい町に生まれ変わるはずです」

 

(まあ、ルインの言ったことは全部、償いの刻数稼ぎのためにやった偽善なんだが……まあいい。これでヴィクトルの俺に対する評価が上がるならしめたものだ)

 

 俺はルインの言葉を引き継ぐように、軽く咳払いをしてから一歩、ヴィクトルの元へ歩み寄った。

 

「まあ、そういうことだ。というわけでそんな俺様がこのオルレインを立て直してやる。そのためにはゲスラーが邪魔なんだよ」

 

 俺はヴィクトルに向かって手を差し出した。

 

「ヴィクトル・テラー。選べ。貴様はどっちを取る?」

「……」

「この俺、ジューダス・ファウルトか。それともゲスラーか」

 

 ヴィクトルの喉が、小さく動いた。

 

 そのタイミングで、俺は精神魔法〈マントラ〉を発動した。

 

 世界が静かに沈む。

 ヴィクトルの本音の輪郭が、ぼんやりと色を帯びて浮かび上がった。

 

 全体としては暗がった青紫。

 不安、自己嫌悪、罪悪感といったところか。

 

 それらに押し潰されそうな心の底で――ほんのわずかな、光。

 

 これは期待だろう。

 

 その光を確認した俺は〈マントラ〉を解除する。

 

 長い沈黙のあと、ヴィクトルは、そっと手を伸ばした。

 指先が触れ、そしてしっかりと握られる。

 

「……お仕えいたします。我が主、ジューダス様」

 

 静かな声だった。

 だが、そこには確かな覚悟が込められていた。

 

「上等だ」

 

 俺は笑った。

 たぶん、今の俺の顔はろくでもない。

 

「よし、ヴィクトル。さっそくお前に準備してほしいことがある」

「準備、ですか?」

 

 怪訝そうに眉をひそめるヴィクトルに、俺は短く告げる。

 

「代領主の就任式だ。正式にな」

「……就任式?」

「広場を使う。この町の住人を、全員集めろ」

 

 言葉の意味を測りかねているのだろう。

 ヴィクトルの返事に一瞬の間が空いた。

 

「何を、なさるおつもりで……?」

 

 俺は口端を吊り上げる。

 

「決まってんだろ。そこでゲスラーに引導を渡す」

 

 一拍置いて、付け加えた。

 

「――とびっきり派手にな」

 

 暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。

 その乾いた音が、まるで幕開けの合図みたいに、部屋の中へと響き渡った。

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