人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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第25話 偽善

 就任式から二週間後。

 

 俺はゲスラーの館——

 いや、正確には、めでたくゲスラーのヤツは破滅した。

 つまり今この館は、名実ともに代領主であるこの俺——ジューダス・ファウルトの館だ。

 

 とにかく俺は、館の執務室で執務机に座り、山のような書類と睨み合っていた。

 

「——以上がこの町の備蓄状況になります」

 

 机の前に立つヴィクトルが、手にした書類を読み上げる。

 ヤツは俺に仕える筆頭執政官として、この町の現状報告を終えたところだった。

 

 ヴィクトルの表情は、まだ硬い。

 目元には、奴の苦悩を示すように、深いクマが刻まれている。

 

 だが、その目だけは前よりずっと生きていた。

 

 あの夜——死にに行こうとしてた男が、いまはこの町の未来を背負おうとしていた。

 

「ジューダス様——なにかご質問は?」

「ああ……」

 

 声をかけられ、俺はヴィクトルの顔から、手元の書類へと視線を落とした。

 

「予想以上に、終わってんな」

 

 率直な感想が、口をついて出る。

 

 食料備蓄は底をつきかけ、倉庫は空同然。

 薬品や生活必需品も同様で、帳簿に並ぶ数字は危機を通り越して虚無に近い。

 疫病でも流行ろうもんならこの町は終わりだ。

 治安維持のための装備も整っておらず、税の流れも未整理。

 

 帳簿を追うだけで、この町がいつ破綻してもおかしくないことが、嫌でも分かる。

 

 思わず、口元から乾いた笑いが漏れた。

 

 本当にゲスラーのヤツは、見事なまでに町を食い潰してくれたものだ。

 

「一にも二にも、食料だな」

 

 それでも俺は、現実から目を逸らさない。

 山積みの問題を頭の中で並べ、優先順位をつけ、一つずつ潰していく。

 

「ヴィクトル。この町に行商団が来る頻度は?」

「月に一度です。概ね月の半ばに」

「ってことは、来週か」

 

 俺は机を指で軽く叩いた。

 

「そのときに、ありったけの保存食を仕入れるぞ」

「元手はいかが致しますか」

「この館に溢れてる、調達品をぜんぶ売り払え。それを原資に、ぜんぶ食料に変える」

「よろしいのですか」

「あ、なにがだよ?」

「領主としての威厳を……手放すことになりますが」

「んな見た目はどうでもいいんだよ。大事なのは、領主として俺が何を成したかだろ。違うか?」

 

 その言葉に、虚を突かれたようにヴィクトルは瞬きを繰り返した。

 

 やがて、張りつめていた表情がふっと緩み、口元にわずかな笑みが浮かぶ。

 手元のメモに素早く何かを書き留めながら、小さく息を吐いた。

 

「愚問でございました。申し訳ございません、ジューダス様」

 

 どうやらヴィクトルの中で、何かが腑に落ちたらしい。

 細かい理屈は知らんが、さっきまでの迷いが消えている。

 

 その横から——

 

「さすがジュダさまです!」

 

 場の空気をぶち壊す勢いの、やたらと元気な声が飛んできた。

 言うまでもなく、ルインだ。

 

 言わずとも、俺のすぐ隣が指定席。

 悪い意味で空気みたいな女だからな。

 

「ジュダさまの判断はぜんぶ合理的で、ぜんぶ優しいです!」

「内容のない発言なら口を挟むな。気が散るんだよアホ」

 

 俺が睨むと、ルインは「えへへ、ごめんなさい」と笑う。

 反省ゼロ。

 

 だが、そのやり取りを横から見ていたサーシャが、腕を組んだまま静かに口を開いた。

 

「実際、ルイン殿の言うとおりだ」

 

 サーシャは一拍置き、俺を見据える。

 

「発想として極めて合理的。だが。為政者として、まず自分の身を削る選択を即断できる者はそう多くない。その、人心を掴むやり方は、天性のものだろうな」

 

 サーシャのその言葉に続くのは、ブリジットだ。

 

「ジューダス、パパと似てる。パパも自分よりも、いつも領地の人たちのことが最優先だった」

 

「サーシャ、ブリジット。お前らもさ。俺は別にチヤホヤしてほしくて、お前らにここにいてもらってるわけじゃねんだよ。お前ら仮にもエルンシュタイン家の貴族だったんだろ!? 貴族としての経験を生かして、この町を立て直すためのアイデアをだせよ!?」

「私は貴族ではない。ブリジットお嬢様の使用人だ!」

「なんだ、そのドヤ顔は? そういう細かいツッコミはいいんだよ! ああもう——話を戻すぞ、クソが!」

 

 俺は軽く手を振ってから、話を本筋に引き戻す。

 

「次。燃料。薪と炭。これも足りねえ——炭鉱開拓もしたいところだが……時間がかかる。とりあえず、薪だな。木こりどもを総動員して森を切り開け。これは冬でもできるだろ」

「お言葉ですが、森には魔獣が出没します。まずは魔獣討伐が必要です」

「じゃあ、俺がいく。早いほうがいい。明日行く。俺が根絶やしにしてやるから、その後、森を伐採しろ」

 

 その言葉に、案の定というべきか、ルインのやつが俺の腕にすり寄ってきた。

 

「ジュダさま専用薬箱、ルインの出番ですね!」

「いや、邪魔だ。俺一人でいく」

「ガーン!」

 

 わざとらしく頭を抱えるルインを横目に、俺は続ける。

 

「それよりもルインにはやってもらうことがある」

「やってもらうこと? なんです?」

 

 ルインはきょとんと目を瞬かせ、俺の言葉を待った。

 

「さっき言ったとおり、この町には薬の在庫がほとんど無い。疫病が流行ったら、それだけで詰む。幸い、町の衛生水準は悪くはなさそうだが……とにかく」

 

 俺は指で机を叩く。

 

「ルイン。お前は、しばらく町の診療所に詰めろ。その〈回復魔法〉を使って、治療と応急処置を引き受けるんだ」

「わたしが……診療所に……?」

「ああ、これは回復魔法を使える、お前にしかできない仕事だ」

 

 ルインは一瞬驚いた顔をしたあと、ゆっくりと息を呑んだ。

 それから決意あふれる表情に変わる。

 

「わかりました!」 お任せ下さい!! ジュダさまのために! ルインはこのオルレイン専用の薬箱になってみせます!!」

 

 やる気満々になったルインを見送り、俺は続けた。

 

「そうだな。魔獣討伐で思い出したが、治安維持も必要か。ゲスラーの私兵も綺麗さっぱり全員いなくなったからな」

「臨時の警備兵を募りますか。徴兵か志願制か……」

「今の状況だと、徴兵よりも志願制の方がいいだろうな。そのうえで報酬はできるかぎり弾むんだ。無い袖はふれないが、危険な業務になるわけだからな」

「了解いたしました。調整をいたします」

 

 ヴィクトルは、こちらの言葉を逃すまいとするように、必死にメモを取り続けていた。

 やがて、忙しなく動いていたその手がゆっくりと止まった。

 

「……ジューダス様」

「ん?」

「ここまで具体的に、即断できる方だとは……感服いたしました」

 

 ヴィクトルの声には取り繕いのない驚きと、まっすぐな敬意が混じっていた。

 俺は鼻で笑う。

 

「おかげさまで、家庭の事情でな」

 

 俺は幼少期にガリオスに強いられた苛烈な教育を思い出す。

 そのおかげで俺は、今生きるための知識と技術を身につけていたのだ。

 あの頃、死にたくなるほどの地獄の日々が。

 今の俺を、代領主として生かしている。

 まったく皮肉なものだった。

 

 こうしてオルレイン復興のための対応方針は、俺の出した案を軸にまとまり、最終的な結論をヴィクトルが整理する流れとなった。

 

「それでは当面の方針は――食料調達を最優先。屋敷の贅沢品を売却し、原資とする。燃料の確保を並行して進める。治安については、警備隊を新たに組織。以上でよろしいでしょうか」

「ああ、問題ない」

 

 一通りの確認を終えた、そのときだった。

 ふと、脳裏に引っかかっていた考えが、形を成す。

 

 俺は指を一本、ゆっくりと立てた。

 

「それともうひとつ。()()()を設置しろ」

「……目安箱?」

 

 ヴィクトルは、聞き覚えのない言葉を受けて首を傾げる。

 

「なんですか、それは」

「屋敷の前にポストを置け。そこに住民からの要望を募る。匿名でもいい。要望も苦情も、全部そこで受け取るんだ」

「民の……声を……直接ですか」

「そうすりゃ、この町のニーズを把握できるだろ」

 

 ヴィクトルは、しばらく言葉を失ったまま立ち尽くしていたが、やがて何かを噛み締めるように口を開いた。

 

「……どこまでも民のことを考えておられる。その覚悟、しかと受け取りました。このヴィクトル、一生お供いたします」

 

 俺は小さく息を吐いた。

 

(民のため、ね)

 

 違う。

 一から十まで——俺のためだ。

 

 目安箱を置けば、困りごとが集まる。

 困りごとを解決すれば、感謝が得られる。

 つまり、()()()()()()()()()

 

 すべて、俺の都合だ。

 

 俺は視界に浮かび続ける償いの刻数に視線を移す。

 

(いいかげん、この呪いどうやって解くんだよ……)

 

 

 会議が終わって、ヴィクトルはすぐに諸々の手配へ走った。

 サーシャとブリジットは屋敷中の調達品の片付けへ。

 

 俺は外套を掴んで立ち上がる。

 

「……町を見回ってくる」

「もちろん、わたしもついていきますね!」

 

 ルインが秒で横に並ぶ。

 断ってもどのみちこいつは後ろからついてくる。

 だから断るだけムダだった。

 

 屋敷を出ると、冷気が顔に刺さった。

 雪の白。

 煙突からのぼる細いけむり。

 静かな町。

 

 歩き出したところで、ルインが覗き込んできた。

 

「ジュダさま! 今日も、困っている人に手を差し伸べるのですね?」

「ただの巡回だ」

「えへへ。はい。ジュダさまはいつもそう言います」

「うるせえよ」

 

 俺はルインに憎まれ口を叩きつつ歩きながら、ふと視線を逸らした。

 

 そう、俺は人助けをすべて、自分の都合でやっている。自分が生きるために。

 本質的にはゲスラーたちとなにも変わらない。

 

 

「……とんだ偽善だよな」

 

 

 思わず、自嘲気味にそうつぶやく。

 

 その声を、ルインは聞き逃さなかったらしい。

 俺の前に回り込み、少しだけ背伸びをして、まっすぐこちらを見上げてくる。

 

「たとえ偽善でも——」

 

 ルインは、一瞬も迷わず続けた。

 

「ジュダさまが差し伸べた手で、救われる人はいるんです。わたしみたいに。偽善かどうかなんて、どうでもいいです!」

 

 足が一瞬止まった。

 胸の奥が、変に温かくなる。

 

「わたしは、そんな優しい、でも素直じゃないジュダさまが大大大大好きです!」

 

 こういうの、困る。

 俺は器がでかいんじゃない。呪いで首が絞まってるだけだ。

 なのに、なんでこいつは……。

 

 だけど——

 

「…………ありがとう」

「え?」

 

 きょとんとするルイン。

 

「ジュダさま! 今なんていいました!?」

「うるせよ、なんでもねえよ」

「ありがとうっていいました!? 言ったでしょ!? ねえねえ、ねえねえねえ!」

「ひっつくな、歩きづらい!」

 

 誤魔化すために歩幅を大きくする。

 

「……いくぞ、ルイン!」

「はいっ!」

 

 雪を踏む音が、二つ並ぶ。

 

(……やれやれ。今日も稼ぐか。命を)

 

 今日も、俺——ジューダス・ファウルトの偽善は続く。

 

 

〈第1章、了〉

 

 




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