人を助けないと即死亡の呪いを受けた悪役貴族の俺、しぶしぶ一日一善してたら、史上最高の名君に成り上がってしまう〜災厄貴族ジューダス・ファウルトの偽善〜   作:三月菫

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第3話 ありがとう

 

 図書室を後にした俺が向かったのは、屋敷の厨房(ちゅうぼう)だった。

 夕食前のこの時間なら、使用人連中が山ほどいるはずだ。

 

「邪魔するぞ!」

 

 俺が手荒く厨房の扉を開けた瞬間、中にいた奴らの全員の動きが止まった。

 

 皿を拭いていたメイド。

 夕食を作っているコック。

 食材の仕込みをしている下働き。

 

 全員が、突如乱入してきた俺の顔を見つめる。

 

 そりゃそうだ。

 普段屋敷の坊ちゃんが、晩飯前の厨房なんかに顔を出すことはない。

 ましてや、よりにもよって性悪ぞろいのファウルト家の人間が。

 

「じ、ジューダス様……?」

 

 誰かが小さく俺の名を呼んだ。

 その声を拍子にして、全員の顔がみるみるこわばっていく。

 「また何か八つ当たりしに来たのか」と顔に書いてあった。

 

(……まあ、普段の俺の行いを考えれば、そう思うわな)

 

 内心で肩をすくめつつ、俺はずかずかと中へ踏み込んだ。

 

「な、なにか御用でございますか」

「手伝わせろ」

「…………は?」

 

 間抜けな声が、三方向から同時に上がった。

 

「耳が腐ってるのか? もう一回言ってやる。俺にも手伝わせろ。皿洗いでも何でもいい」

 

 沈黙。

 厨房中が、さっきよりさらに凍りついた。

 

「い、いえ! そんな、とんでもないことでございます!」

 

「ジューダス様をお働かせするなんて……!」

 

「ど、どうかお部屋でお休みを……!」

 

 慌てて頭を下げる使用人たち。

 だが、引くつもりはない。

 

「いいからやらせろ。俺がやるって言ってんだよ。殺すぞ」

 

 半分(おど)しで押し切ると、使用人たちは顔を見合わせ、青ざめたまま、しぶしぶ仕事を振ってきた。

 

「そ、それでは……こちらの皿洗いを……」

 

 大きな桶に、山盛りの皿。

 洗い場に立ち、俺は袖をまくり、タワシを握りしめた。

 そして黙々と食器を洗い始める。

 

 この俺が、ジューダス・ファウルトが皿洗い。

 こんな雑用なんて死ぬまでやるつもりはなかった。

 

(……くそっ、なんでこんなことを)

 

 だが仕方ない。

 罰のアミュレット相手に、俺は人を助けなければならないのだ。

 俺は視界に浮かぶ償いの刻数を睨みつけた。

 

(見てるかクソ野郎。これがジューダス・ファウルトの人助けってやつだ。ちゃんと刻数、増やせよ?)

 

 内心で誰にともなく毒づきながら、黙々と皿を洗っていく。

 

 ……作業を始めて気づいたが、これが意外と地味に大変だ。

 

 まず冬のこの時期、水が氷みたいに冷てえし、枚数も無駄に多い。

 あのクソ家族どもは、たかが一食の晩飯で何枚の皿を使ってやがる。

 そして当然、慣れてないから手際も悪い。

 

「ジューダスさま、もう十分です。あとは僕が……」

 

 下働きのガキが、恐る恐る声をかけてきたが、

 

「俺がやるっつってんだろ、潰すぞガキ」

 

 俺は意地になって断った。

 

 その後も、洗い場の掃除をしたりくそ重い大鍋を運んだり、明日の朝食の仕込みを手伝ったりと、普段の俺からは想像もつかない雑用が続いた。

 

 

 

 そして一時間ほど。

 夕食のひと通りの準備が片づいた。

 

「……ふぅ、こんなもんか」

 

 最後の野菜の皮剥き終えて、俺は息を吐く。

 

 手は冷水でふやけてしわしわ。

 包丁を使ったせいで、指を切ってしまった。

 前傾姿勢でずっと固まってたから、腰がいてえ。

 

 ガリオスの帝王学に家事炊事(かじすいじ)は含まれていなかった。

 正直、魔獣と戦ったほうが百倍楽だ。

 

 これを使用人どもは毎日三食分準備しているのか。

 

(クズなりにクズの生き方は大変だな……)

 

「お、お疲れ様でございます、ジューダス様……」

 

 おそるおそる、年配のコックが声をかけてくる。

 

「ああ、これで夕食の片付けは終わりでいいか?」

「も、もちろんでございます!」

 

「で?」

「……は、はい?」

「俺に、言うことがあるよな?」

 

 じろりと、あえて睨むように言う。

 厨房中の空気が一段と固まった。

 

「あ、あ、あの……」

 

 コックが視線を泳がせ、他の使用人たちを見る。

 しばらくの沈黙のあと、彼は顔を引きつらせたまま、精一杯の笑みを浮かべた。

 

「……て、手伝っていただき、ありがとうございました」

 

 他の使用人たちも、慌てて頭を下げる。

 

「助かりました……!」

 

「ありがとうございます、ジューダス様!」

 

 恐怖と緊張でこわばった顔。

 うわずった声。

 誰も目線すら合わせない。

 視線は足元に落ちたままだ。

 

 心にもない()()()()()だった。

 

 馬鹿でもわかる。

 明らかに「言わされた」言葉だった。

 そこに、心からの感謝なんて欠片もない。

 

(……けっ)

 

 別に構わねえ。

 ゴミ共に感謝されたくて、こんなクソみたいなことやってるんじゃない。

 

 俺は俺のために——死にたくないからやってるだけだ。

 

「邪魔したな」

 

 俺は鼻で笑い、踵を返すと厨房を後にした。

 

 

 そして翌朝。

 目を開けた瞬間、俺は視界の端を確認した。

 

 ――3。

 

「はあああああ!? なんで減ってんだよ!!」

 

 思わず、布団の上で叫んだ。

 

 昨夜の時点では、確かに「4」だったはずだ。

 そこから悪事らしい悪事も働いていない。

 むしろ使用人のゴミどもの手伝いまでしてやったというのに、なぜカウントが減っているのか。

 

「くそお! 意味が分からねえ!!」

 

 頭を抱えながら、布団の上でしばらく(うな)る。

 

(……悪いことはしてない。むしろ皿洗って、仕事を手伝って……)

 

 だが、思い返せば思い返すほど、昨夜の光景が脳裏に蘇る。

 怯えきった使用人たち。

 「ありがとう」と口では言いながら、視線は床に釘付けだった。

 

「まさかありがた迷惑、ってやつか……?」

 

 人助けとやらは、「やってやった感」を押し付けて、相手をビビらせることじゃない。

 少なくとも、罰のアミュレットはそう判定したということか。

 

(他人から、()()()()()()()()()を引き出さないと……ダメってことか?)

 

 そんなこと、考えたこともなかった。

 

 感謝される必要なんてない。

 むしろ、恐れられたほうが都合がいいと、ずっと思っていたんだぜ。

 

「くそ……嫌われ者の俺に、できるわけねえだろ、そんなの」

 

 ベッドの上で、ぽつりと呟く。

 

 償いの刻数は3。

 つまり俺に残された猶予(ゆうよ)()()()()

 

 それまでの間になにか、他人から、心からの感謝をされなければ、俺は死ぬ。

 

「くそ、マジで死んだかもな……」

 

 ため息をつき、俺はゆっくりと起き上がった。

 

「……とりあえず、メシだ」

 

 

 小食堂に入ると、いつもの光景が待っていた。

 

 簡素な木のテーブル。

 窓から差し込む朝の光。

 

「おはようございます、ジュダさまっ!」

 

 そして、いつものように壁際に控える小柄な青髪の少女——ルイン。

 ルインは、俺の顔をみるなり、ぱっと花が咲くように笑顔になった。

 

 

 テーブルの上には、ルインの奴が用意したいつものメニューが並んでいた。

 

 固い黒パン。

 具の少ないスープ。

 

 ……以上。

 

 ……ん? ちょっと待て。

 

 テーブルの上には、いつものメニューに加えて、ひとつ、見慣れないものが増えていた。

 

「……卵焼き?」

 

 素朴な見た目の卵焼きが小皿に乗っていた。

 

「なんだこれ?」

「えへへ。ジュダ様、ここ数日ずっとお疲れのご様子だったので……少しでも元気が出ればいいなって、奥様方の食材からこっそりくすねて……焼いてみました」

 

 指先でもじもじとエプロンの裾をつまみながら、ルインが恥ずかしそうに笑う。

 

「そんなことして、もしバレたら、ただじゃ済まねえだろうに。バカかお前?」

「ジュダさまが元気になってくれれば、お仕置きされても構いませんから!」

 

 思わず言葉を失う。

 どう考えても()()()()()()()()を、ためらいもせず実行に移せるルインの感性が、理解できない。

 

 そんな俺の心の中など、つゆ知らず。

 ルインは目をキラキラとさせて、俺を見つめる。

 

「ジュダさまっ! お口に合うか分かりませんけど。どうぞ、お召し上がりください!」

 

 俺はため息をついて、テーブルに座る。

 小皿にのった卵焼きを一切れ、フォークでそっとすくい上げ、ゆっくりと口元に運んだ。

 

 その味は――

 

 柔らかい卵が舌の上でほどけ、ほんのりとした甘みが広がる。

 見た目は素朴なのに、驚くほど丁寧に作られた味だった。

 

 なんとなく、子供の頃、母さんが作ってくれた温かな食事の味を思い出した。

 

 ふと視線を感じる。

 見るとルインが優しげな眼差しを俺に向けていた。

 彼女が用意した卵焼きを、純粋に美味いと思ってしまったことが気恥ずかしくて、俺はさっと視線を外す。

 

「ジロジロ見てんじゃねえよ。食いづらいだろ」

「あ、ごめんなさい!」

 

 ルインが慌てて視線を落とす。

 そのあまりにも素直な反応に、胸の奥がわずかにざわついた。

 

(……まて。今の言い方、またアミュレットに“罪”だなんて判定されたら終わりだ)

 

 刻数のことが頭をよぎり、俺は小さく息を吐く。

 

 だから仕方なく——本当に仕方なくだ。

 

 言葉を噛み直した。

 

「……うまかった。……りがとう」

 

 言った瞬間、顔がカッと熱くなる。

 

「ふええっ!?」

 

 ルインは、ルインで()頓狂(とんきょう)な声を上げた。

 

「ジュダさま……い、今、なんと……?」

 

 ルインはわなわなと、青い瞳をぱちぱちと(またた)かせながら、信じられないといった様子で俺のことを見つめている。

 

「聞こえなかったのか? ありがとうって言ったんだよ。二度言わせんな、ぶっ殺すぞ!!」

 

 俺はぶっきらぼうに言い捨てる。

 ルインはしばし口をぱくぱくさせたあと、ぱあっと顔を輝かせた。

 

「……はいっ! どういたしまして!!」

 

 その笑顔が、妙にまぶしくて。

 見続けるのが、苦しかった。

 

 

 俺が朝食を終えたところで、ルインが片づけようと皿を重ね始めた。

 俺は立ち上がり、ガシッと彼女の手をつかんだ。

 

「……ジュダさま?」

 

 ルインは目をぱちくりさせ、俺を見上げる。

 驚きと戸惑いがまじったその表情。

 なぜかその頬がちょっと朱に染まっていた。

 

「その皿、俺が洗う」

「え?」

「二度いわせんな。俺が使った皿だ。俺が洗う」

 

 俺の言葉に、ルインの目が盛大に泳いだ。

 

「えっ!? だ、だめです! そんなそんな、ジュダさまに、そんなことをさせるわけには――」

「うるせえ黙ってろ」

 

 俺はルインの抗議をぶった切る。

 

「いつもてめえに世話になってんだ。たまには恩返しさせろ」

 

「お、おん……」

 

 ルインが、一瞬だけ呆けた顔をした。

 

 そして、じわりと目に涙がにじむ。

 ルインの目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。

 

 コイツが突然泣き出したことで、大いに戸惑うのは俺の番だ。

 

「は、はあ!? て、てめえ、なに泣いてるんだよ!?」

「だって、だって……ジュダさまが……わたしに……!」

 

(そんなに俺に手伝われるのは嫌なのか!? クソがっ、このままじゃ、また刻数が……!!)

 

 だが、次に放ったルインの言葉は、俺の予想の斜め上をいく言葉だった。

 

「うえええええん、ありが、とうございます……!」

「え?」

「ジュダさまが……わたしのために……その……夢みたいで……っ」

「ルイン……」

 

 ルインは、本当に嬉しそうに泣き笑いをしていた。

 ルインが放った()()()()()の言葉。

 

 昨日の他の使用人共とは違う。

 恐怖や義務感じゃなく、心の底から湧き上がったありがとうだった。

 

 その泣き笑いの顔を見た瞬間――

 

(……あー、クソ)

 

 胸のあたりに、じわっと温かいものが広がった。

 気持ち悪い、と言いかけてやめる。

 

 代わりに、皿をひったくるように受け取った。

 

「てめえは座って休んでろ。邪魔だ」

「はいっ!」

 

 ルインは嬉しそうに、俺の憎まれ口に返事をした。

 

 

 その日は一日中、ルインの仕事を手伝った。

 

 廊下の掃除。

 シーツ替え。

 荷物運び。

 

 途中で何度も「やっぱり私一人でやりますから!」と止められたが、そのたびに、

 

「いいから黙って手伝わせろ」

 

 と半分キレ気味に押し切った。

 

 そのたびにルインは、困ったように笑いながらも、何度も何度も「ありがとうございます」と言った。

 

 そのありがとうが、だんだん耳障(みみざわ)りに感じなくなったことが――

 ありがとうと言われるたびに、心の奥がそわそわと(うず)くことが——

 

 俺は気に入らなかった。

 

(くそっ、アミュレットの呪いさえなければ、誰がこんなクソみたいなこと!)

 

 そんな風に心の中で毒づきながらも、俺は、ルインに与えられた仕事をすべて片付ける。

 一日の終わり、ルインが笑顔を俺に向けた。

 

「ジュダさま! 本当に今日は、ありがとうございました!」

 

 そう言われた瞬間——

 視界の端に浮かぶ、刻数が輝いた。

 

 ————4。

 

 カウントが「3」から「4」へ増加する。

 

「……増えた」

 

 思わず、安堵の声が漏れた。

 

「つまり……これが、善行ってわけか」

「ジュダさま……? どうしました……?」

 

 ルインの言葉を無視して、俺は視界にぼんやりと浮かぶ数字を見つめ続ける。

 

 罰のアミュレット。

 償いの刻数。

 善行。

 

「ろくでもねえ……」

「え?」

「なんでもねえよ、邪魔したな」

 

 俺は踵を返して、廊下を歩き出す。

 ルインに礼を言われるたび、胸がムズムズするような気色悪い気分を思い出していた。

 

「それでも――どんなにろくでもないことでも、続けるしかない」

 

 

 罰のアミュレットの呪いに打ち克つために。

 死なないために、人助けを続けるしかないんだ。

 

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