人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜 作:三月菫
就任式は、一週間後に執り行うことになった。
その日までの間、俺は「町の様子を知りたい」という名目で、ゲスラーの屋敷を離れ、町の宿に部屋を取って過ごした。
言うまでもなく、その理由は償いの刻数をこれ以上減らさないためだ。
サーシャとブリジットには、事情を俺から説明した。
「というわけで俺はこの館にはいられない。町の宿に泊まる。まあ、お前らは別にこのまま——」
「ルインはジュダさまと一心同体です!」
「町の人達を苦しめた結果の贅沢なんて、絶対にや。私もジュダと同じ気持ち」
「よくぞ言ってくれました、お嬢様。サーシャはどこまでもご一緒いたします」
「そうかよ……」
というわけで。
ゲスラーの館を離れている間の仮の住まいとして、俺たちは揃って町の外れにある小汚い宿に身を寄せることになった。
……なぜか、ルインは俺と同じ部屋を使うことになった。
夜になると、俺のベッドの上でちょこんと正座したまま、距離を詰めてくる。
「えへへ……一緒の部屋ですね、ジュダさま。ルインはいつでもご奉仕できる準備はできていますよ。はあ、はあ……」
「寄るな。狭い。自分のベッドがあるだろうが」
「きゃん!」
俺はルインの肩を押して、ベッドから落とした。
ルインはちょっと恨みがましい目で俺を見上げる。
「もー、ジュダさまは照れ屋さんなんだから……」
「うるせえ、明日も忙しいんだ。お前とじゃれてるヒマはねえんだよ」
「うふふ、でもそんなところも大好きですよ?」
「お前、ほんと黙れよ」
ルインは「はーい」と返事して、大人しく自分のベッドに戻っていった。
「ジュダさま、おやすみなさい」
「……ああ」
こんなやりとりが毎晩である。
そして時間はあっという間に過ぎ去り——
いよいよ就任式当日を迎えた。
◇
オレインの広場。
特設された壇上から、俺は眼下を見下ろしていた。
広場には、子供から老人まで、町の住人がぎっしりと集まっている。
ヴィクトルの話では、この町のほぼ全員が集まっているらしい。
隣に立つゲスラーが、低い声で釘を刺してきた。
「では、ジューダス様……始めますが。くれぐれも打ち合わせどおりに」
「ああ、そうだな」
眉間には深い皺。
表情を取り繕ってはいるが、隠しきれない不満が滲み出ている。
――まあ、無理もない。
自分が王様の町に、別の王がやってきて、しかも民の前で直接就任式を行う。腹の底では、面白いはずがなかった。
ヴィクトルから聞いた話だが、俺が住人の前に立ち、直接言葉を発すること自体、ゲスラーは最後まで抵抗していたらしい。
だが、所詮ゲスラーは領主から名代を命じられているだけの立場に過ぎない。
正式な代領主である俺の決定には逆らえないのだ。
そのためゲスラーは、就任式で俺が余計なことを言わないよう、式の進行から演説内容まで細かく口出ししてきた。
(ま、余計なことは言うんだけどな)
俺は心の中でゲスラーに中指を立てつつ、表面上は軽く頷いた。
(さてと、この俺、ジューダス・ファウルトの就任式の開始だ)
ゲスラーが前に出て、芝居がかった声を張り上げる。
「オルレインの民よ、聞け! これより、新たなる代領主ジューダス・ファウルト様の就任式典を執り行う!」
予定調和の大仰な宣言。
だが、民の反応は薄い。
俺のことを受け入れる歓声はなく、義務感だけで叩かれた、力のない拍手が、ぱらぱらと響くのみだ。
合図に従い、俺は一歩前に出る。
それから深呼吸をひとつして、発声した。
「ジューダス・ファウルトだ。ファウルト家新当主ラインハルトより、代領主の任を拝命した。本日より、この町オルレインを預かる——」
俺はあらかじめ
ここまでは、打ち合わせどおり。
俺はそこで、わざと間を置いた。
しばしの沈黙が広場に落ちる。
数百人分の視線が、俺に集中していくのがはっきり分かった。
「……まず聞かせてくれ」
「お前ら、この町で生きるのは楽しいか?」
ざわり、と広場の空気が揺れた。
俺は早々にゲスラーが用意した台本を踏み越えた。
ちらりと横を見ると、ゲスラーの顔が引きつっているのが見える。
俺は視線を眼下の民衆に戻すと、自分の言葉で語り続ける。
「聞くまでもないよな。終わってるぜ。この町は」
短く、言い切った。
「働いても働いても、暮らしは良くならない。理由は単純だ。お前らが稼いだ金は、税の名目で吸い上げられてる——ここに立つゲスラーと、あそこに並ぶ、その手駒どもにな」
俺は、まず傍らに立つゲスラーを。
続いて、広場前方に控える税吏どもを指さした。
「俺もこの目で見た。税吏どもは、手数料だの雑費だのと適当な名目をつけて、好き放題に金を抜いている。ほんの一日、納税が遅れただけで、見せしめのように鞭打ちにする。家に押しかけ、殴り、蹴り、力ずくで奪っていく」
声を強める。
「そんなやり方が、いつから正当な徴税になった?」
「なっ……! でたらめを――!」
ゲスラーが喚く。
しかし、豚の鳴き声を、俺は取り合わない。
「——その結果、支配する側は私腹を肥やし、支配される側は削られる。反感の声は、恐怖で縛って、すべて封じる。そのうち声を上げる気力すら失われる。それが今のオルレインだ」
「ジューダス様! お言葉を慎んでいただきたい!!」
「てめえは少し黙ってろ——〈
「むご……!?」
ゲスラーが口を挟もうとするが、俺は即座に沈黙魔法〈サイレンス〉を展開した。
奴の口が開いたまま、音だけが消えた。
俺は何事もなかったかのように言葉を続ける。
「要はだ。お前らは徹底的に踏みにじられているってことだ。まあ、弱肉強食は自然の摂理。強いやつが弱者を踏みにじるのも別に珍しい話じゃない」
そこで、わざと一拍置いた。
「だがな。こと為政においては、それだけで済ませちゃいけない。支配する側が、支配される側を使い潰した瞬間、その国も町も終わるからだ」
俺は、静かに言い切る。
「このままじゃ、
広場を見渡す。
どいつもこいつも、俯いたまま押し黙っている。
浮かんでいるのは、恐怖と諦め、そして——慣れだ。
怒りを表に出す者は、誰もいない。
それこそが、この町が長い時間をかけて積み上げてきた現実だった。
こいつらの感情を引き出すには、もう少し発破をかける必要がある。
「俺はな、お前らを〝救う〟なんて殊勝なことを言うつもりはねえ」
あえて、肩をすくめて言い捨てる。
そして、親指で自分の胸を叩いた。
「ぜんぶ俺のためだ。仮にもこの俺が統治する以上、オルレインは完璧でなければならない。搾り尽くして、壊しつくして、最後には何も残らない――そんなクソみたいな結末を、俺の経歴に刻むわけにはいかねえんだよ」
そうして、拳を握りしめた。
「だから――このジューダス・ファウルトが、変えてやる!」
その声はひときわ大きく広場に響き渡った。
「まず、税を減らす。いや、
前列に並ぶ税吏たちの顔がみるみるうちに青ざめていく。
「そうして集めた町の金は、町のために使う。単純だ。崩れた道は直す。壊れた壁は修繕する。冬を越すための食料も、疫病に備える薬も、俺が必要な分だけは確保してやる」
広場のあちこちで、息を呑む気配が広がった。
「ようはお前らが払った税金は、お前らに返ってくる。それだけの話だ。特別な楽園なんて作らねえ。だが、
俺がそう言い切った瞬間――
広場が、ざわめきに包まれた。
俺は、俺の言葉が住人に十分に浸透したことを見送ってから、ゲスラーにかけた〈
「——っぷはあ!?」
解放されたゲスラーは血相を変え、壇上で一歩踏み出そうとして叫んだ。
「ジューダス様! こ、これは一体どういうことか!?」
「どうもこうもねえ、言ったとおりだ。お前の執政は見るに耐えない。下の下だ、私腹を肥やすにしてももう少しやり方があるだろ」
「何を根拠に! 私は民のことを思って全力で……!」
「そうか、じゃあ教えてくれよ」
俺は冷ややかに言い放つ。
「ゲスラー。お前は先月、この広場を修繕したことになっている。帳簿上はな。だが、現実はどうだ? 石は割れ、壁は崩れ、補修の痕跡すらない。これが〝修繕済み〟の広場か? その修繕費とやらはどこに消えた?」
「そ、それは……」
言葉に詰まったゲスラーに、俺は畳みかける。
「それだけじゃねえ。帳簿を見た。税の記録、支出、修繕費、備蓄――全部だよ。勘定が合わないんだ。お前は民から税金の名目で吸い上げたその金を、自分の懐に流している。証拠を見たけりゃあとで屋敷でゆっくり説明してやるよ」
論理的に、逃げ道を塞ぐ。
ゲスラーの顔から血の気が引いていった。
「というわけで、お前はクビ。お前の手足の税吏どもとまとめてな。一週間猶予をやるからその間に荷物をまとめて、とっととこの町から消えろ」
「こ、こんなこと! 横暴だ!! 認められるはずが——」
なおもゲスラーは執政官の立場にしがみつこうと喚き散らす。
その面の皮の厚さだけは、褒めてやってもいいな。
「くくっ、お前の言い分は分かったよ。じゃあ、こうしよう。せっかくこの場を用意したんだ。民衆に直接訊いてみればいいんじゃないか?」
「な、なにを言っている……!?」
狼狽えるゲスラーを横目に、俺はゆっくりと視線を広場へ向けた。
「選べ——」
短く、だがはっきりと告げる。
「この俺――ジューダス・ファウルトか。それとも、これまでお前らを縛り付けてきたゲスラーか。今ここで」
広場が、静まり返った。
誰もが息を呑み、互いの顔をうかがっている。
――そして。
「……俺は、ジューダス様に賭ける」
最初は、ほんの小さな声だった。
だが、その一言が引き金になる。
次に、ぽつり、ぽつり。
「もう、あんな搾り取られるだけの生活はごめんだわ!」
「消えろゲスラー!!」
「もうおれたちはお前の言うことなんかきくものか!!」
声は次第に数を増し、やがて重なり合い――
怒号と罵声が大きなうねりとなって、ゲスラーを包み込んでいった。
「く、クズどもがあ……!」
その圧に押され、ゲスラーは後ずさる。
やがて何も言えずに、がっくりと崩れ落ちた。
「決まりだな——」
俺は、最後に宣言する。
「この街の代領主として約束しよう――お前らに、もう少しマシな
歓声が、爆発した。
その瞬間。
俺の視界の端で、償いの刻数が怒涛の勢いで増えていく。
10、20、30——
カウンターは止まらない。
すべて、狙いどおりだ。
俺は、誰にも見えないように、静かに笑った。