人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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第24話 自業自得〈SIDEゲスラー〉

 ゲスラーは、壇上の板張りに膝をついたまま、しばらく動けなかった。

 

 広場は民衆の声で沸騰していた。

 歓声——

 それだけではない。怒号と。罵声だ。

 長い沈黙の底で腐っていた怒りが、いまになって噴き出している。

 

「消えろ! ゲスラー!」

 

「もうお前の顔も見たくない!」

 

「俺たちからむしり取りやがって!!」

 

 その言葉の矛先が、自分だと理解するまでに、妙な時間差があった。

 

(……俺に? この町の王である、このゲスラーに?)

 

 喉の奥がひゅっと鳴る。

 ついさっきまで、オルレインは自分のものだった。

 

 ゲスラーは、かつてファウルト家の統治する中央領地で役職を得ていた官吏だった。

 だが出世競争に敗れ、左遷によって、この辺境オルレインの執政官に据えられた。

 

 当初は不満しかなかった。

 価値のない土地。

 寒く、貧しく、魔獣の出没も日常茶飯事。

 面倒ごとしか起きない町。

 

 だが、やがて理解した。

 

 ファウルト家にとって、オルレインは取るに足らない場所だということを。

 報告をどれだけ取り繕っても、誰も見向きもしないということを。

 

 ――ならば。

 

(俺はこの町で王になれる——)

 

 そう決めた瞬間から、歯止めは外れた。

 税は一律に引き上げた。理由は適当に、厳冬期対策のためと取り繕った。

 上げた分は、そのまま自分の懐に流し込んだ。

 実務はヴィクトルに丸投げし、自分は屋敷で贅沢を尽くす日々。

 

 民は頭《こうべ》を垂れ、税吏は命令ひとつで動く。

 ゲスラーの支配は、空気のように町の隅々まで染み渡っていた。

 

 ゲスラーは、この町の王として、確かに君臨していたのだ。

 それなのに——!

 

 先代ガリオスの崩御と共に送り込まれた代領主——ジューダス・ファウルト。

 

 中央から報告がきたとき、ゲスラーは歯牙にもかけなかった。

 年端もいかない若造だ。

 聞けばガリオスの正妻クラウディアの御子ではなく、使用人との間に生まれた不貞の子だという。

 こいつもまた中央から放り出された、出来損ないの貴族なのだ。

 適当に、屋敷でもてなしておけば、簡単に懐柔できる。

 そうたかをくくっていた。

 

 なのに——すべてをひっくり返されてしまった。

 

 ゲスラーの脳裏に、ついさっきジューダスから突きつけられた言葉が、生々しく蘇る。

 

『お前はクビだ』

 

 ――クビ?

 

 理解が、追いつかない。

 ありえない。誰がそんなことを許す。

 俺はこの町に君臨してきた〝王〟なんだ。

 

 民衆は愚鈍(バカ)だ。

 絞らなければ働かない。恐怖がなければ秩序は保てない。

 税を増やし、規律を厳しくしたからこそ、オルレインは回っていた。

 このゲスラーがこの町を守っていたんだ!

 俺こそがこの町の守護者なんだ!!

 

 だからそこから利益を享受するのも、支配者として当然の権利だった。

 

 それを、よそ者の小僧が……!

 

「クズ共がぁ……!!」

 

 ギリ、と歯が軋んだ。

 

 ジューダスは、嘲笑っていた。

 俺の統治を。努力を。

 

 あれが気に入らない。許せない。

 

 ゲスラーの胸の中で、怒りが恨みに形を変えていく。

 

(ジューダスを……殺すしかない)

 

 この小僧を殺す。

 そうすれば。全部元に戻る。

 

 代領主が死ねば、正式な手続きは混乱する。

 この辺境の地から中央のファウルト家へ報告が届くまでには、どうしても時間がかかる。

 

 ――その空白のあいだ、町の実権を握るのは誰だ?

 

 考えるまでもない。

 当然、執政官である自分だ。

 

 それに、ファウルト家にとってオルレインは最北の辺境。

 見捨てられた土地だ。

 価値は薄く、ファウルト家の連中が細かく口を出してくることもないことはすでに経験済だ。

 

 だからこそ、多少の混乱など問題にならない。

 邪魔者が消えたオルレインで、もう一度――王になる。

 

 民には、苛烈な罰を課す。

 見せしめに百人を磔にしてくれる。

 

 そうすれば、やつらは思い出す。

 ()()()()()を。

 怯えた民は、すぐに静かになることだろう。

 

 ゲスラーはふらふらと立ち上がった。

 膝が震えていたが、それは武者震いだった。

 怒りの熱で、体が動いていた。

 

 ゲスラーが壇上から下りる途中、視界の端でジューダスが連れている従者たちとすれ違った。

 

(女三人。護衛すらつけていない。笑わせてくれる)

 

 税吏と私兵、屋敷の使用人のうち自分に従う者――

 五十人はくだらない。

 奴らを動かし、襲いかかれば——

 

(ジューダス・ファウルト。このゲスラーを、甘く見るなよ)

 

 

 その日の深夜。

 執政官の館の正門前に、ゲスラーは配下たちを集めていた。

 その数は、ゲスラーが見込みを立てたとおり——五十人。

 いずれも彼の支配のもとで甘い汁を吸い、私腹を肥やしてきた連中だ。

 

「いいか。ジューダス・ファウルトを殺す」

 

 ゲスラーは声を潜め、しかし有無を言わせぬ調子で告げる。

 その言葉に、誰一人として声を上げる者はいなかった。

 躊躇も、動揺もない。

 当然だった。

 

 彼らにとって、ゲスラーの支配は、すなわち自分たちの支配だからだ。

 ゲスラーの失脚は、彼ら自身の破滅を意味する。

 ならば、選択肢は一つしかない。

 

「まずは、奴らが泊まっている宿に火を放つ」

 

 淡々と、ジューダス襲撃の手順を並べる。

 

「煙に追い出されて逃げてきたところをとり囲め。混乱している隙に、まとめて叩き潰す。奴は従者を三人連れている。いずれも女だ。一人も逃すな。」

 

 ゲスラーの口角は、意地の悪い笑みに引きつった。

 

「ジューダスの排除に成功した暁には、お前らに好きなだけ褒美をくれてやる。金も弾む。また従者の女たちはお前らの好きにしてもいい」

 

 その瞬間、男たちの目が変わった。

 強欲が、同じ色をして目に映し出される。

 

(そうだ。それでいい)

 

 ゲスラーは、内心で満足げに頷く。

 

 民は愚かだが、手下(やつら)も愚かだ。

 だが、愚かであればあるほど、王にとっては扱いやすい。

 欲を餌にぶら下げるだけで、連中は自分の思いどおりに動くのだから。

 

「よし——いくぞ」

 

 短く号令をかけ、踵を返した、そのとき。

 

「……やっぱりな。こんなことだろうと思ったぜ」

 

 不意に、場違いなほど落ち着いた声が響いた。

 ゲスラーの胸に、冷たいものがすっと流れ込む。

 

 続いて聞こえてきたのは、ゆっくりと近づいてくる足音だった。

 

 夕方まで降り続いた新雪を踏みしめる、乾いた音。

 さく、さく、と規則正しく響くそれは、迷いのない歩みだった。

 

 ゲスラーは、はっとして振り向いた。

 闇の奥から、月明かりに縁取られるようにして、人影が浮かび上がる。

 

 ゲスラーの喉が、乾いた。

 

「ジューダス……! ファウルト……!!」

 

 

「ジューダス……! ファウルト……!!」

「よう、ゲスラー」

 

 夜道を散歩してきたかのような気軽さで、ジューダスは片手を上げた。

 その視線が、暗闇の中でもはっきりとわかる。

 

 ――格下を見る、見下した目だ。

 

「貴様……なぜ、ここに……!」

「この町で好き放題やってきたお前のことだ。はなから、大人しく追放されるとは思ってなかった」

 

 肩をすくめ、事もなげに続ける。

 

「俺を消しに来る。そう考える方が自然だろ?」

 

 ジューダスは、薄く笑う。

 

「だから先に、ヴィクトルに頼んでおいたのさ。ゲスラーや配下が妙な動きをしたら、全部俺に報告しろってな。まさか、初日の夜からここまで露骨とは思わなかったが」

 

 ジューダスはそう言っておかしそうに笑う。

 まるで他人事のような口調だった。

 その余裕が、ゲスラーの神経を逆撫でした。

 

 ――なぜだ。

 

 なぜ、逃げない。

 なぜ、怯えもしない。

 

 貴様は、たった一人。

 こちらは五十を超える手勢。

 

 どう考えても、圧倒的不利なのは貴様の方だというのに。

 ゲスラーは、胸の奥で膨れ上がりかけた不安を、力任せに踏み潰した。

 

「ジューダス・ファウルト……! 手間が省けたぞ。まさか貴様のほうから、のこのこと殺されに来るとはな」

「俺を殺す?」

 

 ジューダスは肩をすくめ、くつくつと喉を鳴らした。

 

「で、誰がやるんだ?」

「この状況がわからないのか?」

 

 ゲスラーは配下たちを一瞥し、勝ち誇ったように言い放つ。

 

「貴様はたった一人。対してこちらは五十を超える! 万に一つも、貴様に勝ち目はなあい!!」

「ふうん」

 

 ジューダスは、興味なさげに男たちを見渡した。

 

「要するに、こいつらがテメエと一緒に甘い汁を吸ってた連中か。ありがたいぜ。わざわざ一箇所に集まってくれたおかげで、探す手間が省けた」

「――抜かせ!!」

 

 ゲスラーは、怒りに任せて一歩踏み出した。

 顔は紅潮し、唾を飛ばす勢いで叫び散らす。

 

「貴様はここで死ぬんだ! いや、ただでは殺さんぞ。貴様はこの町の王に楯突いた。反乱罪の刑に処す。一度捕らえ、じっくりと拷問にかけて、市中を引き回しのうえ、苦悶の果てに八つ裂きにしてやる。貴様だけじゃない。貴様が連れていた従者の女共も全員——皆殺しだ!」

「ふうん、反乱罪ね」

 

 淡々と返され、その温度差に、ゲスラーの理性が焼き切れる。

 

「ジューダス! オルレインは誰にも渡さん! 皆の者、臆すな! 敵は一人だ!」

 

 振り上げた腕で、後方を指し示す。

 

「ジューダスを捕らえたものには特別ボーナスとして金貨十枚をくれてやる!」

 

 その瞬間、欲に駆られた咆哮が上がった。

 

 剣が抜かれ、斧が握られ、粗雑な魔法の詠唱が低く唸る。

 五十を超える殺気が、夜気を歪ませた。

 

 ――だが。

 それでもなお。

 ジューダス・ファウルトは、微動だにしなかった。

 

「俺のもの、か」

 

 鼻で笑うように、短く息を吐く。

 

「人様の領地で好き放題、私腹を肥やしていたブタが、随分と偉そうだな」

「黙れッ!」

 

 ゲスラーが叫ぶ。

 

「かかれ! 数で潰せ!!」

 

 号令と同時に、配下たちが一気に雪を蹴った。

 ジューダスとの距離が、一気に詰まる。

 

(勝った——!)

 

 ゲスラーは、確信していた。

 相手はたった一人。

 これだけの人数で押しつぶせば、どう転んでも勝てる。

 

 ――だが、次の瞬間。

 

 ばくん——と、鈍い音が響く。

 同時に、最前列の男たちが、唐突に前のめりに崩れた。

 

「……あ?」

 

 何が起きたのか、誰にも分からなかった。

 続いて、後方にいた男たちの体が横殴りに吹き飛び、雪の上を転がった。

 骨が砕ける鈍音と、悲鳴が重なる。

 

 倒れた男たちの向こうに、片手剣を抜き放ったジューダスが立っていた。

 

 ゲスラーの喉から、ひゅっと、間の抜けた声が漏れる。

 

 ――いつの間に?

 

 そんな疑問を抱く暇はなかった。

 

「しねえ——!! 手柄は俺のもんだあ!!」

 

 手柄を焦る後続の男が、ジューダスに斬りかかろうと剣を振り上げた。

 その刹那——

 ジューダスの剣が瞬く。

 

「ぐぎゃ!?」

 

 放たれた剣閃は、男の手首を水平に薙ぎ——

 手首から先が、音もなく雪の上に転がった。

 切断面から吹き出る鮮血が、白い雪を朱く染め上げる。

 

「くくく、どいつもこいつもクズばっかりだな……そんな腕でこの俺を殺すだと?」

 

 嘲るような声が、夜に落ちる。

 

「災厄貴族、ジューダス・ファウルトを侮辱した罪は——重いぞ」

 

 その声と同時に、ジューダスの姿が消えた。

 正確には――速すぎて、そう見えただけだ。

 ゲスラーの目には、消えたとした形容できなかった。

 

「ぎゃっ!?」

 

 悲鳴が響く。

 剣閃が瞬き、そのたびに二人目、三人目と、次々に男たちが倒れていく。

 剣を振るう者は、振るう前に関節を砕かれ。

 魔法を使う者は、詠唱を終える前に喉を潰される。

 

 まるで、訓練用の人形を相手にしているかのようだった。

 月明かりに照らされた剣閃が瞬くたびに、立っている人間が減っていく。

 数が、意味を失っていく。

 

「ば、馬鹿な……!」

 

 ゲスラーの喉が、引き攣れたような恐怖の音を漏らした。

 その震えが、瞬く間に周囲に伝染していく。

 

「ば、バケモンだ!」

「逃げろ——!」

 

 武器を捨て、我先にと逃げ出した。

 だが——

 

「一人も逃さねえよ」

 

 抑えた低音が、夜気を切り裂いた。

 叫びは途中で途切れ、再び悲鳴が重なる。

 

 そして、時間にしてほんの数分。

 しかし、ゲスラーにとっては永遠ともいえる永い時間。

 

 雪の上には、呻き声を上げる男たちが転がるばかりだった。

 

 ――立っているのは、二人だけ。

 

 気づけば、ゲスラーの目前にジューダスが立っていた。

 

 ゲスラーが用意した五十の手勢は、全員が、なすすべもなく叩き伏せられていった。

 

「ばばばばっば……ばかな……ばかな……」

 

 ガタガタと膝が笑い出した。

 生暖かい湿った液体が下腹部を濡らす。

 ゲスラーは自分の意思とは無関係に失禁していた。

 よたよたと、後ずさる。

 だが、その一歩一歩に合わせるように、死神が確実に距離を詰めてきた。

 

「……ひゅっ、た……助けてくれ……助けてください……!」

 

 ゲスラーは雪の上にへたり込み、必死に頭を下げる。

 

「どうか命ばかりは……! すすすすぐに、この町を去ります……! 二度と立ち入りません……! それに! 金なら! 屋敷の財も、全部……差し上げましゅ! だから……! お願い……ころしゃないで……!」

 

 恐怖で舌が回らず、言葉は崩れていく。

 その必死さを、ジューダスは嘲笑っていた。

 無様だと、断じるように。

 

「安心しろ。俺はお前を殺さない」

「ひょ!?」

「転がっている連中も、誰一人死んじゃいねえよ」

 

 その言葉に、生への希望を見出したゲスラーの顔がぱっと明るくなる。

 

 だが——

 

「その代わり――貴様には()()()()()()()()()()か」

「……ほ、ほうりちゅ……?」

 

 言葉の意味が理解できないゲスラーに、ジューダスは静かに語りかける。

 

「俺はこの町の代領主。つまりファウルト家新領主——ラインハルトから正式な任命を受けた。この町の正規の領主ってわけだ。そうだよな、ゲスラー?」

「はい! はい! そうですとも! ジューダスさまがこの町の新しい領主です!!」

「その正式な領主に対して、お前はどうした?」

 

 間を置く。

 逃げ場を与えない沈黙だった。

 

「手勢五十人を引き連れて、暗殺を企てた、だろ?」

 

 事実を並べるだけの声が、ゲスラーの耳にやけに重く響いた。

 

「なあゲスラー。これは、何罪だ?」

 

 ゲスラーの思考が、完全に止まった。

 

「反乱罪。お前が定めた法律だ。刑は、拷問一ヶ月。その後、市中引き回し。最後に八つ裂き……たしかそうだよな?」

 

 それは。

 それは――自分が作った法だ。

 

 民を黙らせるために。

 逆らう者を折るために。

 恐怖を刻みつけるために。

 

「ま、まさか……! そ、そんな……!!」

 

 絶望をつきつけられ、声が、裏返る。

 

「待て……俺は……!」

「いい言葉をお前に教えてやろう——悪法でも法は法だ」

 

 ジューダスは、どこか楽しげに言った。

 

「この町に反乱罪という法律がある以上、貴様もその法律に従わないといけないよなあ?」

 

 ゲスラーの顔が、引きつった。

 

 理解した。

 逃げ場はない。

 

 自分が作った処刑台に。

 自分で首を差し出したのだと。

 

「いやだ……いやだ……! あふ……」

 

 恐怖に歪んだ声を最後に、ゲスラーの意識は闇に沈んだ。

 目の前の逃れられいない現実を受け、ゲスラーの本能が選んだのは、抵抗でも懇願でもない——失神だった。

 

 雪の上に倒れ伏すその姿を見下ろしながら、ジューダスは小さく息を吐く。

 

「因果応報ってやつだな。王様」

 

 返事はない。

 ただ、気絶したゲスラーが浅い呼吸を繰り返しているだけだ。

 

 冷たい夜風が、オルレインを吹き抜けていった。

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